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我が友 中村順一君を偲ぶ

2016 OCT 31 23:23:05 pm by 西 牟呂雄

 彼のバンカーとしての事跡は多くの人の知るところであり、わざわざ記さなくても長く記憶に留まるに違いない。
 筆者はあまりにも長く彼と付き合い、それはその昔彼の神谷町の邸宅の薪で沸かした五右衛門風呂に一緒に入った頃に遡る。湯面に浮いている木の板の上に上手く乗らなければならなかったそのお風呂に、チビ二人が同時に浸かるのが難しかった。
 我々は話を面白く盛り上げるのが大好きで、何でも大げさにして喜ぶところが共通していた。
 その頃中村家はシロという犬を飼っていて、ある日二人で散歩に連れて行った。辺りが暗かったのだから冬の日だったと思う。このシロは他の犬に実に激しい敵愾心を燃やした。よりにもよってその時に途中で出会った別の犬に突如猛然と襲いかかった。体がまだ小さかった我々は慌てて綱を引いたがもう噛み付いてしまい、とても手に負えない。自然と役割分担し綱を筆者に任せた彼は必死の形相で割って入り何とか治めた。にもかかわらず相手の飼い主であるオッサンは我々を怒鳴りつけ、二人で何故かペコペコ謝ったのだった。
 彼の家に帰って事の顛末を話すと御母堂様は『しょうがないわねぇ。猫なんか一噛みだから』と呟かれた。筆者がその光景を想像しておののくと、奴はその一瞬の表情を見逃さずこう言った。
「何しろ毎朝起きると庭に猫の死骸がゴーロゴロしてるんだぜ」
 ビビッたも何も、自宅に帰って母親にその通りの事を伝えた。『ねぇねぇ、順ちゃんチの犬はすごいんだよ』と子供がびっくりして訴える口調だったのだが、それを聞いた母は呆れ返った。
「アータもバカね。順ちゃん家みたいな住宅街でそんなに野良猫がいるはずないでしょう。いいこと、一年は365日あるのよ。年間730匹もその犬が噛み殺すはずないでしょう。どうせ一匹か二匹くらいの話を、全く順ちゃんも順ちゃんだけど信じ込んで帰ってくる方もどうかしてる。アータ達二人を遊ばせてると・・・・。」
 あっ。

 この話はその後50年も経った後でモメた。確か指宿温泉に泊まった時だ。
「お前が言った口調まで覚えてる。『ゴーロゴロ』と言った」
「言ーってない。言うはずがない」
「イヤ。言った。オフクロ様の言葉も記憶している」
「バカ言え。考えても見ろ、シロは10年は生きてたんだぞ。7300匹も噛み殺せるもんか(この辺で記憶が蘇ったようで少しあわてる)」
「今計算しただろ。『ゴーロゴロ』と言っただけで『毎朝』とも『二匹』とも言ってないぞ(せせら笑ってやった)」
「(動揺を隠しながら)公式記録は残されていない」
「当たり前だろ。何が公式記録だ、このヤヒコー(わからないだろうが二人の間では最低の侮辱)」

 彼の趣味の一つに競馬があった。確か中学生の辺りから抜群の記憶力と推理好きが相まって片っ端から血統やらレース・レコードを暗記し、G1レースはおろか地方競馬までを網羅した。高額の馬券を買い漁るわけではなく、予想を楽しんでいたと思う。
 その彼が惚れ込んでいたのが菊花賞を取ったアカネテンリュウという名馬で、この馬がいかに優れているかを長々と解説された。
 この話は以前ブログに彼に無理矢理アカネテンリュウを買わされたように書いたが真実はこうだった。
 確か1971年の有馬記念だと思うが『絶対にアカネテンリュウが来る』とわざわざ電話してきて断言する。そこでオチョクッてみたくなり『今回は無理だろう。オレはダテテンリュウに乗る』と宣言したところ『あーんな馬が来るもんか。どこがいいんだ』と猛烈な反論を始めた。その後言い合いになって引っ込みがつかなくなり、互いに単勝を買う事になったのだった。僕はその時初めて場外馬券を買ったはずだ。
 ところが冗談みたいな話だが、結果は両馬共ギリギリまで競って八歳の牝馬スピードシンボリに負けた。
 次に会った時には双方気まずいの何の。そして最も気になっていたことを僕は聞いた。
「お前裏切ってスピードシンボリに流してないだろうな」
「俺は大丈夫だやってない。お前も単勝一点買いだろうな」
「よかった」
 お互い損したことが確認できた途端二人ともゲラゲラ笑い出した。

 読者諸兄諸姉よ。このブログは故人の尊厳を揶揄するものではないことを改めて申上げる。筆者と故人の間の思い出だが、筆者が頭でも打って(先日ひどく打って出血した)記憶を失えば永久に知る人の無くなってしまう話なので、故人を偲ぶ意味で書いてみた。
 昨日の天皇賞に彼の供養のつもりで何年振りかで馬券を買ったが、暴れ馬エイシンヒカリの単勝に万券ぶち込んでスッてしまった。

 順よ、どうしてくれる。

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Categories:遠い光景

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