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戦国奇譚 風雲小田原攻め 

2016 MAR 10 18:18:16 pm by 西室 建

 信長亡き後その後継者の座をかっさらい天下を取ったと号令を掛けたものの、秀吉にはまだ厄介な相手が大勢いた。最大のライバル徳川を辛うじて臣従させ、遠国島津を力攻めで抑え込み、次に片付けなければならないのが関東だった。
 武田の騎馬隊を通さず、戦国無敗の上杉謙信を押止め、秀吉の召喚を頑として撥ね付けるは小田原。何としても早いうちに北条は潰しておかねばその先には伊達もいる。更にここで天下人としての号令をかけられなければこの下克上の世の中、面従腹背の輩がどう動くか分からない。秀吉は踏み絵を踏ませるがごとく大動員を図った。
 小田原は箱根を背負った天下の要害、大軍での山越えは利あらず。東山道を進軍した部隊に、上杉景勝、直江兼続、真田信繁といった歴戦の諸将が北関東から攻め下り、猛烈な抵抗に合いながらも鉢形城・岩槻城と抜いていった。
 ところが石田三成が指揮を執っての忍城(おしじょう)攻めから戦いの様相が一変する。
 三成は羽柴軍得意の水攻めとばかりに利根川から石田堤を築くが、攻め切れず膠着状態に陥る。

 家康は某夜、秘かに一人の男を呼び寄せた。とは言っても呼ばわったのは大声だった。
「いずこにありや。」
「服部半蔵、御前に。」
 声はしているが姿はない。
「近う。」
「はっ。」
「のう、近頃の戦、はかばかしくあらず。」
「仰せの通り。」
「石田殿の軍略もまずかろう。半蔵、伊賀13人衆を連れ忍城を見て参れ。」
「御意。」
 人影は初めから終わりまで見えないままだった。

 半蔵と伊賀衆は長大な堤に立って見渡すと、忍城はまるで水に浮いているように見えた。
「お頭、そこに!」
 指した20間(35~36m)程先の闇の中、うごめく影が見て取れた。半蔵が目配せすると5人の伊賀者が音も無く動き出す。するとその影も気配を察したように立ち上がり脱兎の如く走り出した。影は三人だった。
「何物だ!逃げる所をみると北条の忍びか。」
 たちまち取り囲んで半蔵が低い声で言った。伊賀衆は既に抜刀していた。
 影の者は背中を合わせるように対峙していたが、突如懐に手を入れ投げ放った。ブーンという飛翔音とともに飛んで来る物を各々が身を翻らせてかわす中、半蔵は背中に背負った忍び刀を抜きざまに叩き落す。足元に転がった物を一瞥してつぶやいた。
「十字手裏剣。風魔か!」 
 その刹那、後方の堤でドーンッ!という大爆発音がして闇夜に更に墨を流したような黒煙が上がった。伊賀衆が振り向くと同時に堤の一角に亀裂が入り、一条の土砂が流れ落ち出したのが見て取れた。
「いかん。退け!」
 伊賀衆は一斉に半蔵について駆け出したが、3人の賊はそのまま佇んでいた。
 ゴーッと地鳴りのような音とともに堤が決壊していく。あたりはすぐに水浸しになり、濁流は石田軍の陣を襲った。不意を突かれた軍勢は指揮命令が乱れ、我先に逃げ出す者で陣営はごった返し数百人が流されて溺死する有様に陥った。
 かろうじて欅の大木によじ登ってしのいだ伊賀衆の視界に、一艘の筏が流れるように過ぎていく。人影が四人、こちらの方を見ていた。3人は先程の賊のようで、他に一人。その七尺を越える一際デカい巨体の男が不適に笑った。両眼が裂けるように大きく、かつ遠目にも真っ赤な異相をしている。次の瞬間弓を引き絞って射掛けてきた。矢はうなりを上げて弧を描きドスッと半蔵達が連なっていた巨木に突き刺さった、矢文が結んである。一番近くの枝に足を懸けて蝙蝠のようにぶら下がっていた者が素早く文を取るとクルリと体を変えて半蔵に手渡した。
  ー風魔忍法龍神ー
「あの化け物が風魔の小太郎か。」
 半蔵がつぶやいた。同時にはっきりとした声で断を下した。
「次の戦が危ない。我等はこれより八王子に向かう。百足!蜘蛛!おぬし等はその旨を急ぎ殿に伝えよ。」
 二人、欅の大枝を背丈ほどに払い腹に縛り付けると濁流に飛び込んで姿を消した。伊賀流独特の水遁の術である。
 (この欅は『天神社の大ケヤキ』として行田市佐間の水城公園に現存している。)

 八王子城は上杉景勝・前田利家・真田昌幸の1万5千人が包囲していた。城内にこもるのはわずかの将兵の他、領内の農民・婦女子を主とするたったの3千人に過ぎない。
 上杉景勝は踏み潰せとばかり力攻めをしたが、城内からの矢玉は雨のように降ってくる。守りは堅く前哨戦では多くの犠牲者を出した。しかもその緒戦の夜、何者かが忍び込み兵糧米に油をかけて放火した。当面は近隣の糧秣を調達しなければ攻撃ができなくなった。
 某夜、上杉景勝と前田利家は真田昌幸を交えて合議していた。
「籠城している横地監物は覚悟を決めて徹底抗戦の腹ですな。場内に内通する者も全くおらず。」
 大将格の上杉景勝が重い口を開いた。兵站を担当している前田利家も応じた。
「北条氏照は既に小田原に行って戻らないのだが、城中は全員討ち死にを覚悟しておる。先日の兵糧を焼かれてその後八方手を尽くしておるものの、このあたりは元々米の作付けは少なく思うに任せぬ。太閤殿下は既に沼津に参られたゆえ、早急にこの城を落さねば。」
「ご両所、ご案じ召されるな。明日にでも我が指揮下に元武田の黒鍬者(土木工兵隊)の一隊が参じまする。これらは山城の攻撃には慣れてもおりますゆえ、我が精鋭とともに此度は搦め手より一気に攻め上って見せまする。」
「おう、真田殿がそう申されるは心強い。」
 と前田利家が応じた途端に『ワァー』と騒ぎが起きた。何事かと皆身構えた。
「申上げます。不審な者共、突如陣中に現れ武者500騎の繋ぎ馬の綱を切って火を放ちました。」
「何と!見張りは何をしておったのだ!」
「それが地の中から湧いて出たごとく。」
「たわけー!」 
 前田利家が旧主信長の口癖を叫び立ち上がって出て行く、上杉景勝・真田昌幸も続いた。

 滝山口から現在の青梅街道沿いに一群の騎馬隊が駆けて行く。不思議なことに人が騎乗しているのは先頭を行く10人程、後は馬だけが百頭程もいるだろうか。夜道のため全力疾走ではないが蹄の音をガラガラと立て進んでいた。相模の方を目指し淺川を渡ったとき、大音声で裂帛の気合がかかった。
「喝(カァーッ)!」
 馬は一部前足を高く上げて嘶き、主を乗せていない後方の多くは怯えて隊列を崩した。最後尾の一群は元の道へ戻ろうとし、制御できなくなった。
「何奴。」
 一番前の巨人が呼ばわった。割金のようなドラ声が闇に発せられると同時に懐から十字手裏剣を掴みだして虚空に投げ放った。ガッと音がして手裏剣が落ちると、そこには忍び装束の男と僧侶が立っていた。
「風魔小太郎。又まみえたな。」
「伊賀の半蔵、溺れ死なずにノコノコ現れたか。そのクソ坊主は天海か。」
「いかにも南光坊である。わざわざ引導を渡しに参った。可可。」
「伊賀者、臆したか。役にも立たない念仏乞食まで連れてきおって。」
 風魔衆は全員馬を捨て、小太郎を中心に三角形の隊列を組み抜刀した。小太郎のそれは2m近くもある斧の様な剛剣であった。
 その時、淺川上流方面でドーッンという爆発音が聞こえた。風魔が龍神の術を使ったのか。
 天海が合掌しながら奇怪な文言を唱えだした。
「阿毘羅吽欠蘇婆訶(あびらうんけんそわか)阿毘羅吽欠蘇婆訶・・・・」
 風魔はその声を聞くと同時に刀の切っ先を高く上げた独特の構えで隊形を組んだまま無言で半蔵と天海に向かって突進した。小太郎の目が真っ赤になっていた。近づくに連れ『ウーッ』という獣のような声を上げて進んで来るのだ。それは流れを増しだした川の唸り声のようでもあった。
 半蔵はとんぼを切って姿を消す、後に残り『阿毘羅吽欠蘇婆訶』を唱える天海に向かって小太郎の剛剣と数本の刀が同時に振り下ろされた。が、全て空を切り、小太郎の剣は川原の砂利を砕いた。
「ヌッ、これはオボロ影か。」
 突如稲妻が二度三度不気味な閃光を放ち、直後に雷音とともに豪雨が降り注いだ。
 既に足元の水嵩が上がって風摩の足元を濡らしている。上流からの筏を待っていたのだ。
 そしてその筏が流れに乗って姿を現したが、その大筏に乗っているのは服部半蔵と天海なのであった。
「しまった!」
「龍神の術、敗れたり。」「阿毘羅吽欠蘇婆訶。阿毘羅吽欠蘇婆訶。」
 大筏の周りには伊賀13人衆が水遁の術を使いながら押し寄せてきた。
 風魔の衆は呪文に当たったのか、次々に気を失い流れに飲まれていく。一人小太郎のみ仁王立ちになって水流にあがらっていたが、大太刀を担ぐと超人的な力で大筏に進む。彼我の距離が5間程に近づくと、いかなる術を使ったか『クワァーーーーッ!』と怪鳥の叫びと共に小太郎が飛翔した。
 伊賀衆は頭上を飛び越えようとする異形の巨体に思い切り手裏剣を撃ちこんだ。ドスッドスッと手ごたえがあったと見え反対側の水面にバシャーッと水音を立てて落ちた、そして瞬く間に流れに飲まれていった。
「阿毘羅吽欠蘇婆訶。阿毘羅吽欠蘇婆訶。」
「天海僧正。仕留めましてござる。」
「喝ー!水音が軽すぎる。あれは変わり身、半蔵、追え。」
 半蔵と伊賀衆は小太郎の本体を求めて抜き手を切って闇に消えていった。

 この戦いの一部始終を全て見ていた者が二人いる。九度山にいる真田信繁配下の忍び、猿飛佐助と霧隠才蔵である。二人はいずれ戦う徳川の忍者の実力を見極めるため、あえて加勢もせずに一部始終を見ていたのだった。

 服部半蔵から忍城の苦戦を聞いた徳川家康は、ゲリラ戦では風魔小太郎に歯が立たないと考え、急遽南光坊天海を派遣してこれを全滅させた。小田原はその後陥落する。しかし小太郎は全身に傷を負い、右腕を失いながらも生き残っていた。その後徳川の関東転封時に風魔一統は盗賊集団として復活し大暴れするが、それは又別の話。家康が征夷大将軍になった年に江戸で捕まり処刑された。

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