東アジア同時有事
2025 FEB 11 10:10:50 am by 西 牟呂雄

2028年、台湾海峡で中国海軍が一大演習を始めた。南シナ海を大きく迂回して空母打撃群を太平洋側に配置し、あたかも海上封鎖を展開するような形での演習は一週間続いた。
中東が一段落したものの、ウクライナ紛争は足掛け10年近く戦っても一進一退の攻防を繰り返しており終結の目途が立たない。トランプ大統領の和平提案は国境変更を伴うためヨーロッパが強烈に反対して成立しなかった。任期が1年を切ったトランプ大統領は『もう勝手にしろ』と怒り狂ったが、武器・弾薬の供給だけは続けていた。
某日、突如台湾南部でⅯ7の大地震が発生。台南・高雄に壊滅的な被害が起きた。
同時に周辺での演習をしていた中国海軍も津波による大ダメージを被り、数十隻の艦船が海の藻屑となってしまった。
すると、驚くべきことに突如『台湾救済』を習近平が発信し、空母機動部隊を含めた中国海軍に加えて海警局並びに武装していると見られる漁船の大船団が台湾に一斉に押し寄せた。事実上の海上封鎖である。それどころか、一部は強硬上陸をする動きを見せ始めた。
時の総理大臣である高市早苗は『邦人避難並びに災害支援』の名目で自衛隊機を台湾に飛ばす決断をした。一番機に乗り込んだのは復興支援部隊指揮官に指名された民間人の番匠幸一郎退役陸将である。民間の復興支援チームなのだが、中谷防衛大臣のキモ入り人事だ。
当然中国は非難声明を出すが高市総理は歯牙にもかけない。『人道支援をして何が悪いのか。中国こそ我々に協力すべきだ』と突き放した。同時に自衛隊宮古島要塞および沖縄米軍は戦闘配置につく。自衛隊に秘かに周辺事態待機命令が出され、米軍はアラーム・グリーンを発令したのだった。
次々と飛来するCー130輸送機は無事松山空港に降り立った。実は支援要員として武装自衛官を送っていたのだが、極秘作戦のため世界中が気が付かなかった。送り込まれたのは陸上自衛隊秘匿コマンド部隊『トラ』であった。
台湾海軍も警戒を強め、上陸可能な地点に機雷を敷設した。事実上の臨戦態勢となり、いつどこで戦闘が始まるのか神経戦に突入して行った。
その翌日、北朝鮮がミサイルを発射したらしい。日本海で警戒に当たっていたイージス艦『みょうこう』が初めの一発を迎撃したとの報告が上がる。ほぼ同時に38度線で異変が起こった。米軍リエゾン・オフィサーのロバート・ワイマン大尉は衛星回線に向かって叫んだ。相手は厚木の国連軍司令部にいるレイ・ニシーム大尉である。
『レイ!ついに朝鮮人民軍が進撃を開始した。砲撃も始まっていて砲弾は我々を超えてソウルを叩いている。板門店では戦闘が始まった。必死に押しとどめているが死傷者が出ている』
『ラジャー。任せろロバート、在韓在日米軍は迎撃態勢に入る。今台湾周辺に出されているアラーム・グリーンに加えて38度線にアラーム・レッドだ』
『分かった。韓国軍もペッコル・ブデ(白骨部隊)に戦闘命令が出された』
ユン韓国大統領は前回の騒動では寸前まで行ったが憲法裁判所は結局弾効しなかったため、職務停止期間を除いた任期の最終年だったのだが、ここで戒厳令を出すことができた。ソウルは北の砲撃射程圏内のため次々に被弾し死傷者が出る。大統領は戒厳司令部を南の大邱に移動させ指揮を執った。
通称白骨部隊は正式名称第三歩兵師団で朝鮮戦争以来韓国陸軍最強部隊である。侵攻してきた朝鮮人民軍を跳ね返し、38度線以北に押し戻した。
ミサイルは数十発発射されたが、韓国内に5発が着弾した以外の日本向けは『みょうこう』『こんごう』『ちょうかい』の3隻のイージス艦が全て迎撃した。
戦闘は即拡大し、ほぼ同時に北にある複数のミサイル発射基地に飽和攻撃が為された。日本海及び東シナ海からの発射のようで、あらかじめ警戒に当たっていた第七艦隊のロサンゼルス級原潜から発射されたらしいが正式発表はない。
驚くべきことに瞬時に固定発射台と確認できた移動中の発射台はことごとく壊滅したのだった。
一方台湾には公共機関・官庁・軍にサイバー攻撃がかけられた模様である。ところが台湾はかの天才、オードリー・タンが構築したサイバー防衛システム並びに非常時ネット遮断プログラムが作動し、戒厳令と同時に官庁・銀行・公共サービスの全てが停止。政府発表のテレビ以外のコミニュケーション・ツールは機能を失った。アナログ通信のみは生きていたが、ネット関連はブラック・アウトしてフェイク・ニュースや流言飛語が締め出される。
それどころか、戒厳令下にアクセスしようとした外部ツールには逆にウィルスが送り付けられるという反撃が始まる。実は日本とアメリカのような周辺友好国には事前に説明がなされていて、有事のデジタル通信はシャット・ダウンされたのだ。
ジリジリとその包囲網を狭めて来るような動きのまま海上封鎖は続いたが、膠着状態が破られた。
潜水艦からと思われる魚雷攻撃により空母「遼寧」が撃沈されてしまった。全く油断していたとしか言いようのない無様な被弾で、中国海軍も海警局もパニックに陥る。中国海軍の対潜哨戒能力は大したことは無かったのだ。
慌てた人民解放軍幹部は習近平を焚きつけて大陸とは指呼の距離にある金門島・馬粗列島に猛烈な砲撃を加えた。だが、海上封鎖の目を潜って民間人は既に島を脱出していたことと、既に要塞化されていたため人的被害は確認されない。続いて繰り出された上陸部隊は飛来するドローンによって阻まれ、島に近づくこともできない。
『レイ。朝鮮人民軍の様子がおかしい。組織的戦闘をしていない。退却しているようにも見える』
ワイマン大尉の声は驚きに満ちていた。
ところがニシーム大尉の返答は更に驚愕すべきものだった。
『それどころじゃない。監視衛星の映像から見て中朝国境で一部銃弾が飛び交っている。人民解放軍が鴨緑江を超えようとするのを阻止しようとしているらしいんだ』
『ワット!何が起こっているんだ。38度線は全く手ごたえがない。白骨部隊も我が海兵隊も進軍してもいいのか困っている。交戦規程には相応の反撃しか明記されていない。国連軍司令部は何をやってる!早く指示を出せ』
『ラジャー』
一体38度線の北側で何が起こっているのかよく分からないままその日は北進命令は出ず、警戒が続いた。
北の様子が次第に分かって来た。各地で暴動が起きているらしい。軍内部の反乱なのか民衆による武装蜂起なのかはっきりしないが軍内部の統制が乱れているのは確かだった。
推し進められる極端な核シフト・ミサイル開発政策が、前線軍団や砲兵・戦略軍の序列を崩壊させてしまい、兵種・部隊間の不公平感が分裂を招いた結果なのだろうか。即ち、強硬派の南への暴発と軍内部の亀裂が武力衝突を引き起こしたのではないか。そして事前に情報を掴んだ北京が体制崩壊を恐れて人民解放軍に鴨緑江を渡らせようとし、北の部隊が阻止しようとしたらしい。
ついに第七艦隊の空母打撃軍が台湾海峡に向かった。折しも共同訓練のためにはるばる回航してきた英国の新鋭空母『クイーン・エリザベス』も海上自衛隊の『かが』『いずも』と共に護衛艦隊を従えて同時に出港した。台湾封鎖中の中国海軍を威圧するためである。
トランプ大統領は習近平トホットラインでの会談を呼びかけ日程が組まれた。それにしても「遼寧」を撃沈させた魚雷を放ったのがどの国のどの潜水艦なのかが公表されない。米海軍は否定している。無論海上自衛隊も完全否定である。だが、中国が公開した映像では確かに複数の魚雷が命中し爆発・炎上している。
世界中のSNSで様々なフェイク・ニュースが飛び交った。特に欧米で流れたのは中国海軍による自作自演説。他に韓国海軍説からイスラム過激派説・沈黙の艦隊説。
事実は不明のままトランプ大統領と習近平は事態の収拾で合意した。
一方、大混乱の北の国のとんでもない情報が韓国情報部からもたらされた。キム国防委員長の暗殺未遂が起こったというのだ。詳細は全く不明。暴動は各エリア(軍管区)別に次第に統制が取れてきているようだが、労働党からの指揮・命令も乱れがあるようで、テレビ放送も国防委員長を讃える歌ばかりが流されていた。さらに緊張が高まったのは鴨緑江を挟んでの小競り合いが拡大しつつあることである。
実態は大打撃を受けた北の防衛能力に乗じて38度線を北進されると思った人民解放軍のフライングがきっかけの戦闘であろうが、明確な指示のないまま国境を越えてしまったため止まらない。
2日ほど経つと、中国電視台のニュースに金与正とおぼしき女性が、これまた金正恩の娘とされる金主愛とウリ二つの人物がインタヴューに応える映像が流された。肩書は『共和国要人』とされ、目下の混乱した状況を語っている。
『腐敗しきった野獣のような裏切り者達が平和を維持していた我々朝鮮労働党に牙をむき、正当なる指導者である私の兄を手にかけようとした。偉大なる将軍様は今なお敵中に孤立しながらも戦い続けています。裏切り者達は邪悪なるアメリカの走狗と成り果て、永遠なる友邦である中国人民解放軍にまで銃弾を浴びせた。殲滅せよ!蹴散らせ!』
ミサイル固定発射台のほとんどを失ったものの、わずかに数台残った移動式発射台が照準を合わせだしたことが監視衛星をモニターしている米軍から発表された。
一体だれが命令を出しているのか、現体制なのか敵対勢力なのか、搭載されているのは核なのか、委員長は健在なのか、反乱を起こしているのは民衆なのか軍なのか、韓国陸軍と在韓米軍は北上するのか。中国はどう動くのか、自衛隊はどうするのか。
ついに何者かによってミサイルは発射されたが、向け先は大陸内部である。標的は北京なのだった。首都防衛は万全であろうがこのミサイルは核を搭載しているかも知れない。着弾まで後5分を切った・・・。
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