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ベートーヴェンのメトロノーム記号

2018 DEC 31 8:08:51 am by 西村 淳

APA(エイパ:NPO法人アマチュア演奏家協会)の会報に都河さんの音楽エッセイに早川正昭氏(東京ヴィヴァルディ合奏団;指揮、作曲家)から教わったことが紹介されている。曰く、「昔の作曲家が意図したテンポは今の多くの演奏家が弾いているテンポよりずっと速かった。今の若い人が早く弾くのは作曲家の意図に近づこうとしていると考えてあげるべき」という言葉を紹介し「そして演奏は再演の度にほんの少し遅くなっておりメトロノームの出現前は100年で8%、出現後は3%遅くなっている。20世紀前半の演奏の平均時間が年とともに遅くなるので、グラフに表しそれを逆に伸ばしたら、ベートーヴェンの時代に彼の指定したテンポとほとんど誤差もなくぴったり一致した。鳥肌がたち、それ以降演奏の遅延化を全く疑わなくなった。」とあった。
面白い視点だと思う。一つの音符を命を削って書きつける行為がある一方で速度指示がAllegroとかAdagioだけでは曖昧すぎて我慢が出来なかったであろうベートーヴェン。メトロノームを発明したメッツエルとはすぐに懇意になったようだ。そんな彼にとって発見したオアシスともいうべきメトロノームの登場は1816年のこと。すでに交響曲は第8番までを書き終えている。しかしそれ以前の作品にもメトロノーム記号を記入し、出版社に記載を依頼していることに書かれた数字への強いこだわりを感じる。機械が壊れていたとか、精度が悪かったなどの俗説はあまりにも程度が低くすぎる。
下図は1862年に出版された交響曲第7番のBreitkopf und Hartel版。速度指示は♩=76である。因みにSteiner&Co.1816年の初版にはここにあるメトロノーム記号はない。

速すぎるとされる指示は演奏不能ではないにしろ「今」の演奏を刷り込まれた耳には馴染まないが気づかぬうちに、ということか。ずうっと昔から気になっていたことだが、まずは書いてある通りにやってみないことには前に進まないのも事実。その上での議論がなければならない。
バレンボイムはサイードとの語りのなかで「(テンポは)時には作曲家が指定するのだが、それはどうしても速すぎることになる。作曲家がメトロノーム記号を記入する時には、まだサウンドの重量がないからだ。ただ頭の中で想像しているだけなのだ。暗記している詞を心の中で反芻することは2秒でできるけれど、声を出して読み上げることは絶対に2秒ではできない。それゆえ作曲家によるメトロノーム記号は速すぎることが避けられない。」(「音楽と社会」バレンボイム/サイード みすず書房)としていることも記しておこう。

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