Sonar Members Club No.36

月別: 2015年11月

平成二十七年 吉例顔見世大歌舞伎

2015 NOV 30 19:19:42 pm by 西 牟呂雄

 見ましたよ、見て来ました。東 兄は昼の部に行ったそうですが、あたしゃ夜の部です。
 これだけ盛り沢山だといちいち感想を述べるまでも無い。演目は海老蔵さんのところのチビちゃん堀越勧玄ちゃんのお披露目、忠臣蔵の仙石屋敷、歌舞伎十八番の勧進帳に海老蔵さんの河内山宗俊といやもう大変なモンでした。普通の2日分とでもいいましょうか。

初御目見え

初御目見え

 お披露目はですな、さすがに市川宗家だけあって華やかでいいですね。鳶の親方の染吉は高麗屋の染五郎さん、松吉は音羽屋の松緑さん、仕切りが松島屋仁左衛門さんで町年寄は音羽屋菊五郎さん。芸者のお藤は藤十郎さん、いやもう一同がズラリと並ぶと目眩がしそうな迫力ですな。勧玄ちゃんは三歳前かな、訳も分からずトコトコ花道から出て来て『ほーりーこーしーかーんーげーんーとーもーおーしーまーすー』と挨拶しました。
 花道をゾロッと出てくる一門を従えて出て来るところ、あんな子供なのにキョロキョロしません。ああやって舞台度胸と腰の据え方を身に付けていくんでしょう。これ、いい年になってからでは玉三郎並の才能がないとこうは行きませんよ。

 勧進帳は富樫が幸四郎さんで弁慶は染五郎さんの高麗屋親子競演。問い詰められて弁慶が何も書いていない巻物を”勧進帳”として読み上げるのですが、途中富樫が覗き込むのを慌てる表情が見物です。しかしここだけの話、染五郎さん語尾の滑舌が悪かったですよ、念のため。
 それでも、酒を勧められそれに応じながらしまいにもっとよこせと徳利を取り上げる仕草、表情は歌舞伎の醍醐味で見ごたえがあります。この間セリフは無し。その後舞を舞いながら花道を飛び六方で下がっていくところはさすがですね。飛び六法はスキップの踏み方ですね。yjimage[1]

 そしていよいよ海老蔵さんの河内山。
「悪に強きは善にもと、世のたとえにもいうとおり、親の嘆きが不憫さに、娘の命を助けるため、腹に企みの魂胆を、練塀小路に隠れのねえ、御数寄屋坊主の宗俊が、頭の丸いを幸いに・・・(中略)、二つに一つの返答を、聞かねえうちは宗俊も、ただ此の侭じゃ帰られねえ」強請りのお数寄屋坊主です。
 見所は『山吹のお茶を所望』と露骨にたかりをかけ、出て来た包みを一瞥すると人目を見計らってニンマリする、是非ご覧あれ。
 脇を固めるのはご贔屓の芸達者、高島屋左團次さん。相変わらずセリフがうまい。
 最後は散々悪態をついた挙句に花道で『ばーーかーーめーー』成田屋!。ここの”成田屋”は、ンナリタヤ、と聞こえるように声掛けするとキマりますよ。
 しかしこの人、荒事の芸風なのに必ず観客を湧かせる”笑い”を取るんですねぇ。音羽屋も大御所になっちゃって、近い将来看板だけでお客さんを呼べるのはこの人くらいじゃないですか。
 又そろそろ大暴れ一丁どうですか?

九月花形歌舞伎

猿之助四十八撰


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2015年も・・少し早いか (今月のテーマ 振り返り)

2015 NOV 25 4:04:45 am by 西 牟呂雄

 いよいよ年末になり、還暦の一年が過ぎた。2015年は何だか忙しかったような・・・。

 亡母の一周忌
 もう一年経ってしまった。やれやれなのだが、先日妹の夢に出てきたそうだ。僕は一度もそんなことがない。ちゃんと墓参りしてますから出なくていいですよ。

 小倉記 (これはどうしたことか)
 街の様相がガラリと変わっていた。どうも現時点では平和になっているらしい。そう言えば中島さんのコンサートの二次会に乱入して小倉話で盛り上がってしまった。中島さんとお仲間の皆さん、ご迷惑をおかけしました。この場を借りてお詫び申上げます。

 アグリカルチャー・デヴュー
 ヒマに任せて野菜を育ててみた。結果はキュウリ全滅、ナス多少、ピーマン微小、ジャガイモ豊作、大根野生化してほぼ失敗。来年はどうしよう。生産性は恐ろしく低い。

 名古屋だぎゃ (ゼロ戦と秋水)
 名古屋だぎゃ (お城と神宮)
 名古屋に行ってみた。いやはや観光とは程遠いがゼロ戦はかっこいい。見た所は先日見事にフライトしたMRJを造ってましたね。航空ニッポン万歳。

 プジョーを手に入れる
 車を代えた。いいですよ、これ。乗り心地最高。エンブレムの輝くスタンディングライオンがかわいい。但し速さは落ちる(ドラーバーが年のせいだという説もある)。

 八丈島航海記 前編
 八丈島航海記 後編
 ヨットで八丈島まで行ってきた。いやはや台風すり抜けるように往復、片道210kmくらいだったか。流人の気分も味えたりして。八丈島はいいところでした、温泉もあったし。

  インドにもいた
 海外はインド行き。意外と涼しかったのだが、最も熱いのは6月くらいだそうだ。いやはや凄い国ですよ。ノラ象こそいなかったが、ノラ牛のエラソーなことと犬の地位の低さに文化の違いを感じた。猫は見なかった。

 鎧袖一触 パ・リーグ C・Sファースト・ステージ
 ふざけやがって、ロッテごこきに手も無く捻られた。それもこれもオレがテレパシーでせっかく授けてやった秘策を栗山監督がことごとく無視したからだ。我がファイターズは良く戦ったが力尽きた。敗者には何も与えられない・・。大谷!中田!来年しっかり頼む。

 桶狭間 訪問記
 すっかり名古屋づいてしまって古戦場を見に行った。なかなか諸行無常の趣あり。このエリア、日本史上の重大な合戦がいくつもあった。次は長篠の合戦、小牧・長久手の戦いでもフィールド・ワークに行こう。斎藤さん、名古屋行ってるみたいなんでご一緒しませんか。

 今年最後の旅は博多になる。中島さん、水炊きと焼酎2本でやりましょう!

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本年振り返り (2014年末オレ編)

2015年には起こりそうもないこと

おじさんが集って話す事

2015 NOV 20 6:06:07 am by 西 牟呂雄

 先般、同期の集まりが偶然二つ続いた。こういうものは吸い寄せられるように集中するのが不思議なのだが、まァ還暦ということだろうか。
 一つは少人数4人の会。本当は5人だったが、最も多忙な大学教授が急な飲み会で欠席。この5人の組み合わせはかれこれ20年近く不定期に行われる。組み合わせの妙は絶対に外から見たら分からないだろう。元教授翻訳者・現教授かつ理事・謎のプー・受験指導者・異形サラリーマンでは何の集まりか。この間は偶然メンバーの一人の同級生が近くに二人いたので参上したところ、あまりの訳の分からなさにポカーンとされてしまった。
 前々回の時の話題は何と2・26事件!無論その後の国の進む道を誤らせた重大な犯罪であり、戦闘部隊を率いての行動は軽率の極みである。それを前提に(結果は鎮圧されただろうが)事変を色々と比較・評価する、という非常にバカバカしい話に夢中になった。と言っても一番の間抜けは誰か、を検証しただけだが。結論は中橋基明中尉となった。緋色の裏地マントを羽織る伊達男。しかし皇居に部隊を率いて入ってから、イザ外部に手旗信号を送ろうとして大高政楽少尉(近衛第三連隊御守衛上番)と拳銃の突き付け合いに挫けてしまった。
 この席では有名な盗聴疑惑についても話題になる。例の北一輝が安藤輝三大尉に電話をかけ「マル(金)はあるか。マル、マル。」と言い「あー、マルはあります。まだ大丈夫です」と返事をしたテープは実在している。この会話自体ヤラセである、或いは北一輝の名を騙った何者かの電話である、との議論だった。
 一方最も根性のあったのは唯一人拳銃自殺した野中四郎大尉ではないかとも。この人の実弟は特攻兵器『桜花』を吊り下げて飛ぶ一式陸攻部隊の陣羽織隊長として戦死した野中五郎少佐だと確認された。
 以上は大のオトナが面白がる話ではないことは言うまでもない。

 もう一つ更にアホな集まりもこなした。こちらは大勢(というか大会場を使った)なのだが、その中でも選りすぐりのバカが吹き溜まって大騒ぎと昔話に明け暮れた。
 一応お医者様センセイの講演もあるにはあったが、ゴキゲンで暮らせば長生きできる、という内容であり、それじゃ毎日俺達みたいに遊んでいればいい、という結論になっただけ。但し飲んだくれて寿命は縮まるのでは、という反論はあった。議員センセイや学長センセイ、社長様、お医者様といった立派な肩書きはあったりするが、話す内容は40年前の足の引っ張り合いに過ぎない。
 そして恐ろしいことに一部は流れて、もっと下らないドンチャン騒ぎになってしまった。
 日本語検定試験問題 「うってかわって」を使って文章を作りなさい。答 「彼は麻薬を 『打って変わって』しまった」 別解 「高い壺を『売って か 割って』どこかにやってしまった」
 これがおじさんの会話だろうか。こういう話をベロンベロンになって大声でわめきちらし、挙句の果てに『フレー!フレー!』の大エールを(他にも関係ないお客さんもいる店で)切ったのはワシだった。
 初めの講演をしたハーバートを出た医者によると、人間は120年まで元気に生きられる、という研究をしているそうだった。すると我々はカンレキだから折り返しだというのだが、帰り際には誰もが『これからもう何十年もこんなことをするのはウンザリだ』という顔をしていた。
 簡単な話だがあと60年生きてもこいつらと付き合わなければもう少しマシな人生になると思うが、忘れた頃に湧いて出て来てはそれまで積み重ねた実績や磨いた腕を一瞬にして無意味なモノにしてくれる。地頭はいいのだろうが根性は腐っている連中だ。
 ほぼ全員が怠け放題怠けていたクセに、驚くべき要領の良さで堅いサラリーマンに化けるという離れ業を見せた。しかもこの代は、管理職になると同時にバブルの崩壊に直面する。一説によるとこの連中の(ワシを含む)バケの皮が剥がれたのがバブル崩壊の一因といわれてもいる。妙な裏ワザや怪しげなネットワークからの情報を持っていて、この集まりの経済予測は物凄く当たる。例えば中国の経済成長は実力3%成長いくかいかないか、とか足元の景気はリーマン・ショック並に落ちてる、とか。
 
 こういう付き合いが濃いので、私の人見知りが酷くなるのではないかとフト思って帰った。

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酷な出題

おじさんだって前向きに生きる 

近未来 無犯罪都市 TOKYO Ⅳ

2015 NOV 17 20:20:19 pm by 西 牟呂雄

 『ラー』本部で待つ出井の所に椎野と大和刑事がやってきた。
「オッ出井か。ご案内の通り一発逮捕にこぎつけた。」
「車に乗せられた時はあまり言い気持ちはしなかったんですけどね。」
「そうそう。店を出たら大和は車に乗せられて出ちゃってサ。イヤ焦ったの何の。ちょうど空車がいたんで追いかけられた。」
「私は椎野さんや防衛がいるものとばかり思ってましたから何とか逮捕できると思ってたんですよ。そうしたらホシの車が都合がいいことに追突したんです。」
口々に今回の作戦がうまくいったことを喋る二人。
 逮捕に至る経緯はこうだった。大和刑事は指示されるままにルノアールを出ると大型の車に呼び止められてそれに乗った。多少気味が悪かったが懐に入ると覚悟を決め乗り込むと、早速簡易検知器のようなものを使いマイ・ナンバー・カードが本物かどうかチェックすると直ぐに車を出した。
 椎野はその時になって店から出ると大和を乗せた車が出る所だった。偶然、客待ちのタクシーがすぐにいたので飛び乗って後を追った。大和を載せた車は幹線道路に出て少し走ると、金の受け渡しに車をとめようと左に寄せる。その時前の車(ワンボックス・カー)が妙な動きをしてスピン、追突した。大和を乗せた男は多少ガラも頭も悪そうな青年だったが『このやろう!』と叫んで前の車に詰め寄った。すると『申し訳ありません』などと言いながらガタイのいい屈強そうな男達が4人くらい降りてきてグルリと囲んでしまったのでトラブルに至らず、誰が通報したのかパトカーが直ぐにやってきた。無論椎野もヤジウマに混じってコトの推移を見守る。警察の事故処理が終わり、その若い男に大和と椎野が『警察だ。不正私文書売買で逮捕する!』と手錠をかけたのだった。

 出井は複雑な心境だった。公調と握ったことは言うわけにはいかない。飛乗ったタクシーも事故も仕組まれたものであることはその後知らされていた。
 確かに犯罪は減っている。一般市民はこの張り巡らされた管理ネットの元、大して気にも留めずに生活を営んでいる。ある面お上を気にせずに暮らすこと、古の尭(ぎょう)舜(しゅん)の治世の如しである。しかし一方で、組織拡大のために犯罪そのものを生み出してまで管理しようとする一団がおり、自分はそれに加担しようとしているのだ。
「どうした、出井。」
「うん。」
「乗るだろ。新宿ホームレスだけでこの成果だ。次は池袋でまたやれば必ず引っかかるぞ。」
「まァ暫くは多少の実績にはなるな。だがそうするとこの大げさなハイテク防諜施設そのものと『ラー』の存在意義はなくなるが・・・。」
「何言ってんだ、成果があがりゃ文句はあるまい。」
 暗号電報によってマイナンバーの売人が新宿から池袋にフィールドを移した事も公調から伝えられていた。しかし、このタイミングで池袋を出すとは。もしかしたら自分より先に椎野が公調にツウ(内通)しているのではないかと疑心暗鬼にも駆られ、出井は一瞬気が遠くなった。

おしまい

 管理され切った社会は組織防衛と権益の増殖を招き、出世のためには犯罪までを管理する人々があふれかえる。誰が誰と繋がっているのか分からない。そして犯罪は減り続ける、生温い市民の集合体になってしまった。普通の定義は難しいが、多くの”市民”は幸せそうに暮らし続けているのだ。このままでは済まないのではなかろうか・・・・。

近未来 無犯罪都市 TOKYO

近未来 無犯罪都市 TOKYO Ⅱ

近未来 無犯罪都市 TOKYO Ⅲ


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近未来 無犯罪都市 TOKYO Ⅲ

2015 NOV 15 20:20:58 pm by 西 牟呂雄

 椎野は振り返って出井に告げた。
「ひっかかったぞ。」
「だけどお前35歳の『ヤマト』なんて名乗って、誰だそれは。」
「大丈夫だ。生活安全課の刑事だ。いかにもマイナンバーを売りそうな役柄にぴったりだから前から仕込んでおいたんだ。それで咄嗟に年が言えた。」
「なるほど。」
 大和は新進気鋭の刑事だが、確かにモッサリしていてスーツでなければいかにも困っていそうに見える。早速言い聞かせて護衛の私服も4人手配し、現地に行かせる手はずを整えた。

 指定されたのは今頃まだあったかというような「ルノアール」。椎野と出井、そして2人組みの護衛が二組、時間よりも早く店に入り隅の席を確保しようとしたが、奥の席にはカップルがおり壁伝いの席もあらかた占められていた。結構混んでいたのだ。それぞれ、一人は入口が見える席に座り世間話を装った。見たところそれらしい男は見当たらないのでコーヒーをチビチビ啜る。
 大和刑事は指定時間の5分前に入った。まず自分を待っている男がいないか見回すのだがいない。仕方なく席についていかにも人待ち風情に佇んだ。
 約束の4時が過ぎ、何も動きが無い。5分、10分経ち人も動かない。これはガセか、と思いだした時、店の者が
「お客様のヤマト様、ヤマト様、いらっしゃいますか。お電話が入っております。」
と声がかかった。大和がカウンターに行き店の受話器にかじりついた。何か話している。こういう場合相手が店に来る場合は全員動かないが、外に呼び出された場合は一人だけ後を追い、護衛一組が後から追う。きょうは椎野の役割だ。
 会話に聞き耳を立てていた椎野は気配を察知して
「それじゃ、私はちょいと急ぎますんで。」
「じゃあココはオレが払っておくからお先にどうぞ。」
 という流れで席を立った。と、同時に大和の電話も終わり席に戻ってきたが座らずに伝票をもってレジに向かった。直ちに護衛の一組も後に続いた。ところが大和、椎野に続いて護衛二人がレジに並ぼうとすると先に4人の男達が席を立ち会計をする。大和と椎野は既に出て行ったが、男達は別々に会計をする様で一人づつ支払いお釣りを受け取っていた。残った出井は気を揉んだがソワソワして見せる訳にもいかない。
 するとその時店に入ってきた二人の男が出井に向かって急に声をかけてきた。
「あれ、出井さんでしょう。お久しぶりです。」
 ズカズカと寄ってきて椅子を引く、知らない顔だ。何事だ。声を潜めて聞いた。
「どこかでお目にかかりましたか。ちょっとド忘れしてまして。」
「フフフ。いや『ラー』の出井さん、良く知ってますよ。私は原部(ばらべ)です。こちらは英(はなぶさ)です。」
 男はサッとさりげなく身分証明書を見せた、公安調査庁の人間だ!出井はドギモを抜かれた。
「公調?公調の人が何でこんなところで。しかも『ラー』をなぜ・・・・。」
「マイナンバーの地下売買組織を追っていたところでしてね。声を落としてくださいよ。」
 原部という男は確かに眼力があるいかにもな風采だが、英という男はおよそこの業界の人間には見えない。分析官なのだろうか。
「オタクはネットの防諜が専門のはずですよね。」
「そこはお互い様、まァまァ。『ラー』は公調でも気づいているのは私達だけですよ、さすがに。」
原部と名乗った男は小声で話しだした。大和と椎野の成り行きが気に成ったが仕方がない。
「で、出井さん。最近は上り(逮捕件数)はどうですか。」
「どうもこうも。そちらが片っ端からやるもんだから・・。」
「いや、このところこちらもさっぱりで。マッ犯罪が激減してるのはご存知の通りなんですがチョットね。こうなると困るのは誰ですか。」
「誰も困らないでしょう。」
「フッフッフ。監視対象が出て来てくれないととリストラされますんでね、そろそろ稼ぎませんと。」
「あんた何を言ってるんだ。」
「アッさっきの呼び出し。お連れさんが追いかけたでしょう。あれウチでたぶらかしたヤクザです。」
 途端に出井の携帯が振動した。
「失礼。(携帯に出て)何だ。」
『まかれました。撤収します。』
 それだけで切れた。椎野の後を追った護衛に行った二人からだ。
「出井さん。大和さんなら出たところで車に乗せられましたよ。椎野さんはタクシーで追っています。」
「ムッ、」
 ただならぬ気配に店に残っていたもう一組の護衛が会話を止めている。ニヤリと笑って原部が呟いた。
「今からウチの人間が撤収しますから見ていて下さい。」
 するとスルスルと人が、オッサンもカップルも消えるように、しかも自然に帰って行く。それまで満席だったのに3分もしないうちに出井達と護衛の二人だけになってしまった。出井も顔色を変えた、まさかここまで。
「こういうのはウチのほうがね。予算が違いますよ、人数も訓練も。大和刑事と椎野さんは我々が護衛していますからご心配なく。」
「どういう意味でしょうかね。」
「車が二台追走してますよ。あのですな。」
 少し間を置いてから一気に語った。
「出井さん、今消えたのは全部ウチの人間です。そっちのお二人は防衛でしょ、分かります。それでね、まァ挙げる件数低下は出世に響くし予算も対前年で削られる。そいつはお互いよろしくない。ですから今回みたいに同じターゲットを追うのは無駄でしょう。」
「公調さんはテロ・思想犯が本命であとはサイバー管理でしょう。私等が追ってるようなのは管轄外じゃないですか。」
「今日の奴みたいな”闇”の連中から流れるケースもありましてね。マイナンバーの売り買いは対テロ対策の重要管理項目ですよ。それがですね、予算が付きすぎてウチは今やネットの管理人みたいになってます。もっともこちらは出口から追って来たんですが。」
「相手がヤクザの枝なら捜査権はこっちでしょう。”仕込んだ”ってどういうことですか。」
「勿論管轄はそうです。そこはホラ、一つ取引といきませんか。”仕込んだ”ってのはちょっと時間と手間がかかるこちらのノウハウなんでね。」
「取引とは穏やかじゃありませんね。要するに合同で捜査するってことですか。」
「出井さん、冗談でしょう。そんなことやらかしたら上の方が滑って転んでって手間ばかりかかる。ウチは法務省管轄ですよ。下手にサッチョウ(警察庁)なんかが出てきたらもういけない。私等限りで握ってしまいませんか。」
「原部さんでしたね。そんな権限お持ちなんですか。お互い役人でしょ。」
「私は治安が維持できればいいし組織が守られればもっといい。このヤマは『ラー』に譲りますから。今頃はマイナンバーのチェックをしてる頃でしょう。」
「見返りはこちらのあぶり出しの機動力ですか。」
「さっきも言ったようにウチはハイテク化が進みすぎて伝統的なフィールド・ワークができなくなってるんですよ。しかもターゲットが決まらないと今日のような囲いはできません。あぶり出しのノウハウは無い。そもそもウチには正確な意味での逮捕権もない。あれだけ予算が付いちゃうと帰って成果上を出せって上の方からもゴリゴリやられます。ところがこの頃は盗聴・メール閲覧は当たり前になってますからプロの犯罪は見えにくい。パクれるのは素人に毛が生えた程度か変質者ばかりになっっちゃって、はっきり言って成果は落ちてます。」
「こちらのほうも同じですよ。結局元に戻ったようなもんです。」
「でしょう。お互い損にならないってことでどうですか。」
「それで連絡はどうするんですか。」
「秘密回線のトランシーバーと暗号電報です。まぁ見てください。」
 原部と名乗った男は鞄の中から携帯よりも大きめのトランシーバーを取り出した。前世紀の異物のようだった。そして回線を入れると。
「大和刑事を保護して椎野さん達にホシを挙げさせろ。」
とだけ言った。

つづく

近未来 無犯罪都市 TOKYO

近未来 無犯罪都市 TOKYO Ⅱ

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近未来 無犯罪都市 TOKYO Ⅱ

2015 NOV 14 8:08:04 am by 西 牟呂雄

 警視庁生活安全課長の椎野は、マイナンバー詐欺の追及のための膨大なネット・メールのデータに目を通しながら席を立った。そして夕刻には都内、六本木のマンションの一室を訪れた。何の変哲も無い賃貸物件の一室は、電磁波シールドと最新の盗聴防止システムを備えたネット上難攻不落の要塞で、サイバー戦争の最前線を担う防犯関連者の連絡所としてキィ・クラブの体裁をとった密室である。
 認証システムが施されたキィを使って入室すると生活臭は一切無く、事務机が淋しげに並んでいる。一人の男が椎野を待っていた。警視庁公安部サイバー対策課長、出井である。
「待ったか。」
「今来たところだ。」
 二人は一切外部に漏れない環境で密かに状況を伝えあった。即ち、ここは地下に潜った詐欺組織を燻り出すための秘密作戦室、具体的には法律ギリギリの囮捜査の司令塔なのだった。コード・ネームを『ラー』と言った。
 二人は2018年にこの秘密組織が始まってからのメンバーだったが、発足当初目覚しい成果を挙げたものの毎年逮捕件数は下がり続けた。一つには個人情報保護の観点から、テロリスト情報や性的変態犯罪予備軍の管理が公安調査庁側に大幅に移管されたこともある。しかしそれにしても、世の中が進歩したり人々が利口になったはずはない。サイバー空間でのセコい詐欺も激減したかに見えるがそんなこともない。しかし成果が下がるのは官僚組織にとっては命取りだ、予算が削られるのである。

「サイバー囮捜査は完全に手詰まりだ。ネット関連で引っかかる詐欺の類は殆ど素人しかいない。」
「みんなデータを監視されているのが当たり前になりすぎてしまった。我々が相手にするようなプロの犯罪者は既にネット上には出てこないのではないか。この囮捜査も時代遅れだろう。」
「しかし組織犯罪はどこへいったんだ。ヤクザを追い込みすぎて解散させてばかりいたから事務所のガサ入れも出来なくなったぞ。」
「監視慣れというかネットでの勧誘詐欺は首都圏ではもうない。何か別の手段が採られているに違いないのだが分からん。何か撒き餌を仕込まなければ。貴様いい知恵はないか。」
「そうは言っても公安調査庁と違ってこっちは予算が無い。」

 散々悩んだ末に二人が思いついたのは、何とか地下犯罪組織に辿り着こうとする涙ぐましいアナログ作戦だった。新宿のホームレスに『マイナンバー売ります』のカードを持たせそれを配らせる、引っ掛かった(変な話だが)闇のグループが連絡を取るにはホームレスの親方(どこにも仕切り屋は居る)に言い含めて住所と固定電話を教えさせるようにした。何しろ誰もが管理されているのが前提のため携帯・メールは絶対に信用されないご時世なのだ。全く変な世の中になってしまった。
 しばらくすると驚いたことに次々と連絡が舞い込んだ。そしてその通信手段は電報なのだ。それも毎日10件・20件と来る。たちまち小所帯の『ラー』では捌けなくなってしまった。二人のほかには24時間交代勤務でネットを監視しているサイバー官5人しかいない。
 今回のアナログ・ヒュミント作戦では、犯罪組織にマイ・ナンバーを「売り」に行く実在のスパイが欠かせないのだった。切羽詰った出井と椎野は応援を仰いだ。所轄の人員では足りそうもない。公調(公安調査庁)に人を出してもらいたいのはヤマヤマだが交流も無い。仕方なくホームレスの親方と話をつけて、多少口が利ける程度の子分を斡旋してもらった。そもそもその電報には待ち合わせ場所が記入されているのみで今時の通信手段は全く使わないので、その場所まで行けるレベルを選ぶ。格差社会が進行して識字率までが落ちているから電車にも乗れないのがいるからだ。手配できる人数はせいぜい100人程度で直ぐに「売り」の配布を打ち切り日付の確かな電報に対応させる。すると、半数の者は接触出来た。残りは手ぶらで帰って来た。駅の改札で待ち合わせる、といった電報はほぼガセだった。
 その場で『マイナンバーを寄越せ。』と要求された者が殆どで、そういう輩には精巧に作られた偽のマイナンバー・カードを大体5~10万円で売りつける。そして実際には使えないことを後に知ることになり、使用時点で御用になる。
 三人だけ、共に公園のベンチを指定された者がその場でタッチ式の検査機のようなものでカードをチェックされ見破られた。
 二人は帰ってこなかった。
 一人、メモを渡されたのがいた。『本気ならばこんなカードではだめ。固定電話で連絡請う。03-△△△△ー◆◆◆◆』と記されていた。固定電話というのがヤバそうだ。
 相談した結果出井が公衆電話から掛けることになった。
「もしもし、メモを頂いた者ですが。」
「メモでございますか?」
出たのは若い女の声である。
「あのー、マイナンバー・カードの件で・・・。」
「チョットお待ち下さい。」
コールが鳴って男に代わった。
「あー、そちら様公衆電話なの?」
「あっはい、そうです。家電持ってないんで。」
「あーそう。冷やかしとかじゃないの?本当にナンバー売るほど困ってんなら相談乗るけど。」
「いや、本当に困ってます。おいくらで売れますか。」
「オタクお幾つ?そう若くないね。」
「はい。35です(本当は45)。」
「それは結構高いよ。じゃあ会ってみるかい。名前は。」
「ヤマトといいます。是非お願いします。本当に困ってるんです。」
 男はいきなりその日の夕方、都心から少し離れた沿線の駅前の喫茶店の名を告げた。

つづく

近未来 無犯罪都市 TOKYO

近未来 無犯罪都市 TOKYO Ⅲ

近未来 無犯罪都市 TOKYO Ⅳ


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近未来 無犯罪都市 TOKYO

2015 NOV 12 19:19:26 pm by 西 牟呂雄

 2020年には多くの国民の理解が得られたマイナンバー制度が根付いた。オリンピックに大量の選手・応援団・観光客がやってきたが、入国の時にパスポートナンバーが控えられ、外国人にも仮の番号があたえられるようにさえなった。
 学者・ジャーナリズムの多くは『自由の侵害だ』『人権無視だ』と大騒ぎしたが、使っている国民のほとんどはこれによって手間が省け、便利になったと助かっていたのだ。施行されてから目に見えて犯罪が減ったのも大きい。
 国民は気が付いていないが国家による管理はとっくに極限にまで進んでいたのだ。
 2015年あたりからスマホ・メールの普及に伴って通話盗聴・メール閲覧・データ抜き取り技術が飛躍的に開発され、秘密裡に監視するとともに蓄積され、一方で防犯カメラで捕えられる映像がビックデータとして保管されたため、犯罪検挙率、スピードが飛躍的に上がる。gmail.com、 ne.jp 、co.jp
といったアドレスは例外なく閲覧されていると言っていい。
 防犯カメラは全国津々浦々に張り巡らされて、通り魔的犯罪は直ぐに挙げられる。
 好調安倍政権は下手に警察機構が動くと目立つと読んで、公安調査庁に膨大な秘密予算をつぎ込んだ。集中的に追い詰めたのは『振り込め詐欺』と『性的変質者』だ。危険度・常習度別にソートされた再犯候補者・犯罪予備軍を囲い込み、予防どころか若干の囮まがいの捜査で片っ端から検挙した。
 更にスマホ一つ部屋に置いて有ればオフにしたところで全て見ることも可能なのである。
 一見日本は治安において楽園のような社会になるかと思われた。
 肝心なことがもう一つ。脱税はマイナンバーを使うとほぼ不可能になり、どんな職業でもサラリーマン並みにふんだくられることが常態化した。

 2018年以降に安部政権を引き継いだ石破総理ー野田副総理コンビはオリンピックに向けた好況感と共に順調に船出した。
 しかしである。世の中のイリーガルな部分や怨念・憎悪が相対的に減るようなはずがない。しかも管理のレヴェルが上がると同時に抜け道を模索する技術も上がった。折りしも警察の暴力団壊滅作戦が効いたお陰で組織は壊滅したが、闇の勢力は一斉に地価にもぐってマフィア化してますます一般社会と乖離してしまった。
 一般国民にとってウッスラと管理されているのは苦痛でも何でもない。そうで無ければ北〇〇も〇国も人が生活できるはずはない。
 
 とは言え、政府への隠し金・ヘソクリをチョロまかすのは資本主義の基本だ。闇が目を付けないはずがない。まず始まったのがマイナンバー・詐欺だ。偽造マイナンバーでパスワードを盗み銀行口座から引き落とす。偽造マイナンバーを持ち掛け後ろ暗い連中から金を巻き上げる。更に適当なマイナンバーを入力したオレオレナンバー詐欺まで出現した。
 金持ちは電磁波シールド・ガーデンを造ったりして情報漏えいに気を使うムキもあったが、これらの犯罪は後を絶たない。2020年段階では、各警察公安部に設置されたサイバー・セキュリティー部隊と生活安全部の詐欺対策部隊は治安が良くなるに反比例するように多忙を極めて闇の勢力と戦っていた。
 闇とは言っても別に本当に地面の下に住んでいるわけじゃない。かつてのヤクザのように看板を出した事務所が無く、普段は普通の市民生活を営んでいるらしい。特殊なネットワークで連絡を取っているようで組織としての実態が皆目分からないのだ。仮にメール・携帯等で連絡していれば公安調査庁が把握できるはずなのだが、警察サイドから再三申し入れても梨の礫で、どうやら彼らの防諜でも分からないようだった。

 一部の犯罪集団はどうやらマイナンバーを拒否しているらしく、ナンバーの検索には引っ掛からない上、表面上はただの市民を装って自らは手を下さない。ナイショのヘソクリを造りたいような後ろ暗い堅気をカモにして詐欺を繰り返し急成長産業となっていた。
 表面的な安定社会と裏腹に、格差は益々広がり底辺貧困層ははっきりと隔絶された階層が形成されているようだった。
 即ち、マイナンバーが管理し切れない不法滞在者・ナンバー拒否組が表に出ないネットワークをひそかに形成していて、普通の市民を装いつつ社会の底辺にしっかり根を張ったようだ。

つづく

近未来 無犯罪都市 TOKYO Ⅱ

近未来 無犯罪都市 TOKYO Ⅲ

近未来 無犯罪都市 TOKYO Ⅳ


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現代ロシア社会 後編

2015 NOV 10 1:01:48 am by 西 牟呂雄

現代ロシア社会

レジメ6ページから

・大陸国家であるロシアが国境を接しているのは16カ国+1地域(東トルキスタン)。軍事都市でもあったカリーニングラードはバルト3国の一番西側リトアニアの南、ポーランドの北にある飛び地。当然国境問題を多く抱えている。
・しかし極東・北方4島在住者は別として内陸部の対日感情は驚くほど良い。日本との領土問題の経緯などを知る人は皆無に近い。
・アニメが多く放送されていて、セリフは全て吹き替えだが主題歌はそのまま流れるので簡単な単語(カワイイとかドラエモン)を知っている若いロシア人は多い。日本語の教育環境はそれほど整っていないにもかかわらず。
・2008年に中国とのウスリー川の中州を面積等分方式で国境画定し、2010年にはノルウェーとの大陸棚の国境を同じく等分方式で解決している。北方領土についてもプーチン大統領が「ヒキワケ」を口にしたことから俄に面積等分方式が現実味を帯びた。しかし、択捉・国後両島にはロシア極東軍の軍事施設が建設されており、この扱いは譲らないと思われる。

ロシアの言い分とは何か
・ゴルバチョフ時代とは重い軍事費の負担に耐え切れず『帝国』を放棄せざるを得ない苦汁の選択の連続だった。当時は共産党一党独裁であったのでその勢力は強く、一方台頭する民族主義にも悩まされた。当時はサッチャー英首相・レーガン米大統領と役者が揃っており、ゴルバチョフはそれらに対してそれなりに対応したことで国際的には評価が高かった。
 若い人は知らないだろうが東西に分裂していたドイツが統一することにGoサインを出したのも彼である。筆者はこの時にNATOとの住み分けを決めた秘密条約が在ったのではないかと見立てている。
 ところが一連の改革に反発した守旧派によるクーデターに遭いクリミアの別荘に軟禁されてしまう。
・この時この守旧派に対抗したのが選挙によってロシア(あくまでソ連の構成国としてのロシア)大統領となって復活していたエリツィンである。戦車の上に乗って拳を振り上げる映像が有名だが、実態は軍の大半と治安機関が支持しなかったのでクーデターは潰れる。そしてソヴィエト連邦も崩壊することになった。
 そのままロシア初代大統領となったエリツィンは、市場主義経済導入を急激に勧めたが結果は無残なものだった。前年比2510%ものハイパーインフレとなりGDPは前年比マイナス14.5%。そして国営資産の不透明なブン取り合いが起こり1998年にロシアそのものがデフォルトする。この時期国民は大変な困窮生活を強いられた。
 個人的には日本の橋本総理とはウマが合ったようで、領土問題もそれなりに進展するかと思われたがエリツィンの力が落ちていく過程でオジャンに。
・翌1999年の12月31日というドン詰まりにテレビで辞任演説をし、後継者を首相だったプーチンに指名。プーチンは選挙の洗礼を受けず大統領になった。それ以来憲法の定める3期連続に当たるの2008~2012を除いた期間ずっと最高権力者であり続けている。前記のインフレから石油製品の根下がりで当初は大変な苦労をした。現在も尚、経済的に厳しい状況であるのは報道にあるとおり。
 「灰色の枢機卿」「ツァーリ」「ラス・プーチン」等と呼ばれ、チェチェン対応・テロ対応(或いは敵対するジャーナリストの相次ぐ不振死、ロンドンでのポロニュウム暗殺もある)で見せた強い大統領のイメージ通り「栄光のロシア」の復活を望んでいる。
 それが露骨に出たのがクリミア併合・ウクライナ東部侵攻である。ウクイナは歴代大統領の腐敗が酷く(あの美人過ぎる大統領も含め)大国にもかかわらず難治の国だった。プーチンも天然ガスの供給ストップ等の強権をしばしば発動したが、反ロシアのキエフの革命騒ぎによりEUにより近づきそうな動きになってついに切れた。
 ロシアとしては、NATO勢力がロシアと国境を接する事は耐え難い。筆者の見立ての”NATOとロシアは国境を接しない”といった密約をEUが破ったと感じたのではないか。
 無論力による国境の変更など現代において許される事ではなく、国際的な制裁を受けてしかるべきである。
 一方のキエフの革命政権側も、現ポロシェンコ大統領は選挙の洗礼を受けた正当性はあるが、暴動の主体となった武装勢力にはあまりスジのよろしからぬ一団もいた。西ウクライナは東部三州とは多少宗教の違いもあり、実は先の大戦の時点で枢軸国に協力者もいた地域で反ロシア気質が濃厚にある。最初の発砲はこの一団と言われている。
 但し、東部側も義勇兵の体裁を取っているものの実態はロシア軍であり、ブークによるマレーシア機の撃墜の疑い等、多くの問題を抱えている。

大国の目指すもの
・国家というものは重くのしかかってくるイメージで捉えられがちであるが、統制力を失った途端にそれに代わって出て来るのは制御し難い暴力的陣取り合戦になる。歴史的にも末期清国から中華民国、アフガニスタン、ISの跋扈するシリア・イラクを見れば明らかである。或いは分断された国家を見てもよい。評価は別にして、我が国の戦国時代もそうだった。
 広大な領土を維持する、しかも経済や議会機能が安定しないロシアで、プーチンが強権的になるのはある意味当然なのだ。

 しかしながら国家の無限の領土拡張など有り得ない。筆者は大国たる矜持は域内防衛と安定と考えている。
 その文脈で考えればウクライナ問題の落としどころは自ずと見えて来るはずだ。既に血は流されている。
(注 本稿執筆時点でロシア航空機の事故が起こり、プーチン大統領のシリア政策は対ISを軸に大きく変わりそうなことを記しておく)
 IS対策が試金石となるだろう。即ち対テロ、あるいは国境を越えたバンデミック等にどう対応していくか。
 
・大国同士の全面戦争などは地球規模ではありえない。しかし中東情勢や勃興する民族主義を見れば当面地上戦が無くなることも在り得ない。しかるに大国レヴェルが調停に当たることになるのだが、そういった場合万が一の偶発が起こり得る。その際どうやって寸止めにできるか、いくつものシナリオを準備しておくべきと考える。
 これは目下の南シナ海で米中が対峙していること、そして自衛隊がレーダー照射を中国軍から受けた現実を踏まえ重要な点である。
・そして利害が一致しないとしても、なるべく直接ぶつからないように糊代・遊びの部分を構築する。例えばTPP等は経済的枠組みではあるが雛形としては将来的に進化する可能性はある。実際戦乱に明け暮れたヨーロッパの中での戦争はEUがある現時点では考えられない(ドイツの一人勝ちではあるが)。ロシアCISにもユーラシア関税同盟が一部には動き出している。

 そして最後に、ロシアを題材に色々と材料を提供したが、学生諸君には『それではこの国と付き合うのに日本としてはどうあるべきか』を自分の頭で考えて頂きたい。一国平和主義などは既に成り立たなくなっているのだから。

 北富士総合大学において
 尚、数字を提示した表・グラフについては量が膨大なため割愛した。

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現代ロシア社会 前編


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ロシア東方シフトは本物か

現代ロシア社会 前編

2015 NOV 7 0:00:40 am by 西 牟呂雄

 筆者の関係している北富士総合大学国際問題研究所では、国・地域の社会分析からインテリジェンスまで様々なことを研究している。
 そのフィールドワークの対象の一つがロシアである。目下のところクリミア編入、ウクライナの戦闘、北方領土強行訪問、シリア反体制派への空爆 と国際的に眉をひそめさせる振る舞いが散見される。
 一方では資源開発を念頭に、プーチン大統領は極東を重視する姿勢をしばしば強調する。
 又、個人的には安部総理と極めてケミストリー(肌合い)が合っており、首脳会談は常に良い関係を確認している。この点は何故か森元総理の存在が利いているようで、個人同士ではG7のどこよりも良好に見える。筆者も多くのロシア人の友人がいるが、話が長くなりがちなことと頑固なところはあるが気のいい朴訥な人ばかりだ。
 但し、国家レヴェルの意思というのは『いい奴』の集合体と言う訳にはいかない。
 ところで領土問題についての筆者の立ち位置としては、まず2島返還してもらい後に国境確定と平和条約を結ぶというスタンスであるが、プーチン大統領の在任中に安部総理と是非まとめてもらいたい。

 それにしても、相手の考えている事が読めなければ交渉もしようがない。ロシア人は何を考えているのか、どうしたいのか。以下のレジメは北富士総合大学において筆者が秋季特別講義として大学院生を相手に執り行った講義の内容である。政治的な先入観を極力避け、日本からの目線に偏らないように分かりやすく学生に説明したが、レヴェルを落としたつもりはない。講義の後半は討論を企画したが学生の意見が洗脳されているのかと思うほど画一的で、結果として筆者=ロシア・学生=日本の構図での議論となった。単なる理屈の言い合いでは学生に押されるはずもないが、中には刺激になる場面もあったので多少の訂正を含めて記録したい衝動にかられた。以下レジメをクリックしながらなぞって頂きたい。

現代ロシア社会

レジメ5ページまで

グローバル時代とは何か
・ソ連という社会主義国が崩壊した理由はいくつもあげられるが、経済的な比較劣位にありながら広大な国家を維持することが不可能になり統制ができなくなった事が大きい。直前のチェルノブイリ原発事故・アフガニスタン侵攻の失敗・東欧民主化の流れが引き金となった。
・その後大混乱に陥って各種紛争・国有資産のブン取り合い等を経て、大統領制のロシアとなった。
・目下の足元はクリミア・ウクライナ問題と石油価格の急落で一気に減速した。
ウクライナがNATO入りするとロシアと国境を接するという非常事態が猛烈に危機感を煽った。キエフにおける革命騒ぎは治安の問題として見ても放置できるレヴェルにない。

現状モデル
・エネルギー大国・資源大国であり、特に天然ガスはパイプラインを通じてヨーロッパに供給する。このパイプがウクライナを通っているので、ドイツも穏やかではない。
・しかも輸出関税はロシアの税収の20%を占める財源となっている。
・現在の若い企業家達はソ連時代を経験していない。しかしながらオルガリヒのように巨大になると行動様式は旧態然としてはいる。
・旧ソ連の国々でもベラルーシ・カザフスタン等は親ロシア色が強い。クリミアは元々親ロシア。
・バルト三国は反ロシア。ウクライナは西と東では宗教も少し違う。
・日本からはヨーロッパエリアに自動車が進出。極東はプーチン大統領が力を入れるものの資源開発は進まず。日本の進出を喉から手が出るほど欲しがっている。
・経済制裁は金融・石油掘削の最先端技術がボディ・ブロゥになっているものの、ロシアはしぶとい。まだインフレ傾向は小さい。
・北方領土はプーチン大統領以外に解決できる人間はいない。側近が何を言っても関係ない。
・NATOとは軍事同盟であり、ロシアとの間には絶対に緩衝地帯が必要。それでなくてもロシアはテロの対象になりうる。中東が不安定な今は尚更そうで、シリアでのロシア軍の空爆はその文脈でみるべきである。

一般のロシア人の考え
・契約までは散々ゴネるがサインまでこぎつけると約束は守る。時には身を切ってやることもあり、狡猾さは感じられない。国家レヴェルはいざ知らず、個人的には義理人情を大事にするところがある。
・個人レヴェルの政治感覚は長いものには巻かれろ的。政治家というのは税金を取る悪い奴だと思っている。良く言われるロシアン・ジョークで、投票行動は 悪い奴<もっと悪い奴<物凄く悪い奴 を排除するための行為だ、等と。
・100km200kmの距離は「隣の町」といった感覚で、到底日本人の感覚の及ぶところではない。人なんか住んでいない所の道路は直線。
・アメリカは「何にでも首を突っ込んでくるでしゃばりな国」。ヨーロッパは「仲間ではある」がドイツに関しては複雑な感情、ハッキリ言って好きじゃない。中国は潜在的な脅威と感じているが、話しているとモンゴル人と区別がついていないようだ。ロシア語で中国人のことをキタイスキーと呼ぶが、フン族・モンゴル族・ジョルシン族(満州族)・漢族全部を指す場合が多い。極東の人口圧力は肌で感じている。
 蛇足ながらウェストファリア条約以後、単独で一方的に国家間の条約を破棄した件数はダントツでドイツ(但し当時は300もの各地方の領邦国家だったので件数が多いこともある)次いでロシアである。

つづく

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ロシア東方シフトは本物か

南シナ海波高し

2015 NOV 4 22:22:12 pm by 西 牟呂雄

 アメリカがついに堪忍袋の緒を切ってイージスを人工島の(自称)領海内に派遣した。恐らく秘匿任務の潜水艦も潜航していることだろう。F22もスタンバイ。これはそう簡単なデモンストレーションではない。アメリカは待っていたに違いない。何を、一つは日本の安保法制の採決をだったと考えている。このヤバい事態が夏にでも起こったら廃案にされていたかもしれない。
 もう一つはTPPだ。冷戦時代にやっていた封じ込めのアウト・ラインがそれなりに出来た。私自身は多少の違和感があるものの賛成せざるを得ない、という立ち位置である。
 かなりの長期に渡ってこの作戦は実行されるだろう。中国はどうするか。
 あの胸クソの悪い中国外務省の報道官は「断固として」「あらゆる手段を」「無慈悲な(これは北の国か)」とガナリ立てるが、結局のところ手も足も出ない。それぐらい米中の海軍力は違う。訪米時に爆買いまでして見せたのに習近平の面子は丸潰れだ。国内からは突き上げられ国際社会では孤立する。
 アメリカにしても来年は大統領選挙があるので、クリントン候補を勝たせたい民主党オバマ陣営としても簡単に拳を振り下ろせない。戦争の始まる前はイケイケの候補が勝ち、始まって犠牲者が出ると止めた候補が勝つに決まっている。
 現在は水面下で米中の相当激しい外交戦が繰り広げられているはずだ。

 中国嫌いのヴェトナムは勿論、ロクな軍事力のないフィリピンは心から歓迎していることだろう。
 話はズレるがフィリピン国軍は建軍以来一度も対外戦闘をしたことのない軍隊で、ミンダナオのムスリム過激派との小競り合いはするがそれにも米軍の軍事顧問団の指導を受けている。要するに弱っちい国なので中国にイチャモンなんかつけられっこない。操業していた工業団地にフィリピン空軍のプロペラ機が落ちたこともあったくらいだ。
 北部高地のバギオという町にミリタリー・アカデミーがあって、そこは先の大戦時の最期に山下兵団がギブ・アップした場所。そこで山岳レンジャー訓練中の士官候補生達を見たことがあった。尋常な目付きではなかったが習志野の空挺団の方が精悍だとは思った。

  しかし地図を見れば一目瞭然、この海域でドンパチが始まるとASEANと日本は本当に困る。そして僕は愛する台湾に思いを馳せるのだ。多少遠いが領有権を主張しているのである。人工2千万。正式に国交のあるのは僅か23カ国で北朝鮮よりも少ない。なぜか北朝鮮は162カ国と国交があり国連でもデカい面をしている。
 巨大帝国と対峙するにきれいごとは言っていられない、国民皆兵で誰もが兵役に就く(徴兵逃れで留学する者も多い)。僕は1996年の総統選挙に合わせて大陸がミサイルを撃ち込んだ時台北にいたが、ネオンは消え人影も普段より少なく、まるで戒厳令のようだったことを肌で感じた。
 人工島の埋め立ては喉元に匕首を突きつけられた格好で、周りに頼りになる国はない。さぞ心細かっただろう。友邦日本は南シナ海に行くなどトンデモない。やっとアメリカが重い腰を上げてくれた格好だ。
 台湾経済は極めて特殊で、バランス・シート重視の分厚い中小企業が支える。2千万国民の中に70万人以上の社長がいると言われている。経営は真面目で堅実だ。 
 僕は大陸でも仕事をしたことがあるが、パートナーに恵まれてそれほどひどい目にもあっていない。もっともあまり大きく稼ぐピクチャーには敢てしなかったので嫌がらせも受けなかったのだろう。会ったのは皆いい人達で仲良くしていた。しかし国家の意思、集団の論理となると大陸の政治性・戦略性は別の生き物のような振る舞いになることは歴史が証明している。隣の国もそうである。
 言うまでも無く中国は一つであるが、台湾国民はソフトもハードも中国人ではない。僕はしばらく住んでいたから実感している。

 先の大戦ではアメリカは台湾を素通りして沖縄に上陸した。沖縄は地政学的な立地から直ぐに返還されず米軍基地は未だに多くの問題を孕んでモメている。台湾は国民党に占領された。一方で尖閣は沖縄県に所属しているにもかかわらず県は国と対立するばかり。複雑な沖縄事情を私ごときが語れないが、日台紐帯の橋頭堡になってくれないものか。個人的に台湾がいじらしくてしょうがないのだが。

 米中海軍同士のテレビ会議は非常にプロとしての会話で終わっているはずだ。詳細は表には出ないだろうが「ここまではやる。」「これはやらない。」といった内容が確認されたと睨んでいる。暫くは中国の尖閣への排他的経済水域航行のような頻度でアメリカは侵入する。
 見過ごしてならないのは『敵の敵は味方』『こっちも忘れるなよ』の国際関係だ。ロシアは演習中の米空母にスクランブルさせた。北のあの国も構って欲しくてしょうがない。

 千両役者、我らが安倍総理はこの面倒な時期に日中韓首脳会談を鮮やかにさばいた。
 ハナから得るものなど全くない首脳会談なんぞやる必要は無いと思っていたが、あの余裕。どちらも経済がヤバくなったので、一つ日本にネジを巻いてやろうとでも思ったのか。
 大陸は焦り丸出しで台湾にもトップ会談を持ちかけた。これで次の選挙は民進党に決まった。馬総統も終わり。
 半島は私のインテリジェンスには少しでも中国と差がつくように日韓の昼食会をしなかったことが伝わってきている。何しろ1000年恨むと宣言した大統領なのだから次に首脳会談をするのはどの国も指導者が代わってからじゃないか、島が帰ってくる訳でもないし。反日デモも相変わらず(但し、中国の官製反日デモは無くなったことを確認している)。
 両国とも国是としての反日はしばしば国内の権力闘争の格好のネタであり、イザとなったら法治国家とも思えない行動に出る。個人同士の信頼関係に頼るしかないことを我々は十分経験している(個人的に信頼が築ける人はいる)。
 それより中韓どちらも国境を接した、拉致を認めない核保有国をどうにかしてくれ。

 首脳会談がなくて困っているのは舞台が回ってこない外務官僚くらいだろう。ところで私は嫌韓でも反中でもありませんのでよろしく。

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