ヒョッコリ先生宇宙を造る
2019 DEC 1 7:07:29 am by 西 牟呂雄
『よう、しばらく』
『あっ、どうも』
喜寿庵の崖下を流れる川の改修工事が始まったので様子を見に行くと、ふた月ぶりか、ヒョッコリ先生に出会った。
『ここも護岸だけじゃなくて橋もそろそろ改修だな』
『そうですか。まだ大丈夫に見えますけど』
『そうか。君はこの吊橋になってからしか知らないんだな』
『はぁ。ズーッとそうじゃないんですか』
『この鉄骨吊橋になる前は木の橋が架かっていて、その頃は車なんか通らなかったから人がすれ違えるくらいの幅しかなかったんだ』
『ほう、そうですか。』
『それが伊勢湾台風の時の増水で流されちゃって、今みたいな吊橋に架け替えたんだね』
『知りませんでした』
『ここまで上がってきた』
先生が指し示した先はほんの足元という高さで、川幅一杯にまで水が来たことが分かった。これじゃ木製の橋なんかひとたまりもない。当時の治水技術では仕方がなかろうが、ここから下流まで何億トンもの水量が移動したエネルギーを想像して恐くなった。
『その少し後にあそこの八幡様の高い木に雷が落ちて、全く人が行かなくなったから僕の実験室ができたんだな』
エッ、実験室??
『しまった。言ってしまった。どうも君には口が滑ってしまうな。秘密の実験室を作ったんだ』
『また何を研究しているんですか』
『宇宙を造ってみたんだ。ただ偶然だったけどね』
『はあ?』
またこの先生の不可解な話に乗せられちゃ堪らない。僕は黙っていた。
『ははあ、疑ってるな。よし、特別だ。おいで』
とスタスタと橋を渡る。
しょうがなく付いて行った。僕は橋の向こうの上り坂へ行くのはかれこれ40年振りだろう。相変わらず舗装も何にもされていない道だ。
するともう無くなったかと思っていた八幡様があった!
そしてその隣にくすんだ社務所のような掘っ立て小屋があり、先生はあたりを見渡すとおもむろに鍵を取り出して扉をギーッと言わせながら開けた。
『ところで言うまでもないが撮影厳禁だよ。あくまで秘密の研究だからね』
別に撮るようなものは見当たらない。ところが先生が埃だらけの床をゴソゴソと片付けると、アメリカの家屋にあるような地下室への扉が出現した。その蓋のような扉をギーッと開けて中を確かめると
『早く入口を閉めろ、誰にも見られてないだろうな。それからここからはスマホも使うな』
と言って真っ暗な階段を降りて行く。中の方でパッと電気が付いた。
『うわあっ!』
『静かに!』
そういわれても、この不気味な物は何なんだ。電機の付いたぼうっとした部屋の真ん中あたりに、黒っぽい凝ったような、あるいはそこだけ透けているような空間が浮いているのだ、漂っていると言った方が近いのかもしれない。
かといって、その何かは物体ではなく、また漂うようにも見えたが動いてはいない。空間の裂け目なのだろうか、奥の方にチカチカするかすかな光が見えた。
『これがその宇宙なんですか』
『良くわからないんだがね。フラスコで真空実験をしていたら何故かできちゃったんだ。超真空を作ってそこにヘリウムを打ち込むっていうコンセプトなんだけど』
『それをするためにこんな所に勝手に実験室をつくったんですか』
『キミィ!勝手にとは何だね勝手にとは。アノ大木に雷が落ちて大騒ぎになった後、心優しい私が密かに管理してやっているのだぞ』
『だけど、いくら何だって宇宙じゃないでしょう』
『まあ、その呼び方はワシが適当にそう名付けたに過ぎないのは確かだ』
『そもそも、これは物質なんですかねぇ。只の目の錯覚とか光の反射の具合とかじゃないんですか』
『いい質問だ。まず、フラスコ実験の時からそれは問題でこの宇宙は全体として質量がない。しかし内部に細かい発光現象が見られて、ある程度のエネルギーが内包されているはずなんだが、全く外に仕事をしない。ところがこいつは成長していて、フラスコを突き破ってしまったのだよ。これが破片だ。ある程度の密度はあって成長すると外部に仕事をする』
『良く分かりませんが、その”宇宙”というのは何でできているんですか』
『そこだよ!そこなんだよキミ!初めは真空実験だったと言っただろう。それにへりウムを打ち込むということは、まぁ後で気が付いたのだが複雑な経過を経て アルファ線照射のようなことが起きたのかと推測しているんだ』
『アルファ線って放射能ですか、まさか』
『だからさっき言った落雷で巨大なエネルギーがここで消尽したことと関係があるのかもしれない』
『確かに雷が落ちたあの大木の上の方が真っ黒になって裂けてましたね』
『ところが私の能力ではエネルギー計算もできないし仮説の域を出られない。ともかく、質量はないので地球の重力の影響を受けないからこうして漂っているのだと思ってる』
『あのー、それでこれは宇宙ができたことに』
『このゼロ質量も良く分からないが、何かの拍子に反物質がこの宇宙の中の原子の質量を相殺するのだろうが、ウーム』
『それで何でこれが宇宙なのですか』
『宇宙というのは138億年前に生まれたことは推定されていて、ビッグ・バンから膨張するのだが、この実験宇宙の膨張を観察していると、我々の宇宙の10億年くらいに当たるのじゃないかと思うんだ。何しろ最初はシミみたいだったのだから。その後加速度的に膨張するとして、あと10年もすれば今の我々の宇宙の規模に追いつくはずなんだ。10年後にはこの宇宙でキミと僕がこんな風に話してるのかと思うと、ウシシシシ』
『(狂ってる)あのー、本当にそうなら大発見ですよね。発表するとか誰かに相談するとかした方がいいと思いますが』
『だれかに相談して特許でも取られたらかなわんしねぇ』
『それは・・・・、すいません。ちょっと気分が悪くなってきて。帰っていいですか』
『あっそう。ここのこと誰にも言わないでね』
当たり前だ。この人が言うことは今まで殆んどが嘘だった。第一『宇宙を作った』などという話をしたらこっちまで狂人扱いされるだろう。
それ以来八幡様には行っていない。いや、恐くていけないのだ。
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Categories:春夏秋冬不思議譚