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2015 サンフランシスコ・ベイ・ブルースが聞こえる(還暦編 Ⅰ)

2015 JAN 15 20:20:10 pm by 西 牟呂雄

 Y県T市は渓谷と清流が売りであるものの、さして観光資源がある訳でもない。深く浸食されたK川の崖の上の山荘は川風が冷たく、遅咲きの桜がチラチラした後も冬支度のままだった。
 メールチェックをすませ又ろくなニュースが配信されていないのを確認した後、今日は掃除の予定だったことをカレンダーで見て遅い朝食をとった。
 この山荘はオレから2代前のじいさんが往事羽振りが良かった時に、普請道楽と暇に任せて立てた凝った造りのウチだ。
 オレはB・B(仮名)通称は『山のご隠居』。長年勤めた会社を2年程前に退職してしまい目下のところプータローではある。東京は下町の生まれだが(現在還暦)一足早いスロー・ライフに対応するため、普段はこの山荘で暮らす。典型的な1週間の予定はこうだ。
 月曜、家の掃除及び庭手入れ。夜、酒抜き。 火曜、身辺整理(振込み、引き落とし等)夜、日本酒。水曜、二日酔いのリハビリ。夜、ビール。 木曜、ゴルフ(午後のハーフのみ)。夜、ウイスキイ。 金曜、洗濯。畑仕事(キュウリ、トマト、枝豆)。夜、焼酎。 土曜、勉強(漢字書き取り、物理、英語ボケ防止)。夜、酒抜き。 日曜、買出し(車)後、昼前から1週間の残った酒をみんなやる。
 暇といえばヒマだが、やっていると結構忙しい。夏は海に船遊びにいくし、冬は今でも現役スノー・ボーダーだからジットしてここにいるわけでもない。各種会合で月に2-3回は東京に出ているのでしばしば予定も狂う。不思議なもので、この程度の予定がこなせないと頭に来て翌日ガンバルから腹が立つ。ところで今日は、そういうわけでまず掃除だ。
 「ごめんくださーい。」
 わりと明るい女性の声がした。一体なんだ。このごろ変な勧誘が来ることがあるが、又それか。玄関に出てみると二十歳くらいの若い、それもとびきりの美少女、と言うか美人が立っていた。
 「はい、なんでしょう。」
 「あのー、初めまして。B・B(本名を言った)さんですか?」
 「はあー。なんでしょう?」
 「わたしはヤマトヨシコと申します。」
 「はあー。」
 「あのー、氷川智子(ヒカワサトコ)を覚えていらっしゃいますか?」
 「エッと、誰ですかね。」
 「B・BさんとE高校で同期と聞いてますが。」
 「あー。はい、わたしはE高出身ですが。なにしろ1学年300人だからねえ。」
 「実は、母はここのT文化大学の研究室にいたことがあって、私もこの街にいたんです。」
 「えーと、マッまあお茶でも入れるから上がんなさい。何もないけど。」
 かいつまんで聞いたところによると、その『ヒカワサトコ』なる人は結婚して『ヤマトサトコ』になり、出産後しばらくここの地元のT文化大学で研究をしており、今目の前にいる『ヤマトヨシコ』が小学校就学前まで住んでいた。その後一家は引越し現在は筑波住まい、まあ学者一家なんだろう。そして『ヤマトヨシコ』は親の後を継いだわけでもないのだろうが、T文化大学の大学院に籍をおいて週に2日程やってくるそうだ。そして、偶然オレの現住所に気がついた母親が教えたらしい。
 ヤマトヨシコはかいつまんで以上の説明をしながら、オレがやりかけていた掃除機やダスキン・マットに目を留めた。
 「あのー、お掃除してたんですか?」
 「そうだよ。」
 「あら、じゃお手伝いしますよ。」 
 というが早いか、長い髪をパパッと留めて掃除機をかけだした。何じゃこれは。オレはあっけにとられたがしょうがなくてダスキン・マットを持ってそこらを拭いた。本当は風呂に入ろうと思ったのだが。
 「ああ、そこはそんな拭き方じゃだめです。ここの掃除機をかけていて下さい。ちょっと貸していただけますか?」
それからオレは掃除機を掛け続けたのだが彼女は吹き掃除をした後台所に移動して水周りをやっている。しばらくしてなんだか不安になったオレは声を掛けた。
 「お嬢さん、お嬢さん。」
 「こっちはすぐ済みますから。」
 「はい。でも、あの、学校の方・・・・。」
 「キャーッ、こんな長居しちゃった。すみません途中で。あの、大学までは・・・」
 「歩いて30分くらいだな。」
 結局オレが車で送っていった。こりゃ一体何なんだ?ヒカワサトコは良く覚えてないし、そもそも住所を聞いただけで訊ねてくるのもいい度胸だ。ところがこれだけでは済まなかった。
 夕方、オレがメシを食おうと野菜を切って、どれ一息とばかりに風呂に漬かった。ここの風呂は西日が見事に入る造りになっていて、こんなところにもジイさんの凝った趣向がこらされている。
 窓を一杯に開けて、ぼんやりしていると、カタカタと足音がして、「ごめんくださーい。」という明るい声がした。と思ったとたん、朝方の笑顔が、目の前に飛び出した。
 「あらー、お風呂ですかー。いいなー。」
 「アッ、そっそうか。」
 「今、授業が終わって又おじゃましよーかと。」
 「ほう。オレこれからメシだけど。」
 「じゃっアタシ作ります。」
 「ナニ?そりゃーまあ助かるんだが、あのー、ウチに入っててくれないか。おれ出らんないよ。」
 「アハハー。そうですねー。」
 何か妙だなと思わないでもなかったが、急いで風呂から上がり普段はすぐパジャマになるところを、まあGパンをはいて出て行った。すると、えーと、ヤマトヨシコは楽しそうに鍋の下拵えを造っていた。何か高倉健の映画で娘役のヒロスエがやっていたシーンに似てる、と思った。
 「あのー、オレはビール飲むんだけど。」
 「アッはいはい。えーと。」
 といいながら冷蔵庫から手際よくビールを出して、グラスもどうしてどこにあるのか分るのか知らないがパッという感じで2つ並べた。
 「はーい、どうぞ。乾杯ですね。」
 しまった。今日は飲まない日程だったんだが。
 食事をしながらヤマトヨシコは母親から聞いたE高の同級生の名前を何人か出して、どんな昔話をしていたかを喋った。驚いたことに、誰一人知ってる名前がなかった。焦ったオレは、逆に今でも付き合いのある、名前を3人出してみたが、これは向こうが聞いたことがないそうだ。本当に同じE高なのか、同じ学年なのか不安になる。
 ヤマトヨシコは結構酒に強く、オレと同じペースでビールを飲んでいる。中途で冷酒に変えたがこれも平気で付き合う、オレは酔っ払ってしまった。
 でもって目が覚めると、オレはふとんで安らかに寝てしまったようで、テーブルの上はきれいさっぱり片付いている。もう朝じゃないか。きのうはナントカいう女の子と散々喋っていたような気がするが、ハテ誰だっけ。E高校の・・・・。
 オレはパソコンに向かいメールを開いた。オレの引退後は会ってなかったが連絡は取れる仲間、木更津の物理屋、蒲田の英語屋、大井のイベント屋にメールしてみた。彼等は別に勤め人でも何でもなく好き勝手にやっているので、そもそも引退の概念がない。先生・社長などと呼ばれるハッキリ言って胡散臭い人々ではある。従って今でも忙しく、またある時はオレ以上にヒマな暮らしをしている。
『えー、お久しぶりですが。昨日突然ヤマトヨシコ、なる美人がオレを訊ねてきて、母親がE高校でワシ等の同期生だそうなんだが、お前ら知ってる?ヒカワサトコさんが母親だそうです。聞くところによると、そのヒカワサトコさんはワシに恋をしていたそうで、いまだにワシを思い出しては泣いて懐かしんでいるそうです。』と嘘っぱちを書いて送った。
 さて今日は諸手続きの日なので、通帳を持って市役所と郵便局に出かけた。しかしオレは完全に自由になったはずなのだが、自分でアホなルールを作っては、かえってそれに縛られることになって、昨日のように予定外の酒を飲むと、思わずしまったとなる。すると、オレは完全な自由になるのが怖いのか、と自問しては苦笑せざるを得ない。
 帰ってみると、早速奴らから返信が来ていた。『その人は私と同じクラスだったが、お前に恋をしたなんて嘘にしてもシャレにならない。ところで元気なのか?久しぶりに一杯やるか。』これは、木更津の物理屋こと出井から。こいつは木更津にトレーラー・ハウスを持っていてそこで暮らしている変人。ウルトラ級の方向音痴だ。『忙しいんだバカヤロウ。氷川は中学で一緒だった。良く知ってる。』こいつは大井のイベント屋、椎野。社長と言っているがハッキリ言って悪人。『その人はお前があこがれて手紙を出そうとしたのをオレがやめさせたじゃないか、バカ。』ナニ!英(ハナブサ)通称、蒲田の英語屋。偏屈なる奇人でそれはどうでもよいが、てがみ、だと!だけどこいつは滅多なことではウソなんかつかない。オレは慌てた。卒業アルバムは東京の自宅に置いてある。こりゃ急げだ。車を飛ばして東京に向かった。また大幅に予定が狂った。

 いた!氷川智子さんだ。いや娘はあんまり似ていないのはオヤジ似か。わかったぞ。
 オレは翌日改めて奴等にメールした。
『いや忘れてた。確かにこの人にあこがれていたが、ワシャ忘れてた。娘も美人だぜ。今度紹介してやる。』と強がったのはいいが、連絡先も何も聞いてないし、まあ当分訊ねても来ないだろう。
 東京は桜が満開だった。そのままブラブラして3日程してから山に戻った。
 車を停めようとした時、ウチの木戸が開いているのに気がついた。しまった、慌てて閉めるのを忘れていたのか。最近ボケが来たのか、こういうことがしょっちゅう起こって困る。
 入っていくと、アレ、人の気配がする。
 庭に廻って『アッ。』と驚いた。氷川じゃなかった、えーとっヤマトヨシコだ。彼女は何と毛氈を芝生の上に敷いてお弁当を食べているのだ。
 「オイオイ。何してるんだ。」
 「あらー。あんまりいいお天気だったからお弁当こしらえたんですー。一緒にいかがですかー。」
 「うん。まあ、昼時ではあるな。」
 「ほら、鍵鍵!お茶ですか?それともビールかしら。」
 「ええと、ア、アノッ、ビール下さい。」
 まずい、今日は洗濯じゃなかったか。と思う間もなく彼女はテキパキと鍵をあけて家に上がり冷蔵庫からビールを出してハイドウゾ、とグラスまで持ってきてくれた。が、ここはオレのウチじゃなかったっけ。
 翌日、正確には夜中の3時に目が覚めた。夕方まで一緒に花見をしてあの娘は授業に行った。一体全体これは夢じゃなかろうか。それとも本当はボケが進行しているのか?

つづく

2015 サンフランシスコ・ベイ・ブルースが聞こえる(還暦編 Ⅱ)

2015 サンフランシスコ・ベイ・ブルースが聞こえる(還暦編 Ⅲ)


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