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熊谷直実顛末 Ⅱ

2016 MAY 3 10:10:14 am by 西室 建

 不貞腐れているうちに今度は足元で所領争いが起こってしまった。
 昔から反りの合わない久下直光との間では、久下郷と熊谷郷の境界について長いことモメており、いっそ直光めを一揉みに捻り潰そうかと思った。しかし御家人間の争い事は御法度で、とうとう鎌倉殿の評定を仰ぐ破目になってしまったのだ。
 これにはあの梶原景時の奴が裏で糸を引いていたに違いない。あいつは普段から鎌倉殿にあることないこと吹き込んでいて、御曹司の足を引っ張ったのも景時だという噂もある。
 鎌倉殿の御前に呼び立てられたが、直光はかねてから武勇はからきしのくせにベラベラ捲し立ておった。殿はいちいち頷いたりしてはワシの方に例の陰険な目付きで『直実はどうか。』などと言うではないか。
「熊谷郷はともかく大昔から我が郎党の支配していることは明らかで・・・・。」
 じつは夕べもあの敦盛公の顔が一晩中チラついて眠れなんだ。
 言葉でやり取りするのが苦手なワシは終いにバカバカしくなって、腹がたってきた。おまけに梶原景時がこちらを見てせせら笑っているのがわかって爆発した。
「この上は何を申し上げても無駄なこと」
 立ち上がってその場で髻を切り落として席を蹴ってやった。鎌倉殿が呆気に取られていたが、無礼もクソもあったもんじゃない。
 カーッとなって屋敷には帰らず所領にも行かずに馬を飛ばした。するとまたあの敦盛公の顔が浮かんできてしまい、ワシはもう坊主にでもならねば救われないとまで思いつめた。気が付けば京の都に来ていた。

 仏門に入るからには最も高名な方に弟子入りしなければ気が済まぬ。その気になって聞き回ってみると坊主はどいつもコイツも自分の宗派の自慢話ばかりしているようで嘘くさい。そもそも坊主共が喋り捲る言葉の意味すら分からんのに、南都六宗だの天台がどうの真言がこうのと言われても区別もつかんのだ。
 しかし都をウロウロしているうちに変わり者の坊さんの噂が入った。面倒な修行や学識と関係なく、ただ『南無阿弥陀仏』とだけ唱えよと触れ回っていて、都で下々の輩に評判だと言う。何しろ敦盛公の顔がチラついてうんざりしている上に頭を丸めて武士でもなくなった身だ。藁をもすがる気で会いに行く事にした。ほうねん、という名前だ。
 するとさすがに流行っている様で、門前には待ち人が大勢いる。別に弟子入りに来た訳でもないような老若男女が念仏を唱えながら人だかりしておった。ところがワシの異様な風体に驚いたらしく、その人塊がよける様に割れた。剃髪してはみたものの僧衣なぞ持ち合わせないから首から下は武者風のまま、帯刀までしていたから呆気に取られたようだ。案内を請うとその坊主も腰を抜かしてしまい、次の間に通されたのだが、何時まで立っても目通りかなわん。
 そこでまた例の敦盛公の幻影が出た。ワシはひたすら念仏を唱えては見たものの消えない。
 一体いつまで待たせるのだ。
 このままでは地獄に落ちてしまう、エエィ、クソッ。
 こうなったら腕の一本でも切り落としてやると刀に手をかけたところ、坊主が『ヒーッ』と声を上げて大騒ぎになり、やっと御上人に取り次いでくれた。恐らくワシの目は眉間の縦皺も荒々しく真っ赤な光を放っていただろう。
 ところがその法然上人は息一つ乱れておられず、僅かに笑みさえたたえておられた。
『御上人様ー。それがし、日本一の剛の者などと呼ばわっては戦に明け暮れる事幾十年。』
 言上もクソもワシも何を言っているのか分からなくなるほどに逆上しておったが、その穏やかな尊顔を拝しているうちに静まってきた。そして最後にこう聞いた。
『ワシのような者にも後生はありや。』
 法然上人はポツリとお答えになった。
「罪の軽重をいはず、ただ念仏だにも申せば往生するなり、別の様なし」
 すると何と不覚にもポロリと涙がこぼれ、それ収まらず次々に湧き上がってきてしまい、とうとう赤子のように大声でわあわあと泣き喚いていた。
 
つづく

熊谷直実顛末

熊谷直実顛末 Ⅲ

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Categories:伝奇ショートショート

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