鈴木さんのポシェット
2017 OCT 30 18:18:13 pm by 西村 淳
台風接近の雨の中、東府中にある弦楽器工房「ドンマイヤー」に弓の毛替えをお願いしに行ってきた。ドン、鈴木さんの技術は天下一品である。実際の作業をしながら楽しいお話をいろいろと展開してくれるのはいつものことだが、今回は工房に見たことのない楽器が掛かっていた。これはいったい何で、どんな目的で作られたものなのか、???が頭の中を駆け巡る。細い。ちょっと小さめ。ピッコロチェロがあるなら、ピッコロヴァイオリンか?でも形そのものが全く違うし・・。
その名はポシェットと言う。美しい飴色をした楽器で、ストラディバリの1717年の作、「Clapisson」を鈴木氏がコピーし製作したものとのこと。ご本人に楽器を鎖骨の下にあてて弾いていただいたが、当たり前のことながらちゃんと鳴る。さてこの時期は太陽王ルイ14世の全盛期でもあり、バロック・ダンスもその頂点にあったに違いない。当時はダンスを踊れない貴族は粗野な品のない人物として相手にされなかったそうだ。
当然のことながら17-18世紀のダンスの先生は花形商売で楽器を弾きながら踊りを教授していたとのこと。実用としてはヴァイオリンでは大きすぎたので、よりコンパクトなものが求められたのであろう。ポシェットは標準的なヴァイオリンの3/4くらいの長さで細身。ヘッドはヴァイオリンと同等とみたが、ポケットに忍ばせたポシェットをさっと取り出し弾きながら優雅に舞う姿を想像するだけでも楽しく、しかもストラド(!)。粋の極致かもしれない。そうフランス語のポシェットは英語のポケットだ。
鈴木氏のポシェットはこれまで何度かステージに引っ張り出されたけれど、実際に日本のバロック・ダンスの先生たちでヴァイオリンが弾ける人がいないし、ヴァイオリンが弾ける人はダンスがダメとのことで当時を再現するのはなかなか難しいものらしい。
ヴァイオリンという楽器はストラディバリとガルネリのあと、彼らを超える作品を誰もつくることができていない。そして彼らの死と貴族階級の没落はその時期をを同じくするのである。パトロンの存在は文化を守っていく上では絶対に必要なものながら、弦楽器製作者はその最大の庇護者たちを失った。一方、小金を持った市民階級でも入手できるレベルの楽器が巷にあふれ、当然クオリティの面ではたかが知れたものに陥らざるを得ない。
たかがポシェット、されどその奥の深さと拡がりは古の世界に私を誘った。
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東 賢太郎
11/1/2017 | 1:21 PM Permalink
ポシェットは初めて知りました。調弦はどうなんでしょうか。弾きながら踊るとエコノミーだし、一人でこなせるマルチタレントは売れっ子になれたんでストラドが手を出すほど需要があったんでしょうね。逆にどうしてそれが売れなくなったか、ご説の通り貴族階級の存亡は文化にとって死活問題なんですね。
西村 淳
11/1/2017 | 6:35 PM Permalink
調弦はヴァイオリンと同じでした。E-A-D-Gですね。ただファーストポジションのみで演奏をしていたとも何かにありました。
民主主義が浸透すればするほど、気品とか高貴という言葉が忘れられていくと思う、とは故・丸山眞男の言葉です。そしてそれが人類が払わなければならない代償とも。さてどちらを採りましょうか。