Soner Menbers Club No43

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調律師 齋藤 勉さん

2017 JUN 14 16:16:55 pm by 吉田 康子


私の自宅にはNYスタインウェイがあります。ご縁あって4年ほど前に米国から個人輸入したもので、クリーブランドから航空便で運びました。このピアノの調律師を探していた時に知人からご紹介頂いたのが齋藤勉さんでした。そして斎藤勉さんのお父様、齋藤義孝さんの著書ということでこの本に出会いました。

齋藤義孝さんは、前回掲載記事の宇都宮さんより10歳下の明治39年生まれ。戦前戦後を通して調律の第一線で活躍されました。その次男にあたるのが前述の勉さんで、ご兄弟でお父様の仕事を継いで今に至ります。

この本はグランドピアノの基礎知識という副題の通り、グランドピアノの歴史的変遷や構造、響きなどについて、調律師の立場から丁寧に説明してあります。当時外国ピアノ輸入商会の技術部に在籍していた義孝さんは、世界各地の代表的ピアノで音色やタッチを学ぶ機会を得たそうです。来日演奏家からの信頼も厚くクロイツァー、レヴィ、コルトー、バックハウス、ルービンシュタイン、ケンプ、スコダなど歴史を彩るピアニストとの交流が添えられていて、私もタイムスリップしてその場に居合わせたかったと羨ましく思いました。またポーランドのピアニストであり首相も務めたパデレフスキーの自伝を愛読書として挙げ、そこから多くを学んだようです。この本は戦後の楽団演奏の資料としての回想録という意味合いも込めたと書いてありました。


長旅を経て私の自宅の小さな防音室に収まったピアノは、少し暗くてくぐもった音をしていました。ピアノ到着の一報ですぐに様子を見に来て下さった齋藤勉さんは、製造番号を見るなり大きな溜息をついて「あぁ、NYスタインウェイの一番いい時代のものです。いい楽器を手に入れましたね。」と言って下さいました。その言葉で今までの不安や心配が溶けていくような気持になりました。そして、一か月後こちらの気候に馴染ませてからの本格的な調律を約束してくれました。「今日は軽く調整程度で」と言って慣れた手つきで蓋や譜面台を外して調律を始めました。1時間もかからないうちに作業を終え、弾いてみると、まるで魔法でもかけたかのようにピアノの音が生き生きと明るく輝かしいものに変わっていました。あの感動は今でも忘れません。

昨年五反田文化センターホールでジュノームを弾いた時にも、前日に調律をして頂き大変心強く本番に臨むことが出来ました。また音楽学者としてモーツァルトの校訂者としても著名なロバートレヴィンのコンサートに行った時には、会場の紀尾井ホールで奇しくも仕事中の齋藤さんにバッタリ会い、お互いにビックリしたこともありました。

私のピアノがこちらの気候に慣れるまでには、夏が過ぎ、冬を越し、四季を巡って1年かかりました。こうして齋藤勉さんは私とこのピアノにとって信頼のおけるとても大切な方となりました。

Categories:ピアノ

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