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富士の湧水 神秘と俗

2023 FEB 11 0:00:40 am by 西 牟呂雄

 富士山の湧水は柿田川が有名だが、山梨側にもあってその名も『忍野八海』と勇ましい。
 喜寿庵から車で30分くらい、いまや世界的な事業を展開しているファナック社がある河口湖と山中湖の間だ。古くから富士修験の富士登拝前に池で禊をする八海巡りの霊場として世界文化遺産である。
 『八』は仏教で貴ばれている数字なので、八大竜王をそれぞれ祀っている。更には北斗七星と北極星になぞらえたりと誠にありがたい由来だ。こんこんと砂を掻き揚げながら湧いてくる大量の澄み切った水を見ていると、地球が水を作り出しているような静かな感動を覚える。そしてその小さな泉の逞しさから、おそらく本物を見たこともない人々が『海』と呼んだことに可愛げすら覚える。そばに『湖(みずうみ)』があるのに、だ。

出口池

 八海のうち、上記伝承の北極星に当たる出口池が最もいい。一つだけ離れているため、駐車場から遠く人が少ない。富士修験の一番霊場として難陀竜王が祀られ、行者は富士登拝の際ここでみそぎを行なった。
 小さな社があったのでお参りしたのだが、その少し上に結界が見えた。

 石段を登ってみると正方形に結界が巡らされた中に、丸い土俵が落ち葉に埋まっていた。土俵は本当に俵を埋めてあるのだが、かなり古くなってほつれていた。先日関西を旅した最に相撲のルーツに触れてきたせいで、神事としての相撲に興味がある。僕の目にはここで相撲を奉納する地元の健児の姿が神々しく浮かんだ。

 そしてこの出口池の素晴らしいところは、底から砂を巻き上げて湧きだすのではなく、岩の奥の割れたあたりから流れてくるところだ。富士山頂あたりに降った雪が何千年かかけて再び地上に現れた瞬間である。民家の横の小さなスペースに停めると『300円』と書いた箱があったのでチャリンと入れた。

 ところが他の七つの『海』の方に行くと様子が一変する。七つは誠にささやか且つ清らかな、むしろ可愛らしい泉なのだが、近接しているために大駐車場があり土産物屋がありレストラン・喫茶店・スウィーツとおよそ『八海』と関係ない物で埋め尽くされ、どこかの温泉街のようだ。
 特に、水量が多いのでそこかしこを掘ると簡単にできる人工池がいくつもあって十海のようになってしまい、はなはだしきは入場料を取っている。観光資源を収入にするのはわからんでもないが、無粋な建物を作り散らしてアスファルトで固めてしまっては返ってせっかくの景観も台無し。
 行政の観光課あたりは何がしかの許認可ができるはずだから、業者の金儲け至上主義に迎合することなく対応してほしいところで、人工池の造成によって湧水が激減することも起きているとなると大問題である。これらの総合コーディネートには金もかかるし、何よりもセンスが求められるが、はっきり言って全く感じられない。私なら余計な池など掘らず、土のあぜ道の中に湧き出る泉を回遊するだけにし、ゴチャゴチャとした土産物屋・レストランはなるべく遠ざけただろう。
 こう書いていると益々腹立たしい。環境を破壊して何が観光立国だ。既に観光客の入国制限が無くなった途端にあのやかましい大陸語が飛び交ってしまっていた。そんな連中に踏み荒らされて名所もないだろうに。田舎の人は自然に恵まれ過ぎて、アスファルトで固めないと観光地になれないと思い込んでいる。
 この日、富士山は雲海に埋もれて姿を見せなかった。

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Categories:和の心 喜寿庵

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