蛙鳴蝉噪(プルーストメモリー)
2013 AUG 1 22:22:31 pm by mtsuzaka

猫の額の半分にも満たない庭に、ラベンダーを植えている。水はけが悪いせいか、大株に育つ前に枯れてしまう。シベリアンハスキー同様、高温多湿に弱いせいだ。特にガーデニングが好きなわけでもないし、花が好きなわけでもない。でも、ラベンダーだけは、毎年こりもせず失敗を繰り返している。香りが懐かしいからだ。
すこし古いが、環境庁のHPに「かおり風景百選」http://www.env.go.jp/air/kaoriが掲載されている。百選は「身近にあるよいかおりを再発見し、かおりに気づくことを通して身の回りにある様々なにおいを意識し、不快なにおいの改善に積極的に取り組む地域の活動を促進する」目的で選んだそうだ。東京は、「神田古書街」と「新木場の貯木場」が選ばれていた。私の出身地である北海道からは、ふらの地区のラベンダーが選ばれている。
◎ファーム富田の畑から十勝連邦)
解説によると、「富良野周辺では、広い面積でラベンダーを畑で栽培しており、その風景はラベンダーのふるさとである南フランスを彷彿させる。これらの各市町は、ラベンダーを観光資源として活用しており、訪れる観光客はこれらの風景とかおりのために心やすらぐひとときを味わうことができる」とある。紹介された、ふらのラベンダー畑では、写真の中富良野の「ファーム富田」が有名だ。富良野から旭川に向かう道路からみる風景は、色とりどりの畑が連なる北海道らしい風景の一つだ。中富良野には、年間130万人もの観光客が訪れるが、大半の旅行者がファーム富田を訪れている。2003年には天皇皇后両陛下もいらしたそうだ。
ラベンダーの匂いから多くのことが思い出される。学生の頃に中富良野の国道でもらった25Km超過速度の交通違反キップ、父親と行った北の峯スキー場(現ふらのスキー場)、緑や黄色の作物で彩られた畑。高校にも大きなラベンダーがあった。木造の汚い校舎だった。
私は、幼いころ炭鉱の町で暮らした。蒸気機関車の煙や石炭のくずを捨てたズリ(ボタ)山の匂いは小学1年生。稲穂の匂いや乾いたわらは小学4年生頃。その後移り住んだ海辺の村では、干物の加工場のにおいだ。
臭覚は視覚や聴覚よりも記憶を呼び起こす作用が強いとの研究が発表されている。かおりや色などで、ふとした拍子に過去を思い出すことがある。
フランスの作家、マルセル・プルーストが書いた小説から Proustian memory(Involuntary memory)というそうだ。
高校時代、ラベンダーのかおりがするマドンナが、私に笑いかけてくれた・・・というのは、プルースト・メモリーではなく、単なる記憶違いだ。しかし、最近の子どもたちは、公園やスモッグの匂いからパズドラの画面と音楽を思い出すのだろうか。PM2.5と光化学スモッグの匂いだけでは、いかにもさびしい。
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花崎 洋 / 花崎 朋子
8/2/2013 | 7:30 AM Permalink
確かに「香り」は、視覚、聴覚以上に、記憶に残るインパクトの強い要素ですね。私も幼少時代を自然に恵まれた場所で育ち、そのことはとてもラッキーであったと思います。
東 賢太郎
8/2/2013 | 6:39 PM Permalink
多摩川で育ち今また多摩川に帰りました。この川辺の香りは変わりません。