いよいよいけない
2025 MAR 25 0:00:23 am by 西 牟呂雄

20代で40日程入院を余儀なくさせられたのは急性膵炎だった。胃のあたりがものすごい激痛で水も喉を通らない。いつもの二日酔いだと思って土日を過ごし、翌週に出勤したところもうダメとなって会社の診療室で寝ていた。午前中全く使いものにならないどころか、嘔吐が止まらない。ただならぬ様子に担当の先生は点滴を打ってくれたがどうにもならず、そのまま病院送りになった。入院してもその日は病名はわからず、夜中苦しみ抜いた。
翌日、急性膵炎の病名をもらうと、消化をしてはいけないらしく胃から十二指腸にモノが流れないように鼻から胃までチューヴを入れられ胃液を汲み上げ、24時間の点滴が始まった。慌てたオヤジが病院に来た。見た途端、あまりの情けない姿に『何やってんだ、ばか!』と怒り狂って帰って行った。
当時まだ20代の半ば。普通は高齢のアル中がなる病気のようで、珍しい症例として大先生の回診が毎日あった。弟子のような軍団を引き連れて『この患者は云々』とやる。僕には『もう少し様子を見よう』しか言わない。本当に治るのか心配になった。
排尿と胃液の汲み上げから一日の点滴をの量を引くと訳1リットルの水分が排出されていた。そしてその通りに1㎏づつ体重が減っていき177cmの身長で体重55kgまで落ちて止まった。体が小さくなったのが分かった。
痛みが引いていくと少し元気が出る。そのころはまだ病棟に喫煙スペースがあり、早速一服が始まる。点滴をしたままガラガラと引きずって行くのだが、罪悪感何か全然ない。挙句の果てにまだ食事もできないのに『あのー、酒はいつごろから飲めますか』と聞いて担当の先生を激怒させた。ヒマだからウォークマンでブルー・ハーツや忌野清志郎をガンガン聞いていた。
4週間目くらいに24時間の点滴がやっと取れて重湯・トマトジュースが喉を通るようになる。点滴は同じところに打っていると血管が硬くなるそうで、肘の内側を右・左と変えながらやっていた。そこもやりつくして手の甲になり、その後は足首に打つことになっていたらしい、助かった。手の甲の点滴と言うのは恐ろしく不自由なもので思いだしてもゾッとする。一度引き抜いてしまい看護師さんにメチャクチャ怒られた。
三分粥・五分粥・七分粥と次第に慣らして行く。このころやっと院内のシャワーが浴びられた。食事指導の際に管理栄養士の先生から『君は人の一生分酒を飲んだんだからね』と念を押され今後の人生が真っ暗になった(結局半年で自主解禁したが)。それでも死なずに済んだな、と退院した。
その後、入院騒ぎには至らず平和な人生を送っていたが、還暦を過ぎてイヤイヤ受けた身体検査で大腸癌が見つかった。これで死ぬのかと一瞬ビビッたものの、不思議なくらい淡々としていた。まだ2~3年は好きなことができる、と思ったのを覚えている。バイクの大事故や膵臓炎でも死ななかったし。
さすがに麻酔が醒めると痛い。そこで秘かに持ち込んだ睡眠導入剤を飲んだところ翌日せん妄状態になり、精神科の医者が来た。しかも掃除の時にゴミ箱から睡眠導入剤を飲んだことがバレて『勝手に薬を飲むな!今度せん妄が出たら拘束するぞ』と怒られるハメになったのだった。だが、内視鏡の手術は昔のようにガバッと開腹するより体の負担は軽いようで、3日程で出された(放り出されたという説もある)。
こちらの方は経過観察中で5年を経過して転移の心配はない、とのお墨付きを貰った。但し、それを告げた先生の顔には『これでまた癌になってもオレのせいじゃないからな』と書いてあったが。
さて、癌も克服して不死身になったと調子に乗り、タバコも止めずに酒をガブ飲みして古希を迎えられたことはめでたかったのだが、地元の身体検査でつまづいた。
『血中インシュリンがね』
地元の信頼しているお医者様の目が不気味に光った。まさか・・・。インシュリンは膵臓で作られる。
後日、再び検査された。まず採血、それも試験管に2本も。すると何か甘い飲み物を一気飲みさせられた。その後30分ごとに採血、最期2時間後に採血。結局牛乳ビン1本分くらい血を抜かれたような気分になってフラフラした。
一週間後、結果をみた先生は厳かに告げた。
『糖尿病ですな。治りませんから』
ほかに言い方もあるだろうに・・・。それから言われたのは白内障になる・心筋梗塞になる・脳梗塞にもなる・酷くなれば足の切断・歯も抜ける・食事療法を受けろ・酒飲むな云々。僕は生きる気力を失いかけた。
とは言え直ぐにも死ねないので、どうにかして今後も酒が飲めるようにセカンド・オピニオンを模索した。
というのも、その地元のホーム・ドクターは陰険でなおかつ糖尿病が好きなようなのだ。ニコリともしないで喋る口調は冷たい響きを帯びており、細い目からは『オマエを糖尿病にしてやる』といった邪悪なビームが放たれていたからだ。
事務所近くで主に悪玉コレステロールの薬を処方してくれるドクターは実に患者にやさしく、決して酒をやめろとは仰らない(飲めともいわないが)。検査結果を見てもらうことにした。そちらの先生にも以前から血液検査はしてもらっていたのだ(こっちは肝臓関係)。
恐る恐る検査報告書を差し出し『あの~、あの~、過日糖尿病を宣告されまして・・・』と切り出した。
先生は、冷静にデータに目を落として『ホゥッ』と言うと、カルテの以前の数値と見比べた。その間、先日に宣告された恐ろしい症例を言い立て、処方された薬を見せて少しでも先生の同情を仰ごうと訴えた。
『そうですね。糖尿病です。ですがそういった症状になるのはこのまま何の治療もしないでほったらかしておくと、あと10年経つとそうなる、という所見です』
ナーンダ、大したことないのか。と露骨に嬉しそうな私の表情を見据えると、一息ついて
『その間、食事療法をしてお酒も控える前提です』
と付け加えた。
仕方なく、取り合えず酒を半分程度にして、食事も海藻だの野菜を多めにし、豆腐や納豆を中心にして次回検査を待った。
一月後。再びがっぽり血を抜かれた後、今度は寝かされて首にクリームのようなものを塗られた。先生はモニターを僕の頭の方に持ってきて、手にはマッサージ機のようなものを持ち首筋に沿って当てた。どうも超音波テストをしているような振動が伝わり、たまに脈を計っているような音までした。
その後の説明によると、頸動脈の血流を見たとのことで、画像にはスキャンしたような血管の断面が映されていた。右と左の頸動脈のようだが、左の方には不気味な突起が映っていた。
『この部分。これが糖尿病から来る云々』
どう関係あるのかは分からないが、身体によくないらしいことは分かった。
で、どうしろともこうしろとも謂わず、こう告げられた。
『では次回はナントカをスキャンしてみますから』
『えっ、先生今日はできないんですか』
『何もかも一遍にはできないんです。糖尿病は治りませんから治療は続きます』
こう言って不気味に笑うのだった。
-コメント欄に続くー
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