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2015 サンフランシスコ・ベイ・ブルースが聞こえる(還暦編 Ⅱ)

2015 JAN 16 20:20:21 pm by 西牟呂 憲

 このあたりは、梅雨時は実にきれいだ。セーターを着込む程肌寒くなる。特に朝方、川霧がもやっているところなんかは、思わず一杯やりたくなるくらい幻想的だ。
 メールチェックをすると、朝の早い木更津の物理屋から、メールがあった。
『いよう、ご隠居。久しぶりに会おうといっても、皆寄る年波で腰が重い。こっちに来ないか?』
とあった。それもいいな、と仲間に転送した。
 2日ほど、スッタモンダしたが、結局次の木曜日に行くことになった。木曜はゴルフの日だが、先日前代未聞のスコアが出てしまってくさっていたので別に惜しくない。例によって、黄昏プレイと称して午後2時頃に行くと、その日1.5ラウンド目という主婦3人組みと回らされた。この人達がうまいのなんの。そして、年は40台だろうがオレのことをオジイサン等と呼ぶのだ。すっかり調子が狂ってショット・パット全てダメだった。聞けば東京から来たそうだ。子供がいいかげん大きくなると、自分より年上はみんなオジイサンかね。
 さて、木曜になって、翌日金曜の仕事、洗濯と畑仕事(キュウリ、トマト、枝豆)をチョイチョイとや
って、それじゃ一人旅とばかりに車を出そうとしたら、
 「ごめんくださーい。又来ましたー。」
の明るい声。なにい!またあの娘か。
 「いい天気だから、チョット寄ったんですけど。」
 「えっと、スマン。実は今出かけるところなんだよ。」
 「あら残念です。お昼作ろうと思ったんですけど。」
 「いやー、そいつは残念だったな。又今度頼むよ。」
 「どこまで行くんですか?」
 「うん。ちょっと千葉まで。」
 「わあー、いいなー。あたしもサボッて一緒に行きたい!いいですかー?今日は講義じゃないんですよ。」
 「はあー。・・・・。」
 結局一緒にドライブになってしまった。目的地まで、首都圏の渋滞も含め3時間のロングトリップ
だ。そして、ここがバカバカしさの極みだが、その道中の殆どを、ヤマトヨシコは後部座席に転がって寝ていたのだった。
 
 暖かな潮風が吹いている。良く晴れてアクアラインからの東京湾が眩しい。山から下りて来た身にはもう充分夏が感じられる。
 奴、木更津の物理屋こと出井の住むトレーラー・ハウスの前に着いた。
 家は横浜だが、ここの分譲地にそんなものをドデーンと置いて、一人暮らしをしている。周りは洒落た造りの家が点在し、近所はさぞ迷惑だろうと思うが独特の個性とやわらかな物腰で仲良くやっているそうだ。お祭りなんかには積極的に参加していると言っていた。ナニ、大概の人はあいつの殺気に気がついていないだけで、ここ一番の切羽詰った壊れ方はなかなか見破れるもんじゃない。現代の忍者とでも言うべきだろう。
 フト気がつくと、芝生のチェアーには、先に着いたのか、蒲田の英語屋、英が何かを読む手を休めてコッチを見ていた。
 「いよー。久しぶり。」
 例によって、笑っていないがどうも機嫌は良いらしい。喜怒哀楽が通常と逆なので困る。もう40年以上のつきあいだが、こいつが人から強く影響を受けたり何かに衝撃を受けたのを見たことがない。悪く言えば、頑固、偏屈、凝りすぎ、よく言えば・・・・わからない。現代の隠者か。
 「おう。もういたのか。物理屋は?」
 「居るよ。バーベキューの下こしらえしている。イベント屋は買出しにいって、アッ帰ってきた。」 
 振り返ると紙袋を両手に持ったイベント屋、椎野が歩いてきた。いつものレイバン・サングラスにヒゲの笑顔が近づいてくるところだ。今までにオレには想像もつかない、大事故、大借金、大病、それからどう言えばいいのか大女難、大博打を潜り抜け、辛くも生き延びたタフな野郎だ。どれが原因か知らないが、あまりの凄まじさにしばらく日本に居られなくなって上海・香港にトンヅラしていた。現代の大陸浪人というところか。狭い日本にゃ住み飽きた、という台詞が似合いそうだ。
 こいつらは何故かそれぞれ忙しくしている。オレだけが真面目にサラリーマンを勤め上げて引退した途端、誰よりも隠居になってしまったのは、一体どうしたことか。
 と、その時、後部座席で熟睡していたヤマトヨシコが起きたらしい。
 「起きた?着いたよ。」
車を降りて、軽く伸びをすると、若い女と一緒なのに気がついた二人がさすがに驚いた表情を浮かべた。出井もトレーラー・ハウスから出てきた。よし、『実はこれがオレの今の女だ。』とでもハッタリをかけてやろう。
 「紹介しとくぜ。オレの一番新しい彼女・・・・」
 「おう、これが氷川さんの娘さんか。」「なんだそっくりじゃないか。」「ホントだ。高校時代を思い出すなー。」
 「・・・・。」
 「初めまして。氷川智子の娘です。」

 目が覚めた。寝返りがうてず、息苦しくて目を開けると何と寝袋にくるまっているではないか。目を凝らすとテントの中だ。えーと、バーベキューをしてたんじゃなかったか?全く最近本当にボケが進行しているんじゃなかろうか。随分昔話で盛り上がったはずだが。
 それにしても、我ながら驚いたが、高校時代にオレは詩人を気取っていたのだった。忙しいサラリーマン暮らしですっかり忘れていたが、ある時期一人でいくつかのペン・ネームを使い分け、小説やら詩やら評論を手書きで書きチラシた雑誌を出していた。雑誌の名前まで思い出して、あまりの恥ずかしさにもだえ苦しんだまで、覚えている。その段階で気を失ったのだろう。
 みんなはどうしたのだろう。ヤマトヨシコは帰っただろうか。ゴソゴソ寝袋から這いだして外に出ると、曇り空の夜明け、今にも降りそうだった。 さてはオレをおいて帰ったな。物理屋も横浜にもどったか。だがこのテントと寝袋をどうすりゃいいいのか。しばらくタバコを吸っていた。きょうは金曜日のはずだが、畑はやってしまったから山に帰る必要もない。のんびりともう一つの隠れ家、油壺にでも行くか。オレは油壺にヨットを隠していて、夏はそこにも行っている。隠れ家といっても家族や仲間は承知の上であるが。
 「オーイ。起きたか?」
 「全く世話焼かせやがって。」
 「水掛けても起きねーんだから。」
 「おはようございまーす。」
 何だ、こいつら。結局みんな泊まったのか。そうか、わかったぞ。トレーラー・ハウスにスペースがないから、自分たちの寝場所を確保するためにオレを体よく外に追っ払ったんだな。奴等が親切にオレをテントに寝かしてくれたのか、などと思いそうになった自分がバカだった。オレをほったらかして、近所のクアに朝風呂を使いに行ったのだそうだ。
 雨が降りそうだったので、早々にメシを食べた。昨日のバーベキューの残りに物理屋がサッと炒めたチャーハンを皆で食べて帰り支度を始めたが、オレはこのまま山には帰らないことにした。
 「おいご隠居、車乗せてくれ。」
 「ああ、特に急ぐわけじゃないから、オレは海に行く。」
 「ここも海は近いが?」
 「うん。でも海岸じゃなくて入江だな。油壺の隠れ家に行く。」
 「オッ、それもいいな。」
まず反応したのは英語屋だった。そして以外なことに、ヤマトヨシコも
 「あー、アタシも行きます。」
 「おい、学校はどうするんだ。」
 「あたしは週2回だし、問題ないです。」
 「いや、あの家の方に言わなくていいの。」
 「やだなー、もう説明するの3回目ですよ。親は筑波にいてあたしは一人で住んでるんです。」
 「昨日も何回も聞いてたぞ。このアル中め。」
 「じゃあ僕も行く。ここのハウスなんか鍵1個で戸締りOKだし。」
ぶっ物理屋まで。結局イベント屋も乗ってしまい全員そのまま移動することになった。
 そして、車はワン・ボックスだから5人でゆったりだが、イベント屋は隣に座ってアクアラインのトンネル以外ズーッと携帯を握り締め、『あの件はどうなった?』とか『それじゃ見積もりにならん』とか時には『冗談じゃねえ』のような迫力も交えてシゴトしっぱなし。英語屋は昨日から持っていた何やらの原書を読みながら、ノートパソコンンにカタカタと原稿を書いていて、少し静かだと思うと目を閉じていた。そしてヤマトヨシコは最後列にいて、来た時同様出発してすぐに寝てつく頃は横になっていた。物理屋はやはりネット関連を熱心に。オレは運転手か!

 ハーバーは雨に降り込められ、人もまばらな梅雨時。何故ヨットもセーリングさせずにもいるのかというと、麻雀をしていたからだ。最初から間違っていた。
 しばらくはしっとりと煙る港をみながら、船のキャビンで話をしていたが、備品に雀牌があるのをヤマトヨシコがみつけて言った。
 「あらー、こんなところに雀牌がある。懐かしいなー。ウチはよく家族麻雀やったんですよ。」
 我々は顔を見合わせた。今から半世紀近く前のはるか昔の都内のある高校で、日々雀荘でとぐろをまいて麻雀白虎隊を名乗っていたのは他ならぬオレ達なのだ。イベント屋は局長英語屋は副長、物理屋は参謀、そしてオレは監察として一部に(某高校内に)その名を轟かせたものだった。異存のあるはずもない、2抜けのデス・マッチが開始された。
 ところが最近は麻雀なんか何年もやっていないので、みんなカンが鈍っていた。どういう訳かどいつもこいつもヤマトヨシコに振り込むのだ。
 彼女がトップを走り続けているあいだ、オレは3-4位を低迷し、バカどもは2抜けのたびにカップ
ラーメンを買出したりビールを注いだりしていた。しまいに頭に来たオレはビールを買い置きのウイスキィに変えてガブ飲みし、最後の審判を聞いて失神したらしい。
 「キャーッ。ご隠居それ大三元当たりー!」
 そして次に目が覚めると、オレ以外はキャビンでそれぞれ勝手に携帯やらパソコンで仕事にいそしんでいるではないか。二日酔いで朦朧としている。どこにいるんだっけ、ああそうかハーバーだ。
 「アッ、やっと起きたな。」
 「いや、まだ眠い。」
 「だめだ。早くシャワーでも何でも浴びろ。時間がない。」
 すぐに又始まってしまった。もう午後じゃないか。一体何なんだ。何十年も前に似たようなことをした記憶はあるが、まさかこの年でこんなことをするとは・・・・。
 しばらくしてヤマトヨシコがいないのに気がついた。やっぱり帰ったのだろうな。
 と思っていたら、『ただいまー、です。もうトンボ帰りですよー。』の明るい声。見るとすっかりラフないでたちに着替えた彼女が、両手一杯の紙袋を下げてキャビンに入ってきた。皆、口々に『おかえり。』とか『ごくろーさん。』とか言ってる。
 「これで2日は大丈夫な分を仕込んで来ました。」
と言いながら、早速大きなフランス・パンに包丁を入れだした。
 「ふつかって何のこと。」
 オレは恐る恐る聞いた。オレがつぶれた後どうやら夜明けごろまで続いていた麻雀が一段落し、彼女は着替えと買出しに東京へ行き、皆は仮眠してオレが目覚めるのを待っていたようだった。
 やがて、『お待たせしました。』の声とともに、具をたっぷり載せたオシャレなパンが出され、ご丁寧にもオレには缶ビール付きで出された。

 その状態がズーッと続いた3日目の朝に、オレは一人で起きたのだ。皆寝静まっているが、今日は何曜日なんだろう。ああ、日曜だ。土曜の勉強と日曜の買出しがパーじゃないか。
 他の奴等はオレが寝てしまった時や自分の2抜けの時に勝手それぞれに過ごし事が足りているようなのだ。この通信の発達は、何もこんな連中のボヘミアン生活のために進歩した訳でもないだろうに。そして隠居のオレが自分の立てたスケジュールがこなせないで悶えるとは、少しおかしいんじゃないのか。
 そうこうしていると、誰かが目を覚ましたらしく、キャビンから声がする。オレは一人で自問した。
 自由とは何か、引退とは何だったのか。

2015 サンフランシスコ・ベイ・ブルースが聞こえる(還暦編 Ⅰ)

2015 サンフランシスコ・ベイ・ブルースが聞こえる(還暦編 Ⅲ)

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Categories:サンフランシスコ・ベイ・ブルースが聞こえる

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