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ジェネラル・ザ・ライジング・サン 朝日将軍木曽義仲

2019 APR 5 6:06:16 am by 西 牟呂雄

 義仲が三年程暴れ回って見せているうちに、いよいよ平家は十万人もの大軍で討伐に乗り出し北陸に押し寄せて来た。
 以仁王の令旨に応えて平家討伐の挙兵をしてみれば、戦の何と簡単な事か。やれば勝つのだから止められない。勝てば年貢の取り立てに苦しんでいた連中がお追従を言いに寄って来はするが、義仲にはうっとうしい限りでしかない。
 源氏の再興等と言われても、そもそも義仲の父義賢は兄の義朝と一族でモメた挙句に義仲にとっては従兄弟に当たる悪源太義平に殺されている。鎌倉の頼朝に加勢する義理もヘチマもない。
 この時代、武士といっても江戸期に形而上発達した武士道など無く、言ってみれば傭兵集団だから筋目もお題目もない。平家がまとまっているのも清盛以降の話である。義仲にとっては単に戦が面白いだけだったのだ。
 だが平家討伐の令旨を出した当の以仁王は計画がバレて忙殺されてしまい、その遺児である北陸宮が越前に落ち延びてこられたのを庇護したため、一種の正当性が生まれた。
 側近の義仲四天王、今井兼平、樋口兼光、根井行親、楯親忠と愛妾の巴御前を呼んで言った。
「大軍を率いているのは平重盛の嫡男、維盛だそうズラ」
「ホホッ。都ズレした平家の公達なぞ恐るるに足らず」
「これ、巴。手勢は少ねぇラ。そうなめんじゃねぇ」
「殿こそ目が輝いてござ候。して、いかなる陣立てで」
「倶利伽羅峠に誘い込む。オミャー等は身を潜めていろ。ワシが立ちはだかって名乗りを挙げたら後ろに廻りこんで追い立てる側、と山側から射掛ける二隊に分かれて派手にやれ。地獄谷に放り込んでやるラ、おもしれーぞ」
「承って候。さてどう陣割りをするか」
「そんなのは任す。四天王は下がって良い」
「ハハーッ」「ハハーッ」「ハハーッ」「ハハーッ」
「巴、これへ」
 巴御前は年の頃二十歳は過ぎた当時で言えば大年増ではあるが、広い額、切れ長の大きな瞳が異様に光る美貌。大力強弓を引く強者のため、やや肩が広く二の腕などは盛り上がるがごとくであったが、義仲はそこにまで色香を感ずるほどの惚れ込みようだった。情を交わすたびに互いの霊力が憑いたように力が沸き上がり、二人でいれば実際に負けなしであった。
 事実、翌日の倶利伽羅峠では迎え撃つ義仲に平家の矢は当たらず、傍らで弓を引き絞る巴の矢は一本で二人の兵を射抜いた。そこへ四天王のゲリラ部隊が切り込むと、狭い峠道から平家軍は次々と谷底に落ちて行き、たちまち総崩れとなった。
 義仲は更にこれを追いまわそうと単騎突進したところ逃げ遅れた平家の兵が槍をしごいて後ろから突きかかろうとした。
「殿!危ない!」
 振り向くと、巴が両脇に首を抱えるように二人の雑兵を締め付けており、そのままもがき苦しんでいる声はしばらくして『ゴキッ』という音がすると消えた。
「おうっ、あっぱれなる怪力」
「後ろにも気を配りなされ。オーホッホッホ」
 美貌と舞いの姿の見事さから桜梅少将とよばれた平維盛は、あっという間に蹴散らされ、後に平家が都落ちした際に謎の自殺を遂げる。

 越中の宮崎に御所を構える北陸宮から即座にお召しがあり、上洛せよとのことであった。
「都へ行けとの仰せズラ」
「易きこと」
「平家を追っ払うのですな。痛快至極」
「それどころじゃねえ。宮様は帝になるラ」
「何と!」
「だがのう、戦さはおもしれーけど都に行ってワシ等が政治(まつりごと)なんざできるわけねーラ」
「しかし都のオナゴは美しいと評判がたけー」
「ワシは巴がおりゃええ」
「オーッホッホッホ」
 結局のところ大した目算もないままに勢いで京に進軍した。
 すると不穏な気配を察した平家は三種の神器ごと安徳天皇を擁して西国に逃げ出すのである。ところが後白河法皇は京に留まり義仲を受け入れる。
 入京するとすかさず法皇が座す蓮華王院に参上した。
 法皇は側近の摂政九条兼実を従え謁見に応じるが、この時点で義仲は官位がないため地下人扱いだった。
「義仲。ようやってくれた。待ち焦がれておったのや。おう、おぅ、懐かしい源氏の白旗や。どんなに懐かしかったか。あの憎い平家の止めを刺してたもれ。源氏同士、鎌倉の頼朝と力を合わせてのう」
 そして従五位下に叙された。
 四天王や巴は『おめでとうございます』とお世辞を言ったが、義仲は顔をしかめていた。
「何だあの化け物は。噂通りの大天狗そのものズラ。おまけに鎌倉と力を合わせろったって奴は全然動かねー。出だしも負けてばかりのくせにツベコベ言うだけラ」
 頼朝が源氏の頭領として旗揚げし、大義名分をとやかく言い立てるのにうんざりした義仲は、嫡男の清水冠者・源義高を頼朝の娘である大姫と婚礼させ、言わば人質として鎌倉に送っている。
 シブシブながらも平家に討伐の戦を仕掛けることになった。しかし義仲の得意な戦法はドロ臭い山岳ゲリラなのだ。一方で平家軍本体はむしろ海軍とでもいうべき構えで、慣れない海戦では平家に歯が立たない。
 あわせて悪化する京の街を取り締まれ、とも言われたがこっちはもっとマズい。
 そもそも義仲の勝ちに乗じて参集した得体の知れない雑兵なぞにモラルなどない。義仲の直隷の数など知れたもので、おまけに山賊に毛が生えた程度だ。京に帰るたびにいくら言っても略奪が止まらない。
 頼みの綱の北陸宮は後からノコノコついてきたが、法皇はこれを相手にもしないでシレッと後鳥羽天皇を即位させてしまう。
 そうこうしているうちに大天狗・後白河法皇は秘かに鎌倉に通じ、言葉巧みに上洛を促し宣旨を下した。

「殿。九郎義経殿は不破関(ふわのせき)まで進みおり候。裏で糸を引いているのは後白河院様でございますぞ」
「ナニ!」
 四天王の一人、諜報担当の楯親忠が知らせると義仲は激高した。
 頼朝めは自分は動かず弟を差し向けたのか。九郎と言えば奥州で育った田舎者ではないか。ワシも木曽の山猿だから分相応とでも思ったか。そしてあの大天狗はそれを裏から画策したのか。
 不破の関は古代の壬申の乱の決戦場であり、また天下分け目の関が原の戦いもあった要害である。戦の天才である義仲は瞬時に危機を悟った。
「ふざけやがって。こうなったら法皇も何もあるか。引きずり出して目に物みせてくれらぁ!」
 事も有ろうに法皇のいる法住寺殿を取り囲んだ。
 不穏な気配を察して後鳥羽天皇を守るべく御所を固めた円恵法親王、僧兵を率いて延暦寺を降りて来た明雲たちが急を知って加勢に参じたものの、猛り狂った義仲の手勢に打ち取られる。後白河法皇は捕らえられた。
 五条東洞院に幽閉された法皇に、義仲は立ったまま言い放った。
「まさかお上に切りかかるわけにも参らず、代わりに坊主首一つ、置き土産に五条河原に投げ捨て候。御免」
 左手に掲げたのは天台座主にある高僧、明雲の首だった。不敵に笑うと踵を返した。
 それにしても大天狗だけあって、後白河法皇は表情一つ変えなかったが、義仲に担ぎ上げられていた北陸宮などはどこかに逃げ去ってしまった。

 ガラガラと蹄の音を立てて進むのはたったの六騎、供の者、雑兵は付いていない。
「殿。この後はいかに」
「巴よ。そちゃおなごじゃ。いずこへ落ちてもその器量で安んじて暮らせるラ。もう戦に明け暮れる事もねえズラ」
「ホッホッホ、お戯れを」
「それよりこの街道は不破の関に通づるゆえ、九朗殿の陣に切り込むおつもりで」
「さにあらず。四天王これへ」
 義仲は馬を止めた。
 四天王は木曽で共に育った今井兼平・樋口兼光の兄弟、佐久の豪族である根井行親・楯親忠の親子(親忠は行親の六男)。いずれも歴戦の勇者であり分かつ事のできない固い主従のつながりである。
「ワシはこれから淡海(おうみ)を北上して越前に出る。その後越中から信濃・甲斐を抜けて武蔵の国まで長躯する」
「武蔵まで」
「何とされる」
「兼平と兼光よ。おみゃーらは武蔵七党とは縁戚ズラ」
「いかにも」
 武蔵七党とは関東に割拠する血族的武士団で、樋口兼光と秩父・大里・入間を根城とする児玉党との間には姻戚関係があった。
「早駆けして武蔵にたどり着き、我が一子、義高と鎌倉で一暴れじゃ」
「おォ!」
 清水冠者源義高と頼朝の長女・大姫は政略結婚ではあるが、細やかな愛情で結ばれている。側近として鎌倉に同行している海野幸氏と望月重隆は共に流鏑馬の名手として名高い。
「鎌倉の軍勢は京に入った後、どうせあの大天狗にけしかけられて平家と闘うズラ。その間に手薄になった関東はワシ等の切り取り次第ラ。二人は先回りして武蔵へ行け。児玉党と合流せい。その後義高と密議せよ」
「殿、鎌倉殿はいとこにあたるお方。よろしいのですか」
「知れたこと。もともと源氏も平家も親・兄弟で殺しあってきた」
「心得て候」
「行親と親忠は奥州へ行け。奥州藤原をそそのかせて兵を鎌倉に向けさせるラ。頼朝が藤原を磨り潰すらしいと吹き込め。事が成る頃にワシと巴が兵を募って鎌倉に攻め込んでくれるワ」
「ホーッホッホッホ、頼もしい事。してその後は幕府をお開きに」
わはは!そんなことがワシにできるわけがニャーズラ。よいか、ワシ等にとってはこの戦がズーっと続くことこそが生きることラ。鎌倉を潰した後は、平家を滅ぼした九郎が大天狗の手先となって向かってくる。その軍勢とワシ等とどちらが戦上手かを決めることになる。奴等は西から来るから、それを旭日の輝きを背にうけて迎え撃つ。我は朝日将軍なり

残念ながら、無論史実はこのようにはならなかった。
 埼玉県狭山市入間川に義高を祭神とする清水八幡宮が今もあり義高が討たれた地とされていて、筆者はお参りしたことがある。

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