静けさの中から (8) 音楽家の一代目
2018 APR 15 21:21:14 pm by 西村 淳
☘(スーザン):成長する過程で、両親から「音楽家を志すなんて、おかしなことはやめなさい」と言われ続けたら、どうだろう?
演奏家は、自分の考えを音を通じて披露すると同時に、批判の対象になることも覚悟して舞台に出なければならない。そんな時、一番の心の支えになってくれるはずの家族から「音楽を職業にするなんて、世の中のためにならない」といわれつづけた経験があると、いざというときに自分に確信がもてなくなってしまう。
生徒の一人に三十代で音楽学校に入学した女性がいる。やっと音楽家を目指す決心がついたという。子供のころから音楽の専門教育を受けたいと思ってきた。でも家族からは「音楽は趣味でやるものでしょう」と言われ続けた。とりわけ母親は毎日のように、練習中でもおかまいなしで部屋に入ってきて、「スーパーの買い物をするとか、アイロンがけをするとか、もっと家族のためになることをやってちょうだい」と迫ったという。この女性の家族は「ピアノを弾いているなんて、身勝手。日常生活の何の役にも立っていない」とにべもなかった。彼女自身が自信を失ったのは当然と言える。
私も音楽家一世である。「本当にこんなことをやっていてよいのかしら」という一抹の不安と迷いから逃れられないでいる。
?(私): 考えさせられる。音楽はわたしにとって生きることそのものになっているし、やはり子供のころピアノを習わせてくれた親に感謝するものの(まだピアノが一般家庭に普及する前のことで、クラスの男子でピアノを習っていたのは私だけ、というか全学年で一人だけだったかもしれない)家族はそれを生業とすることには絶対的な拒否の姿勢を持っていた。やれ「音楽を職業にしたって食べていけるわけがない」、「それは趣味でやるものだ」、「東京の音大はとても高いんだ。それに○○さんなんかは毎週飛行機で△△先生のレッスンを受けに入っているし、それなしには入学もできないんだ」などがみがみと小学生の高学年あたりから風当たりがだんだんと強くなって行ったのを思い出す。田舎に音大などは勿論なく「東京藝術大学」だの「武蔵野音楽大学」「国立音大」なんていう名前は後光が射していたものだ。後発組の「桐朋音大」はまだ地方まで名前は届いていなかった。
結果として音楽を志したところで音楽家になれたかどうかは別にしても、今になって振り返ると音楽を職業にしなくてよかった、と人生の進路選択は正しかったに違いない。音楽はどこまで行っても解らないものだし、今はその過程を下手な演奏であっても十分楽しんでいるわけだから。ただもし音楽家となっていた場合、ピアノ弾きだったらアルゲリッチがポリーニがバレンボイムがライヴァルであったに違いないし、それを考えるとはっきり言って私の怠惰な性格では彼らに太刀打ちどころか、箸にも棒にも掛からぬものなのは明白だ。スーザンの文章にはその道に踏み込んだ人のことが書いてあるが、スーザン自身それなりの地位と栄光を手にし喝さいを浴びてさえ、まだどこかにわだかまりが残っているようだ。
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西室 建
4/15/2018 | 10:26 PM Permalink
作曲家の團伊玖磨の息子さんがあまりに音楽の成績が悪かったのを教員が訝ったそうです。親子面談でその話になった時に息子さんが
『先生。うちでは音楽は間に合ってます』
と言ったのを、非常にいいことを言った、と褒めた話を書いていました。
一代目も大変なようですが二代目も苦労していますね(笑)。
西村 淳
4/16/2018 | 5:54 AM Permalink
子だくさんのバッハの息子たちがそれぞれ名を成す活躍をしているのを見て、血筋は争えないとか同じ遺伝子だとかいう議論があるようですが、二代目が秀才にはなっても天才ではない。天才はやはり遺伝ではなく突然変異によって生まれるものなんでしょう。
競走馬は血統という印籠で値段が決まるようですが、このアプローチが続いているところを見ると「すがる」ための一要素であることは確かなようです。
東 賢太郎
4/19/2018 | 12:21 AM Permalink
音楽家は「なる」と「食う」の線引きが微妙ですね。18世紀までの貴族・教会の奉公人(サラリーマン)の時代は「なる」=「食う」でしたが、 ベートーベン以降になって人気商売(タレント)の道が開かれてリストやパガニーニみたいな人が出てきます。そうなると「なる」、「食う」とは別のハイリスクハイリターンの道ですね。現代では一般には音楽家というとそのイメージが強いですし、プロのオーケストラは良い「就職先」でしょうが年間で100人ぐらいの狭き門だそうで、 西村さんの親御さんのスタンスは理解できます。同じ2世でも政治家は良くて音楽家はうまくいかないのは、アーティストは個性が命だからという面もないでしょうか。モーツァルトの息子に生まれてしまうと期待値はバカ高く、少々ピアノがうまいぐらいでは許してくれないから逆にハンディと思うのですが。
西村 淳
4/19/2018 | 6:47 PM Permalink
教会や貴族に属していたころの音楽家は芸術家というよりは、「なくてはならぬもの」として雇われていたんでしょうね。
つまり、音楽家は贅沢品の一つであっても、飯炊き人であったり、庭師であったり、同列の扱いであったろうし、モーツァルトだって演奏が終われば台所で食事をしていました。一方、古代ギリシャでは数学、音楽、幾何学、天文学が最も大切な学問だったわけで、ヨーロッパ人にとって生きることの拠り所としていたのでしょう。日本の歴史の中で支配者階級が音楽を嗜むということは聞いたことがないし、西洋音楽が我が国に入ってきてからは贅沢品であっても「なくてはならぬもの」という扱いはありませんでした。となると、音楽は趣味、とか教養とか人生の装飾的な意味合いしか持たず、趣味で飯が食えるか、となるわけです。自分のしていることは人のためになっている、生きることに意義がある、というプライドを持つには音楽ではいささか根拠薄弱で、突き詰めると日本で西洋音楽を「する」という行為はいったい何か?とまでいってしまいますね。
maeda
4/20/2018 | 1:21 AM Permalink
王侯貴族で音楽家は沢山いらっしゃいました。オランダのヴァッセナール伯爵のように後世に残る作品を残した方もいます。時代が下ってアメリカではアイヴズという二刀流もいますね。音楽を生計の手段とすると自分のやりたい音楽ができるとは限らないし、むしろアマチュアの方がピュアに音楽のことだけを考えて採算度外視で音が出せることもあるでしょう。建築家で歌手、医師でハーピストなど二刀流を実現している人は日本にもいます。分野は違いますが、私の大学の恩師は、教授業は副業と言っていました。何が本業か? 山を走ること、ランニング登山だったのです。最期はマッターホルンで滑落して亡くなりましたが、副業の教授に全く歯が立たない、天才肌の人でした。副業と公言してもやっていけるのは凄いと今でも思います。足元にも及びません。
西村 淳
4/21/2018 | 8:00 PM Permalink
ベートーヴェンの弟子でもあったルドルフ大公もその一人ですね。一度彼の作品をライヴ・イマジンでやってみようかと真剣に考えたこともありましたが、やはり先生の偉大さに圧倒されてしまい同じ舞台では無理と判断したことがあります。ただこのあたりの人にとっては行政やら政治やらは副業だったのかもしれません。
東 賢太郎
4/21/2018 | 12:34 AM Permalink
数学、幾何学、天文学がきれいと紙の上で思えるのと、きれいな音楽が紙の上の抽象的な記号であるという事を考えると両者は表裏一体に感じます。バッハの音楽が数学的と言われますが、バッハでなくても音楽は周波数が数値として定まったピッチを素材にしているから数学的に表記できます(だからMIDI演奏できます)。両者から受ける「きれい」という感覚は脳内現象ですが、僕の仮説ですが同じ部分が反応してるのではと思います(アインシュタイン、シュバイツァーを見るまでもなく)。この「きれい」を共有するのに人種も何国人も貴賤もなくて、共有できる人々はみんな仲間であって、「食う」かどうかは別として、できることに古代ギリシャ知識階級と同じプライドを持って全く問題ないのではないでしょうか。
西村 淳
4/21/2018 | 8:08 PM Permalink
仰る通り、音楽はとても数学と親和性がいいようです。バッハは特に数字にはこだわりを持っていたようですね。理系の会社にオケが多いようにも感じます。アインシュタインを持ち出すまでもなく世界を説明するために数学の美しさは感動的でもあります。音楽はよく音を楽しむとか訳の分からないことを言う人がいますが、これは誤訳で音学が正しいのではと密かに思っています。学とは何か、仮説を立てそれを証明するもの、とするならそれに値するものでしょう。