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視覚についての脳の機能 第一篇 セミール・ゼキの「脳は美をいかに感じるか」

2012 SEP 12 15:15:43 pm by 西室 建

最近のinterdisciplinary(学際的、他分野の学問にまたがる)な研究の中で大きく発展してる分野に、「脳の解明」があります。言語学や心理学のアプローチ、fMRIや光トリポロジーを使う物理学的なアプローチ、神経科学や解剖学のアプローチなど、脳についての謎を解き明かそうとする様々な取り組みを統合しようとする動きです。例えば、人間は生まれつきに、最初の言葉が何であれ、抽象的な意味での言語を理解し構成する遺伝子的な地図をpresetで持ち合わせている___というチョムスキーの仮説は、今はfMRIの機械や医学的な分析によって証明されつつあります。私はこの分野の話が大好きなのですが、最近読んだ、「視覚」に関係する本を2冊紹介します。

1冊目はセミール・ゼキ著の「脳は美をいかに感じるか」、2冊目はラマチャンドラン著の「脳の中の幽霊」という本です。SMCの最初のブログとして、ゼキの本について執筆したいと思います。

ゼキは目でものを見るという意味が、脳の複数の分野が多重に関係し合っている複雑なプロセスであることを、様々な視覚障害を起こす実際の症例をあげて説明し、それと著名な美術家たちの魅力と合わせて説明しています。神経生物学から見たフェルメールとミケランジェロ、プラトンのイデアの神経科学、キュビズムのアプローチ、モンドリアンの線の傾きの神経科学、など タイトルを見ただけでもゾクゾクするような内容です。
例えば運動盲という症状は、対象が静止していれば、絵画でもかなり細かな分野まですぐに見えることができるし、色、奥行、形の特徴もすぐわかるのに、一端動きだすとそのほとんどが消えてしまうものです。この症候群は脳の中の視覚野の一部であるV5に損傷がある場合に発生します。大脳性色盲は、V4という脳の部所と関係しています。その様な患者のスケッチに形態視には障害は全くありませんが、発症前と比べて美的感覚に深刻な影響を与えていることが観察されます。あるいは、人間の表情を読み取ることが全くできなくなる症例、見えている建物が何であるかさっぱり分からないと主張する患者が見事なスケッチを描けることとか、大変興味深い話がたくさん載ってます。モネは「ルーアン大聖堂」の正面を何度も描いています。セザンヌもサント・ヴィクトワール山を何回も描いています。二人とも同じ情景を異なる条件で表現しようとしたのは、恒常性の必要性、
即ち絶えず変化する条件の中での情景や物体の本質的な特徴や特質を抽出するべき事を本能的に理解していたからであり、彼等は気がつかないままに、視覚脳の機能を模倣していたんだと、ゼキは結論しています。

今夏、上野に展示されて今も日本中を回っている、フェルメールの「真珠のイヤリングの女」という絵をご存じの方は大勢いらっしゃることと思います。この絵に関するゼキの書評はまさに何をテーマとしているかを浮き彫りにします。「フェルメールの他の作品と同様に、この肖像画も神経科学的意味で曖昧さの傑作にあたる。少女の顔は招くようであり、同時に怒っているようでもあり、エロティックに興奮して、願っているようでもある。また、距離を置いて、どこか悲しそうだが嬉しそうで、動き出しそうで、ためらっていて、服従的で支配的である。この少女は誰なのか、何を望んでいるのかは、プルーストの言葉を借りれば、はかりしれない、永遠にときあかされることのない問題である。既に述べたような症状としての相貌失認の神経科学的臨床像から、フェルメールの肖像画を見ることについて、以下のように推測することができるであろう。まず、紡錘状回後部の損傷患者は顔を全く知覚することはできるが誰の顔かはわからない。さらに前方の損傷患者は少女の顔の表情が区別できないであろう。しかし、この絵が喚起する強い主観的印象に対しては脳のどこの部位がどのように作用し合って、絵全体の印象を与えるのだろうか。これらの疑問については、まだほとんど分かっていないのが現状である。視覚脳の働きについて、とりわけ美の神経科学的基盤については、私たちはいまだに無知なのである。しかしながら、その部位が存在しなければ、それだけですべての肖像画の美しさが存在しなくなってしまうような脳の部位を、少しの曖昧さもなく正確に指摘することはできる。」

上記に加えて、僭越ながらコメントすると、修復の際にかつて一度消したが復活された、少女の唇にうつる真珠のイヤリングの反射光、ターバンに使われた当時は入手するのに大変な困難をともなったラピスラズリの微妙なブルー、これらに対する脳の反応を、フェルメールはどこまで本能的に理解していたのか? と考えると、本当に美と脳の世界には計り知れない魅力を禁じ得ません。

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