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時を歩き続ける男 年始編

2020 JAN 1 5:05:29 am by 西 牟呂雄

 そろそろ松の内も過ぎようとしている。男は年末には北上をやめた。雪の山越えはいくらなんでも歩いては行けないので在来線を使って太平洋側に出て年を越した。
 相変わらず表情を頻繁に変えながらトボトボ歩いていたが、今日の宿を探さなければ。雪道を歩くので、移動距離がかせげない。雪が降っていると旅は一休みして居続けをすることになる。幹線道路で遭難でもしたらみっともないからだ。
 3.11の被災地を縫うように南下してきたが復興人員が大勢来ているのだろう。即席の民宿めいた宿が目に入ったのでそこに入ろうとした時、肩を叩かれた。
『おじさん、待ってたよ』
 振り返ると見たこともない妙齢の女性が立っていた。
『相変わらず旅ばかりしてるんだね。元気だった』
 思い出せない。
『えーっと、どこかでお目にかかってましたか』
『いやねえ、忘れちゃったの。以前雪に降りこめられてモーテルに一緒に泊まったじゃない。アハハ、でももう20年くらい前だから無理もないか』
 半月前にそういうことがあったが、その時の女性は学生風の若い人だったはずだ。まてよ、その子に面影が似ている。髪の長さもこんなロングだったし眼差しも、いや、そっくりじゃないか。
『もしかしてあなたは海岸で夕日を見ていて、その翌日にお蕎麦屋さんで向かい合わせに座って、一緒に歩いて雨宿りにモーテルで泊まった人かい。若い美人だった』
『あら、20年近く前のこと良く覚えてるわね。夕日やお蕎麦は覚えてないけどモーテルに泊まったのは確かよ』
『えっ、先月の話でしょ』
『いやねぇ、先月なんて。あたしはおばさんになったけど先月だったらそんなに急に老けるわけないじゃないの』
『・・・・、あの、・・・・』
『ねえ、ここに泊まろうとしてるのでしょ。さっきあたしがチェック・インしておいたわよ』
『それはー、マッ他を当たります』
『何言ってんのよ。おじさんが来るのが分かってたから相部屋で二人分のチェック・インしてるんじゃないの』
 男は唖然とした、と同時にそれは助かったとも思った。
 二人でその民宿っぽい宿に入った。部屋にはトイレもシャワーもない。六畳にちゃぶ台のような机、お茶のセットがある。
『あたしそこのコインランドリーに行くから待ってて。御飯食べに行こう』
 と言って女性は出て行った。
 あの女性は確かに先月会った人に違いないのだが、確かに年齢は当時は二十歳くらいにみえて、面影はそのままだが40歳代の風情である。
 暫くしたら洗濯物を持って帰って来たので、目の前の居酒屋に行った。
『カンパーイ!だけどあたしはオバサンになったけどおじさんは変わらないね』
 事情が良く飲み込めないので相槌の打ちようがない。
『前の時は「自分は余命幾許もない」みたいなこと言ってたけど手術とかしたの』
『そんなこと言わなかったよ。この通り体力は大して無いけど旅は続けられる』
『言ってたわよ。大腸癌だったって。心配したけど』
『チョット待てよ、・・・それは20年前の話だろ。僕達が会ったのは先月であなたは家出してたんじゃない、あの頃』
『実はね、あの旅は婚約を解消した後だったの。色々あってさ、挙式の直前に逃げておじさんに会ったんじゃない。それは20年前だってば。先月はあたしはアメリカにいたわよ。でも良かった。大腸癌は切って直ったんだね』
 男はさっぱり要領を得ないまま、ビールを焼酎に変えた。
 確かに20年ほど前に大腸癌の手術をしていた。その後暫く検査を続けたが、あほらしくなってほったらかしにした。その後さる事情により心境が大いに変わって仕事を辞めて今の旅暮らしに至った。しかし・・・。
 女は古くからの知り合いに語る様に話した。彼女の中ではそうなっていて、終いには男の方もそうだったかもしれない、と思い始めた。
『あの後あたしも結婚したのよ。娘を生んだんだけど、その頃から上手くいかなくなって結局離婚したの。そうしたらそれから運が開けたのね。しごとも始めて何とかやれるようになっていって、娘も10才になってるのよ』
 ごく自然に布団を並べて敷いて寝たらしいのだが、記憶が曖昧ながら目が覚めると、男はしっかりと二日酔いになっていた。モソモソと起き上ると隣の布団を見やったが、掛布団がくるまっている。しばらくするとその掛布団の塊がムクリと起き上った。
『バぁ~』
『わぁッ』
『おはよー』
『びっくりした。起きてたのか』
 10才くらいの少女だった。まだ子供だが、間違いなく昨日の女性の子供時代であることが瞬時にわかった。先月会ったあの若い女性の少女時代に違いない美少女だ。昨日からの流れ、更にこの一ト月あまりに起きた出会いを考えると、もう驚くにはあたらない。
『あのね、おじいさんはもう行かなきゃならないんだよ。お嬢ちゃん、そろそろおうちまで送って行こうか』
『やだぁ。きのう連れてってくれるって言ったもん』
 やれやれ、とにかく宿を出よう、と支払いをしようとしたところ「前金をお預かりしましたのでそのままお立ち下さい」といわれて男はあわてる。
 宿を出た時はもっと慌てる。きのうと景色がまるで違っているではないか。後ろから少女がついてきた。
『えーとさ、ここはどこだったっけ』
『ウソーッ、千本通り高辻下る、でしょー。やだオジイチャン』
『せんぼん・・・』
『きょうは桜を見に行こうって話したじゃん』
『さ、さくらぁ』
 ますます混乱しながら少し歩くと、丹波口という駅があった。なんとここは京都ではないか。
 男にはもはや時間の感覚が失われているようだ。
 地球の傾きがもたらす季節と自転が時間を感じさせる。人間は更に能力や体力の衰えや記憶することで時間の経過を經驗的に計ることはできる。
 だが、この男に関して言えば同一と思われる女性と何度も出会う事でかえって時間を感じられなくなってきたのだ。いつからこうして旅を続けているのか、いつまで続くのか。いや、この男は生きている人間なのだろうか。
 そして、年齢が変わってもいつも男の前に現れる女もまた、この世の人ではなかろう。

おしまい

時を歩き続ける男 年末編

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