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明治甲州奇談 秩父編

2017 AUG 29 18:18:13 pm by 西牟呂 憲

 一行が秩父盆地に入った途端、目に入る物が全てくすんだように風景が変わった。
「おい、こりゃひどいな」
 丈太郎は権蔵に言った。
 初めに足を踏み入れた集落で既に困窮の様子が見て取れたのだ。
 人が表に出ていない。声もしない。子供もいない。だれも農作業をしていない。たまに構えの大きい養蚕農家を見かけるが、いるのはせいぜいくたびれ果てた年寄りだけだ。
 とりあえず大宮郷(現秩父市の中心)に辿り着いたものの、あまりの侘しさに生糸の買い付けどころではなくなった。秋風が吹く頃だが寒々とした光景に三人とも成すすべがなかった。丈太郎は、あの血眼の奴なんかはこんなところから絞り上げてんのか、と気分を悪くした。
 地元には侠客としても名の知られた田代栄助がいる。代々庄屋を勤めた家系で人望が厚いという噂を寄居で仕込んでいたから、訪ねる事にした。その際は仁義を切るつもりはなかったので権蔵・地蔵の二人には賭場がある所を探せ、と置いていった。

 田代家には先客が来ていた。丈太郎とは年恰好も同じくらいの青年で髪の毛を綺麗に撫で付けていた。他に目つきの鋭い連れが一人。因みに丈太郎はご維新成った後も相変わらずの背中まで伸ばした長髪だった。
「失礼いたします。旅の者ですが」
「あなたは寄居に草鞋を脱いでいた丈太郎さんですね」
 田代が切り出したので驚いた。
「あっしを御存知だったんですか」
「私等も生糸で食ってましたからね。横浜の若尾さんのところにピストルを使う女形がいるのは知ってましたよ」
 なんだ、アノ手はもう使えねぇな、と舌打ちした。
「秩父は今年は生糸どころじゃありませんよ。ご覧になったでしょう」
「へぇ」
 相槌を打つしかなかった。
「地租改正このかた税金の納入やら手間も増えたところにその税金は上がる一方です。そこに生糸の暴落が止めを刺したんですな、どこもかしこも借金まみれになっちまって秩父にゃペンペン草も生えません。こちらはその賃借の仲裁をお願いしている代言人さんです」
 相客は菊池貫平と名乗ったがその連れは最後まで口を利かなかった。この時期弁護士のような仕事を生業とする者を代言人と言ったが、その社会的地位はまだ低く、同様にあやしげな振る舞いをする者も後を絶たなかった。無論司法試験など無い時代だ。菊池は丈太郎に向かい直すと語りだした。
「今の政府はなってない。西郷翁の西南の役があったにも関わらず藩閥政治は益々ひどくなりその腐敗は凄まじいものです。」
「お上ってのはそういうもんじゃねぇんですか。将軍様の時代の代官なんざみんなやってましたよ。こっちは今度の代官は酒・女・金のどれがお好みかを調べるのも稼業でしたが」
「いや、特に長州閥はそんな程度じゃありません。揃いも揃って汚職まみれで私腹を肥やすばかり、西郷先生はそれに嫌気がさして立ち上がったのです」
「ありゃまだ戦争し足りなくてやったんじゃねえんですか」
「西郷先生は義憤にかられた。残された板垣先生が同志と共に始めた自由民権運動が新生日本の唯一生きる道でしょう。つまりあなたの言うお上を我々が選ぶのですよ」

 突然外が騒がしくなって罵声が飛んだ。
「菊池先生ー!」
 男が飛び込んできた。
「あやしい輩がワシ等の寄り合いを探っていました。締め上げようとしたんですが、結構な腕で鉄砲で脅して連れて来ました」
 見に行くと権蔵と地蔵が縛り上げられている。
「何だ。お前らなんかしでかしたのか」
「兄貴。冗談じゃねぇズラ。賭場でも開いてないかと神社の境内を覗いたら大勢百姓が集ってて、オレッチの顔見たとたんに喧嘩が始まったラ」
「えっお身内なんですか」
「へぇ、二人ともあっしの舎弟です」
「おい、解いてやれ」
「丈太郎さん。こうなっては是非にも力を貸していただきたい。あなたが困民党に加わってくれればこんなに心強いことはない」
 菊池が言った。
 北関東では自由民権思想を掲げた自由党員が相次いで借金苦に喘ぐ農民を組織し、政府の弾圧を受けていたが、秩父では困民党を名乗り山林集会を何度か催した。
 すると菊池の扇動に強く影響を受けた一部から武装蜂起が提案された。その代表に推されたのが田代であり、菊池が参謀となったのだ。
 田代の肩書きは何と総理である。田代自身は暴力行為に否定的で、組織化はするが主たる目的は借金の帳簿の滅失や租税の軽減を時の政府に請願するつもりだった。
 ところが度重なる弾圧に当の自由党が解散してしまうと困民党は一気に過激化する。甲大隊・乙大隊、その下に各村の小隊長、また兵糧方・軍用金集方・弾薬方・小荷駄方と軍事組織が編成されたのである。凄まじい軍律も定められた。

第一条 私ニ金品ヲ掠奪スル者ハ斬
第二条 女色ヲ犯ス者ハ斬
第三条 酒宴ヲ為シタル者ハ斬
第四条 私ノ遺恨ヲ以テ放火其他乱暴ヲ為シタル者ハ斬
第五条 指揮官ノ命令二違背シ私ニ事ヲ為シタル者ハ斬

 どこか新撰組の局中法度に似ているが、それもそのはず。これを作ったのは菊池の横にピタリと寄り添う男、相馬主計(とのも)、元新撰組の隊士だ。相馬は鳥羽伏見・甲陽鎮撫隊・彰義隊と転戦し、最後は函館新撰組で恭順する際の最後の局長を勤めた。
 維新後は新島に流されていたが、恩赦により放免され豊岡県(現在の埼玉西部)に出仕した。史実ではその後免官されて割腹自殺したことになっているが、秘かに困民党入りしていたのだった。

 蜂起すると瞬く間に秩父全域を制圧したが、高利貸を惨殺し役所に乗り込んで破戒活動をしたのはその相馬が率いるゲリラ小隊で、丈太郎達は行きがかり上そこに加わっていた。何しろ腕は立ったので重宝された。
 意気上がる困民党は新年号を発表する。
『自由自治元年』である。
 行きがかり上ドサクサまぎれに加わっただけの権蔵や地蔵までが調子に乗った。
「兄貴、これからは自由民権ズラ」
「お前等、その『自由民権』が何だか知ってんのか」
「お上をオレッチが入れ札するラ」
「だからお前らはバカだってんだ。入れ札をするにしても誰に入れる」
「兄貴にでも」
 丈太郎は苦笑した。
「あのなぁ。天下のご政道を決めるにゃそれなりの手続きがあるだろ。博打打ちのできることじゃねえ。大体オレ達みたいなのがそんなものに被れたらロクな事になんねえよ。勝蔵親分だって妙に『尊皇攘夷』を旗印にしたもんだから最後はああなった」
「そんなもんですか・・」
「上の方が滑った転んだ言っても所詮は旗印の奪い合いなんだよ。そろそろズラかる算段でもつけとかなきゃ危ねえぞ」

 一方政府の動きも早かった、早々に警官隊を向かわせる。
 だが小銃も持たない鎮圧部隊は盆地まで入れなかった。守りを固めた困民党軍は堅固な防衛戦を持ちこたえ、相馬が指揮するゲリラ小隊が背後を突くとあっけなく退いた。
 焦った政府は憲兵隊も投入するがこれも歯が立たない。
 それより、警官隊に交じって「血眼(ちなまこ)」の半纏を羽織ったヤクザ者が混じっていたので権蔵と地蔵が激高した。
「この野郎!頭に来たズラ。この勢いで寄居に攻め込んでやるラ!」
 相馬がこれに乗ってしまった。相馬は結局死に場所を求めていたのだ。

つづく

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