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鮮烈 馬庭念流 Ⅰ

2018 AUG 10 20:20:19 pm by 西室 建

 2学期が始まった。それはそれは熱かった夏休みをノンベンダラリと何もせずに過ごし(剣道部の合宿には行ったが)やれやれと登校してきたクラスの連中は同じバカ面をしていた。
 担任の山田先生が一人の生徒を連れて教室に来た。
「おはよう。みんな夏休みはよく遊びよく学んだだろうな。今学期から一人転校生がわが組でお迎えすることになった。紹介する、バラベ・ユズル君だ」
「バラベです。皆さんより一つ年上なんですが、宜しく御願いします」
「バラベ君は暫く外国にいたんで日本の高校のことは良くわかってないから、みんなで分からん事は教えてやってくれ。それで席なんだが、いい機会だから全体の席替えをする。先生もあんまりアイデアがないから一学期の時と同じに要望があれば聞く。後はくじ引きだ」
 山田先生の方針はクラス全体の座席表を回して好きな所に自分の名前を書き込む。競合する場合は二人ならばじゃんけんで、3人以上はアミダくじで決める、という民主的なのか公平なのかよく分からない方法だった。
 一見簡単なようだが、誰それと隣になりたいとかアイツの隣はいやだという奴が出てくるとモメて、更にじゃんけんで負けたりアミダが外れた奴がどこを選ぶか、が始まると結構な手間だった。大体良くできる真面目な連中が黒板が見やすいとか言って前の方に固まり、バカ共は後ろに溜まる。E高校は名前の通りE大の付属男子校で、試験偏差値はそれなりなのだがエスカレーター式に余程の落ちこぼれでもなければE大に行ける。理系の看板学部を目指す連中がやたらと勉強するのは浪人することができないからだが、だらけきった奴等は遊び放題に遊んでいた。
「じゃあ表を回すから各自記入してあしたの朝決めよう。今日のところはバラベ君には一番後ろの廊下側で授業を受けてもらう。一時間目まで解散」
 この隣に机が入っていたのはその為か。ってオレの隣じゃないか。変な奴だったらいやだな。まっあしたまでならいいか。
 そのバラベというのが隣に座って1時間目は物理だ。やけに色の白い奴だ。
 やはり異分子が混じるとクラスは緊張するのか。こいつはできるのかバカなのか、面白いやつかつまらないのか、明るいのか暗いのか、皆の関心は寄せられているようだ。
 ところが気が付いたがこのバラベという奴はノートを持ってない。変なメモ紙にゴソゴソ黒板を写したり教科書に直接書き込んでいるみたいだ。
 二時間目の世界史もそうだった。
 三時間目の英語でもそう。そしてボソボソと英語を喋っている。
 たまりかねて休み時間に聞いた。
「バラベ君、ノート書かないのかい」
「うん、ありがとう。持ってないし字が上手く書けないんだよ」
 奴は恥ずかしそうにメモ紙を隠したが、何だか印刷されたものの裏を使っているようで詳しく聞くのをはばかられた。真っ直ぐに目が合うと細面の顔立ちをしている。
 昼休みになったので僕はお弁当を広げた。半数は校内の大食堂で食べ、半分くらいがクラスに残る。奴はというとリュックの中からガサガサと取り出したのは何と牛乳パックとクロアサンだ。五分くらいで食べ終わってスマホをいじりだした。
「おいおい、学校でスマホは禁止だぞ。持ち物検査で見つかっても一週間取り上げられるんだよ」
「エッ、そうなんですか。知らなかった」
「どこに住んでんの」
「〇◎です」
「へぇ、反対側だね。帰国子女って言ってたけどどこから来たの」
「ブフゴニュフォンセです」
「それって何州なの」
「エッ??」
「ニューヨークの方?それか西海岸?」
「ああ、エッジュニじゃないよ」
「えたじゅに?」
「フランス語で合衆国の事。フランスにいたんです。だから英語はできないんだ」
「フランス!パリにでもいたの?」
「ノン。すごい田舎です。日本語ではブルゴーニュってワインの産地ですよ」
「へー、そこでなにやってたの」
「父さんがワイン造りをずっとやってました。でも独立できなくて日本に帰って来たんです。僕はもっと早く帰りたかったけど」
 そういうことか。フランス語は3年生で必修になるがそれまでは役に立たない。
 午後の授業が終わって放課後になった。未だによそよそしいクラスの雰囲気の中、バラベは帰り支度をして僕に話しかけてきた。
「一緒に帰ろうよ」
「そいつはダメだ。きょうは剣道部の練習」
「イデイ君剣道部なの。僕も入りたい」
「うーん、どうかなー。ウチは大学の先輩たちが巾をきかせてるから結構キツいよ。やったことあんの?」
「父さんとずっと稽古してたんだ、あっちにいたときに。道具も持ってるんだ」
「ふぅーん。フランスで剣道をねえ。珍しがられたろうなあ」
「まあね。でも近所の奴等が2~3人面白がって一緒にやってた。『ブシドー』って言って」
「わかった。じゃあ練習見に来いよ。主将達にも会わせてやるから」
 体育館の横の部室に行くと皆が着替えていた。中学部と大学も一緒だから全体では軽く百人を超える所帯なので、高等部は一応月水金の練習だが今日は20人くらいだった。
うまい具合にシイノ主将とハナフサ師範(大学教授)がいたので引っ張っていった。
「ザッス(部内の伝統的とされる挨拶)。入部希望者を連れて来ました。同じクラスのバラベっす」
「あっあのー、バラベと申します」
「本気か。二年の二学期だぞ。合宿も経験しないでついてこれるのか」
「ザッス。転校生っす」
「ブシドーはやっていました」
「はぁッ、ブシドウってなんだ」
「すっすいません。帰国したばかりでちょっと日本語が・・稽古はしておりましたであります」
「ふーん。何段だ?」
「ナンダン、っですか。わかりませんです」
「わからんって。まあいいや。ちょっと見学してろ。オイッ素振り始めるぞ」
「ザスッ(全員)」
 あいつ大丈夫か、と心配しながら列になって蹲踞した。するとバラベも隅っこでチョコンと座っている。正座はできるんだな。
「黙想!・・・・。活目!素振り始め!」「ザスッ(全員)」
 エイッエイッエイッエイッエイッエイッ!!!
「切り返ーし」「ザスッ(全員)」
 エイッ(パン)エイッ(パン)エイッ(パン)エイッ(パン)エイッ(パン)エイッ(パン) 
「打ち込み稽古!」「ザスッ(全員)」
「イデイ、ちょっとこい」「ザスッ」
「せっかく見学に来たんだし経験者ということだからジャージに面・小手付けて地稽古で打ち合ってみたらどうだ」
「ザスッ。おーいバラベ君」
 居心地悪そうに座っているバラベに声を掛けた。
「じゃあ体操服になって来いよ。地稽古でもやってみよう」
「あのさ、ボクトゥは使わないの」
「何?ボクトゥって」
「木の刀」
「はあ??そんなもんでやったら骨折するぞ。ほら防具付けて竹刀持って」
「シナイってこれ。ふーん」
 コイツ・・・。何をやっていたんだ。
 何とかかんとか格好をつけさせて蹲踞も教え向かい合った。
 どうも話がかみ合わなくて困ったが竹刀剣道ではなくて型の稽古だけをやっていたらしい。こりゃ打ち合って入部を諦めさせることになるのかと思った。
 構えた途端に仰天した、何だこいつ。基本がなってない。
 剣道で最も戒められるガニ股のような腰の引けた低い構えで、柄を握るポイントを左の脇の方に落とし切っ先は右に流れている。子供のチャンバラごっこのようだ、まさかフランスで父親とやった遊びを剣道だと思い込んでるんじゃないだろうな。
 あまりの異様な光景に掛り稽古に移っていたみんなも手を止めてこっちを見始めた。
 しかもバラベは全く動かない。しょうがないから小手でも狙ってやるか、とフェイント気味に切っ先を少し上げて見た。それでもうずくまる様にジッとしていた。
「・・・・コテ~ーー!」
 と打ち込むと、驚いたことにガバッという感じで後ろに跳んだ。オイオイ、かすりもしない。面でも入れてやるか、上段に変えて間合いをつめた。ところがそれでも同じ構えのままだ。
「オメ~~ン!!」
 ワッ、振り下ろすと今度は後ろに飛ぶどころかやや向かってくるようにバシーッと受けられ、そしてそのまままるで下から押し上げるようにググッと迫ってくる。鍔競り合いの格好でジリジリとプレッシャーをかけられた。おいおいおいおい、切っ先が僕の左の面に当たっちまうだろ。
 たまらず右側に交わそうとした瞬間、裂帛の気合で左の腕を撃たれた。
「イ~~~ヤ~~~!」
 いててて、何なんだこれは。とても一本にならないところを打ち込みやがった。声もやけに抑揚のついたまるで歌舞伎のような変な発声だ。
「それまで!!」
 ん?ハナフサ師範が止めたのだ。師範は法学部の教授だが大学体育会剣道部の監督でもある。
「ザッス」
「君、ちょっと」
 バラベを呼ぶので一緒についていった。
「君、その型どこで覚えたんだ」
「父さんと稽古してました」
「どこでやってたんだい」
「フランスです」
「ほう!二人でやってたのか」
「まあ、そうです。近所のフランス人の子供もいましたが」
「お父さんの出身は」
「群馬県の高崎です」
「わかった。あのねえ、君の覚えたその型は競技剣道ではない」
「そうなんですか!」
「いつからやってたんだ」
「それはフランスに行った頃からですので10年前くらいです」
「それではもう直らないだろう。但し今の君はとても強いよ。だが学生剣道とはルールが違うんだ。残念ながら剣道部に入っても上達はしない。そのまま君の型を続けた方がいいと思う」
「そ・・・うですか」
 それから僕達は練習を続けた後に解散した。バラベは正座したまま最後まで付き合って僕と一緒に帰った。 
「どうする。あれは体よく断られたみたいだぞ」
「うん。ルジャポンに来たらブシドゥをやるのが夢だったんだけど覚えた型はダメみたい」
 何だよ。えらく悲しそうじゃないか。オレこういうの弱いな。

翌日の席替えでは席を選んで、残りのどうでもいい奴等は巨大なアミダくじであっさりと決まった。バラベはどういう理由かは知らないが最前列の左端に、僕は後ろから二番目の右端になった。
 離れてしまったので様子は窺えなかったしそれから暫くは挨拶くらいしか話さなくなった。しかしあいつは全く成績が振るわないのは直ぐにわかった。先生に指名されても答えがトンチンカンすぎる。
 フランス語がどの程度なのかは知らないが、英語の読み方は全くダメで他の教科も知れたものだろう。
 ある日の昼休みにバラベの奴が『イデイ~』と寄って来た。
「剣道部なんだけどサ、あれはやっぱり断られたのかな」
「そうだろうな」
「残念だなァ、別に邪魔するつもりでもないんだけど」
「一人でそのブシドゥ型をやればいいじゃないか。それだって十分『武士道』だと思うけどね」
「一人じゃつまんないよ。ズッと父さんとやってたからみんなと一緒にやりたかったんだ。それでさ、イデイ、僕と一緒にやってくんないか。教えたげるよ」
「えーっ、オレが教わる?そりゃ無理だよ。今だって週3回の稽古出るのがやっとなんだぜ。第一場所がない。剣道場は中学部や大学部が毎日使うんだから。剣道場を使うなら同好会の申請でもしなけりゃ許可が降りないんだぜ」
「ドウコウカイってナンだい」
「正規の学校を代表するのは体育会所属の『部』だけど、そこまでガチじゃない愛好者が組織して学校に承認を受けるシステムで、5人以上のメンバーと活動実体がなければ認可されない」
「難しいんだね」

つづく

鮮烈 馬庭念流 Ⅱ

 

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