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佐賀県の有田町、有田焼の町です。

有田焼の町、佐賀県有田町に、新しいプロジェクトの打合せに参りました。
有田焼の歴史は、江戸時代初期から始まる。2016年に有田焼400年を迎えると言う。
江戸時代初期、肥前「有田」で、日本で初めて磁器が焼成された。
豊臣秀吉の天下、朝鮮に出兵した佐賀藩主の鍋島直茂は何千という朝鮮陶工を日本に連れて帰った。その一人李参平(りさんぺい)は、当初、多久にて製陶していたが、さらに良質の原料、陶石を見つけるために、旅に出た。そして、1616年、ついに有田の泉山(いずみやま)にて、良質の磁石を発見。李参平は日本で初めて白磁を焼いた有田焼の祖と言われる。
初期の有田焼は白い素地に藍色一色の模様が多かった。1640年代に初代・柿右衛門が赤を基調とした「赤絵(色絵磁器)」を生み出す。1650年代、有田焼はオランダの東インド会社によりヨーロッパの国々に輸出された。ヨーロッパに渡った有田焼は「IMARI」と呼ばれ(伊万里港から出荷した)、豪華な金襴手の品々は当時、純金と同じ価値で取引された。ヨーロッパの王侯貴族の中には熱狂的なコレクターが非常に多かった。
このような繁栄の歴史を歩んだ有田も、日本中の地方の町と同じく、過疎高齢化・世帯流出・伝統産業の衰退という課題をかかえる。
輝かしい有田の歴史をうかがわせる美しい町並みが残り、文化庁が選定する町並みの重要文化財と言われる「重要伝統的建造物群保存地区」に選定されている。ちょうど、今頃GWは、「有田陶器市」で1年の半分以上の人出を呼んでいる頃だ。
通年型で有田を訪れる旅行者をもてなす仕組みを造り、美しくクオリティの高い有田焼の魅力にふれていただく仕組みを作ろうというのが、新しいプロジェクトだ。
今年は、有田に通うことになる。

  1. 東 賢太郎

    4/29/2013 | 3:25 PM Permalink

    白磁は中国(景徳鎮が有名)で生まれ、朝鮮を経て日本へ入った文化の一つですね。白い焼き物は西洋人は作ることができず、だから白い金といわれ高額で売れたそうです。東インド会社の最大手顧客がポーランド王で、彼がザクセンの錬金術師を集めて古伊万里などを研究し、100年遅れて西洋で初めて作れるようになった白磁がマイセンです。マイセンはドイツ時代にいくつか買いましたしデルフトでも白磁はたくさん見ましたが、だいぶ趣は違うように思います。デルフト焼の絵柄は東洋風のものも多くあり、この文化が伝播する流れを見た気がしました。そのルーツの一つである有田焼の源も、じっくり見てみたいものです。

  2. 中島 龍之

    4/30/2013 | 12:35 PM Permalink

    福岡の中島です。はじめまして。梶浦さんの、SMCの旅行をはじめ、京都のご案内いつも見ておりますが、初めてコメントさせていただきます。今回、有田焼のご紹介ですが、実は、私、昨日、有田の陶器市に行ってました。ブログに載せようと思っていたところ、梶浦さんのコメントがあり、その偶然に驚いてます。私の場合、陶磁器の趣味があるわけでもなく、知識もなく、暇つぶし的に行ったのですが、何かテーマを持った方がいいかなと思っていたところです。私が小さい頃、家に、柿右衛門の小さい皿があって、有田焼=柿右衛門=柿色、というイメージでしたが、最初は藍色だったのですね。昨日、見た中にも白地に藍色のシンプルなものが多かったのも納得できます。李参平が有田焼の祖になるのですね。また、東さんの、古伊万里がマイセンの起源のなっているなど、興味深いです。またいろんな情報ご紹介ください。

  3. 通年型で、季節を問わずに、人々が観光に訪れる街づくりですね。有田には一度しか行ったことはありませんが(暑い夏でした)、きっと、大きな可能性を秘めた観光資源が、数多く眠っていることと推測いたします。花崎洋