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ペニンシュラ・クライシス

2020 APR 22 9:09:49 am by 西 牟呂雄

2021年某月某日
『おい、この頃兵力が少なくなってないか』
 板門店に常駐する米軍のリエゾン・オフィサーであるロバート・ワイマン大尉が同僚につぶやいた。
『そうか?別にいつもと変わらんと思うが』
『いや。傍受している通信数が激減してるんだ』 
 異変は昨年のコロナ騒ぎが収束した年末あたりから始まった。
 当局は感染者はいないと発表し続けたが、感染者数は百万人で数万人が死亡していた。そして感染は軍にまで蔓延し、長期化した貿易遮断によって餓死者も出る有様だったのである。指導者の動向が報じられなくなってもう二ケ月が経っていた。

 ある日突然、最近は滅多に顔を見せなかった名物アナウンサーの李春姫(リ・チュニ)氏がテレビに登場した。キム・ジョンイルの死去とともに引退したと思われたが、あの独特の抑揚で高らかに読み上げた。
「無敵の我が共和国は、疫病の流行を完全に跳ね返し勝利した。更に疲弊した民族を助ける為に今後38度線の国境を開放する計画で、アーリーマースー」
 一体何のことか誰も想像がつかない一方的なリリースだった。
 韓国の反応は二分される。大統領周辺は直ぐに『共に手を携えて民族の苦難を載り越えて行く準備ができている』と反応したが、ネットではその反対の言説が飛び交った。『今更何を言ってるんだ』『頭を下げて養ってくれ、と頼むべきだ』と激しい反発を招く。
 軍部は更に強硬で、しばしばちょっかいを出されては犠牲者も出ているから無理もない。現役将官は殆どが信用できない、といった反応だったらしい。
 ところが、38度線では両手を挙げた北の兵士が一人、又一人、と丸腰で鉄条網に迫ってくる。
 対峙している精鋭の通称白骨部隊の兵士達は拡声器を使って『チョンジ(止まれ)チョンジ!』と威嚇するが、その場で両手を挙げて白旗を翳す。
 そして、近づいてくると『我々は武装を解除した。気兼ねなくこっちに来て見てくれ』と声をかけて、座り込んだりタバコを吸ったりしている。そういった光景が国境全体に繰り広げられた。
 一方その反対の鴨緑江では、国境警備が以前より厳しくなってきていることが確認された。38度線の警備を放棄した残存部隊が北上していることも偵察衛星で分かってきた。
 翌日、再び李春姫氏はテレビに姿を現したが、世界は驚愕した。
「昨年来、疫病との闘いで常に最前線に立ち人民を指導してきた偉大なる国防委員長はその戦いの中で倒れられました。金正恩委員長の病床からのお言葉を伝えます」
 画面が変わると、その妹である金与正が映し出される。
「朝鮮人民を心から愛し指導した金正恩委員長はこう仰いました。『朝鮮人民よ、道を誤るな。南の傀儡政権の過ちを許し、共に手を携えよ』このお言葉を着実に実践することこそが我々の使命です」
 文大統領は舞い上がった。お見舞いを述べるところを祝電を打とうとした、という話まで伝わる始末であった。
 しかし、その後『お言葉』が再び発表されるにあたり、大統領は顔色を変えた。李春姫氏は二日後にまたテレビに現れ伝えた。
「正しき朝鮮人民が手を携える時、余計な仲介者面した出しゃばりの出る幕ではない。正しき認識により団結し真の友を離さないことだ。それは日本でありアメリカである」
 韓国世論は割れた。疫病騒ぎと意味のない反日にうんざりしていた真面な韓国人は大賛成、旧来従北主義者は反対となってしまった。するとなぜか『文大統領退陣』のプラカードを掲げたデモ隊が首都ソウルに出現した。
 初めは半信半疑だった38度線の白骨部隊だったが、連日の北の兵士の丸腰デモンストレーションにすっかり弛緩してしまい、次第に胸襟を開く。初めはタバコをやったり談笑する程度だった。しばらくすると今度は南の方からも国境までやってくる人達が押し寄せてきた。どうやって連絡したのか分からないが、長い間交流できなかった親族と抱き合う家族の姿までが見られた。

『大変だ!38度線全体に渡って北の防衛体制は機能していない』
 ワイマン大尉が早朝のモニターを見ながら叫んだ。同時に米国司令部へのホット・ラインを掴んだ。このホットラインは日本の厚木にある連合軍司令部に直結していて、カウンターのジョー・ナッシュ大尉が出た。
『ジョー、変だ。ノースの防御線が崩壊している』
『部隊は北の方に移動している。それどころじゃないロバート、もう直ぐアラーム・グリーンが発令される』
 アラーム・グリーンとは要人の前線視察のことで、トランプ大統領が板門店に登場した際にも発令された緊急即応体制のことである。
『何!だれが来るんだ』
『俺達も知らされていない。イワクニあたりからオスプレイが飛んだ』
『韓国軍は知っているのだろうな』
『そこまでは分からん。とにかく頼む』
 その日の午後には編隊を組んだオスプレイが板門店に飛来した。領空に入った時点では国籍不明機だったにもかかわらず、韓国空軍は即応しなかった。
 オスプレイから降り立ったのはCNNのテレビ・クルーと一人の青年だった。
 青年はトランプ大統領とキム・ジョンウンが握手した国境線に向かう格好で、即ち北に向けてマイクを通して語りだした。無論世界中に中継されている。
「北の同胞達、そして南の国民の皆様、私はキム・ハンソルです」
 なんと殺害されたキム・ジョンナムの息子であった。
「1989年に東西に分断されていたドイツで、国を隔てていたベルリンの壁が人民の手によって崩されました。それから30年も経つのにわが民族はこの国境を突き崩せないでいる。多くの人達の望むことができないのは、一部の教条主義者がそれぞれを統治していたからです。今から私が南の同胞を引き連れてピョンヤンに向けて行進します。心ある人達よ、私と一緒にピョンヤンを目指そう。ソウルを囲む100万の仲間達。平和の行進に参加しようではないか。国境を警備していた白骨部隊の兵士達。武器を置いて私に続け」
 すると一人の女性が建物からゆっくりとにこやかな笑顔で歩み出てきた。そしてキム・ハンソルに近づくとガッチリとハグをしたのだ。
 ワイマン大尉はモニターを見て驚きの声を上げた。
『あれはキム・ヨジョンじゃないか!』
 そう、キム・ジョンオンの妹である。そして今度は南に向かう格好でCNNのカメラに話し始めた。
「南の同胞達。ウィルスとの戦いの最前線に立っていた我が兄は入院治療中で明日をも知れない死線を彷徨っています。現在、南の同胞も多くがこの戦いで傷つき倒れました。我が民族は一致団結してこれを乗り越えなければなりません。この国境を超えるのです」
 一方首都ソウルでは大統領退陣断行の100万人にまで膨れ上がったデモが激しさを増し、当初青瓦台は静観していたが、機動隊を大規模に導入してこれを弾圧しようと動き出すところだった。
 すると突如検察が動き、大統領側近を逮捕したのだ。何の容疑かは情報が錯綜してはっきりしない。政権中枢はパニックを起こし、疑心暗鬼と裏切りで統治機能を失い始めた。
 それに合わせる様に、何故か100万のデモ隊は北上を開始し、38度線に向かい出したのだ。プラカードはいつの間にか『祖国統一』になっていた。
 一週間もしないうちに国境はフェンスや地雷が両軍兵士により取り除かれ、往来自由になった。抱き合って喜ぶ親族達の姿が見られ、南から物資を運ぶトラックの車列などが現れ、一気に商流ができた。その間治安は韓国陸軍の兵士が当たっている。なぜか北の公安機関は全く姿を消した。どうやら中国国境に張り付いたままのようなのだ。

 ことの真相は、コロナ肺炎の蔓延によりまず北の人民軍が機能を失い、最高指導者も感染してしまった。それを極秘のヒューミントにより、謎の情報機関シークレット・メソッド・センター(略称SMC)が掴んで仕掛けた工作のようだった。
 実際に動いたのは主にCIAのヒューミントらしいが、極秘ルートでキム・ヨジョンとキム・ハンソルを協力させることに成功したとか。無論アメリカの狙いは体制保証をエサに核の破棄を促せる相手と豊富な地下資源や労働力であり、中国とも離反させることで東アジアを安定させることである。また、目指す所のハッキリしない南の体制転換もついでにできれば王手飛車取りが完結する。
 その頃日本から在日韓国・朝鮮人が帰国し始め、その数は50万人にものぼる。すると、何故か「民族統一委員会」なる名称の組織がSNSを通じて立ち上がり、いつの間にかその組織の四者会談が行われることになるとの発表が一方的にネットで流される。場所は板門店、出席者は北からキム・ヨジョンとキム・ハンソル、南は大法院裁判長の金命洙(キム・ミョンス)と国会議長の文喜相(ムン・ヒサン)とのことだった。

 四者がにこやかに会談している様子が、ネットに流される。その場ではついに民族の悲願、祖国統一宣言が発表された。
 ところがその後、全くブリーフィングがなされない。暫くは情報が漏れてこなかった。どうやら民族統一会議は初めから揉めに揉めているようなのだ。
 次第に争点がわかってくるが、驚いたことに旧北側の提案した親日・親米路線に対し、南の二人が強硬に反日・反米を主張していたのだ。北の方は竹島を返して拉致問題も最終決着をつけると言い、南が中国と安全保障条約を結ぶとまで言い出したらしい。
 そして米・中・日・露が猛烈にロビー活動を繰り広げ始める。実は半島に渡っていった在日の人々が旧北側に猛烈にアプローチしたのが相当功を奏したようで、その黒幕は安倍総理周辺だと噂されている。
 更にはこの政治的混乱の中、朴槿恵(パク・クネ)元大統領が出獄してきた。その裏には中国の圧力があると囁かれた。
 話し合いは以前の北と南が入れ代わったような主張を繰り返し平行線のまま。アメリカは米軍の韓国領からの撤退を示唆し、沈黙を守るプーチン大統領がどう動くのか不明。朝鮮人民軍は鴨緑江に張り付いたまま。韓国軍も38度線の守りを放棄した。
 国名をどうするのか、一国二制度になるのか、米韓同盟は破棄されるのか、習近平は何を言い出すのか、北にある核はどうなるのか。そして何よりも、噂の域を出ないが仕掛けたとされる正体不明の組織、SMCの狙いは何だったのか。
 いずれにせよ、優れて全てはコリアンの力で問題解決に当たらなければならない。

 全て混沌とする中、延期された2020東京オリンピックが開催されようとしていた。

委員長のダブル(影武者)

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Categories:2021年の安寧

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