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私のライフワーク

2021 FEB 26 17:17:03 pm by 菊池 孝之助

東賢太郎さんの文章が好きだ。彼の日本語はまるで、教養という名の女性と言語表現という名の男性が踊るタンゴのようだ。技量があまりに凄すぎて、ダンスフロアにいた男女が踊りをやめてギャラリーにまわり、楽団がノリにのって弾きまくっているという絵が思い浮かぶ。

東さんがずいぶん以前に書かれたベートーヴェン8番に関する記事をたまたま拾って読んで、すごい、と思った。負けた、とも思った。これは自分には書けない高みだ。ブログの記事を読んでこんな感想を持ったことはまずなかった。それで入会させてもらった次第です。

昨年のオフシーズンはコロナ禍でどこにも出かけられず、ぼーっとしていると悪い頭がもっと悪くなっていくのを感じて、じわじわと恐怖が来る。脳をフルにつかう仕事をしているから、頭がボケたりしたら、途端に食っていけなくなる。

こりゃいかんと思い、現代思想に詳しい友人に、何か難しい本を推薦してくれと相談したところ、彼から、レヴィナスの「全体性と無限」がいいでしょう、と勧められた。早速取り寄せて読んでみたところ、うんうんこれは、なかなかいいですな。一つ一つの日本語は完璧にわかるのに、文章になるとたった二行も理解できない。わからないものを理解しようとするのは脳の訓練になってよろしい。でも、これはきっついなあ。「全体性と無限」はレヴィナスがソルボンヌ大学での博士号審査にあたってまとめた論文だ。教えてくれた彼は大学のフランス語教員でもあるので、もしかして原著でもこんな調子なのかと聞くと、そのまんまです、という。

折角だからレヴィナスの哲学が理解できるまでレヴィナス研究をライフワークとして、これにとことんエネルギーを費やしてもいいな、と思ったが、すぐにあきらめた。彼がいうには、レヴィナスが見えている世界は、我々が見えている世界とは全然違うらしい。これは誰かの言葉だろうが、こういうことだ。我々は海の底にいる魚で海面から上の世界を全く知らない存在であるのに対して、レヴィナスは空から海を見下ろしている。やはり、たった1ページも満足に理解できないわけだ。というわけでレヴィナス研究をライフワークにするのはやめたが、それでもこの本をソファの隣に置いて、今でもたまに寝っ転がりながら開いて読んでいる。うむうむ。うむ。さっぱりわからん。

東さんは「ハイドンとモーツァルトの関係」をライフワークとされているという。できる人はやっぱ違うなあ。それではこの私は、何をライフワークとするべきか。

前々から興味が尽きず、いつか自分の力で解明してやろうと思っていたことを整理してみたら、二つあった。

一つ目は、「~することができる」という日本語表現が、いつ頃から始まったのかという謎の解明だ。この表現は現代の法律の条文にも多用されているが、私には違和感がある。だって、スッキリと「~できる」とすればよいのに、何故まわりくどく「~することができる」なんてするのか。

私は、この表現が朝鮮半島を併合した当時の朝鮮語に由来する、という仮説を立てている。朝鮮語の文章ではスッキリと「~できる」とならないからだ。解明のためには、併合前後のあらゆる文献や出版物を洗って、この表現が併合前の日本語には使われていなかったことを証明しなくてはならない。これはかなりの作業になる。でも、いつかやりたい。

二つ目は、トイレでお尻を手で洗う習慣がある国や地域のマッピングの完成である。水を使ってお尻を洗うのはウォシュレットやシャワートイレの専売特許でもなければ、インドだけで行われていることでもない。パキスタン、スリランカ、バングラデシュはもとより、ネパール、タイ、ミャンマー、インドネシア、カンボジアなどの東南アジア、中東諸国でも、太古の昔から水を使って左手の指で肛門を洗い流し、濡れた状態のままパンツを履く。どうせ自然に乾くからそれでいいのだ。この生活習慣が世界のどの国にあってどの国にないのか、まだよくわかっていないアフリカや中南米を含めてリサーチしてマップにしてまとめるのは、海外調査を専門とする私のライフワークに相応しい。これを完成させれば、きっと後世が評価してくれるだろう。

なお、インド生活が長かった私は、ずいぶん前からインド式で洗っている。ウォシュレットを使うときもシャワーの水を使って丁寧に肛門周りを左手の指で洗わなければ気持ち悪くてパンツがはけない。右手はトイレットペーパーを切るのに使い、左手の指は洗うのと拭くのに使った上でどこにも触れず、そのまま手洗いでまたしっかり洗うのだ。一昨年久しぶりにアメリカに行ったときも困らないよう、ペットボトルに入れた水を常時携帯してトイレに行くようにしたものだ。

ある在米インド国籍者の知人は、アメリカ人がトイレットペーパーでお尻を拭く習慣を、おぞましい(disgusting)と言っていた。でもアメリカ人にとっては、たとえ水を使っていても便のついた肛門を指でさわるインド人がおぞましいのだろう。
こういう文化の対立、嫌いじゃない。

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