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ベルク 歌劇「ヴォツェック」op.7

2025 MAR 18 1:01:13 am by 東 賢太郎

サントリーホールのオペラのあと、ビールを飲みながらMさんに上野の文化会館音楽資料室で現代曲を片っ端からきいた話をしました(このジャンルは廉価盤にならないので買えないなんてさもしい理由も)。ヴォツェックを初めて聴いたのは間違いなくそこですが、誰のだったか覚えてないのはあんまり興味をひかなかったからと思われます。Mさんがミトロプーロスのがありますよというのでyoutubeを探してみました。アイリーン・ファレルのマリー!ミトロプーロスとNYPO!核心をえぐってますね、音も最高だ(改修前のカーネギーホールは世界ベスト5に入る)。こいつは凄いですね、51年録音か・・ひょっとしてこれだったのかなあ・・やっぱり書いておかないといけませんね。

ミトロプーロス盤です

すでにブーレーズ派だった僕は音楽に人間くさい熱量は好まず(だからイタオペはボエーム以外は何を聴いても退屈だった)、ひたすら透明でクールで繊細な音響を求め、正確なピッチで微細な和声変化や対位法に耳を澄ます方向に傾いていました。だからヴォツェックの開眼はブーレーズ盤を待つことになりました。

ブーレーズ盤です

トロンボーンのppのハーモニー、チューバが入って低音になっても濁らない。2幕2場のオーケストラの音彩をこんなに捉えた録音はないでしょう。タイトルロール(ワルター・ベリー)、マリー(イザベラ・シュトラウス)はそれに乗る楽器でこれまた美しい(3幕1場のマリー!)。僕はこれをBGMに快適に仕事ができてます。でもこれがベルクの意図した世界だったのでしょうか?本稿ではその点について私見を述べてみましょう。

Johann Christian Woyzeck

人殺しはオペラにつきものです。嫉妬、宿命、復讐など人間のおどろおどろしい感情がひきおこす殺人や不遇の死が物語の主題であって、それがクライマックスを形成して多くはそれで終幕となるのです。悲劇はギリシャ時代からオペラのメインテーマだよといえばそれまでですが、器楽のジャンルには短調で終る楽曲さえ多くない。ところがオペラだと帰路につく観客は殺人罪だ不道徳だという気持ちにはならず、またそうならないように音楽も同じベクトルで構成されてカタルシスがもたらされる仕組みになっている。「カルメン」「トスカ」「運命の力」などを思いおこされればお分かりと思います。しかしヴォツェックはどうか。マリーは貧しい生まれの多情で尻軽な女ではありますが、彼との子供を育て、浮気の後悔から聖書を読む人間です。この殺人はもろ手を挙げて支持されるものでは全然ないのです。ちなみにこれは実話であり、現実のヴォツェック(本名はヴォイツェク、Woyzeck、1780 – 1824)は精神異常の疑いが持たれましたが2年にわたる拘留の間に当時としては異例なほど詳細な精神鑑定書が作成され、責任能力が認められて死刑になりました。

Karl Georg Büchner

それを戯曲にしたのがドイツの医学者、劇作家で革命家のゲオルク・ビューヒナー(1813-37)だった。これがベルクのオペラを生むことになり、刑死した者の名を歴史に留めることになります。そこには2つの偶然が関与していました。第一に、頭の中に響く奇妙な声に促されて犯行に及んだ様子を描いた20ほどの断片が医学雑誌『Henkes Zeitschrift für Staatsarzneikunde』に掲載され、ビューヒナーは医学者として精神鑑定書に興味をもったことです。後世の心理学者、精神科医であるジークムント・フロイト(1856 – 1939)、カール・グスタフ・ユング(1875 – 1961)を連想させますね。

第二の偶然は、彼が革命家でもあり、搾取されている下層労働者を扇動せんとフランス革命史を研究したことです。そこで「歴史の宿命の怖ろしさに打ちのめされました。ひとりひとりの人間は波間に浮かぶあぶくにすぎず、大立者もほんの偶然の産物だし、天才が統治するも操り人形で、鉄の法則に対してこっけい千万な悪あがきをしているだけだ。これを認識はできても、支配することは不可能だ」と「宿命論の手紙(Fatalismus-Briefs)」に綴った。かような虚無的な歴史観からビューヒナーは戯曲の原稿を書き、それが死後40年ほどして公にされ、1914年5月5日にウィーンのレジデンツェビューネで劇として上演された。それを観たベルクがオペラ化を思い立ったというわけです。

ベルクは何に惹かれたのか?この問いが興味深いのは、事件から90年の時がたつ間に西欧の産業・社会構造は大きく変転して階級は市民の間でさらに分化し、多発する戦争は兵器の近代化を促して殺傷力を増大させ「死の無機化」がおきていたことです。19世紀末のロンドンで売春婦らを猟奇的に惨殺した切り裂きジャックなる者が現われます。犯人も動機も不明で無気味なまま。無機化とはこうしたものです。そしていよいよ西欧はロシア革命~第一次大戦(1905~18)という無慈悲、虚無的で何らの人間的な痛みも感情も伴わない、宗教的な罪悪感すら皆無である大量殺戮が暗黙に正当化される時代に突入していった(現代のウクライナ、ガザもまさにそれであります)。生も死も不条理そのものである空気を吸って生きていたのがベルクであり、ベートーベンの同時代人としては急進的ですらあったビューヒナーの虚無的な歴史観に驚いて共感し、むしろ宿命の哀れな犠牲者であった下級軍人Mr.ヴォイツェクに何らかの同情を覚えたのではないかと僕は考えるのです。ちなみにベルクはフロイト、ユングの同時代人です。

ヴォツェックの殺人の動機は浮気への嫉妬です。それが正当化されるなら19世紀に何千人もの貴族が殺されたことでしょう。そういう現実はない。だからレオンカヴァッロはオペラ「道化師」(1892)で座長カニオに女房と間男を刺殺させた。あってはいけないことだが気持ちはわかる。これがオペラです。だからカニオは悲劇の主人公になり大ヒットしたのです。いっぽう、ヴォツェックは誤って池にはまり死にますが、現実と違って偶然の贖罪で刑死ではありません。だからオペラではマリーは浮かばれない死を遂げたことになっています。これが「不条理の死」というもので、ヴォツェック前後の20世紀作品では頻出しています。ペトルーシュカ(1911)、月に憑かれたピエロ(1912)、青ひげ公の城(1918)、ヴォツェック(1922)、中国の不思議な役人(1926)、ルル(1937)がそれです。しかし現実のマリーは不条理でなく、嫉妬という古典的に手垢のついた条理によって死んだ。そんなものを無調音楽で描いてなんになる?劇を観た奇しくもその年、1914年に第一次世界大戦が勃発して兵役に服する運命になったベルクはそう考えたのではないか。自分の運命も鉄の法則のごとく過酷なものだが、鼓手長、大尉、医者ら上層社会に蹂躙され精神を病んだMr.ヴォイツェクの運命もだ。そこでオペラのマリーは狂人の手による不条理の死を遂げることになったと僕は解釈しております。

ベルクの生家

アルバン・ベルクの生い立ちを見てみましょう。ウィーンで1885年に富裕な商家に生まれていますから師のシェーンベルクとはうってかわってお坊ちゃんですね。左の写真は2005年に撮影した生家で、路地の奥に見えるのがハイドンが勤めたペーター教会で、モーツァルトが下宿したウェーバー家もすぐ近くです。ベルクは幼い時から音楽や文学に興味を抱き、早熟で、17才のときにベルク家の別荘で働いていた女中との間に女の私生児をもうけ、翌年にはギムナジウムの卒業試験に失敗して自殺を図るなど波乱万丈の若年期を送っています。1911年、声楽を学んでいたヘレーネ・ナホフスキーと26才で結婚しますが、ヘレーネの母アンナはオーストリア皇帝フランツ・ヨーゼフ1世の公然の愛人として知れ渡っていた人でした。皇帝の庶子であるとも言われたヘレーネは気位の高さで知られていましたからベルクは社会や階級について特別の意識の持ち主だったろうし、その眼で見たMr.ヴォイツェクの殺人は我々日本人の常識や道徳観ではまったくとらえきれないものを秘めているようにも思うのです。欧州にいた時にC.クライバーはベルクの庶子だよときいて、未だ真偽は不明ですがその方は欧州の楽界では周知ともおっしゃっており、もしそうなら二人目ということでもありますから、我々にはとらえきれないものの一例かもとは思いましたね。

Alban Berg (1885-1935)

ヴォツェックの成功はベルクの用いた音楽語法に多くを負っています。この悲劇には無調音楽こそが好適でした。それができる時代に生まれたということはドラマトゥルギーの概念で説明できるかもしれません。人は同じ人間であっても10代は10代らしく、50代は50代らしくふるまう。同じリブレットでも作曲家は19世紀には19世紀らしく、20世紀には20世紀らしく書くのです。ベルクがシェーンベルクほど厳密に12音技法に依拠せず、師にとっては過渡期だった無調音楽で、時に調性へのグラデーションを許容しつつヴォツェックを書いたことは反抗でも後退でもなく、リブレットから掴み取ったエッセンスを表現するに最適とドラマトゥルギーからの判断があったものと考えています(同じことがヴァイオリン協奏曲にも)。それを文学、絵画、建築と同等と考えてよいかどうか、これはハイドンの稿でシュトルム・ウント・ドラングを論じたのと同様の議論になるでしょう。Impressionismが印象主義、その対極としてExpressionismが表現主義と訳されますが、日本語になるとさっぱりわからない。前者では光の当たり方で外面は変わるので別なものと描く。対して後者では内面の発露だから見え方では変わらない(それがどんなに奇矯なものであれ)と理解したほうが近いですね。

例えばカフカの「変身」です。外面は毒虫に変わってしまっても内面はそのままという男の悲劇です。これがExpressionism。ヴォツェックが表現主義を代表するオペラだというのも同様です、つまり、登場人物は言動からして我々の目には全員が狂人なんです。しかし、ドラマトゥルギーとしてはそれが正常であるかの如く作曲家は扱っている。なぜなら登場人物はロシア革命~第一次大戦(1905~18)の無慈悲な大量殺戮の投影の中で生きてる人物群の象徴、カリカチュアだからです。その年代ならその年代らしくふるまう、それがドラマトゥルギー。まるで全員が毒虫の姿に見えるのですが、作曲家はあたかもそう感じてないかのように平然の顔をして書いている、これは二重のドラマトゥルギーなのです。では、そこで用いる音楽語法は?それが調性へのグラデーションを許容した無調音楽だった。彼らの狂いっぷりは、田園交響曲の調子っぱずれなモチーフの「狂い具合」をバロメーターとして象徴的に暗示されます(Mr.ヴォイツェックはベートーベンの10才年下の同時代人。それも暗示)。その意味で、「ヴォツェックは表現主義を代表するオペラだ」なるセンテンスは、ほとんどの場合に言ってる本人もわかってないのですが、大いに正しいのです。

そう解釈すればミトロプーロス盤とブーレーズ盤の違いは明白です。冒頭に聴感上の比較を書きました。しかし、そうした表層的、感覚的なものは評論ではなく趣味(taste)にすぎません。例えばピアノである楽曲を弾く。そのテンポや表現というものが自分のその曲の解釈ですが、それは楽譜の解釈からしか生まれようがありません。他人の演奏をたくさん聴けば音楽についてもっともらしく語れはするのですが、その行為は問題集の解答だけ覚えて学問修得を試みるようなものです。ヴォツェックの場合、オーケストラより歌手の比重、インパクトが大きく、これがまさに表現主義音楽であるゆえんで、どこまで狂って見せるかという声のみならず演技の領域、さらにいうならその歌手の持って生まれた個性の領域まで関わることに言及せざるを得ません(ということはキャスティングの是非になりますが)。

先日、ヴァイグレ / 読響の演奏を聴いて、同作品の歌の重要性を確信しました。特に女性が二人だけで男声の比重が高い、つまり狂った男たちが狂った社会や階級に従いながら従いきれず、戦争という発狂の暴発に至る愚劣のカリカチュアを演じる。それの暗示が衝動で女房を殺すヴォツェックであり、殺されるマリーの方はこの時代だけに現れた突出して狂った女とも思えない。戦争は男がおこし、男が責めを負うことをヴォツェックの悲劇という形に仮託したストーリーであり、その印象を最後に登場する無辜の少年合唱がいやが応にも高めるという計算が精緻になされたオペラです。

Eileen_Farrell

その観点からすると、タイトルロールが決定的に重要という結論になります。ブーレーズ盤のワルター・ベリーは美声ですが声質にいまひとつ毒がなく普通にいい人の感じがあり、ブーレーズは殺人に至る落差を埋めるためオーケストラ・ドライブの高揚で圧倒します。それ自体が狂気を孕む見事なものなのですが現実感が薄い。ペレアスのようなお伽の国にも思える設定ならいざ知らず、ここでは人格にリアリティを持たせてこそ狂気の恐ろしさが増幅されます。つまり、普通の人が追い込まれて殺人を犯すのではなく、いつやってもおかしくない連中が普通な顔を装って街を歩いてる。それが第一次大戦前後の空気だったわけです。ミトロプーロス盤のマック・ハレル(チェリストのリン・ハレルの父)はやや線が細いが崩れやすい亭主をうまく演じてます。ただ、あくまで同盤の白眉はアイリーン・ファレルのマリーであり、この人はワーグナーからポップスまで何でも歌え、深みはないが爆発的なダイナミクスを誇ることで役にぴったりの “いい具合に空っぽな女房” になっています。一方、ブーレーズ盤のイザベラ・シュトラウスもワーグナー歌手ですが、彼の好みなんでしょう、その割にデリケートで知的な感じがしてしまい、マリーのキャラとしてはどうか。個人的には好きですがこの作品ではドラマトゥルギーが非常に重要だということですね。ちなみに、調べてみるとダブル不倫になった指揮者と心中し45才で亡くなっています。

Categories:______ベルク, ______文学書

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