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私が選ぶ「9人の指揮者によるベートーヴェン交響曲全集」(4)第4番変ロ長調

今回は4回目、交響曲第4番変ロ長調です。

◎曲目に関する若干のコメント

作品番号55第3番「英雄」を、満を持して発表したベートーヴェン、中期黄金期を迎え、まさに乗りに乗っている勢いを感じさせます。

作品57は、ピアノソナタ第23番ヘ短調「熱情」

作品58は、ピアノ協奏曲第4番ト長調

(あくまで、私個人の感じ方に過ぎませんが、上記2作品は「陰陽のコントラスト」が非常に明確であるのと同時に、熱情ソナタは「極度の凝縮感」、P協4番は、それに対して「解放感と癒し」というコントラストも感じられてなりません。)

作品59も大変有名な「ラズモフスキー弦楽四重奏」の3曲(真ん中の第8番はホ短調と第4番ハ短調に引き続き再び短調の作品)

今回の交響曲第4番は、ラズモフスキーに引き続く作品60です。

ちなみに次の作品61は、これまた有名な「ヴァイオリン協奏曲ニ長調」です。

上記の創作過程からの推測ですが、またベートーヴェンが自身で付けた作品番号からの乱暴な推測に過ぎませんが、交響曲2番、3番と「大規模化」と「内容の極度の凝縮」というプロセスを辿り、恐らくは「自己実現の場」でもあろう、弦楽四重奏にて、同じ目的を果たせた!と実感したベートーヴェンが、今度は、その逆のコンセプトである「解放感や、寛ぎの感情」を交響曲の場で表現してみようと意図したと思われてなりません。この4番交響曲に続く作品61のヴァイオリン協奏曲も、同じコンセプトに入ると思われます。

私個人の好みの話で恐縮ですが、私はベートーヴェンの9曲の交響曲の中で、最も好きなのは、この4番です。ちなみに好きな順を挙げますと、4番と6番→2番→7番と8番→1番→9番→3番→5番という順番になります。つまり、短期間でサッ書き上げた作風の方を、時間をかけて凝縮した作風よりも好きなわけです。同じことがブラームスの交響曲にも言えて、2番が最も好きで、1番は息がつまるようで、余り好きではありません。

 

◎私が選ぶ交響曲第4番のベスト1

ムラヴィンスキー指揮 レニングラード・フィルハーモニー管弦楽団演奏(1973年4月29日 ライブ録音)

上記にも触れましたが、この4番、「開放感や、くつろぎ」をベースにしてはいるものの、作品55の英雄交響曲や作品57の熱情ソナタで、正に異常なほどの「凝縮感」を達成しているベートーヴェンですので、彼自身は、充分に寛いでいるつもりでも、我々凡人が、ボーッとしている緊張感のレベルとは、勿論、雲泥の差であることは間違い無いと思われます。

つまり、この第交響曲の演奏は、曲の上辺の印象とは真逆の、緊張感に満ちた、切れ味の鋭い演奏でないと、この曲の良さは、ほとんど出ない! と私個人は考えます。その意味で上記ライブ演奏は理想的であります。

ある意味、冷徹なほどにスコアを読み込み、曲の本質に対する洞察の鋭さが具現化されている演奏は、他に無いと入ってもけっして過言ではないと思います。

全ての楽章が速めの理想的なテンポで進み、緊張感は一瞬たりとも途切れず、ティンパニーに代表される切れ味鋭い表現、などなど言葉にすると野暮な、私がこの曲に持つ理想的なイメージを、ことごとく体現していると思います。

ベートーヴェンの9曲の交響曲の中で最も好きな4番ですので、個人的な視野の狭い拘りの感情が異様に増大した結果なのですが、このベスト1に推薦しました演奏以外には、現在では、満足の出来る演奏は、正直言って、ひとつもありません。

よって、今回は次点の名盤の推薦は、敢えて取り止めさせていただきます。

また、今回は著しく客観性に欠けた記述になってしまったようでして、誠に申し訳ございません。 花崎 洋

 

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  1. 東 賢太郎

    7/22/2013 | 1:16 AM Permalink

    このムラヴィンスキー、素晴らしいですね。もう少し録音が良かったらといつも思いますが演奏そのものは花﨑さんの惚れ込まれている通りで僕も大いに共感いたします。この頃のレニングラード・フィルの合奏力はトスカニーニのNBC、セルのクリーヴランドと並んで、あらゆる時代のオーケストラ演奏を並べても金メダル級であることに誰も異論はないでしょう。僕は個人的にですがムラヴィンスキーの古典はモーツァルトの39番を採ります。あれはちっともモーツァルト的な音でも演奏法でもないにもかかわらず見事に変ホ長調の陰影で曲想をえぐり出した奇跡的な名演で、あれが手元にあっていつでも聴ける状態にあることを心から幸せに思ういくつもないCDの一つです。次点がこの4番でしょうか、それでも相当高次元の比較であることは論を待ちません。

  2. 早速にコメントを有り難うございます。ムラヴィンスキーの39番、残念ながら未聴ですが、演奏のイメージがありありと浮かんで来ます。このベートーヴェンの4番と共に、花崎分類の3(楽曲との相性云々に囚われず、徹底的に突き抜けた結果、感動的な演奏)の典型例であろうと思います。

  3. 東 賢太郎

    7/23/2013 | 1:33 AM Permalink

    まさに分類3ですね。それから、ムラヴィンスキーですとオネゲル3番(典礼風)、ストラヴィンスキー「ミューズの神を率いるアポロ」、ショスタコ6番の3つも、汲めども尽きぬ音楽の泉として我が座右のCD(LPですが)の一角を占めております。彼も今や絶滅した専制君主型指揮者の横綱格です。オケのそこかしこから立ちのぼるピリピリした緊張感は音で伝わってきますね。

  4. 東さん、貴重な情報を有り難うございます。特にショスタコの6番は、以前、井上氏の指揮で日比谷公会堂で聴いたことがありまして、私個人は、あの有名な5番よりも、6番の方を良い曲と感じましたので、心に留めておきます。オケから立ち上る緊張感も、半端でないですね。

  5. 東 賢太郎

    7/23/2013 | 10:38 AM Permalink

    5番は第4楽章がとても下品で大嫌いです。この楽章とそれから7番のバルトークがあざけったような部分、ショスタコは5番の1、3楽章を書けるだけでも図抜けた天才ですがああいう音楽をその後に「あえて」書いたのは何かあったんだと思います。第4楽章コーダのテンポなんかはどうでもよくて、あんな楽章を書いたこと自体、もっと重たいことがですね。同時代でもプロコフィエフにそういうことはほとんど感じないのですが、ショスタコは真面目で繊細で世渡りべただったと思います。芸術家としては共感がありますね。僕は6、9、10番は好きです。

  6. お返事を有り難うございます。確かに5番の4楽章は下品ですね。同じ5番の3楽章とのギャップにも驚きます。9番、10番は未聴ですので、心に留めておきます。過去の歴代の作曲家が9番を書いて亡くなっているので、ショスタコーヴィチは、9番を小規模編成にして、急いで書き上げたという話は聞いたことはありますが、そんなことは、楽曲の本質とは、何の関係もないのですね。

  7. 東 賢太郎

    7/24/2013 | 10:30 AM Permalink

    わが国紀元2600年式典にブリテンがレクイエムを送ってきたのは有名ですが9番は1945年ソ連戦勝記念に当のソ連人が書いた風刺画です。もちろん「第九に匹敵するスターリン賛美の大交響曲」こそ当局が作曲家に期待したものでした。そこに出てきたのは肩すかしの30分もかからない小交響曲。ベンチのサインを無視して4番打者がセーフティバントをしたようなものです。しかも出ていたサインがあら馬鹿馬鹿しい「ホームランのサイン」でしたのような印象を残す究極の政府おちょくりであり、第九の恐怖はカムフラージュのような気もします(結局その功なく断罪された)。今の中国、北朝鮮なら死刑ものでしょうね。日本人として快哉です。その諧謔を擬態表現する音楽的センスは最高でプロコフィエフ1番の見事なハイドンぶりと双璧です。第2楽章は何度聴いても底知れぬ怖くて凄い音楽です。

  8. 詳しい「核心的情報」を有り難うございました。ホームランのサインを無視して、セーフティーバントを見事に決めてしまうところに、この天才作曲家の凄さを観る思いであります。

  9. 東 賢太郎

    7/27/2013 | 9:32 PM Permalink

    花﨑さんのご趣味にかなうかどうかわかりませんがカルテット8番など室内楽も面白い作品があります。交響曲の13番以降は僕にはまだよくわかりません。政府の圧力がなければどういう曲を書いていたのか、もっと前衛に向かったのかという疑問は常にあります。それが13番以降だとするとちょっとつかみにくい天才のような気がいたします。

  10. 東さん、有り難うございます。カルテットの8番ですね。彼の最後の交響曲を聴いたことがありますが、そうですね、「掴みにくい」曲であったように思います。