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怪僧列伝メチャクチャ編(今月のテーマ 列伝)

2016 MAR 1 0:00:55 am by 西室 建

 坊さん列伝をやってみたら止められなくなった。

弓削道鏡
 太政大臣禅師に任ぜられた翌年には法皇という誰もなったことのないポストに就く(無論その後もいない)。ここでは伝聞には触れないが、時の天皇の寵愛を受けて出世する。
 この時代背景は実に複雑で、天皇家も天智・天武の両系統があり、周りも藤原仲麻呂やら橘奈良麻呂、大伴古麻呂といった大物がゴチャゴチャしていて”乱”が起きたり暗殺があったり。この状況の元、
阿倍内親王は天皇・上皇・また天皇と大変な道を歩む。即ち重祚した孝謙(46代)・称徳(48代)天皇である。道鏡に皇位につかれると、現在も議論されている女系天皇が実現したかもしれないのだ。
 ここは結構重要なところで、孝謙・称徳天皇は壬申の乱の勝ち組、天武天皇系だ。そしてここで絶えて次の光仁天皇から天智天皇の系統に戻る。
 道鏡自身は大変な学僧であったのは間違いないと思う。しかしこの辺り今でいうK・Y過ぎたのじゃなかろうか、本人の逸話は消されてしまった。何も悪いことはしていなかった?むしろ本人が言い出したのではなく天智・天武の争いに巻き込まれたのかも知れない。崩御後は淡々と下野の国に赴任している。
 SMCの観桜会で皇室縁の京都泉湧寺(せんにゅうじ)にお参りした際、天智天皇に次いで光仁天皇の位牌があり、途中天武天皇から称徳天皇までの天武系九代の位牌はなかったことが確認されている。

文観  
 真言密教立川流の中興の祖で、怪人同士気が合ったのか後醍醐天皇に重用された。立川流は武蔵の国立川にて(今の立川市)起こった奇怪な教義で邪教として弾圧され今は残っていない。それを極めた。
 相当にアブナい坊さんで、鎌倉幕府の調伏をやったのがバレて流罪。これ鹿児島のナントカ島まで流された。
 ところが運よく建武の新政になって京都に戻ってくるが、あまりに危険なセックス教団だったので高野山と対立して甲斐国へ。すると都合よく南北朝でモメが始まり後醍醐天皇について吉野に現れ大僧正となる。
 立川流のご本尊は人間の頭蓋骨を加工して昼夜八年祀り養い『髑髏本尊』とする。
 本人達が大真面目だったのか分からないがこんなもん真言密教もクソもなかろうに。一体どこから調達したのだろうか。ただ民間には有徳の僧の髑髏を供養すれば呪いやらお告げが聞けるという恐ろしい信仰はあったようだ。キモイ。

果心居士
 坊さんかどうか疑わしいが記録には残っている。それも面談したのは織田信長、豊臣秀吉、明智光秀、松永久秀と大物揃い。慶長年間に名前を変えて駿府の家康に目通りした怪しげな因心居士というのがいるが、同一人物だろう。
 そのころは怨霊・物の怪何でもありだ。現代の簡単な手品みたいなもので人はコロッと騙されていたろう。恐らく口も上手く演技力十分の詐欺師。
 そしてそう言った輩は大勢いたものと思われる。そのテの目くらましとオベンチャラで召し抱えられようと戦国大名に近寄った。
 信長にもを安土でテキトーな術をやっていた無辺というのが寄って来て、一発で見抜かれてポイ。”飛び加藤”こと加藤段蔵は上杉謙信に謁見するもあまりの怪しさに殺されかけ、逃げ出して武田信玄に会うものの今度は本当に惨殺される。
 果心居士も秀吉にあったまではいいが、磔にされたとか鼠に姿を変えて逃げたとか。
 幻術こそ使わないが今の世の中にもいるよな、嘘ばかりつく奴。オレオレ詐欺なんかこういったのが源流か、病的な詐話をいくらでも喋っている。

隆光僧正
 これまた真言系新義真言宗大僧正。本山根来寺といえば一大鉄砲僧兵団を擁した言ってみれば傭兵の卸元。教義がどうだか知らないがそれだけで何やらヤバい。
 5代将軍綱吉に子がいないことを悩んでいた生母の桂昌院に天下の悪法『生類憐みの令』を吹き込んだ。桂昌院は京都の「西陣織屋の」「八百屋の」「大根売りの」娘と言われていた三代家光の側室で、迷信深い体質だったのだろう。息子の将軍の方も思い込んだら前のめりに夢中になるところは良く似た体質だったと思われる。
 それでその親子に目を据えられて『跡継ぎ生まれぬのは前世の祟りか、今生の不養生か』などとせまられて隆光僧正も『そんなことお前のせいだ』とは言えない。苦し紛れに『生き物をいたわるようにすれば』と出まかせをいったところ「殺生を慎め」という御触れになってしまった、くらいだろう。
 将軍は大真面目だが効果なんかあるわけない.『隆光坊、余は未だに子宝に恵まれぬ』『ヘッヘー。上様は丙戌年のお生まれ。特にお犬様をお大切に』と言った具合にエスカレートしただろう。
 そもそもこんなもの後生大事に遵守するわけない。取り締まる方だってばかばかしい。10年位やってお咎めは百件もない。魚鳥類を売ることを禁止、病気の馬を遺棄して遠島、吹矢で燕を撃って死罪、冗談のような話だ。
 どうやら江戸城下や天領で運悪く見つかった者だけのようだ。

拳骨和尚 武田物外
 幕末にいた怪力無双の雲水。諸国を遍歴し永平寺の釣鐘を下ろし、加賀では力比べで召し抱えられ、江戸で碁盤を殴りつけて手形とし、茶碗を指で粉々にしたり、いやもう仏法修行はどこに行ったのやら。この殴りつけて跡の残った碁盤はいくつか現存している。
 ハイライトは京都の新撰組道場での近藤勇との対決。何故かしら近藤は槍を持ち突きかけたところ身をかわされて槍の柄の先端にある金具をつかまれる。すさまじい怪力にビクともしなくなり膠着する。たまらぬと近藤が引っ張ると頃を見て手放され後ろへ飛んでしまった。
どういう思想的背景か単なる調子乗りなのか。第一次長州征伐の調停役として、孝明天皇に直接に奏上したそうだ。

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