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幕末甲州奇談 横浜編

2017 AUG 27 6:06:45 am by 西牟呂 憲

 アメリカ人のバイヤーは5人程の明らかにゴロつきのような日本人を従えてタバコを燻らしている。
「No!」
「ゴードンさんはダメだとおっしゃってる」
「ふざけんな!相場がどうだか知らねえが、オレッチは若尾幾造の使いで来たラ」
 若尾幾造は甲州財閥で知られた若尾逸平の弟で、横浜の生糸商売を任されていた。逸平は横浜で外国人相手に生糸・水晶の商売を行い、生糸輸出の投機で莫大な利益を得た。生糸産業は上州・甲州の冒険的投機商人が凄腕を振るい、明治日本の基幹産業となった。ただ、相場が荒っぽく動くので横浜の商売は命がけだった。
 丈太郎一味はそこに取り入って代金取立て・生糸買い付けに暗躍していた。
「うるせい!」
 いきなりバイヤーの脇にいた顔に刀傷のある男が畳にドンッとドスを突き立てた。アメリカ人はニタニタ笑っていた。これで決まりとタカを括ったのだ。
 ところが丈太郎側もこれぐらいではビクともしない。大兵肥満の権蔵を中心に、右が僧形の地蔵、左に娘姿に化けた丈太郎という構えだった。
バンッ!
 突然の炸裂音に一同がのけ反った。立ち上がった女形姿の丈太郎の手元から硝煙が上がっている。得意のピストルをブッ放し、弾は正確に突き立てられたドスを弾き飛ばした。
 身を起こした。丈太郎はピストルをアメリカ人の顔前に突き付け、向こうも持っているはずの火器を制したのである。
「ユー・ノウ・ディス・イズ・リボルバー。アイ・ハヴゥ・ファイヴ・モア・ブリッツ。フー・キャン・アライヴ?」
 どこで覚えたか、丈太郎の英語だ。
「どうしても持ち込んだ生糸を引き取ってもらい金は貰ってく。いやとは言わせねえ」
 そして娘装束を解いて諸肌脱ぎになって背中の彫り物を晒した。
「般若の丈太郎だ、文句あるか。地蔵!引導渡してやれ」

猿橋の地蔵

「ソーギョー・ムージョー・ハンニャー・ハラミター」
 元より信仰心のカケラもない偽坊主のデタラメな経文だが、動く者はもういなかった。
 帰り道に巨漢の権蔵がそっと聞いた。
「兄貴、般若の通り名はもう使わない方がいいズラ。堅気の商売のつもりがだいなしだし、有名になったら上がったりラ(甲州弁の語尾)」

 若尾逸平の事業欲は止めがない。兄弟分とも言うべき雨宮敬二郎・根津嘉一郎とともに鉄道事業に乗り出す。その後このグループは電力・ガスといった東京の基幹産業を次々と興し、血縁はないものの甲州地縁をバックにした『甲州財閥』と言われた。

 生糸の商いの方は維新後も新政府の輸出産業として急速に近代化・企業化が進みだした。即ち鉄火場的な半ば暴力的ボッタクリが影を潜めるようになる。
 丈太郎達は次第に疎んじられると同時に、例の風体と通り名が横浜で有名になってしまい、アメリカ人・イギリス人のバイヤーが敬遠しだした。若尾幾造は兄の命を受けて一味を秩父の生糸買い付けに行かせた。
 一方で、秩父エリアは英米系ではなくフランス系商人の牙城だったという裏の事情もある。要するに鉄砲玉として横浜から追っ払ったのである。
 一行は横浜から八王子を抜け飯能を通り武蔵の寄居に宿を取った。三峰参拝の門前町であると共に秩父方面との物産の集積地でもある宿場町だった。
 悪い癖で荷物を解くと近隣の博打場に行くのだが、調子に乗って『面白いから貸元(かしもと)に仁義を切りに行こう』となり、地回りのヤクザを物色した。
「軒下三寸借り受けまして、失礼さんにござんす。おひかえなすって!」
 先方の三下が目を丸くして引っ込んで、代わりにそれなりの貫禄の者が仁義を受けた。
「早速のお控えありがとうござんす。手前、生国と発しますところ花の八百八町はお江戸でござんす。お江戸といってもいささか広うござんす。お大名屋敷並びましたる山王様で産湯を使い、四谷木戸門出まして内藤新宿からはるばる甲斐路へ下り、甲州にて黒駒一家で修行重ねましたるお見かけ通りの若輩者、般若の丈太郎と申しやす。後ろに控えしは」
「生まれは甲州、犬目の権蔵でごいす」「同じく猿橋の地蔵」
「ご案内の通り『犬』『猿』と揃いまして『雉』の『鳥沢の源蔵』はご維新の戦(いくさ)で欠けましたるはご愛嬌。黒駒党の『桃太郎一家』でござんす。以後よろしゅうお見知りおきおたの申します」
 相手は呆気に取られながら『血眼(ちまなこ)の周五郎』と名乗ったが、ここの貸元本人であった。実に下品な顔つきをしている上に額に大きな傷があり、通り名の通り白目に血管が浮き出た凶悪な眼差しは不気味そのもの、丈太郎は一目で嫌悪感を覚えた。
「なぁ、血眼の貸元。ここいらの様子はどうなんだい」
「それがよ、さっぱりだ。今年になってから生糸の相場が下がりっぱなしでな」
 だからその生糸を安く仕入れにきたとは言えない。
「そりゃまた災難だな。賭場もそれで寂しい有様という訳か」
「全くダメだ。だが貧乏百姓から更に搾り取ってる奴らはいる」
「ほう、どういうカラクリだい」
「ここいらを見なよ。水回りの悪い場所はどこもかしこも桑畑だ。お蚕百姓も多い。ところが米だの何だのはみんな買わなきゃ食う事すらできゃしねえ。そいつらが皆翌年の生糸をカタに借金してるのよ。そこへ持って来て相場がこんなに下がっちまえば次の年にゃーもう首は回らねぇ。そこで俺たちの出番ってこった」
「すると渡世人のおめぇさんがたは賭場が立たなくても食えるって寸法かい」
「そうよ。有るもん根こそぎかっさらって来るのさ。あれ見な」
 顎をしゃくったその先には年の頃は干支が一回りした位の真っ黒な小娘がいた。
「あの子供がどうしたい」
「若い娘なんざ根こそぎかさらっちまったんでもうあんなのしか残ってねぇ。いきなり女衒にナシをつけても安めに買い叩かれるから暫く置いといて頃合を見るってこった。3年くらいかかるから生糸よりも割りが合わねぇ」
 丈太郎はウンザリした。博打を打って人も切るが、人買いはしたことがない。
 娘は着たきりのほったらかしにされているようで、真っ黒なのは薄汚れているかららしい。見ていると良く光る視線で見つめ返してきた。折檻されたのか、あちこち痣もあったが、その眼光は強く印象に残るものだった。
「おい、名前はなんてぇんだ」
「お光(ミツ)ズラ」
 甲州訛りがある。思わず笑ってしまうと、お光と名乗った娘も染みるような笑顔を見せたが、はばかるのか直ぐに表情を引き締めた。

 とにかく行ってみなければ話にならない。三人は秩父を目指した。

つづく

幕末甲州奇談 博徒編

明治甲州奇談 秩父編

明治甲州奇談 逃避行編


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