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レイモンド君とつつじ

2022 MAY 21 9:09:06 am by 西 牟呂雄

 喜寿庵では連休中にツツジが咲く。外の生垣を眺めていたらレイモンド君がお母さんと歩いてきた。お母さんがいるのは当たり前だが、僕は初めてお目にかかった。あのいい加減翁のヒョッコリ先生じゃなくてよかった、またホラ話を聞かされるのはかなわん。

 レイモンド君は友達だから僕を見てニコニコ見上げた。『オハヨゴザマス』などと言う。言葉がハッキリしてきたなぁ。『はい、よく言えたね。お早うございます』と返した。するとお母さんが『いつもお世話になっております。父からもよろしくお伝えするよう言い付かっております』と丁寧にごあいさつ頂いた。するとこのお母さんは先生の娘さんか一度会った息子さんの奥さんだろう。
『いえいえ。先生はお元気ですか』
『お陰様で元気にしております。今は旅行に出てまして』
『ほう、どちらまで』
『それが・・・、いつも行き先を言わないで行ってしまいますのでどこにいるやら』
『あはは、フーテンの寅さんみたいですね』
 それを聞いたとたんにお母さんの表情が極端に険しくなったのを見逃さなかった。しまった、今すごくマズい冗談をいってしまったかもしれない。あの先生、本当に寅さんを地でいっているかもしれないし、それならご家族が迷惑を被っているに違いないから。あまりの気まずさに思わず出まかせを言った。
『そうか、じゃレイモンド君寂しいね。おじさんと一緒に遊ぼうか』
『アソブ』

 一瞬ウクライナで善戦しているアゾフ大隊のことを言い出したのかとギョッとしたが、遊ぶ、と言ったようだ。そして勝手知ったる喜寿庵の中にトットコ走って行こうとして、ツツジに向かって『クイワナーイ』とこっちを振り返るのだ。どうやらレイモンド語で、これはなあに、と聞いているらしい。
『これはね、ツ・ツ・ジ』
『つ・つ・じ』
『そう。よく言えたね』
『クイワ?』

 そうか、この子の識別能力では花の形が同じでも色が違うと別の物だと認識してしまうのだ。
『これもツ・ツ・ジ。オンナジツ・ツ・ジ』
『お・ん・な・じ・つ・つ・じ・』
 待てよ、これでは『オンナジツツジ』という名前でメモリーしてしまうかもしれない。
『あのね、白い色のツツジ。こっちは赤いツツジ。白と赤、わかる?』
『ヒロトカー』
 分かってるんかな。いやまずい、僕は色覚異常だから微妙に間違った言い方をする可能性もある

 そう思っていたら生垣の中に走って行こうとする。思わず抱き上げた。庭にはまだ他に30本くらいのツツジがあって、紫っぽいのやら珍しいのが咲いているところだ。するとお母さんは落ち着き払ってこういうではないか。
『あのー遊びたいみたいですけど、父からもこちらなら安心だと聞いております。よろしければ2時間ほど見ていただけますか』
『ア~ハイハイ』
『クイワ?』
『これはピンクのつつじ(でいいよな)』
『ピ・ン。ク・ノ・ツ・ツ・ジ』
 振り返った時にはもうお母さんの姿は見えなくなっていた。

 一瞬途方に暮れたが、前から温めていた計画が頭をよぎり、ツツジ地獄にはまる前にそそくざと実行に移す決意をした。レイモンド君に有無を言わせず車に乗せ、シート・ベルトで括りつけて出発、多少グズッたけど動き出したらおとなしくなり、高速で10分の所にある北富士ハイランド・リゾートに向った。そこに遊園地がある。
 着いた時には上機嫌になっていて、走る走る。

メリーゴーランドでドヤッ

 賑やかなミュージックとともに回転するメリー・ゴ-ランドの前で止まった。
 目を輝かせている。
 僕のユメもこれだった。
 この、何でも楽しいが訳が分からない時期にこそ、乗って面白い回転木馬。
 あと数年もすれば楽しくも無くなる乗り物で一緒に遊ぶ。
 動き出すとレイモンド君の目は真剣になった。緊張しているのかな。
 ローテーションが終わってもなかなか降りたがらないので一枚撮ってあげたが、ご覧の通りのドヤ顔は自信に満ちていた。
 それから二人で観覧車に乗ったりトーマスランドで遊ぶとアッツと言う間に1時間過ぎてしまった。
 もっと居たがるレイモンド君をだまくらかして帰ったのだが、二人で来る機会などそうありはしない。少年老い易いのだ。そして推定2才のレイモンド君の記憶には残らないのだろう。
 それはおとなにとっては寂しいことだが仕方ない。その代わりツツジは毎年咲いてくれるけれど。
 しかし、職質されたら誘拐未遂にされるのかな。

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Categories:和の心 喜寿庵

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