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オーディオ沼はタナトスか

2021 MAR 1 12:12:56 pm by 菊池 孝之助

私がここ数年常飲している赤ワインは、近所の酒屋では一本千円で売っている南仏のテーブルワイン、ラ・クロワザードである。ピノ・ノアールとカベルネ・シラーがあるが、どちらもとても良い。

でも、家に食事に招いたお客さんにこれを出すことはない。
キッチンのテーブルについたお客さんに、何飲みますか? お酒なら、なんでもありますよ、と言う。そして、そのお客さんの目の前で台所の流しの下の扉をさっと開け、醤油とか味醂とか胡麻油とかの瓶がごちゃごちゃと並んでいるのを見せてから、その奥から、ワインと言われれば当たり年のラ・トゥールを、ウイスキーと言われればカバラン・ソリストを、ラムと言われれば仏領ギアナ時代のレモンハート151を取り出して、すました顔でテーブルに出す。

この振れ幅の大きさに驚かない人は、まずいない。通人であれば、もうなおさらだ。ええっ、未開封じゃないですか!こんな一流中の一流のお酒、ほんとに開けちゃっていいんですか?
私はニコニコして、どうぞどうぞご遠慮なく、さあ、さあ、と勧める。お客さんが神妙な顔つきになって指を震わせながらボトルを開ける様子を見るのは、ホスト冥利に尽きる。

若い頃は、一流の人になりたい、一流の世界を知りたい、と強く思っていた。でも、もうやり直せない歳になった自分は、あの頃思っていたような一流になど全然なれていない。それでも、一流を知ることに情熱をかけてきたことに関して、悔いなど全くない。

一流を知ることは大切だ。山は、苦しみながらも一度頂上まで登った経験があれば、同じ山の五合目までのハイキングの楽しみ方が全然違ってくる。自分が物事に満足できるという感覚の閾値というものは、一流という到達点を知ってはじめて設定できるものだ。

物事から抜け出せなくなることを、沼にハマるという。博多弁では、いぼる、という。田んぼでいぼってからくさ、足が抜けんごとなったったい、というように使う。今ではアイドルグループの誰かを推して夢中になっているファン状態まで沼というようになった。ただこれはハマっても精神的に楽しい状態をいうから広義な使い方だ。コレクションを完遂すること、これを沼とはいわないだろう。CDを一万枚持ってます、これも沼ではない。

クラシック音楽の世界なら、マーラー沼が有名だ。私にもだいたい2年置きに、恐怖のマーラー沼が訪れる。その時が来るまで絶対に聴かない。去年は来なかった。今年もまだ来る様子はない。精神状態が健全で、ちょっとした万能感と幸福感があるようなときに決まってその時が訪れる。そこで連日にわたっていろんな盤を取っ替え引っ替え憑かれたように聴くのは、交響曲の全部ではなく2番と4番と9番、そして大地の歌に限るのだが、マーラーという作曲家は本当に、病的なサディストだと思う。
彼は、私の気持ちをじわじわ高揚させ、私の在り方を全肯定して、君はそのままでいいんだよ、君はとってもいい子だよ、と父のような、また母のような優しさで温かく包んでおきながら、突然だ。ズトーンと奈落に蹴り落とすのだ。果てしなく落ちて行って、いつまでたってもポチャンとも音がせず、その墜落から救済されることを泣きながら懇願しても、マーラーはぜーんぜん聞いてくれない。

なお参考までに、ジャズの世界にもマーラー沼に似た、コルトレーン沼というのがあります。良い子は近づかない方がいいですよ。

沼にハマるとは、狭義には、病的なハマり方をしていつまでも満足できず,周りも自分自身さえ見えなくなった状態や、一流を目指してハマることでそこに費やした金額に気づいて絶望感に死にたくなるような状態をいうのだが,そのなかでもオーディオ沼は、他の沼とは破壊力が全然違う。

結論から先に言う。オーディオ沼にはハマらない方がいい。私はいろんな沼にハマってきたが、この沼だけは避けてきた。

オーディオ沼の恐ろしさとは一体どれほどのものか。
それはまた次回。いま仕事が忙しいのだ。

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