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カテゴリー: ______ゴルフ

何事もいい仲間とライバルの存在は大事

2019 FEB 28 1:01:09 am by 東 賢太郎

追い込まれると強い人がいます。ゴルフの朋友でライバルのK君。グリーン周りで競ったとき、彼ほど嫌な相手はかつてなし。「神ってる」時期など、こっちはピンそばに寄っているのにバンカーからチップイン、2倍の距離のロングパットをねじ込まれてこっちがはずすみたいなことをやられて逆転負けしてしまう。

ある日など、登りでホールが見えない15メートルのパットを決められ愕然。ガッツポーズで「よし!」の雄叫びをかまされた挙句に3ホールも続けてよしを連発され、だめだこいつには何しても勝てないとなってしまう。以来トラウマで、プロが長めを外すと「あんなのKなら一発だ」がいまだに口癖になってます。

K君ら固定メンバーの3人とは欧州時代に20回ぐらい泊まり込みでストロークプレーのトーナメントをやっています。もちろんスクラッチ、ノータッチ、オーケーなし。全員が根っからの負けず嫌いで壮絶な戦いでした。優勝回数は僅差で僕が多いですがやられた方ばかり覚えてます。指揮者の小林研一郎先生はこの面子でアムステルダムとプラハでお手合わせいただいたのです。

ゴルフの負けはほんとに悔しい。10打差つけられて脱落した最後のハーフなど、僕だけお荷物でどうでもいい、早く打てよという屈辱の2時間で、悔しさで猛練習しました。ゴルフは衆人環視でショットをするのでそれであがってしまうとだめです。見られてるとアドレナリンが出てうまくいく性格は向いていました。

僕はラウンド中は集中していて口を開かないし、スコアが出ないとすぐクラブを買い替えパターは10本もある。ドライバーはすぐ人にあげ、外したボールは時に池に捨てる。普通ならムード悪くなるのですが、「そろそろあいつキレてタマ捨てるぞ、拾おうぜ」なんて、完璧に見透かしてる仲間たちなので楽しく遊んでもらえました。

スイス時代に本間のウッドが気に入って買いました(左)がヘッドの真っ金金が(写真は長年使い込んで地味に見えますが)「おお、中国製か?すごいな」と一気に皆の酒の肴です。本番でドライバーを取り出すと「いよ、黄金バット!」と野次られます。しかし僕はそういうのは一切関係ないのです、徐々に絶大な威力を発揮、しまいには写真のスプーンを取り出すと皆やめてくれという顔です(はっはっはどうだ!)。右は同じく本間のSWで、ご覧の通りHONMAの文字が擦り減るほど溺愛。80ヤード以内の必殺の武器でした。この2本でどれだけ勝利の美酒を味わったかと、家宝に認定されております。

何事もいい仲間とライバルの存在は大事ですね、負けて悔しくて必死に練習を積みました。K君が好調だと手も足も出ず、あまりのミスのない steady golf に「Kマシーン」のあだ名をつけましたが、その彼とスクラッチで戦うわけだからこっちまで追い込まれると強くなったのです。しかしその彼も最初は初心者であり、実は僕らが叩きのめして悔しくて強くなったのです。ものすごい練習をしたのだろう、敬意をもってます。

パットのミスでボールを捨ててるようじゃ資格も品格もなし。当時30代のガキでしたがちょっとは人間も鍛えられ、のちに1889年創立の名門・香港ゴルフクラブのメンバーとしていっぱしに振舞えるようになりました。そこで開催された香港地下鉄公団の80名の大コンペで優勝しましたが、そんなのはたいしたことない、「Kマシーン」との一騎討ちのほうがぜんぜんシビアでした。

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タイガー・ウッズと親父のスマホ

2018 JUL 24 1:01:14 am by 東 賢太郎

先日マッサージで筋肉は50才と言われ、お世辞かなと思いつつも親に感謝した。人間ドックでも何も異常ないし、先月に疲れがたまってか睡眠が浅くなり膝も痛く、CTスキャンをしてもらったが、やはり何もない。10代で鍛えた貯金かもしれないが、体はけっこう強いのだと思う。

しかし、健全な体に宿っているはずの精神の方だが、いろんな心労がたまっていて健全かどうか。事業をするというのは泳ぎ続けないと生きられないマグロみたいなもんで休息などない。もちろん夏休みは考えるが、どこに居ようと頭の中は寝ても覚めても仕事づけだからあんまり意味はない。

去年5月のタイガー・ウッズ

そんな中で、とても元気をもらったのは、今年の全英オープンを6位タイで終えたタイガー・ウッズだ。これは事件だ。一時はトップに並んであわやと期待させたが昔の彼ではない、例の不倫スキャンダルで見る影もなくボロボロになって姿を消し、去年5月29日には飲酒だか薬物だかをやって運転した疑いで逮捕されてこんな顔だったのだ。これを見たときは心底悲しかった。というのは全盛期の彼のプレーを2001年の全英オープン(ロイヤルリザム&セントアンズゴルフクラブ)で間近に見て、ドライバーの打球の凄さと神業のごときショートアイアンの切れに絶句したのが昨日のことのようだからだ。あんな人がそこまで落ちてしまうのかというのに驚いたが、今回の復活はそれに輪をかける驚異である。持って生まれた精神力だろう、ぜひマーラーの2番を鳴らしてあげたい。

今年の全英オープンでのウッズ

もう一つ事件があって、母が逝ってひとりで施設に住んでいる親父がなんと突然にスマホをやりたいと言い出して、なんでだときくと「電車に乗るとね、みんなあれをのぞいてるんだ。私だけだよ、見てないの。よぼよぼのおばあさんまでやってるんだよ」とそれが悔しいらしい。この年齢感覚のなさは確実に遺伝している。親父はガラケーも関心を示さず携帯電話は全くの初心者で、文字入力はおろか電話のかけ方もぜんぜんだめであったが、息子が少し教えたところ、きのう「ありがとう」とショートメールが来ていてぎょっとした。ちなみに94才だ。

つまり、体さえ元気なら何才だろうが復活もできるし新しいことだってチャレンジできるのだろう。では、何をやろう?もちろん。お客様に喜んでもらうことだ、それこそが常に僕の最大の喜びになるのである。しかし、最近もう一つ感じるのは、苦しい時に助けて下さった方々には絶対に恩返しをしないと死ねないということ。

いま、反対に苦しい方もおられるし、第2の人生に進まれる方もおられるし、いま現在に救いの手を差し伸べてくださっている方々もたくさんおられる。どういう形になるかはこれからのことだが、win-winの成果を大きくあげられるよう、ここは僕が徹底的に戦ってみようと覚悟を与えてくれる2つの事件であった。

 

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失敗の記憶は少なめに

2017 DEC 6 1:01:22 am by 東 賢太郎

松山英樹のパットが入らないらしい。そんなときはやらないに限るが、プロはそうはいかない。勝負事はここ一番で決まるが、そこで勝てるかどうかは自分を信じられるかどうかだと思う。

入らないというのは失敗体験だ。失敗は成功の母というし若いうちは失敗の方が学ぶことが多いと思うが、反射神経の領域では必ずしもそうではない。意図してコントロールできない「微小な時間内の出来事」だからで、意図と違う結果が何度も出ると人はだんだん意図の方を疑うようになってしまう。そういう場面で自分を信じない自分が心に棲みついてしまうのだ。

香港でのことだ。当時、ハンディ8とニギリは無敵時代である。ちょうどそのころ始まったマカオ・オープンのトーナメント・コースであるマカオ・ゴルフ・クラブで社内コンペがあって、やる前から優勝は当然、70台が出るかどうかが唯一の関心事という不遜の余裕だった。ほぼパーオンで7番ホールまで1~2オーバーと悪くなかった。ところが、ピンが傾斜面に切ってあった8番ホールでなんと7パットしてしまう。

1メートルの下りのパーパットが入らず想定外にころがって2メートル先まで行ってしまったのが事の幕開けだった。強めに打った返しがまた上につき、嫌な予感がよぎったらまた同じところに2メートル行き、覚えているのはそこまでだ。最後はフックラインの30センチが入る気がせず、またはずした。人間なところを見せてもらいましたと慰められたが、その後はちゃんと記憶が失せているから人間はよくできたものだ。

僕は決してパットが下手ではない。それがどうしてああなるのか、未だにわからない。あれ以前にも5パットはやっていて、その悪夢がよぎって一時的なイップスにでもなったのだろうか。加えてショットもヘタくそな時期が長すぎた。香港時代はちゃんと芯で打てたが、それ以前にシャンクが怖くて当たらず手が痺れる記憶が多くあって、しばらく遠ざかった今はそっちのイメージが勝っている。

そういうのをクラブのせいにしている時代は下手なままだった。失敗>成功、というスポーツは上達しないと思い至って少し上達した。運動は概してダメな僕にとって唯一そうではなかった野球は打たれない記憶の貯金があって、だから怖がらずできたと思う。ゴルフも頑張ったが、なにせたまった借金が多すぎ、しかもそれをカネと時間をかけて長年作っていたのだから大馬鹿者もいいとこだ。

マカオG.C.で、転勤が決まった最後のコンペで真剣に狙った。悪夢の8番ホールもパーで切り抜け、18番ロングがバーディなら79である。狙い通り3打目ややアゲンストの155ヤードを6番でピン3メートルにつけた。そして自信をこめて放ったバーディ・パットは1センチ前で止まった。グリーンに大の字に寝転がって仰いだ青空はきれいで、どうしてあれほど入っていた勝負パットが入らなくなったんだろうと考えた。香港の最後の一打だった。

僕はゴルフを一度も習ったことがない。完全自己流なのは野球もピアノもいっしょだ。結果こそが先生であって、成功体験の貯金こそが大事なのだ。そう考えると借金だらけのゴルフ、ピアノはもうだめである。失敗体験は勝負事では少ないに越したことはなくて、7パットもしてしまうとここぞの場面でまたやるかと無意識にビビってしまうのだ。

松山はトランプ・安倍とユルフンのゴルフなどやるべきでなかった。彼はグリーン上で他人に支配された経験など皆無だろう。「オーケーあり」はそれだ。そんなゴルフで1発でも気の抜けたパットなどしてしまうと神経の精度が狂って、それが刷り込まれてまずいのがトッププロのレベルではないか。プロの投手が敬遠すると次の初球が危ないのとおんなじのように思う。

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どうでもいいことの排除(今月のテーマ:インテリジェンス)

2016 DEC 16 17:17:33 pm by 東 賢太郎

断言するが、テレビが日々ばらまく情報というのは皆さんの生活において99%はどうでもよいものである。僕は海外族で日本のテレビを16年間も見ていないが、それで困ったり損したり日本人として知らずに恥ずかしい思いをしたことなど一度もない。

株式投資をした人ならわかるが、テレビのニュースで流れる情報で株が上げ下げするなど100%あり得ない。つまり何の経済的価値もないのである。もとよりそんなものに知的価値、学問的価値など存在しないないのだからヒマ人の茶飲み話のネタができるぐらいのことであって、知ってお得なことは何もないのである。

きのうクラブのゴルフ好きの女の子が「うまくなりたい」というので教えた。右側が林だとか、目の前から100ヤード池だとかは「情報」だよね?キミのドライバーは180ヤード?じゃあまっすぐ打てば林の存在も池の存在も「どうでもいい情報」でしょ?それを心から消さないから何の意味もないミスショットが出るの。つまりどうでもいいものを意図的に心から消す訓練をすることが重要なのよ。

ライ見てる?100回あったら100回違うでしょ?芯で打たないとちゃんと飛ばないでしょ?だから、これ、ものすごく大事な情報。練習場は毎回同じでしょ?だからラウンドしないとだめ。で、ミスしたらなんで?と考えてる?考えてないでしょ?だから君は100切れないの。飛距離の筋トレ?コース戦略?そんなの君にはぜんぜんどうでもいいの。

こういうとだいたい目が点になってしまう。僕はプロでも何でもないが、しかし、以上の2点だけ、つまりどうでもよくてむしろ有害な情報の意図的排除と、決定的に大事な情報の重視と訓練だけで誰にも教わらずにシングルになったから正しいと証明されている。こういうものを情報(インフォメーション)ではなく諜報(インテリジェンス)という。

僕は猫と一緒に育っており、もとより猫型人間でもあったのだろう、そのせいでそう考えるようになったような気がする。猫は日夜かけずり回ってエサを探すとか犬みたいにあさましく尻尾をふって媚びを売るとかは馬鹿だと思っている。獲物を待って瞬発力で1,2秒でつかまえるのが楽でいい。

だから予習復習とか筋トレとか朝練とか、そういう日々コツコツや根性論的な訓練が嫌いになった。日本人にあるまじき非農耕民族的性格となってサラリーマン社会の集団農作業みたいな文化にアホらしくてついていけなかった。子供時分にそれを見抜いていた母親がこう育てた作品かもしれないが。

誰にもお勧めする性質のものではないが、ゴルフや受験や成果主義の仕事にはけっこう効果の保証できる方法ではあると信じている。

(ご参考)

情報と諜報の区別を知らない日本人

僕のゴルフ修得法

 

 

 

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トランプのゴルフにはそそられる

2016 NOV 21 0:00:39 am by 東 賢太郎

今日帰国したが今月は4回海外ということになり息もつけない。今回は風邪でずっと体調不良でセキこんでいてお客様たちにご不快であったろうが仕方ない。土曜日までアポが入っており、なんとかやるべきことは済ませた。ビジネスとは文字通りbusyなものなんで、安倍首相じゃないがやるときに一気に攻めなきゃ意味ないのだ。

昨日のN響はシューマンづくしでP協とラインだったらしい。僕と同様ラインが最愛の曲である長女が行って楽しんだようで良かった。音楽どころでないのを同情されるが、音楽はいつでも僕の人生の最良のパートナーだが主役、主食ではない。だからいつまでもおいしい。

ゴルフがそういう時もあった。そういえばトランプ氏は「ゴルフはビジネスにとって重要な役割を果たしている。私はたくさんの商談をグリーン上でまとめてきた」と言ったそうだ。たくさんではないが、僕もあった。イギリス人だ。パットを沈めてやっつけたときに「わかった」と決まったのだから接待でない。僕は接待ゴルフは大嫌いでしたことがないし今後もしない。

日本のマスコミはトランプのゴルフについて「60台の腕前」と書いているが、彼はウエスト・パームビーチでゴールドティー(6,900ヤード)の66がベスグロでそれは同コースのアマチュア記録なのである。これを60台と丸められるのは運動をまともにやったことない証拠でイチローの肩をレーザービームとするのと同じぐらいのアバウトな神経である。そんな人の記事をまじめに読んでもしょうがない。

マスコミはビジネスなんてもっと恐ろしくぜんぜんわかってないから彼の「不動産王」も極限までアバウトな表現なのである。そんなことで彼の評価が決まってはいただけない。彼は野球とフットボールオンリーでゴルフはウォートンスクールでフィラデルフィアのCobbs Creakというパブリックコースで筆おろししてる。ここは僕も同級生とコンペをやって記憶あるがえらくしょぼい草ボーボーの3流コースだ。

彼のゴルフ歴でなんといっても親しみがもてるのはvery self-taught(完全自己流、習ってない)と言ってることだ。しかしCNNでドライバーのスイングを見たが、おぬしやるな、である。「はじめは友達とやった、それからやり手とやり始めた。そこでゴルフを学び、ギャンブルを学び、すべてを学んだんだ」と言ってる。やり手とはハスラー(hustler)だ。今に至るまであらゆる場所でゴルフのハスラーが一番だと言ってる。

同感である。ゴルフでギャンブルを学んだ。何と救われるコメントだろう。僕は野球と違ってゴルフは麻雀がわりであり、はっきり言って賭けは強い。優勝トロフィーもたくさんあるが遊びでも手抜きは一切しないから握りの賞金で食っていた感じもありかなりその場はトモダチをなくしたろう。たくさん負けてもおりその悔しさで練習して(僕も完全自己流)そうなったから、やはりゴルフのハスラーたち(トモダチなのだが)から勝負を学んだと胸を張って言うことができる。しかしトランプさんのハンディ3と僕の8は雲泥の差、ベスグロで66と75の差だ。間違いなく比べ物にならない(賭けは勝つ自信あるが)。

悪いがオバマは勉強は出来たろうがゴルフがセコそうだ(私見である)。クリントン(だんな)は林で数回も手の5番だったという目撃証言がある。66出すような人は絶対にそういうことはないと断言していいだろう。そんな人間の出せるようなスコアじゃないんだ。最近入社試験で麻雀やらせた会社があるが政治家は選挙前にゴルフやらせたらいい、ウソつきや品性の卑しい者は一発でわかる。そういえば彼は僕にとって思い出深いスコットランドのターンベリーGCのオーナーだ(2020年の全英だったかな?)。なんとも刺激的なおっさんだ。トランプのゴルフにはそそられる。

 
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大成仏のゴルフ、煩悩の野球

2016 JUL 19 12:12:19 pm by 東 賢太郎

ミクロネシアへの中継点であるグァムで先週にゴルフをやり(レオパレス・グアムでのゴルフ )、この連休も河口湖の鳴沢ゴルフ倶楽部でやることになりました。さあやるぞ!というのではなく予定が重なっただけの偶然です。ことし初のラウンドで、しかもこれが最後かなというぐらいご無沙汰です。

ゴルフは一生分やった感があります。英国、ヨーロッパ大陸で有名なコースはそこそこ、香港時代はホームコースで年80ラウンドで寝るまえ布団にはいって目をつぶってもボールが見えました。そのころ公認ハンディは8で、どこでやってもグロスは80前後であがれベストは39・36の75でした。82までは許容範囲で、83たたくと不満という感じでした。

サラリーマンでシングルは出来すぎですが、ニギりで散々に負けたのが悔しくて完全自己流で固めただけ。格好は悪く、野球打ちのあがってナンボゴルフです。ニギりは強くなりあまり負けた記憶はなく、会社ではあいつと勝負するのはカネをどぶに捨てるようなものといわれました。

だからゆるいゴルフは苦手で、簡単に100行きます。モチベーションが必要なのです。それはプライドです、あいつには負けたくないというですね。いい勝負の4人がいたのが幸運でヨーロッパでは熱中してやりました。トーナメントの優勝トロフィーは6個ありますし、ゴルフというゲームには良い思い出が数えきれぬほどあり、敬意と愛情が人一倍あります。

こういう人は普通はメンバー倶楽部のクラチャンなんか出てエージ・シューターなんか狙ったりするものです。そこが僕が自分自身をよくわからないところなのですが、そういうのは面倒くさくてぜんぜん関心がわかないのです。もっとやりたいことがあるし、五十肩ショックで完全にお留守になってしまいました。

かたや野球はというと、練習は地獄だったし硬式になってからはほとんど良い思い出がありません。それだのにものすごく気になる。やってる夢を見ますし、やれるものなら何をおいてもまたやりたい(フィジカルに無理)。ゴルフ観戦はさっぱり興味なしなのに、野球なら子供のすら見たい。いいピッチャーがいると草野球でも1時間でも見ますし教えてあげたくもなります。

これは2つ理由があって、まず、野球に成仏できていない。僕にとっては野球ほど面白いスポーツは世の中に存在しないのであって、故障でできなくなった喪失感は40年たっても埋まっていません。プロ野球を見ていてものすごく細かい部分の感覚まで実感できてしまい、ちくしょうやりたいなあ、と渇望がうずく。この煩悩って苦しいんです。誰にもわかってもらえないでしょうが。

つぎに、僕のゴルフ技術は付け焼刃のインチキだということです。野球ならリトルの二軍未満。自己流が体にしみついただけなので限界が見え、磨いてもこれ以上うまくならないのがわかってます。理にかなってないので毎日メンテしないとどんどん忘れます。自転車に乗るみたいにどこでもどんな道具でもそこそこできてしまいますが、もうそこまで。成仏する時が来ています。

思えば僕にとって勉強も音楽やピアノも、ゴルフとおんなじ道を来た気がします。付け焼刃のインチキ。だから煩悩がないのはありがたいことですが。

 

高めのストレートは投手のプライドである

 

(こちらどうぞ)

僕のゴルフ修得法

 

 

 

 

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タイガー・ウッズの思い出

2015 MAR 17 21:21:07 pm by 東 賢太郎

久々にゴルフです。左の五十肩は一時よくなったのですが、今度は真上に上げると痛くなってきてどうもいけません。治ったらまた再開したいと思っていますがいつのことやら・・・。

僕らにはしょせん遊びだから、もうできなくっても仕方ないねで諦めればすんでしまう。でもプロが不調になったり故障したりする、それは選手生命の終わりかもしれず、人生をそれに賭けたのだから死を意味するようなものかと想像します。そういう境遇にいるかもしれないメジャーのタイトルホルダーであるデイビッド・デュバルとタイガー・ウッズが気になっています。

2001年の全英オープンはマンチェスターにある1886創立の名門ロイヤル・リザム・ セントアンズで行われました。当時はもう日本に帰国していたのですが米国の運用会社F社幹部のお招きで渡英し、コンファレンスへの参加ついでにこれを観戦させてもらいました。この大会はマスターズを勝った破竹の勢いのタイガー・ウッズと同2位のデイビッド・デュバルの、まさにその二人の対決と目されていたのです。

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見たのは確か土曜日の3日目でしたが初日から走っていたのはコリン・モンゴメリーです。モンゴメリーはスイスで何度か見ていたので、この時ここぞとばかりに駆けつけたのはT・ウッズのラウンド前の練習でした。どうも微妙にひっかけ気味で、といっても300ヤード先で10ヤードぐらいの話なのですが。ラウンドも何ホールかついて回りましたが結局その球筋が災いしたようで彼は不振で25位ぐらいでのホールアウトでした。

しかしそれでも、スイングスピードの速さ、弾丸みたいに空気を切り裂くティーショットの音、2打目地点で他のプレーヤーを20-30ヤードおいていっている飛距離、もう並みいるトッププロのなかでも別格的な所でやっていてどこか孤高の人という感じすらありました。僕らのやってるゴルフはありゃあビリヤードみたいなもんだ、本当はアスリートの肉体の闘いなんだということがよくわかりました。

ただ僕がもっとも驚いたのはアスリートのしるしであるドライバーやロングアイアンのショットの初速や飛距離ではなく、ナイフのような切れ味でバックスピンがかかって信じられないほど高く舞い上がるバンカー越えの100ヤードちょっとのサンドウェッジ(たぶん)でした。それが少し先に着地して、コロコロと戻ってピンそば1,2ヤードに止まった、その結果に驚いたのではなくて、打ったショットの凄まじいエネルギーに仰天したのです。それは去年に屋久島で目撃した「はやぶさ2号」の打ち上げみたいでした。

それもフルショットではなく、あの距離をコントロールショットでサンドで高く上げて切れ味よく止めるというだけで、もう僕ら程度のゴルファーにはあり得ないショットになります。いえ、そもそもSWでフルに振っても届かないし。こういう異次元の光景を次々と目撃すると何か自分まで少しうまくなったような気がするものです。けっしてそういうことはないのですが・・・。

大会を制したのはサングラスであんちゃん風のデュバルでした。よくあれでコントロールできるなと思うほどの極端なフックグリップで強烈に飛ばしていました。その彼が翌2002年はスイングが滅茶苦茶になってランキング80位ぐらいまで一気に落ちた。最近少し盛り返したと聞きますが、あそこまで一旦落ちての話だから復活ではないでしょう。ああいう個性的なフォームだと維持するのも大変ということなんでしょう、思えばあの全英が彼の最初で最後の輝きだったわけですが、ゴルフというのは怖いゲームです。

たしかその前後で二人は日本に来て太平洋クラブ御殿場コースのマッチプレーで組み、デュバルはボロボロだったが18番でウッズが驚異のチップイン・イーグルを決めて勝ったのでした。あれはTVで見ていて唖然でした。彼が打ったあのグリーンサイドの箇所には記念のプレートが埋められています。そこに立って構えてみるとやや左下がりぎみの打ち上げ!で、100発打ってもまず入らんだろうなあと思うような所であります。

ウッズは父親がスパルタ英才教育で育てた天才です。ゲーム中にどんなアクシデントがあっても動じないようにと池に突き落とされたり、打つ瞬間に耳の後ろでパンと手をたたかれた。星 飛雄馬のゴルフ版という感じです。人間味のある顔つきと、精密機械のようなショットのアンバランスが面白かったですね。有色のマイノリティが伝統的白人世界の帝王となり、バラク・オバマの登場に道を開いたとさえ僕は思っています。

あれからウッズは日の出の勢いで無敵街道を驀進します。彼に勝てる者はもう出ないのではと誰もが思った。だから先日その彼が82を叩いたというニュースを見てしまって、悲しいというか、信じたくないというか、ひとつの時代が終わったんだとため息が出るばかりです。82ははっきりいって当時の僕らですらあんまりうれしくない、79以下=うれしい、80=悔しい、81=今日はもういいや、82=あっそう、というスコアです。僕らが120を叩いたぐらいのショックと推察いたします。

できれば、頑張って復活してほしいと切に思います。世紀の天才があんなことで終わったなどというのはどうも・・・天才に何でも許されるわけではないですが、天才であり続けるコストも高いのだろう、気の毒だなという気持ちもあるのです。しかし、あの彼のショットを思い出すと、頑張ってああなれるという水準の話でないこともよくわかってしまいます。悲しいことです。

 

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ゴルフの謎 (Thank you, but not for me.)

2013 JAN 14 18:18:42 pm by 東 賢太郎

趣味は?と聞かれて「広島カープ応援」と「音楽鑑賞」とは答えますが「ゴルフ」をそこに入れたことは一度もありません。ゴルフの魅力は人並みに知っているつもりなのですが・・・・。

まず僕はゴルフというものを誰かに習ったことが今もって一度もありません。完全自己流です。だから技術について語る資格は全くありません。野球打ちだねといつも言われます。ロンドン時代たくさんやって初めて100を切りましたが、若気の至りで300ヤード飛ばすことだけが生きがいでした。

僕がスコアにこだわりだしたのはスイスにいたころです。まだ結果はあまりついてきませんでしたが。右の写真は僕がメンバーだったチューリヒ郊外のシェーネンベルグ・カントリークラブです。カウベルをつけた牛がいるのどかなコースで絵のように美しく、スイスにしてはパスタがいけるので好きでした。当時、社内に好敵手が3人いたのですが各人オランダ、ハンガリー、イタリアと住んでいる国がバラバラで、順番に幹事となって年に5~6回週末にそれぞれの国で「プレジデント・カップ」(みんな現法社長だったので)と称して雌雄を決する戦いをくりひろげました。これで徹底的に鍛えられて「勝負ゴルフ」には強くなりました。ただ負けると悔しくて半分苦痛のときもありましたが。

ゴルフが初めて面白いと思ったのはその次の赴任地だった香港のころで、香港ゴルフクラブ(上)、西麗ゴルフクラブ(下)を根城として毎土日、年間100ラウンドやってましたからハンディは8.3でした。85たたくと寝覚めが悪いというのがこのレベルです。ただシングルといっても、夜布団に入って目をつぶってもゴルフボールのポチポチが見えてくるぐらい入れ込んでいただけで、おそらくどなたでもそれだけ回数をやればそのぐらいは行きます。べスグロはこの西麗GCの75(Out39、In36の3オーバー・パー)で、これを僕の人生べスグロとして子孫の励みのためにここに記しておきます。スコアメークよりは競った時に勝負に強いタイプで、香港MTR(地下鉄公司)主催の在香港金融機関トーナメントで個人優勝するなど我ながら破竹の勢いだったと思います。野村證券の世界中のいろんな社内コンペで僕以上に優勝した人もたぶんおらず、結果的に家にはトロフィーやカップがごろごろあります。

そんなに面白かったゴルフなのですが、どういうわけか去年もおととしも年に3~4回しかやっていません。要は自分から誘うことがなくなり、誘われないとやらず、誘われても行かれないことがある結果です。やってもスコアは100前後です。アベレージ80前後をキープする、つまりぎりぎりでも「シングル」でいるためには趣味も仕事も女房も捨てる必要ありといいますが、たしかに当時は仕事以外は捨てていました。そういう情熱はもう湧きません。トシなのでしょうか。もともと他人のプレーにはまったく興味がなく、ここが少年野球でも何時間でも見てしまう野球とは根本的に違います。だからマスターズなどの中継はほとんど真剣にTVを見たこともありませんし、誰が勝ったかも知りません。会員権が欲しいとも思わず、やはりゴルフは生来僕には  Thank you, but not for me.   の域を超えていないのだと痛感します。野球がないヨーロッパ、香港だったから熱中していたので、今はなくても全然困らないのですから野球への愛情とは決定的にちがうのです。どうも趣味と言うことは一度もないまま終わりそうです。

 

世にはゴルフという魔物が棲む(1)

 

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