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年を取る効用

2025 MAY 17 21:21:51 pm by 西 牟呂雄

 目は霞む。アチコチ痛い。糖尿病になりかける。まあ聞いて欲しい。年を取るのはロクなことじゃない。
 連休中とある私用があって最寄りの駅から電車に乗ろうとした。ホームは空いて乗車口に並ぶでもなく二人ほどの人が立って電車を待っているが、黄色い線よりかなり後ろだったので私はその前に立った。そして電車が来たので乗ろうとすると、後ろの方から私の前に人が割り込んできてこう言うのだ。
『この人が先に並んでました』
 見れば別にガラの悪い若者でもなく、因縁をつけてきているわけではなさそうだ。私は割り込んだ意識などなく、目をやると後ろの初老のオッサンが電車に乗り込もうとしているのでコイツは無視した。すると奴は体を張って私を阻止しようとするのだ。顔が近い。
『彼の方が先です』
 こいつ、なんのつもりだ。おそらく私はキョトンとしたマヌケ面をしていただろう。すると促された初老のオッサンがその若者に言った。
『いいから早く乗れよ』
 電車の中はガラガラだ。席はやたらに空いている。オッサンはドアの所に立った。私を阻止した奴は座席に座った。なんだこいつ。隣が空いていたので(他も空いていたが)私はそこに座る、露骨な嫌がらせだが奴はスマホをいじりだして何も言わない。
 私はこのヤロウは何がしたかったのか考えてみた。どうも喧嘩を売って来たのではなく、よほど私が図々しく割り込んだように見えたので正義感から注意をしたのだろうか。あんなまばらなホームでもそういうことなのか。してみるとコイツは正義感の塊であらゆる不正と体を張って戦っているのか。まてよ、逆に少しアタマが弱いので順番を守ることに命をかけるよう教育されているのかも。えーい、いくら考えても分からない、面倒だからどうでもよくなった。
 奴は相変わらずスマホをいじり続け、とある駅で降りていく。その駅は私が乗り換えるターミナルなので降りたのだが、期せずして後を追う格好になってしまった。ストーカーじゃあるまいし勘違いされてもっと余計な騒動に巻き込まれるのもかなわん。冷静な私は人の流れに乗らずにしばしホームに佇んだのだった。昔であれば一服なのだが今は吸えないしね。
 そして落ち着いてみると(ホームでボーッとベンチに座っていただけ)、ツラツラ古希を迎えていることに安堵した。いまから数十年前だったらこうはならなかったろう。私を阻止した奴との顔の距離があまりに近かったから、反射的にグッと顎を引いて胸をそらし、間合いを図っていたに違いない。そのころは『眼つきがワルい』とそれなりの頻度で危ない目に合っていた(相手のガンの方が下品だったが)。
 結局、あの青年が何者で何を意図したのかはわからないが、私がそれなりに年をとったおかげで小さな小競り合いは起こらず、何事もなくある空間の休日は安寧に時間が過ぎたのだ。年を重ねることにも効用があるのか、と納得がいった。
 待てよ、この年になってもいまだに胡散臭いと見られる風体だったりして。
 それに、ついこの前起こった事件のように地下鉄の駅でいきなり切りつけられたわけでもない、メデタシメデタシ。
 だが、あの犯人のようなガイキチだったら・・・、体は反応しただろうか。繰り返しになるが古希だし。
 またいつかあのヤロウに会えないかな、今はそれが楽しみである。JR吉祥寺駅だ。

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Categories:春夏秋冬不思議譚

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