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鮮烈 馬庭念流 Ⅱ

2018 AUG 12 16:16:05 pm by 西 牟呂雄

「ついにサンクになったよ!」
 年が明けてすぐだ。昼休みに食堂でうどんを食べていたところにバラベがやってきて突然言った。3人の同じクラスの仲間を連れていた。 
「何の話だ。サンク?」 
「フランス語の五だよ。ブシドゥドウコウカイに入ってくれるメンバーが集った」
「ナニッ、マジか」
 一緒にいるのは何でそんな話に乗って来るのかと疑わしいのばかりだ。抜群の秀才だが偏屈で有名なミギタ、オタクで運動神経ゼロのヤマダ、不良というか落ちこぼれというかケンカばかりしているという噂のシマダ。何だってこんなややこしい奴らを・・・、それに4人じゃないか。
「教務課にドウコウカイの申請ももうしてきた。防具は授業で使うやつを使用する許可もくれた」
「待てよ、一人足りないだろう」
「お前を入れて5人いるじゃないか」
「バカ、オレは剣道部の現役だぞ」
「おいイデイ、幸い剣道場が使用できるのが月に一度、第三週の土曜の5時からだけらしいんだぜ。ヒマだろ」
 シマダがニヤニヤしながら言い放つ。こんな不良チンピラがどうした心境の変化だ。なんだかんだいって練習に付き合わされることになった。

 そして一回目の練習日なるものが来てしまった。土曜だから午前中で授業が終わる。ミギタは図書室で勉強しヤマダとシマダはお茶を飲みに校外に出て僕はスマホで時間を潰して、剣道場で先に着替えた。するとそこにラグビーのヘッドギアのようなものを幾つも抱えたバラベとオッサンがやって来た。奴は体操着でオッサンはゴルフ・ウェアのようなカジュアルでやけに目付きが鋭い。同時に他の三人も体操着で現れた。
「やあ。これ僕のパパ」
「ボンジュール。皆さんようこそ。ブシドゥをやりたいと息子から聞いたんで初めの型だけは教えに来たよ」
 それからバラベ親子が向き合う様に残りの僕達も向き合って型の稽古が始まった。使うのはなんと木刀だ。例によって剣道とは程遠いヘッピリ腰ガニ股の田吾作スタイルで剣先を右側に。ところがそこからオッサンの方が歌舞伎の発声のような甲高い『イ~ヤァ~(だんだん上がる)』という気合で振り下ろす。えらくゆっくりだが、それをバラベがガッと受け止めて『イイイイイイェェェェイッ』と押し返してもみ合い、離れる。これだけ。仕方なく僕たちもやったところ、驚いた。結構疲れる。

イ~ヤ~!

 2回目の稽古にはバラベの奴はすっかり師範気取りになってハリキった。『もっと強くなる為』と称して受けをやる方におぶさってギシギシ言うほど体重を預けてくる。こいつはキツかった。不思議な事に他の奴等も余程ヒマなのか休まずに来ていた。しかしこのラグビーのヘッドギアのような面は確かに視界が開けて使い勝手がいいし、竹刀剣道のように打ち合いでなく木刀での型稽古だから、間違って当たったとしても怪我にならないように工夫されている。
 と、そこに何故か剣道部の僕の同期が二人ドタドタと入ってきた。何事だ。クロカワとシバタだが、何だか殺気立ってるが。すると来年は主将と言われている二年最強のクロカワがいきなり怒鳴り出した。
「イデイ!お前何やってんだ」
「武士道同好会に付き合ってんだが」
「冗談じゃないぞ。お前だって来年はレギュラーかもしれないのにそんな遊びに付き合ってる場合か」
「練習休んでないからいいだろ、別に」
「こいつだな。お前のクラスのフランス帰りは」
「はい。バラベですが」
「イデイ。こいつがやってるのが何だか分かってんのか。高崎で昔流行った馬庭念流(まにわねんりゅう)とかいう百姓剣法だって師範が言ってたぞ。裏切るつもりか」
「ちょっと待て。裏切るってオレが嘘でもついたのか」
「E高剣道部の伝統と誇りをどこに捨てて来た」
「別に捨てちゃいねえ。そっちこそいきなり何だ」
 僕がムッとして啖呵を切ると、ここでケンカ屋のシマダが身を乗り出して来た。
「それでどう落とし前を付けろってんだ。ん?」
 しまった。取り返しがつかなくなるぞ。クロカワは剣道も強いが気も強い。
「落とし前?ここは剣道部が仕切ってんだ。そっちでなんとかしろ」
「じゃあブシドゥらしく決闘しようよ」
 バッバラベ!ばか!なにをトンチンカンなことを。
「けっとう だとー」
「僕達は5人だから5対5で決着をつけよう」
「オイ、やめろ」
「面白い。やってやろうじゃないか。いつだ」
 ・・・・シマダが言っちゃった。
 結局次の週に5×5で試合をすることに・・・・。意外だったのはバラベ本人が『マニワネンリュウって何のことだい』と真顔で聞いたことだ。

 いいかげん星取戦にするか勝ち抜き戦にするか(なにしろこっちはシロート)しまいには『木刀を使わせろ』だの審判をだれにするかと散々モメ、5対5の先鋒・次鋒・ 中堅・副将・大将で勝ち抜き形式となった。星取り形式では全く歯が立たないことが明らかだからだ。
 つい決闘の日が来た。もう下期もあと一週間という二月の終わりだった。
 当日は内密に立ち会うということで同好会の練習日だったが、何故か僕達の決闘騒ぎを聞きつけた同じ道場を使う他の部の連中には噂が漏れたらしく、10人くらいの野次馬まで集ってしまった。
 こちらは絶対に勝てない下手のミギタとヤマダを副将・大将にして僕とバラベでイチかバチかの勝負をかけるしかない。ところがシマダがどうしても初めに出ると言い張って先鋒になり次峰がバラベ、中堅が僕の作戦を立てた。僕で食い止められなければ終わる。バラベが厳かに言うではないか。
「いいかい。僕らがやってるブシドゥは絶対にこっちからは仕掛けないのが基本だ。そして向こうが動いたらガチーッと受けて遮二無二押し返す。これを繰り返していれば負けない、いいね」
「ザスッ」
 なぜかみんなその気になって返事が揃って笑えた。
 無論剣道部の方も声出しをやっていた。
 そして試合が始まると、何と驚いたことにクロカワが先鋒ではないか。こちらの作戦を見抜いたのか、一人で5人抜くつもりなのは明らかだ。せめて僕が先鋒に回るべきだった。
 始まった。するとシマダは初っ端に例の歌舞伎調の『イ~ヤ~~!』と発した。クロカワは別に驚きもせず間合いを計っている。あいつは剣先をクイックイッとやる癖があってタイミングを計って小手を狙う。
 ところが我らのナントカ流の構えは手首の位置が低く、小手が打ちにくいようでなかなか攻撃できない。ふーむ、実戦的なんだな。クロカワは堪らず上段に変えた。そして動かないシマダの竹刀を一度叩いたと思うと『メーン!』と飛び込んだ。
 シマダは素早く反応してガシッと受けると『イ~ヤ~~!』と突進した。クロカワは慌てたようで竹刀を戻さずそのまま押され、体当たりを受け止めた格好で揉み合った。道場の隅まで押しやられたのだが踏み止まった刹那、シマダの抜群の運動神経が反応して『エ~イっ』の気合とともに抜き胴が入ったのだ。
『胴一本』
 審判役でわざわざ立ち会ってくれた三年生、オカダさんの旗が上がった。剣道部側の動揺が手に取るように伝わってきた。クロカワは呆気にとられたようで、面を外すとボーッとしている。
 次峰シバタ。やはりビックリしたようで突っ込んでこないでしきりに剣先を絡ませては後ずさりを繰り返す。シマダはミョーに堂々としてきて、田吾作の構えがもっと低くなった。シバタは実にやりにくそうに右へ右へと廻りだす。とっ突如シマダが例の掛け声と共に突進、シバタを場外に押し出した。完全にビビッている。もう一度押し合いになるとカンが働いたかまるでチャンバラみたいに打ちまくって『イ~ヤ~~!』と面を取ってしまった!剣道部はザワつき出した。
 中堅タカヤマ。シマダは調子に乗って最初から気合を発しながらマヌケにもジリジリと攻めに出て、あんなに寄ったら危ないぞ、と思った途端、あっさり面を取られた。
 さて、師匠格のつもりのバラベが前へ進む。シマダよりも低いまるで地を這うような感じで動かない。そこでタカヤマがさっきの要領で打ち込んで来た瞬間に、バッと後ろに飛んで見せた。練習でもやっていない動きで驚いた。そして間をおかずにトンッと飛燕の動きで簡単に小手を撃った。無論『イ~ヤ~~!』の抑揚とともにだ。つっ強い。
 残りの剣道部イシイとノムラのときは低い構えから背筋を伸ばしての上段と練習のときには見せたことのない変幻自在の動きで、時に脛や肘まで打って翻弄しなにもさせずに面を決めた。
 僕の出番はなくなって剣道部に勝ったのだ。

 えらいことになった。このことはまさか負けまいと審判を引き受けてくれた3年のオカダさんからキャプテンのシイノさんの耳に入ったようで大問題となった。練習日に集合がかかり緊急ミーティングが開かれた。
 1年から3年までの25人が全員集合しハナフサ師範までがドッカリと腰を据えて目をつぶって腕組みををしていた。えらいことになってしまった。シイノさんが激しく言った。
「クロカワ。伝統あるE高校の節度を汚すような他流試合まがいのことを勝手にやってしかも負けたとはどういうことだ。おまけにオレや師範に断りも無くオカダが審判までやっているとは何事か」
 まずいな、本当に怒ってる。これは・・。
「イデイ!どんな気分だ。所属する剣道部の名誉を踏みにじる勝ちを得た気分は!言ってみろ」
 突然こっちに振られた。これはボソボソ言い訳しないほうがいいかな・・。
「シイノ。そう怒るな」
 ハナフサ師範が低い声で言った。
「E高校剣道部が対抗試合ならともかく、他流試合まがいをしでかしたことは言語道断。しかもオカダ、相手二人に五人とも抜かれるとは剣道部始まって以来の恥辱だ。どの程度の負けか」
 オカダさんは自分が悪いわけでもないのにすっかりしょげ返ってボソボソ言った。
「相手は守りを固めて動かないのです。そこでこちらが仕掛けるとガッと受けられそのまま押され負けしました」
「諸君。剣道とは何か。武士の魂を鍛える真剣勝負だろう。私の見たところあのバラベという生徒は上州馬庭念流の正真正銘の達人だ。ここは負けて学ぶしかあるまい。クロカワ。膝を屈してでも入部してもらえ」
「ザッス!ト・コ・ト・ン学びます」
 大変だ。クロカワの目がヤバい。このト・コ・ト・ンは部員の間では相撲部屋でいう『かわいがってやれ』或いは某大学アメフト部の『潰せ』の意味なのだ。このままでは僕も相当にやられるに違いない。
 それにしてもあのバラベが達人だったとは違和感がある。ただのアホにしか見えないのだが。そして剣道部への入部を認める旨を伝えるのは僕の役目になった。
 翌日さっそくブシドゥ同好会を招集した。
「大変なことになった。ハナフサ師範が僕達の入部を認めた」
「セ・ボン!みんな、剣道部員になれるぞ」
 喜んでいるのはバラベだけ。当り前だ。他の3人はもともと部活動なんかやる気はないのに物珍しさでつきあっていただけだ。
 後期が終わり先輩たちはもう卒業する。といっても大半が大学部に内部進学する。ただし大学でも剣道をやるのは2~3人が常だ。
 僕達は三年に進級するが、問題はその前に春合宿があるのだ。
 
 つづく

鮮烈 馬庭念流 Ⅰ

鮮烈 馬庭念流 Ⅲ

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