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ジュピターのデジャヴ

2017 MAR 7 21:21:19 pm by 西村 淳

「ジュピター」交響曲を練習していてデジャヴに襲われる。曲を練習するときにはこれは鐘の音とか、笛の音とかそんな風にイメージすることがよくある。でもデジャヴとなるとこれからお話しする以外には経験がない。
マタイ受難曲。言わずと知れたバッハの最高傑作のみならず人類の最高の遺産のひとつとして知られている。ただお恥ずかしい話、これをレコード(ヨッフムの指揮のものしか持っていないが)で通して全曲を聴いたことがない。バッハの音楽に敷居の高さを感じるのは単に感受性の問題だけではなく受け入れる能力の欠如と思う。チェロ弾きにとって聖書といわれる無伴奏チェロ組曲であってさえ、なかなか友達になれない。もちろん弾いてみるといいなあと思う瞬間だってあるけれど面白く聴いた演奏はカザルスでもフルニエでもなくて、聖書読みではなく踊りにしたビルスマだけだ。
実際にマタイ受難曲を通して聴いたのは実演では一度だけ。ただこの時の演奏は特別に胸に響いた。エヴァンゲリストに老エルンスト・ヘフリガーを迎え、マタイ研究会と合唱団。その中でイエスが十字架を背負わされ、ゴルゴダの丘へ引かれていく場面で、どういうわけか群衆の一人となって罵声の中いる情景が浮かんだのだ。キリスト教徒でもなく、聖書だってまともに読んだことがないのに、それは妙な既視感だった。
モーツァルトのジュピター交響曲、第2楽章のチェロパートを弾いていて妙な感覚に襲われた。このアンダンテ・カンタービレの楽章では印象的なウォーキング・バスのラインがある。ここにくるとなんとマタイの光景が浮かび同じイメージが重なるのだ。そして強烈なfとpの交錯とそれを支えるヘミオラにはイエスの絶望が聞こえる。無論、私はその想いを込めてここを弾く。
ベートーヴェンは「エロイカ」にナポレオンの葬送行進曲を堂々と挿入したが、そんな人間臭いものではなく、モーツァルトはもっと悲痛なイエスの葬送をここに編み込んだように思えてならない。当然その歩みは重くそのあとの響きはイエスの昇天か。東さんのブログではこの部分を鋭く洞察している。

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