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少年とおっさんの錯覚

2022 JUL 24 22:22:39 pm by 西 牟呂雄

 僕は一人で歩いていて見付けた。ひどく厚い夏の日で、の背中に汗をかくもんだからランドセルがペタッという感じで気持ちが悪い。見つけて拾ったのは青い何かのカケラだった。丸い手触りなのでガラスではなく、ロウ石のようだ。試しにアスファルトにバツを書いてみたら青いバツがついた。いいぞいいそ。それから家への帰り道、まぶしい日差しの中をガードレールの柱の頭に一つづつバツを付けながら歩いた。
 しかしどうもおかしい。僕は確かに小学生のようだが、この道は僕が通っている道と違うのではないか。いつもは坂を下って帰っているが、そこにガードレールなどはないはずだ。今歩いているのは平坦な道路の歩道で、都電の線路も走っていない。ひょっとして間違えて別の駅でおりてしまったのだろうか。ちょっと怖くなってきた。
 いつもの坂を下って左に入ると公園がある。その公園は昔は開成校という今は大変な進学校が明治の初めの私塾でスタートした跡で、隣に小学校もある。僕は引っ越す予定があってそこには通っていない。公園の向いに清水湯というお風呂屋さんがありその隣はお寿司屋さん、その次が僕の家、反対側には山田屋という酒屋さんでそのとなりは八百屋さんのはずだ。
 だが今僕が歩いているのはそこと全く違う眺めで、このまま歩いていていいのかどうか。

 どういうことか頭がぼやけている感じで、とにかく熱い中をセッセと歩いている。するとオレの目の前を汗まみれになった小学生が歩いていた。白い帽子は学校指定だろう。開襟シャツの首のあたりが汗で濡れているほどで、大きめのランドセルが重いんだろうな、と同情したくらいだ。背格好から言って低学年だろうな、とそこまで思ったが待てよ。
 オレはこの暑い中を何で歩いているかと言うと、単に自宅に帰る所だったはずだ。ところが歩いているうちにおかしくなってしまったようだ。
家路がいつもと違う。泥酔してそういうことになったことは何度もあるが、今はまだ夕方だ。それに酒も飲んではいない。足だけが意識を持った生き物のようにトコトコと進むのだが、自宅はどこにあるのだろう。
オレは不思議な気分のままその子の横を通り過ぎて、その時にチラッと表情を見た。目が合ってしまった。

 横にいるおじさんを見上げるとこっちを見ていた。なんだか見たような顔の人だが知らない人だった。すぐに僕を追い抜いてスタスタ歩いていくので目で追った。この人は何をしている人で、何でここを歩いているのかなー、と想像してみた。スーツを着ていないから会社の人じゃないだろうけど、どんな仕事をしているのだろう。小説や詩を書いている人だろうか。だって普通のオトナはこんな時間は忙しいだろうから。それとも夜になってバーとかスナックのようなお店をやっているのかもしれないな。そうするとこの人も僕の父さんみたいに毎日お酒を飲んでケラケラ笑っているか暴れているのか。僕はときどき早くオトナになってああいうふうに楽しそうに騒げるようになってみたいと思うことがある。だって子供のうちは何をするにしてもアレはダメだのコレはするなといった余計なことが必ずくっついていてそれを守らないと叱られる。父さんと一緒にキャンプに行ったときは、周りのオトナは僕に注意をしたりするくせに、酔っ払うと自分達はひどく騒いでモノを失くしたりケガをしたりして、次の朝には何も覚えていない。
 そうしてみると、勉強が大嫌いで気が散りやすい僕もそうなってしまうかもしれない。アッ、いつの間にかいなくなった。

 しかし、オレが子供だったあの頃はいやいや学校に行っていたくせに毎日何をして遊ぶのか考えて忙しかった記憶がある。誰と誰が中が良くて誰と誰は対立していて、女子と男子はしょっちゅういがみ合って、子供なりにクラスの中には複雑な社会が構築されていた。その奇怪さは、東京のド真ん中のせいなのか今から考えると他の人の経験した小学生生活とは全く違う環境のようだった。とにかく人数が多くて、そのせいで個性の強い奴が多くなり、その相互作用で上記の複雑な社会を構築していた。各種の秘密結社や暗黙の法律、男女間の駆け引き、裏切りや寝返りが横行していた。要するに背伸びするだけ伸び切ったオトナの真似をするグロテスクな集団だ。それは伝統にもなっていたようだったが、どうやら団塊の世代が終わった頃からからオレ達の2年下くらいまでの10年の間の風潮だったらしい。
 更に、小学校のクラスは音楽以外は全部同じ先生が教えていたから担任の先生というビッグ・ファクターがあり、オレは女先生の時には色々と迷惑をかけ、大変な目にもあった。
 結局、どうにも居心地が悪かったということになるのだが、毎日毎日ありとあらゆる権謀術数に明け暮れながら、ふざけ散らしていたに過ぎない。
 おっとどうやらウチにたどりついたみたいだ。そうか、オレはあまりの二日酔いで寝過ごしたところ、土曜日だから息子は学校に行き、カミサンは実家に行くとか言ってたな。まだ酒が胃の中にたんまり残っているのでフラフラしているんだな。ビールでも飲むか。

 おじさんが見えなくなって僕は父さんのことを考えた。親と接するのにそれなりの遠慮があったに違いない。自分のことはあまり話さないが、わりと努力して僕を甘やかそうとしているのはわかる。それに自分がやっている遊びには、それはスキーとかヨットなんだけど、僕の友達も連れて行って一緒に遊んでくれる。
 あれはいったい僕のために付き合ってくれているのか、自分の遊びに子供を引きずり込んでいるのか。
 ウチに帰ると母さんは出掛けていなくて父さんだけが寝ぼけた目でビールを飲んでいる。休みの時はいつもそうだから別に気にもならない。
『ただいまー』
『おう、お帰り。随分早いな』
『だって今日は土曜日だぜ。父さんだってビール飲んでるじゃない』
『あぁ、そうか。そういえばそうだな。さっき新聞買いに行ったらちょうど君くらいの小学生が歩いてたな』
『へェ。オレも父さんみたいな人がブラブラしてるのを見たけど。あのさあー、オレが全然勉強しなかったらそういう人になっちゃうのかな』
『僕も子供の頃はそう考えて焦ったことがあったな。そうそう、それで恐くなってチョコッと勉強したりした覚えがある』
『それでもこんなになっちゃったの』
『まあそういう事なんだけど、これでも結構大変なんだぞ。世界平和とかウクライナ問題を考えていると』
『えっ父さんそんなこと考えてるの』
『そう見えないのが僕の偉大なところなんだが。どっちにしても中途半端が一番いけない』
『ふーん。じゃチョット勉強するより全然やんないほうがいいの』
『僕の理論ではそうならざるを得ないね。キミはどうする』
『オレわかんないや・・・・』
『そうだろうな。僕も未だによくわからない。僕みたいにならないようにね』
『オレもそう思う・・・』

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Categories:アルツハルマゲドン

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