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近未来 無犯罪都市 TOKYO Ⅲ

2015 NOV 15 20:20:58 pm by 西 牟呂雄

 椎野は振り返って出井に告げた。
「ひっかかったぞ。」
「だけどお前35歳の『ヤマト』なんて名乗って、誰だそれは。」
「大丈夫だ。生活安全課の刑事だ。いかにもマイナンバーを売りそうな役柄にぴったりだから前から仕込んでおいたんだ。それで咄嗟に年が言えた。」
「なるほど。」
 大和は新進気鋭の刑事だが、確かにモッサリしていてスーツでなければいかにも困っていそうに見える。早速言い聞かせて護衛の私服も4人手配し、現地に行かせる手はずを整えた。

 指定されたのは今頃まだあったかというような「ルノアール」。椎野と出井、そして2人組みの護衛が二組、時間よりも早く店に入り隅の席を確保しようとしたが、奥の席にはカップルがおり壁伝いの席もあらかた占められていた。結構混んでいたのだ。それぞれ、一人は入口が見える席に座り世間話を装った。見たところそれらしい男は見当たらないのでコーヒーをチビチビ啜る。
 大和刑事は指定時間の5分前に入った。まず自分を待っている男がいないか見回すのだがいない。仕方なく席についていかにも人待ち風情に佇んだ。
 約束の4時が過ぎ、何も動きが無い。5分、10分経ち人も動かない。これはガセか、と思いだした時、店の者が
「お客様のヤマト様、ヤマト様、いらっしゃいますか。お電話が入っております。」
と声がかかった。大和がカウンターに行き店の受話器にかじりついた。何か話している。こういう場合相手が店に来る場合は全員動かないが、外に呼び出された場合は一人だけ後を追い、護衛一組が後から追う。きょうは椎野の役割だ。
 会話に聞き耳を立てていた椎野は気配を察知して
「それじゃ、私はちょいと急ぎますんで。」
「じゃあココはオレが払っておくからお先にどうぞ。」
 という流れで席を立った。と、同時に大和の電話も終わり席に戻ってきたが座らずに伝票をもってレジに向かった。直ちに護衛の一組も後に続いた。ところが大和、椎野に続いて護衛二人がレジに並ぼうとすると先に4人の男達が席を立ち会計をする。大和と椎野は既に出て行ったが、男達は別々に会計をする様で一人づつ支払いお釣りを受け取っていた。残った出井は気を揉んだがソワソワして見せる訳にもいかない。
 するとその時店に入ってきた二人の男が出井に向かって急に声をかけてきた。
「あれ、出井さんでしょう。お久しぶりです。」
 ズカズカと寄ってきて椅子を引く、知らない顔だ。何事だ。声を潜めて聞いた。
「どこかでお目にかかりましたか。ちょっとド忘れしてまして。」
「フフフ。いや『ラー』の出井さん、良く知ってますよ。私は原部(ばらべ)です。こちらは英(はなぶさ)です。」
 男はサッとさりげなく身分証明書を見せた、公安調査庁の人間だ!出井はドギモを抜かれた。
「公調?公調の人が何でこんなところで。しかも『ラー』をなぜ・・・・。」
「マイナンバーの地下売買組織を追っていたところでしてね。声を落としてくださいよ。」
 原部という男は確かに眼力があるいかにもな風采だが、英という男はおよそこの業界の人間には見えない。分析官なのだろうか。
「オタクはネットの防諜が専門のはずですよね。」
「そこはお互い様、まァまァ。『ラー』は公調でも気づいているのは私達だけですよ、さすがに。」
原部と名乗った男は小声で話しだした。大和と椎野の成り行きが気に成ったが仕方がない。
「で、出井さん。最近は上り(逮捕件数)はどうですか。」
「どうもこうも。そちらが片っ端からやるもんだから・・。」
「いや、このところこちらもさっぱりで。マッ犯罪が激減してるのはご存知の通りなんですがチョットね。こうなると困るのは誰ですか。」
「誰も困らないでしょう。」
「フッフッフ。監視対象が出て来てくれないととリストラされますんでね、そろそろ稼ぎませんと。」
「あんた何を言ってるんだ。」
「アッさっきの呼び出し。お連れさんが追いかけたでしょう。あれウチでたぶらかしたヤクザです。」
 途端に出井の携帯が振動した。
「失礼。(携帯に出て)何だ。」
『まかれました。撤収します。』
 それだけで切れた。椎野の後を追った護衛に行った二人からだ。
「出井さん。大和さんなら出たところで車に乗せられましたよ。椎野さんはタクシーで追っています。」
「ムッ、」
 ただならぬ気配に店に残っていたもう一組の護衛が会話を止めている。ニヤリと笑って原部が呟いた。
「今からウチの人間が撤収しますから見ていて下さい。」
 するとスルスルと人が、オッサンもカップルも消えるように、しかも自然に帰って行く。それまで満席だったのに3分もしないうちに出井達と護衛の二人だけになってしまった。出井も顔色を変えた、まさかここまで。
「こういうのはウチのほうがね。予算が違いますよ、人数も訓練も。大和刑事と椎野さんは我々が護衛していますからご心配なく。」
「どういう意味でしょうかね。」
「車が二台追走してますよ。あのですな。」
 少し間を置いてから一気に語った。
「出井さん、今消えたのは全部ウチの人間です。そっちのお二人は防衛でしょ、分かります。それでね、まァ挙げる件数低下は出世に響くし予算も対前年で削られる。そいつはお互いよろしくない。ですから今回みたいに同じターゲットを追うのは無駄でしょう。」
「公調さんはテロ・思想犯が本命であとはサイバー管理でしょう。私等が追ってるようなのは管轄外じゃないですか。」
「今日の奴みたいな”闇”の連中から流れるケースもありましてね。マイナンバーの売り買いは対テロ対策の重要管理項目ですよ。それがですね、予算が付きすぎてウチは今やネットの管理人みたいになってます。もっともこちらは出口から追って来たんですが。」
「相手がヤクザの枝なら捜査権はこっちでしょう。”仕込んだ”ってどういうことですか。」
「勿論管轄はそうです。そこはホラ、一つ取引といきませんか。”仕込んだ”ってのはちょっと時間と手間がかかるこちらのノウハウなんでね。」
「取引とは穏やかじゃありませんね。要するに合同で捜査するってことですか。」
「出井さん、冗談でしょう。そんなことやらかしたら上の方が滑って転んでって手間ばかりかかる。ウチは法務省管轄ですよ。下手にサッチョウ(警察庁)なんかが出てきたらもういけない。私等限りで握ってしまいませんか。」
「原部さんでしたね。そんな権限お持ちなんですか。お互い役人でしょ。」
「私は治安が維持できればいいし組織が守られればもっといい。このヤマは『ラー』に譲りますから。今頃はマイナンバーのチェックをしてる頃でしょう。」
「見返りはこちらのあぶり出しの機動力ですか。」
「さっきも言ったようにウチはハイテク化が進みすぎて伝統的なフィールド・ワークができなくなってるんですよ。しかもターゲットが決まらないと今日のような囲いはできません。あぶり出しのノウハウは無い。そもそもウチには正確な意味での逮捕権もない。あれだけ予算が付いちゃうと帰って成果上を出せって上の方からもゴリゴリやられます。ところがこの頃は盗聴・メール閲覧は当たり前になってますからプロの犯罪は見えにくい。パクれるのは素人に毛が生えた程度か変質者ばかりになっっちゃって、はっきり言って成果は落ちてます。」
「こちらのほうも同じですよ。結局元に戻ったようなもんです。」
「でしょう。お互い損にならないってことでどうですか。」
「それで連絡はどうするんですか。」
「秘密回線のトランシーバーと暗号電報です。まぁ見てください。」
 原部と名乗った男は鞄の中から携帯よりも大きめのトランシーバーを取り出した。前世紀の異物のようだった。そして回線を入れると。
「大和刑事を保護して椎野さん達にホシを挙げさせろ。」
とだけ言った。

つづく

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