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フレージングのこと、ファーカス氏の指摘

2017 NOV 11 21:21:57 pm by 西村 淳

『・・私自身もそうだったが、若い頃にブラームスの交響曲第1番の最終楽章のかの有名な“Alphorn call”でホルニストとしてデビューして、しかも誤った解釈で初舞台をやってのけた!というひとは大勢いることだろう、誰でも最初は本能的に(しかし完全な誤解に基づいて)つぎのようにフレージングする。

つまり、Cにアクセントを付けてしまうのである。しかし、16分音符と譜店八分音符を4拍の(つまり4つの16分音符からなる)「ミニ小節」としてとらえれば、Dはそのミニ小節の1拍目であり、したがってその音群の中で最も大切な音であるからして、次のようなフレージングになるべきである。

アクセントを置く場所が変わるだけで、其のフレーズの性格は一変してしまう。このホルンのソロは、実はスイスの民謡のメロディであり、その歌詞を知ってみれば、なるほどD以外のところにはアクセントが付くはずがないとわかるだろう。この2小節の歌詞は“Hoch auf’m Berg”(高い山で)である。これを歌ってみれば、aufにアクセントが付くのが自然で合理的であるのに対して’mにつまりCの音にアクセントを付けて歌うのはほとんど不可能であり、かつ滑稽極まりない結果になることは一目瞭然である。』
この文章は「プロ・プレイヤーの演奏技法」フィリップ・ファーカス著 滝沢比佐子訳(全音楽譜出版社)のフレージングのページにあったものである。この本はライヴ・イマジン祝祭管弦楽団のコンサート・マスター、M氏のお勧めにより、購入したもの。これ以外にもリズム、テンポなど演奏するときに陥りやすい欠点の是正方法など具体的に書かれていて演奏するにこの上ない。M氏に感謝!
著者のファーカス氏はシカゴ交響楽団に最年少の首席ホルン奏者として入団、フリッツ・ライナーの下でこのオーケストラの黄金期を支えた人。その後ジョージ・セルのクリーヴランドでも首席ホルン奏者を務めている。実際にセルの指揮したブラームスのこの箇所をどのように吹いているか早速CDを購入して聴いてみた。二種類あるが、勿論両方とも「正しい」フレージングにのっとって演奏されている。ただファーカス氏が吹いているのは録音年から言って1966年のセッションだけかもしれない。実は私の耳にも、この部分についてスコアを見るまで「正しくない」ほうが刷り込まれていないだろうか?であれば当然それを吹き込んだ犯人がいたはずだ。高校生のころ最初に買ったブラームスの第一交響曲のレコードは、きっと多くの人がそうであったように黄色いレーベル、ベームとベルリン・フィルの立派なジャケットに入ったものであった。残念ながらこれは今手許にないのでYoutubeをいくつかあたってみた。邪道だがこういう比較をするにはとても便利だ。ここでフルートとあるのはホルンの後、同じメロディーを反復する箇所のこと。×はCにアクセント、○はDにアクセント。
・ベーム ウィーンフィル × (フルートはOK)
・パーヴォ・ヤルヴィ パリ管 ×
・トスカニーニ NBC × (フルートはOK)
・カラヤン コンセルトヘボウ(1943) ×
・カラヤン ベルリンフィル ○
・スクロヴァチェフスキー フランクフルト放送 ○
・アーノンクール ベルリンフィル ×(フルート、パユは◎、すごい!オケの音が変わる)
・セル クリーヴランド(1966) もちろん○
・セル クリーヴランド(1957) ○
・チェリビダッケ ミュンヘン・フィル ○(さすが)
・ショルティ シカゴ ○
などなど。
意外だったのはアーノンクールという古楽にも精通し、フレージングについても一家言ある人がこの大切なフレージングを気にかけていなかったこと。存命だったら是非その理由を訊きたかったくらいだ。カラヤンは二種類あるが、古いコンセルトヘボウでできなかったことがベルリンではできている。こうなると指揮者というよりは奏者の責任、あるいはその両方だろうか?ワーグナーの言うう通り指揮者はテンポを決めるだけであるなら、この類のことは奏者に委ねられることになる。
周りには指揮者絶対、先生絶対といい歳になっても盲従を言いだす輩がいっぱいだ(要は自分の頭で考えない)。だが声を大にして言おう。箸は箸、橋では決してないのだと。
長い音符は強く、というもう一方の原則もあるが、第1拍目より強くなることはない。むしろ弱くならないようにということが正しい表現となるかもしれない。
ブラームスの自筆譜もあたってみたが、この音型はどのパートに出てきても、必ずアーティキュレーション・スラーをつけているので、作曲家が意図したものは明らかでファーカス氏の指摘は正鵠を射たものであろう。

演奏家には作曲者の意図を正しく伝える義務もあるし、実際のところやるべきことをちゃんとやらないで悦に入ったところで世紀の名演も何もない。知らなかったでは済まされる問題ではないはずだ。

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