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蝶ネクタイの勧め

2019 NOV 28 20:20:54 pm by 大武 和夫

この先2回の投稿の内容を予告しましたが、なかなか時間がとれませんので、全く別のお話をひとつ。

サイト掲載の私の写真は蝶ネクタイ姿ですから、ご覧の皆さんは「何を気取っているのだ!」と思われるかもしれません。しかし、これは私の普通の姿です。

以前は結び下げのネクタイを普通に締めていました。それが20年前に、一夜にして変りました。そして今では結び下げネクタイは葬式に行くときにしか絞めません。ごくたまに絞めるだけですから、締め方を忘れていて往生します。(このことからお分かりのように、元来手先が器用ではありません。ピアノ演奏の腕もお察しの通りです。)だからと言って蝶ネクタイならサッサッサと短時間で容易に絞められるかというと、そういうわけでもないのです。それなのに常用するのは何故か、自分でも時々不思議に思います。

初めて絞めた蝶ネクタイは、留学先のハーバード・ロースクールの事務方の偉い人が後年来日した際に、お土産にくれたものでした。(これは大学の紋章をあしらったものですが、その後その紋章は、比較的最近全米の大学を吹き荒れた「奴隷制の名残はすべて一掃しよう!」という急進的学生運動のあおりで、廃止されました。同紋章は創立当時の高額寄付者の家紋を取ったものですが、その寄付者は自宅で奴隷を使用していたのだそうです。愛着のある紋章でしたから残念ですが、このサイトの禁止事項である政治にかかわる問題ですから、それ以上の意見は述べません。廃止された紋章を残すその蝶ネクタイは、今では時代の証人として貴重な存在となっています。)もらったは良いものの締め方が分からず、某輸入洋服店に行って締め方を教わり、ついでに、その店で売っていた蝶ネクタイも購入しました。締め方を教えてもらうだけでは申し訳ないと考えた私の気の弱さのなせる技です。(弁護士として活動するときには気の弱さは影を潜め、私のもう一つの個性である図々しさが前面に出るのですけれど・・・。)しかし、大げさを承知で申すなら、そこで買ったもう一つの蝶ネクタイが私の人生を変えました。

それまでにも蝶ネクタイは持っていました。夜の準正装(ディナージャケット=タキシード)に合わせるための黒の蝶ネクタイでしたが、それは形が出来ていて首に巻くだけ、という簡易型でした。従って、その使用を通じて実際に絞める技術を習得していたというわけではありません。

上記の店で買った蝶ネクタイは、おそらくはハーバードのCoop(生協)で取り扱っていたのであろう廉価な土産品と違い、品質がよくて遙かに絞めやすく、しかも柄、色調もとても良いものでした。その後今日に至るまで買い求めた優に百本を超える蝶ネクタイの中でも、お気に入りの一つとなって今日に至っています。

後述する「長所」にも書きますが、絞めると気持ちが引き締まる快感に味をしめた私は、毎日蝶ネクタイ姿で出勤するようになりました。当初は人目が気になります。20年前は日常的に蝶ネクタイを着用する人はまず見かけませんでした。ロースクール卒業後に研修生として受け入れてくれたNYの法律事務所にもロンドンの法律事務所にも、蝶ネクタイ着用者はいることはいましたが、勿論彼らは圧倒的少数派でした。まして当時の日本においておや、ということです。

しかし、これは私自身の自意識過剰のなせる技であるということもまた事実であったと思います。だんだんと人目が気にならなくなり、こちらが自然に振る舞えるようになると、東京のような大都会では蝶ネクタイに目を留める人も少なくなります。こちらが人目を気にすると注目されているような気がして恥ずかしいのですが、こちらが大胆に振る舞って人目など気にしない態度を取ると、他人は放っておいてくれるものです。

当初は、例えば週末に音楽会に行くときなどに蝶ネクタイ着用を躊躇したこともあるのですが、そういう仕事を離れたいわば「ハレの場」にこそ着用していくべきであると考え直し、現在ではおよそ上着を着る時にはほとんど必ず蝶ネクタイを組み合わせるという具合に進化(?)しています。(今でも秋冬には例外的にクラヴァットを首に巻くことがあります。しかし、暖房が強く入った場所では秋冬でも夏と同様に汗をかきますので、首に直接巻くクラヴァットの出番はどんどん減っています。)

さて、そういうわけで、現在は蝶ネクタイ100%の生活を送っています。その私から見た蝶ネクタイ着用の長所と欠点を列記してみましょう:

<長所>
* 結び下げより安い。意外に思われるかもしれませんが、使う生地の量が少ないからでしょう。Hermes等の高級ブランド品でも、蝶ネクタイの方が結び下げより安い価格設定になっています。
* 風が吹いても大丈夫。
* ラーメンの丼の中にネクタイが入ってしまうことが無い。
* タイピンというあまり粋でない小物(これは私の偏見)を使う必要がない。
* きちんと絞めると気持ちが引き締まり、仕事であれ、音楽会であれ、レセプションであれ、次なるイベントに向けて心の準備が出きる。
* 何より絞めるのが楽しい。上述したように器用でない私は、今でも物によっては苦労することがありますが、きれいに絞め上がったときの気持ちは実にすがすがしい。
* 太さや長さに流行がある結び下げと違い、まず流行というものが無い。従って、いつ求めた物でも、流行遅れなどを気にすることなく着用可能。
* 飛行機で着用しているとフライトアテンダントの扱いが顕著に違い、良い待遇を受けられる。これは複数の知人(米国人と日本人)の経験談で、私自身は試したことがありません。機内でくつろぎたいとき、特に長距離フライトで寝たいときには、邪魔になるとしか思えませんが・・・。
* すぐに覚えてもらえる。これまで見知らぬ方から音楽会のフォワイエや駅のホームで(!)突然声をかけられたことがあります。「いつも蝶ネクタイをしていらして、しょっちゅうお見かけするので・・・。」以前よく法廷に行っていたときには、書記官に「蝶ネクタイの先生」などと呼ばれることもありました。
* なんだか偉そうに見える(?)のか、例えば職場のビルの受付嬢が、大勢の中で私にだけにこやかに挨拶をしてくれる。

<欠点>
* 悪目立ちして、周りから浮いて見える。東京では、目立って見えるというのは自意識過剰の思い込みであり、ずいぶん前にその思い込みを克服しました。しかし、地方都市では、例えば大都市名古屋ですら、なんとなく好奇のまなざしを感じることが珍しくない。
* すぐに見つかるので悪いことはできない。(これが何故欠点なのか!というご意見もあるでしょう。)
* ホテルでバイキングの朝食の列に並んでいると、突然前にいたおばさまから「ちょっとお~、スクランブル・エッグ切れちゃってるじゃないのお。もお~!」とお叱りを受けたり、隣の列にいたおじさまから「済みませんが、小さいスプーンを取ろうとして落としてしまったのですが・・・」と話しかけられたりする。いずれのパターンも実際に複数回経験あり。スタッフの振りをして答えるというのも手ですが、面倒なので「そうですねえ・・・」とだえ答えて言葉を濁すというのが私の定番対応。そのうちに本物のスタッフがやってきて、発言者は目を白黒させることになります。こっちの蝶ネクタイは黒ではないのですけれどね。
* 吉本興業所属かと誤解される。
* ものすごく気取り屋だと誤解される。
* 超保守派と思われる。(そういう面もあることを自覚していますから敢えて「誤解」とは言いませんが、そうでない面も多分にある私は、見かけで他人を判断しないで欲しいと切に望みます。)
* どこでも手に入るわけではない。これはなかなか重要。特に日本では常時置いてある店は結構限られています。欧米だとてそう多くはありません。(しかしそれだけに、良品を探し求めて素敵な店・品に出会えたときの嬉しさは、実に大きい。)
* 暑いときや疲れたときに簡単に緩めることができない。結び下げならスッと緩めてまた戻すということが容易で、これは羨ましいと思うことがあります。もっとも、その対応作として、首回りが大きめのシャツを注文ないし購入するよう工夫しています。
* 様々な締め方を楽しむことができない。これは欠点には違いありませんが、同じ一つの絞め方でも、個々の蝶ネクタイに合わせて締め方を微妙に調節する楽しみはあります。

良いところと悪いところは、ざっとこんなところでしょうか。私にとっては、戦場(職場、裁判所、交渉現場等)に赴き、あるいは人前に出るに際し気持ちを引き締めるという効用が、他の全ての長所を上回り、全ての欠点を覆い隠しします。

最後に、これは長所のところに書くべきだったかもしれませんが、蝶ネクタイを愛用する法律家協会(略称「蝶法協」;英語名は「Bow Tie Lawyers Association」)という親睦団体があり、その創立メンバーの1人であることは、私の誇りとするところです。個人情報にかかわりますからメンバーのお名前は挙げませんが、著名法曹10名(正確には著名法曹9名と非著名な私の合計10名)が君子の交わりを楽しむという会です。共通点は法律家である他はただ一つ、蝶ネクタイを愛用するということです。会則には華美を排するとあり、Concert Goerの私は心配しましたが、演奏会・オペラに通うこと自体は華美とは言えないという甚だ文化水準の高い判断が会員の暗黙の合意であるようで、実に有り難いことだと感謝しています。

会員資格要件が蝶ネクタイの「愛用」であって「常用」でないところがミソです。会長のI教授や有力会員のH教授、F弁護士、そして私以外の会員は、常用まではされていないようにお見受けします。しかし、皆さん「普及活動」と称して、様々な場に蝶ネクタイ姿でお出かけになっては証拠写真を撮ってもらって会員間で交換し、あるいはSNSで披露するという、微笑ましくも麗しい努力を重ねておられます。ちなみに私は食いしん坊であることから、蝶法協のCDO(Chief Dining Officer)を拝命しています。必ずどこかのレストランで開催する総会に10名の男性が蝶ネクタイ着用で集うのは壮観です。珍しい光景にレストランのスタッフから驚かれることもあります。

蝶法協の名は海外にも轟きつつある(?)ようであり、先般は米国在住の米国人法律家から入会申し込みがあって驚かされました。もっとも、現在の人数が心地よく日本人入会希望者もお断りしているとして、謝絶しました。米国支部を作っていただくよう誘導すべきだったかもしれません。

皆さんも蝶ネクタイをお絞めになってはいかがでしょう。思いがけない心理的効果があるでしょうし、人生が変わる(?)かもしれません!

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