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ピアノ三昧

2024 JUL 30 17:17:37 pm by 西村 淳

2024年7月29日(月)北とぴあ さくらホール
川口成彦&V.シェレポフ 「不滅のフォルテピアノ」

何度も北とぴあは訪問しているが、さくらホールは初めて。何と言っても第1回ショパンピリオド楽器コンクールに2位入賞以来、勝手ご贔屓にしている川口さんと初来日のロシアのヴィアチェスラフ・シェレポフのデュオリサイタル。何とこの二人はブルージュ国際古楽コンクールフォルテピアノ部門の最高位を分け合った仲とのこと。ここで使用したピアノはブロードウッド&サンズの1814年製のスクエアピアノとA.ヴァルターの1795年を太田垣至氏復元モデルのフォルテピアノ、そしてホール所有のスタインウェイD型の3台。2人のピアニストに3台のピアノという素晴らしい企画を楽しんだ。プログラムも恥ずかしながら知った曲は最後に置かれたシューベルトの幻想曲のみ。実にバラエティ豊かにバランスよく配置されていて全く聴き飽きなかった。この内容でどれくらい人が集まるか興味があったが一階席806席のうち、9割近くは埋まっていた。すごい、川口さん人気!

 

3台のピアノがソロありデュオありで否が応でも聴き比べになってしまう。ピアノは17世紀にフィレンツェのクリストフォリが強弱をつけられるハンマー・アクションを考案したことを起源とする。フォルテピアノ、あるいはピアノフォルテという名前に納得するが、鍵盤楽器の最大の利点である和音を奏することができることに強弱を付加するという夢のような話が現実になった瞬間だ。以降、ピアノは楽器の王者として君臨を始めた。小さなレクチャーの中で「ピアノは弱音にしたい」という目的があったらしいことも触れられた。なるほど、演目のなかで使われた弱音の美しさは格別だったし、この「木」で出来た楽器はやはり「木」で作られた弦楽器ととても調和するに違いない。
ヴァルターはモーツァルトが没してからまだ4年しか経っていない頃のものでスクエアピアノは市民階級に爆発的にピアノが流行した頃のもの。今のアップライトに相当する楽器と考えていいと思う。ただその20年の間に音量、明確な発音などの「進化」を遂げたようで、プログラム冒頭で弾かれたヴァルターによるK358の4手ソナタはアンコールのスクエアによる同曲のアダージョのほうがよりすっきりと仕上がっていた。
スタインウェイは聴きなれた音だったが鋼鉄フレームの威力はすさまじく桁違いの音量とダイナミクスを見せつけた。一方、単色の音色はどこを切っても同じ顔が出て来る金太郎飴のようでつまらない。これをピアニストの技術でカバーするには限界がある。プログラムではロドリーゴ、モンポウ、グリンカとシューベルトの幻想曲がスタインウェイが選択されていた。川口さんはモダンピアノから間の使い方の上手さやフレージングの美しさを引き出したし、シェレポフはタッチにロシアのピアニズムを感じさせ強弱のコントラスツとお国もの、グリンカのイントネーションに感動した。さすが、リュビモフに学んだだけのことはある。シューベルトの幻想曲はモダンの表現となっていたが、もっと繊細なヴァルターでも聴いてみたかった。もしかすると鍵盤が足りないとか、何か理由があるのだろうか?
総じて上質な日本食を口にしたときのようにお腹に持たれず、大変満足したコンサートだった。最後にもう一つのアンコール、モーツァルトが8歳のときに書いたK19dの音楽のなんと瑞々しく美しかったことか。金の糸、銀の糸で紡がれた天才がそこにいた。当時ライバルとされ、弾き比べをしたクレメンティのソナタは分が悪い。蛇足ながらソナチネとかさんざんやらされた思い出までもが蘇ってしまった。

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