レイモンド君の七五三
2024 DEC 15 2:02:49 am by 西 牟呂雄
11月末、喜寿庵から街中を散歩していた、あれ、正装したレイモンド君じゃないか。英国にいたんじゃないの。お母さんと一緒だった。
『レイモンド君こんにちは』
『コーンニーチーワー』
『どうもいつぞやはこの子がお世話になりまして』
『いやいや、僕とは仲良しですから。今日はどうしたんですか。イギリスだったんじゃないんですか』
『それが結局納骨とか百か日で私とレイモンドは年内は日本にいることにしたんです』
『あ、ご主人だけ単身で渡英されたんですか』
『はい。私達も普段は東京にいますけどこの子の七五三に来たんです』
『レイモンド君、もうすぐ五つか。もうお兄ちゃんだね。お父さんいなくてさびしくないの』
『サビシクナイ』
ふーん。しっかりしてきたなぁ、背も少し伸びてる。
それにしてもコレ、やりすぎじゃなかろうか。レイモンド君はもう疲れていた。
『これからお宮参りに行きますので』
『そうですか。おめでとうございます』
『ココデアソブ』
『何言ってんの。早く来なさい』
『フンギャー』
『ああ、お参りをしたら遊びにおいで』
言っちまった・・・。
喜寿庵の秋は夕暮れが早い。4時になればもう陰って冷える。落ち葉を掃いていた。
ご飯を炊いて最期の人参をゆでて海苔の佃煮と搾菜、等と晩飯のメニューを考えていた。
『バケバケバー』
ワッ、驚いた、レイモンド君だ。もう着替えていた。
『一人で来たの』
『オカーサンニオクッテモラッタノ』
以前カタコト喋っていたコクニイっぽい英語はすっかりかげを潜めて純日本語になってしまったようだ。
『お宮参りしたの』
『オマイリシテシャシントッタ』
『ふーん。おじさんは今落ち葉を掃いているんだよ。レイモンド君も手伝ってくれる?』
『オチバ』
『地面に落ちた枯葉のことだよ』
柄の折れた竹箒を渡してやるとしばらくは僕の真似をして掃いていたが、すぐに飽きて畑の方に走って行ってしまった。
集めた落ち葉をネイチャー・ファームに撒きに行くと、途中にレイモンド君がうずくまっていた。
『どうしたの』
声をかけると、返事の代わりに
『イロノツイタオチバキレイダヨ』
と言って楓の落ちた地面を見つめている。
『それは寒くなって色がつく種類のカエデという木の葉っぱだね。一緒に掃いてあげる』
『ダメダヨー。オトウサンニミセル』
へぇ、お父さんがいないのがやっぱり寂しいのかね。見ると真剣な表情だ。健気に耐えているがどうしても表情に出るのかな。ましてや、もっともかわいがったであろうオージーチャマ(大お爺さん、ヒイおじいさんのヒョッコリ先生)を失くしたからね。
と、思ったら畑に撒いた枯葉の山を見つけたら走ってきてグシャグシャにし始めた。子供なんてこんなものだ。危うく、目下栽培中のスーパー・ニンニ君を踏みつけそうになる。
冷えてきたので家に上がって二人でテレビを見ていた。
するとインターホンが。
『あのう、レイモンドおじゃましてますか』
『今ここでテレビみてますよ』
『申し訳ありません。すぐ連れて帰ります』
『まだいいですよ。おとなしくしてますから』
『全く、一人で勝手にでかけちゃってもう』
えっ?勝手に? お母さんが迎えに来たよ、と言うと、きゃあ、と叫びながら玄関に走っていく。僕も一緒に行き、お母さんの顔を見ると只ならぬ気配だ。
お母さんは丁寧にお礼を述べると一瞬、鬼の形相で手を引っ張って行った。ハハァね。勝手に来ちゃったのね。
今頃はガンガン怒られているであろうレイモンド君の1日は忙しかった。
まずは健康で健やかな成長を願うため、大袈裟な衣装を着せられてお参りに。だが、こういったセレモニーはもちろん子供のために金と手間をかけるのだが、一方では親の自己満足のためでもある。あの衣装を着てもレイモンド君は別に楽しくもなかったかもしれない。僕の子供の頃の記憶でも、セレモニーそのものは特に楽しかったという印象は残っていない。
一方で、子供の純粋さを過度に信じることもできない。あれで結構苦労しながら大人の反応を確かめたり駆け引きをしている。4歳の頃の記憶はすでに朧気だが、一人でものすごく困った時には大人に媚をうっていた。子供には子供なりの都合があるのだ。
話は急に変わるが、僕の小学生時代なんかは今から考えると特殊だったのかもしれないが、教室で、校庭で、日々陰謀が張り巡らされ、裏切り寝返りが横行していた。SMCのメンバーの故中村順一君とは、当時から合従連合を繰り広げていた油断のならない同志だった。子供は無垢である、という言説には違和感を感じざるを得ない。
ところが見たところのレイモンド君は、おそらく自分の頭の中でストーリーを組み立ててやりたいことをやりキャーキャーはしゃぎ、困ったり怒ったりすれば泣く。
『オカーサンニオクッテモラッタノ』も『ダメダヨー。オトウサンニミセル』もその場のストーリーで、嘘でも何でもない。英国暮らしが多少の影響を与えたのか、或いはあの子は軽い自閉症なのかもしれない。苦労はするだろう。
おじさんはレイモンド君の成人を見ることはできないが、幸せに暮らせるように祈っているからね。
12月になって遅い遅い紅葉が夕日に映えている。
遅れてきた秋をこのもみじが必死に取り戻しているな。
十分にな寒くなってもらわないと日本から四季が無くなってしまうぞ。
僕はもう古稀になった。
果たしてスノボはできるだろうか。
紅葉や桜はできるだけ見事であってほしい。
白い山茶花もだけど。
もうすぐ冬至になれば1年で最も美しい日没が見られる。
僕は今、絢爛豪華な秋を独占している。
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Categories:春夏秋冬不思議譚