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国松公異聞 大阪落城

2015 JAN 24 10:10:02 am by 西室 建

 大阪夏の陣総攻めの前夜、秘かに本丸から数人の人影が城を落ちていった。徳川軍の誰もが殺気立っており、丸裸にした大阪城の残る支城に狙いをつけているスキをついて、ゆっくりと声も出さずに城外にまでたどり着くと、武者が葛籠(つづら)のような大荷物を肩から降ろし小声で諭した。侍の名は田中六郎左衛門、蓋を払うと小柄な少年が出てきた。影が七つ、気配を消して寄り添うに進んでいることに気付いた者はいない。
 更に、行く手に居た多少の雑兵が声を出す間もなく屠られていた。
『若様、拙者はこれまで。若君のお顔は敵方の誰にも知られておりませぬ。時を待つこと幾星霜、必ずや天下に亡き秀頼公のお恨みを晴らさざるべからず。拙者はこれより若君の身代わりを連れ京に姿を消しまする。後のことは全て『闇』が手筈を整えて御座ります。暫くの後、若様と称する者と拙者が京にて晒されること相成りましょう、御覚悟あるべし。では、これにて御免。』
 少年のくっきりした目鼻立ちが強い意志を感じさせた。田中六郎左衛門が去った後は若狭京極家から遣わされてきていた女中衆が四人、心細げに佇むだけであった。誰も行き先を知らず、さりとて足は進まず立ち尽くしていた。徳川の武者達の歓声が遠くで聞こえる。女中の一人は思わず声を立てそうになったその時、漆黒の闇に濃い霧が立ち込めだした。
「若君、お女中、声のする方に進まれよ。」
男の声がした。柔らかく澄んだ高い声だった。女たちは小声をあげて怯んだ。声は続ける。
「さっ若君。進まなければ道は開けず。留まる事死ぬるに近し。徳川の追手も来ますれば。」
 少年がおもむろに振り返って命じた。物事がやっとわかるか、というか細い声ではあった。
「導かれるしかあるまい。六郎左衛門はもう消えた。」
一行は足元を確かめつつソロソロと進んだ。霧は一行を包むようにその濃さを増していく。
 もう何時歩いたことだろう。何やら山道に迷い込んだように周りに笹を踏み分けるような場所まで至った。せせらぎも聞こえて来た。すると心持ち霧が晴れていく。漆黒の闇の夜目にうっすらと人影のような凝ったシルエットが見えてきて、一同ハッとして立ち止まった。例の声が聞こえてきた。
「若君、お女中。拙者は真田家中、十勇士の二、霧隠才蔵でござる。ここまでご案内申し付かりました。」
表情までは分からなかったが、総髪の痩身の侍が足元の霧の上に浮いているように立っていた。
「あそこに粗末な小屋がしつらえてござる。ご一同暫くのお休みをされましょうぞ。お女中、憚りあれど帯を解きなるべく若君をお体でお包みなされませ、夜霧は体に障りますゆえ。ささっ。」
一行は促されるままに粗末な野良小屋に導かれると、なかには干し藁が敷き詰められているだけのあばら家であった。女中たちは多少恥らったが、筆頭格の白梅が思い切りよく帯を緩め襦袢姿になり、着物を敷いて『若君これへ。』と促すと少年の衣服も解いていった。他の女中衆も帯を解きだして、少年を抱きかかえるようにしている白梅の周りに身を寄せた。疲れきった一行はすぐに眠りについた。
 しかし互いにその身が触れ合い纏う襦袢が乱れだすと、母の肌が恋しい少年は白梅の体をさぐり、女中達も深い官能の夢に落ちていく。いつしか汗ばむほどの熱気があばら家に漂っていく。すると屋上にあって廻りに気を配りつつ九字を切っていた先ほどの霧隠才蔵は満足そうに呟いた。
「霧隠れの術の内、忍法『霧艶(むえん)』。」

 朝が明けてきた。少年がまず目覚め、半裸の白梅以下女中衆の寝乱れた姿に目を丸くした。同時に気配を感じたか白梅が『ハッ』と瞼を開け、他の女中衆も起きて身だしなみを整えた。戸を開けて外をそっと伺うと『きゃあ』と思わず声が出た。見上げるような大男が金剛杖を地に突き立てて仁王立ちしており、傍らに忍び装束の者が控えていた。
「お女中、声を立てられるな。拙僧は真田が遺臣、十勇士の四、伊佐入道と申す。」
低く通る声だった。
「それがしは同じく十勇士の六、望月六郎と申しまする。」
こちらはくぐもった声。
「もし、昨晩の霧隠様は。」
白梅が聞く間に一同が這い出すように出てきた。
「才蔵は既に次の地へと飛びましてござる。それより若君、とうとう今朝から大阪総攻めが始まりました。一刻も早く摂津を抜けなければお命が危のうごじゃります。野伏せり野盗のはびこる前にご出立願います。まずは、僅かながらの握り飯と清水を。」
と、一行をあばら家の前の沢を少し登った平地まで連れて行った。
 毛氈をしいて食いだしてすぐ,ざわめきが近づいてきた。握り飯を取り落とし腰を上げた女たちを制し伊佐入道が立ち上がって傍らに目配せする。追手が迫ったようだった。少年と女中衆はひたすら伏せた。
 望月六郎が『ご免』と女中衆の小袖を掴むやトットットとあばら家に向かう。何と遠目には泣き声と共に女があばら家に逃げ込んでいるように見えるのだ。
 『そりゃ、女があそこに逃げ込んだぞぃ。』『身に着けたお宝は切り取り次第』『はぎとりゃ中身もいただきじゃ』下卑た歓声とともに武具をガチャガチャさせながらあばら家に殺到した、その数2~30人もいたろうか。
 ダーンと轟音がした。続けてもう二回。その後バチバチバチとの破裂音。
 その後すぐに火の手が上がった。女達は『ヒーッ』と声を出すが大音響にかき消される。寄せ手の野盗と思われる集団は吹っ飛び、火を浴び、炎に包まれ焼けただれた。
 人型の炎の塊が歩いてくる。女達は更に悲鳴を上げたが、その塊が右手を一閃すると火が消え、望月六郎の姿があった。
「火遁の術の内、忍法『火龍』。」
そのまま進んできた。
 今度は後の藪から鎧宛の音をさせながら雑兵風情が数名忍び寄る、恐らく先ほどの大爆発音を聞きつけたのであろう。抜き身の刀を持ちガサガサと降りてくる。『あやしげな、ぬし等、豊臣の残党かァ。』等と喚き立てる。
 伊佐入道はギョロ目をむいて振り返ると、物も言わずに手にした金剛杖を一閃した。女子供ならば両の手でも掴みきれない鉄(かね)を打った業物を軽々と音もさせずに振りぬくと、ボクッと小さな音がして先頭の者の首が見事にもげて飛んで行った。足軽共、何が起こったのか『エッ』という感じで首が飛んでいくほうを見た。更に一歩踏み出し『喝!』の音声とともに金剛杖を突きたてる。すると今度はゴウッ!と音を立てて地が裂けた。雑兵共が地中に飲み込まれ、再び轟音とともに地割れは閉じる。
「土遁の術の内、忍法『地割』。」
振り返り伊佐入道は告げた。
「御一同、先を急がれよ。あれなる者がご案内つかまつる。」
金剛杖の指す先、初め黒い影が漂い次第に忍び装束の男が二人音も無く姿を現した。
「真田の遺臣、十勇士の八、由利鎌之介。」
「同じく十勇士の十、筧十蔵。」
 一行は辛くも京の町をかわし、大津までやってきた。そして京にて落ち延びてきた豊臣国松と田中六郎左衛門がさらし首になったという話しを聞いた。

 本物の豊臣秀頼の子供国松こそ、一行が若君と呼ぶこの少年なのだった。

つづく

国松公 異聞 宮本武蔵

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Categories:伝奇ショートショート

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