Sonar Members Club No.36

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魂が宇宙を漂う話

2019 JUL 16 6:06:16 am by 西室 建

 私は既に死んでから450年程経っている。無論死んでいるから視覚も聴覚もない。だが、知らなかったが、死んでからも意識だけは連続して途切れることが無い。
 もちろん生前のように明確に判断を迫られるようなことが無くなっているので、かつての思考能力と同じかどうかは分からない、おそらくは相当落ちたと言わざるを得まい。
 何しろ新たな経験をすることはもうないので、自分が経験した思い出の中をさまよっているのだが、時として生きていた頃の感覚で言えば夢をみているようだ。自由に水中を移動している、とか知らない人と親しげに語りあっているとか。もちろん死んでいるから現実も夢もないのだが、五感もないのにそのような感じがするのも不思議なものだ。
 それで私が生きていた頃というのはトヨトミとかいう天下人が世の中を治めていて、おとう達はようやく戦がなくなりそうだと噂していたっけ。
 ただその頃はイクサと言っても武士達は血道を上げて勝っただの負けただの騒いだが、私等はワクワクしながら遠目に見物に行ったりしていた。死体から金目の物をはぎとったこともあったくらいだ。春から収穫まで休み無く働き通しで秋祭りをやってしまったら冬支度、何もすることが出来ないうちに正月を祝うと、もう次の春。楽しみなんか何もないのだからイクサがたまにあるとそりゃー面白かった。
 ウチは百姓をしていたけど食えないもんだから兄弟は大坂に行ったり那古屋に行ったりして、残った私も長男ではなかったから食い扶持はあてがわれたものの、嫁取りできるわけじゃない、六男だから。イクサも足軽が足りなくなると現地調達で銭をもらって数合わせみたいに槍なんか持たされる役回りもあって、ワシも行ったことがある。
トクガワの武将に雇われて銭を貰ったのはいいけど、なんだか『天下分け目の戦いだ』とか大げさな話になっているので参った。しょうがないから関が原の近所まで行ったが、いつ逃げ出そうかと思っているうちに戦は始まって逃げそこなった。
 始まったら始まったでウキタとかいう西国の武将にずいぶん押されて危なくなったので、こりゃまずいと思った途端にコバヤカワとかいうのが突如寝返りをしたらしくて形勢が逆転した。そのままトクガワにくっついて足軽家業をしていたんだが・・・。

 さっきまで夢の中にいたような気がしたが、オイラが死んで既に150年は経ったのではないか。死んでいるのだから記憶もクソもないが、とにかく時間の概念がないから150年というのも、多分春夏秋冬が150回くらいあった、と思っただけだ。お江戸は神田で生まれたが長屋暮らしの棒手振(ぼてふり)の息子だからゴチャゴチャとした暮らしぶりで楽しい事なんかありゃしねえ。
 まァ、先々どこかに奉公でもさせようと思ったんだろうが、ガキの時分から近所の筆学所(寺子屋のこと)に行かされて、読み書きが出来るようになった頃にゃ世の中がうるさくなってきた。おいらが生まれた頃に黒船が来て、その後色々あったらしいが将軍様は上方に行っちまった。慶應に変わったその三年に幕府が伝習隊を募集したので、三番町の第三大隊にノコノコ入ったって訳だ。
 その頃にゃ異人がどんなものかも知ってたし、何だか天下は丸いんだって知識だけはあったね。で、伝習隊に入ってみたらタダで鉄砲も持たせてくれるし飯も食わせる。だけど訓練は重い鉄砲を担いで走り回るのが中心で辛いの何の。
 たまげたのはお侍がおいら達を指導するんじゃなくて仏蘭西とかいうところから来た異人だ。桃色というか白い肌のバカでかいのが異人言葉で号令をかけるんだけど何言ってんだかわかりゃしねえ。そのうち何となく分かったけどね。
 こっちは江戸詰めだから上方のことはよくわかんねえけど噂だけはすぐ伝わった。やれ将軍様が逝去されてあの一橋様が将軍になられたとか。ところがその将軍様がどういう風の吹き回しか幕府を返上したとか、挙句の果てに朝敵にされていくさに負けた、とか怪しげな話が聞こえてきた。伝習隊が上方に行ってたから負ける訳なんかないと思ってのんびりしてたからびっくりだ。実はオレ達第三大隊だけ江戸に残されていた。上方だけじゃなくてお膝元の江戸だって薩摩や長州の回し者みたいなやつらがガサガサしていて、先だっても頭にきた新徴組が薩摩屋敷を焼き打ちにして大騒ぎよ。
 そうしたらいつの間にか将軍様は帰ってきちまって上野で謹慎されたってんだからどうにもならねえ。こりゃ戦が始まるな、と思ったらなぜか総攻撃はなくなりお江戸は無血開城だと。
 おさまらねえ大鳥様は一番大隊・二番大隊をつれて北上していった。それがどういう風邪の吹きまわしかオレ達第三大隊長の平岡様は新政府に恭順だってんだからもう訳わからん。元々オイラなんざ幕府だろうが新政府だろうがどっちでもいいもんだから上のほうの言うとおりにゾロゾロ付いて行くと名前もいつの間にか帰正隊になっていて下総や奥州を抜けて挙句の果てに箱館にまで行っちまった。するとそこには昔の仲間もいるはずで、そっちの大将は大島様ってこった。やりあっているうちに弾が当たって・・・。

 うっ、意識は戻ったみたいだな。オレもう死んでどれくらいかな。50年は過ぎたと思うけど。戦争はもう負けて進駐軍がデカい面してやがって、オレ達は行き場を失ったも同然だ。誰もかれもが混乱の中にいたが、それでも悲壮感はあんまりなかった。元軍人なんかはあんなに偉そうだったのにすっかりしょげ返って見られたもんじゃない、そこいらのガキにまで「戦犯」「戦犯」とか指さされてな。
 アメ公は終いには手あたり次第に爆撃してきて大勢が死んだ。沖縄はもっと酷かったそうだ。だけど『死』そのものもああ目の当たりでそこら中に転がっていると人間は麻痺してきて、亡くなった方には失礼だが自分のことで精一杯でせいぜい気の毒に、と思うくらいになってしまった。そして結局負けでした、でガックリはしたが、こりゃあ死なないで済んだか、となって後は物凄い生存本能を発揮している有様なのだ。
 情けなかったのは上から下まで軍放出品の横流しやら闇市での偽物の売買だのありとあらゆる悪がはびこってしまい、進駐軍が来て少しまともになった感じすらした。三国人の暴れぶりも凄いもんだった。戦勝国・敗戦国・第三国という意味で、日本の法律が適用されないってんだからやりたい放題なんだが、そりゃ無理もない。
 もっとも三国人全部がアコギな稼ぎをやっているわけでもなく、等しく貧しかったのは日本人も同じ。アンダーグラウンドでは日本人の愚連隊も入り混じって任侠も何もなくなったヤクザが気の毒なくらいだった。
 それから高度経済成長とか言ってオリンピックじゃこれからはレジャーだモーレツだ何だかんだ、とにかく忙しかったんだよ。不況だって何回も来たしアメ公は朝鮮でもベトナムでも戦争はやりっぱなしにやって、冷戦がどうしたかは良く知らないけど昭和ってのはとにかく「戦い」の時代だった。平和な時代と言ったって、安保闘争とか賃上げ闘争とか何かと「闘争」「戦い」が強調されてヤレヤレと思ったものだ。その頃からやたらと交通事故が多くなっていくんだけど、そうなると交通戦争だ。年間の事故による死者が1万人にもなる有様で、そりゃこの前の戦争に比べりゃどうってことはないんだけど、日清戦争での戦死者が一万人くらいだから戦争と言えなくはないね。
 オレはその頃にはトラックの運転免許を取ってダンプ・カーで稼ぎ出して結婚もできた。ナニ近所の幼馴染なんだけどね。子供も生まれた。安定した生活になりつつあったんだが、実は酒が止められない。
 一方でダンプの現場は、例えば土砂搬出なんかは何回運んだかでその日の取り分が決まる過酷な仕事だ。だから凄い奴なんか一升瓶を助手席に置いてガバガバ飲みながらやってることがあった。オレもヤバいなと思いつつまァ適当には飲んだ。
 そうしたらあるダムの工事現場に回されて、取り締まりもないような山奥だからおおっぴらにやってたのさ。夜中になって、もうこれで上がろうかという時に、やっぱり酔いが廻って崖からダンプごと転落したのさ。

 おわかりだろうか。これは一つの魂が、普段は宇宙空間に漂っていて、繰り返し人間として地球に生まれては、同じような人生を送ってまた死ぬのである。そして漂っていつつも、どうやら別の天体で転生して、そこの寿命が尽きると又漂い、何百年か後に再び地球で人間になるということがわかってきた。この愚かな魂は千年後にも『令和って時代があったんだがね』とやっていることだろう。

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Categories:遠い光景

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