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関東軍特種演習

2019 APR 16 1:01:58 am by 西 牟呂雄

 悪名高き泣く子も黙る関東軍が、わずか6個大隊で満鉄警備の守備隊として産声を上げたのは大正八年。それから10年も待たずに数々の暴走をしでかして、ご案内の通りの結果を迎えた。
 提題の『特種演習(特殊ではない)』は、通称『関特演』として真珠湾攻撃の直前の昭和16年7月に大動員令が下り、満鮮派遣部隊に内地からの2個師団も加えた70万人という大兵力を展開したものである。
 これは、直前にソ連に雪崩れ込んだドイツの動きに対応し、当時の陸軍が北進の意思を表した示威行動(ノモンハンの後にもかかわらず)と解釈される。帝国陸軍の長年の仮想敵国であるソ連に対し、三国同盟を締結してしまったためにせざるを得ない、従ってその後の茨の道の第一歩であった、と。
 ところが、先日上梓された文春新書『なぜ必敗の戦争を始めたのか』での陸軍参謀本部のエリート達の話では、この関特演の動員について一部の上層部以外は終わってから知った、と驚くべき証言をしていた。それどころか、この時点で陸軍中枢では支那事変でこりごりしており、参謀本部ロシア課では「うっかりするとドイツもソ連で支那における日本のような目にあうぞ」と心配する向きもあったようだ。
 従って『関特演』は北進を焦る関東軍と参謀本部上層だけで突っ走った結果と言えよう。
 尚、関東軍参謀として『関特演』の作戦に携わったのが、財界人となる瀬島龍三である(後にソ連のスパイであったことが判明)。
 海軍は米内・山本・井上のトリオは三国同盟反対を唱えてはいたが、伝統的な仮想敵国はアメリカであり、中には石川信吾大佐のようなイケイケもいた。この石川大佐は海軍きっての政治将校で、筆者は以前から海軍に於ける辻政信だと思っている。どちらも内部では不規弾(規格外の方に飛び出す弾)と呼ばれ、それでいて前線の部下の評判はいい。「この戦争を始めたのはオレだよ」とうそぶいたと複数が聞いている。
 同書の後書きで、編者の半藤一利はその石川大佐が主役となった「海軍国防政策委員会」の取材に苦労させられたことを記しているが、それぐらい海軍関係者もヤバいと秘匿したがった組織だったことが伺える。
 そして海軍も開戦半年前には「出師準備第一着作業」の着手を発動して、事実上の動員をかけているのである。この狙いはいわゆる南進で、陸軍の関特演と一対をなす海軍版と言えなくもない。
 松岡外相が三国同盟を推進しドイツに付き合うような北進を言ってみたり、、返す刀で日ソ中立条約を結び突如シンガポール攻撃を示唆したりと変幻自在、という軽業師のような外交を展開していた。
 山本五十六が三国同盟締結に対し必死に食い下がり、資材調達の面から及川海軍大臣を詰問すると『もう、勘弁してくれ』と逃げを打たれる。そこで『勘弁ですむ話か』と怒鳴ったのは有名な話。
 スッタモンダの挙句に南部仏印進駐、と物凄く忙しい。
 その中で陸軍参謀本部の殆んどはアメリカとの戦争など考えなかったと『なぜ必敗の戦争を始めたのか』では証言している。アメリカとやるのは海軍の仕事だろう、とタカを括っていたのだ。また、戦争継続の国力比較でもまるで敵わないことは分かっていた。ましてや、ロクに地図もないようなインパールへ行くだの、南の島で米海兵隊と死闘を演ずるなど作戦俎上に乗っていなかった。
 ルーズベルトは大のナチ嫌いで、その反動のせいかソ連には甘い。それどころかコミンテルンの工作も相当受けていることが明らかになって来ている上、日本に対しては人種的偏見もある。
 アメリカは油を止めた。
 陸軍エリートは南部仏印進駐で石油が止められるとは思ってもいなかったらしい。驚くべき外交センスだが、それから南の物資を当てにした戦略を練り出して慌てる。
 ここに及んでも、途中にフィリピンがあるにも係わらず対米戦闘は考慮の外。それなりに長期の戦争に耐えられる作戦を立てようとはしたようだが、太平洋は海軍の縄張りだと島嶼戦略などハナからないのだ。これでは勝てないに決まっている。
 海軍は海軍で先程の「海軍国防政策委員会」は『油が止まったら即戦争』と吹聴していたフシがある。
 近衛首相が切望していたルーズベルトとの会談はいいようにあしらわれて(この時点でルーズベルトは開戦を決めていたというのが最近の研究)総辞職。東条内閣となる。東条内閣では最早ブレーキがかかるどころではない。ターニング・ポイントは第二次近衛内閣以前で、責任を東条一人に負わせるのはいささか・・。 
 開戦に至り、いきなり真珠湾とマレー上陸作戦になる。真珠湾は秘匿作戦だったから、『なぜ必敗の戦争を始めたのか』ではまさかやるとは思わなかった、との陸軍参謀部員の発言があるが、これは少々言い訳がましいふざけた話。
 これで提題の『関特演』で満洲に集められた膨大な兵力と資材は移動せざるを得ず、物凄い金と時間を無駄にしたことになる。資材に関しては南に送れなかった物が多かっただろう。
 私は学徒出陣で仏印に終戦まで進駐した陸軍大尉だった人の話を聞いたことがある。この人は北満洲に関特演で行った部隊が遥かベトナムを通り、更に南下させられたのに立ち会った。それによると、移動距離の長さも凄いが、途中いくつもの戦闘を經驗し更に移動するという過酷さから、指揮官も兵隊も実に殺伐とした雰囲気で、今にも抜刀しそうな殺気があったと。
 
 エネルギーは今でも自給できない。半島から大陸は当分反日だろう。地政学的に言って、対米同盟強化と台湾・フィリピン・マレーシア・インドに至る自由と繁栄のカーヴを堅持していくしか道はないように見える。

 山本五十六の嘆きやいかに。陸・海軍の双方の秘密主義たるや、必敗の連携の無さである。
 ところで対米交渉に失敗した『北』の国は、まさかミサイル実験を再開しないだろうな。もっとも、わざわざ会談をしに行って妥協しない気概を見せつけたトランプはますます締め付けをしてくるだろうが。

新春架空座談会 (帝國陸海軍編)

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