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レイモンド君の夏休み

2024 SEP 1 0:00:05 am by 西 牟呂雄

 ヒョッコリ先生のご葬儀で帰国していたレイモンド君一家はそのまま夏休みを取っているようで、喜寿庵の周りを掃いていたらまた会った。お父さんとお母さんと一緒だった。
『先日はご愁傷様でした』
『痛み入ります。お陰様で大往生でした。最後は一週間くらい食を断ちましてね』
『ほお、お覚悟を決められたのですね。大したもんですな』
『それがのどは乾くらしいんですよ。で、水をもって言って飲まそうとすると「バカヤロウ。ビール持ってこい」ですからね。医者も仰天してました』
『ああ、喪主さんも仰ってましたね』
『人間ビールだけで一週間は生きられるもんなんですなぁ』
『・・・・』
 レイモンド君は何のことかわからない、といった表情で見上げていると急にうちの庭に駆けだした。お父さんもおかあさんも慌てた。
『あっ、コラコラ。かってに入っちゃダメ』
 いや、いいですよ、と言いかけてやめた。この手で何度も子守させられた。
『トゥダーイウィスヒム』
 またコクニーを喋った。この子どういう環境に育っているんだろう。
 それにしても、しばらくは一緒にいなかったとは言え、ひいおじいちゃんが亡くなったのがこの子にはどう伝わっているのか。物心がついたといえ4才そこそこだ。レイモンド君は悲しければ泣く、楽しければ笑う。

 青い相模湾は多少のうねりはあるものの、小網代湾に少し入ってアンカーを打てば静かなものだ。ラットを任せて僕はレイモンド君を抱えながら舳で波の音を聞いていた。レイモンド君は死の恐怖も何もない。溺れるという実感もないから平気で歩き回るし海を覗き込んだりする。心配になった僕は子供のライフジャケットを着せて浮き輪も持たせる。すると艫の方からいきなり飛び込んで慌てた、後からすぐに飛び込んで捕まえるとケラケラ笑っている。湾の入り口は潮が早いからこんな軽い子供はアッという間に流されてしまう。

 喜寿庵のあたりは旧盆だ。暑い夜に盆踊りの音色を聞きながら木戸門の前で小さな送り火を焚いた。この頃は送り火セットのようなものが売られていて苦労して薪を積み上げることはしない。一人でぼんやりとヒョッコリ先生のことを思い出していた。
 そこに偶然レイモンド君一家が盆踊りを楽しんだ帰りに通りがかった。
『こんばんわ』
『オヤ、こんばんわ』
 挨拶を交わしているとレイモンド君が走ってきてギューッとしがみついてきた。僕達は友達なのだ。
『コラコラ、だめでしょう』
 とお母さんがたしなめる。
『はっはっは、いいんですよ。よし、一緒に花火をやろうか』
 僕は花火が好きで一人でもよくやるのでたくさん買い込んである。実は夜に芝生の上にいるときに点けると蚊よけに絶大な効果がある。更に僕の天敵であるモグラの駆除にも大変に役に立つ。モグラの穴に点火して突っ込むと思わぬ処から煙が上がってその一帯の巣は駆除できる。

 ご両親も一緒に芝生の上で花火で遊んだ。色が変わるところが面白いらしく手に持って走っていく。とりわけ箱型で置くタイプで、火花が吹き上がるタイプが好きらしく、しゃがんで見上げていた。そして呟いた。
『オージーチャンパストアウェ』
 また謎のオージーがどうした、が口をついている。お父さんに聞いてみた。
『オージーってオーストラリア人の友達ができたんですか。コクニィみたいな喋り方ですし』
『アハハ、そうじゃありません。大お爺ちゃんって言ってるんですよ。ひいおじいさんのことを言ってます。盆踊りを見に行ってお盆というのは死んだご先祖様が帰ってくる、と話したので。近所のナーサリスクールに行かせているんですけど、そこはロークラスのエリアなんでキングスイングリッシュではないですしね。そのうち日本人学校に行かせますから放ってあります』
 レイモンド君もヒョッコリ先生を思い出していたのか・・・。
 そのうち先生の話をしようか、大お爺ちゃんの思い出を。
『イギリスにはいつ』
『あした東京に行ってあさってのフライトです』
 そうか。またしばらく会えないんだね。

 うっ、目が覚めた。以上は夢でした。
 
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Categories:和の心 喜寿庵

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