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小林道夫さん、岩国、そしてゴルトベルク変奏曲

2019 JAN 3 8:08:47 am by 西村 淳

昨年末に畏友O氏が岩国からやってきて小林道夫さんの弾くバッハの「ゴルトベルク変奏曲」の録音をプレゼントしてくれた。1980年4月27日、岩国の名曲喫茶「タキ」にはるばる東京からチェンバロをトラック輸送しての演奏会の記録だ。

O氏は食品関係の問屋を経営する一方、岩国音楽鑑賞会という名の下、音楽喫茶「タキ」にその趣旨に賛同する人々が集い毎年東京藝大の優秀なメンバーを集め室内楽の演奏会を企画・運営していた。その中には今なお現役で活躍している人たちも多数存在する。
「タキ」でO氏と意気投合し、仕事が引けた後ほとんど毎日コーヒー片手にやれティボーが、メンゲルベルクがどうだと音楽談義を続けていた。岩国音楽鑑賞会のお手伝いもする中で私が長年指導を仰いでいた小林道夫さんに弾いてもらったらどうだろう?と持ち掛けると願ってもないことと、とんとん拍子に(小林道夫さん)の演奏会を開催する運びになった。山陽国策パルプの南陽寮から小林先生に電話し快諾していただいたことを昨日のように思い出す。演奏会は岩国文化会館で2日間に亘り実現した。プログラムは1日目がJ.S.バッハ、2日目がモーツァルトとシューベルト。わずか6か月しかなかった岩国在住だがこの演奏会を置き土産にして勇払に転勤した。1978年のことだ。その後、岩国では何度も小林道夫さんのコンサートが企画され、その一環として私が去ってから2年後に「タキ」でのゴルトベルクが実現したわけだ。客席は100程度のはずで贅沢な音楽空間だったに違いない。

チェンバロという楽器の復権が今の古楽の隆盛と無関係ではない。小林先生の薫陶を受けた多くの音楽家のみならず、刺激を受けた若きチェンバロ制作者が旅立ったことが今の日本の音楽界を下支えしている。この頃は(今だって)生のチェンバロの音を一地方都市で聴いたことのある人はまず居なかったはずだが、岩国で多くの人々の情熱が咲かせた小さな花も「失われた30年」の間にいつの間にか枯れてしまった。

さて当時の録音を聴いてなんと爽やかだったことか!いきなり小林道夫さんの楽曲解説が始まり、その声に40年も前にレッスンをしていただいたことを想いだし思わず背筋が伸びてしまった。(笑)使用した楽器は一段鍵盤のチェンバロだったため二段鍵盤を要求されている箇所は技術的に少し窮屈なところもあるが安定した技巧とピンと張った緊張感に最後のアリアでは感動で胸がいっぱいになってしまった。まだ可能性の真っただ中で自分自身を探していたその頃の空気と鮮明な記憶が蘇った。

小林道夫さん、1972年以来12月に毎年ゴルトベルクを主に東京文化会館の小ホールで演奏している。これを聴いてその年を終えることにしている人も多いようだし毎回チケットは売り切れている。凄いライフワークだが、私の中ではその歴史に新たにこの岩国ヴァージョンが加わった。

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