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私にとっての東映フライヤーズ

2020 NOV 2 1:01:20 am by 松下 寛

話題共有という意味でネタをひとつ

それほど熱心な野球ファンではありませんが
昭和世代の少年の例に漏れず
V9時代の巨人がそこそこ好きで
(でもこれは巨人戦に偏向したテレビの戦略の餌食ですよね)
漫画の巨人の星も熱心に読み
大リーグボール養成ギブスを家にあったエキスパンダーで自作を試みたが断念し
でも基本的には運動音痴なのでクラスの試合ではライトくらいしか守らせてもらえない
(大学の医局ではカーブが捕球できるというだけでキャチャーをさせられましたが)
その程度の嗜みでした

ただ心情的には現日本ハムファイターズ 
かつての東映フライヤーズがいつも応援の対象でした
たまの日曜日に従兄弟のいる近くの本家に遊びに行くと時々デーゲームのパリーグの中継をやっていて何回か東映の試合もやっていました
昼下がりの球場の雰囲気もテレビの前の本家の食卓もなんとものどかな昭和の風景でした
毒島という変わった名前の投手が投げていましたが
勝っていたためしがなかったなあ そんな記憶です

1962年昭和37年 僕が5歳の時 
東映フライヤーズがリーグ優勝と日本一に輝きます。
日本一が決まった数日後 我が家の前がすごいことになりました
選手を乗せた街宣車が何台も目の前を通り 
怒号とも歓声ともつかない大きな声が町中に轟き
窓という窓からは人の頭が街宣車を称賛の声とともに何人も見え
街宣車の周りを視界を覆い尽くさんばかりの紙吹雪が舞っていたのです
自宅の二階からそれをみていた僕には衝撃的な光景でした

で、その街宣車はどこに行ったのか?
我が家の隣なんです そうです
僕の家の隣は東映の当時の社長の大川博さんの豪邸だったのです

二階の僕の家からは大川さんのお庭が丸見え
お庭ではしつらえたテーブルに選手たちが立ち並び 談笑している姿が見えました
これで東映ファンにならなければ不思議ですよね・・・
チーム自体は 東映を離れて 日拓 日本ハムと流転の年月でしたが
どこかで気にしていました

大川さんの豪邸の土地はもともと僕の祖父の土地で
大川さんの邸宅の土地探しをしていた東映が祖父の土地に目をつけ
交渉の末 土地を譲り受けて邸宅を建築したとのことを父から聞きました

父母に聞くと 大川邸には正月には東映の有名スターがご挨拶に来るのが恒例で
これも結構な見ものだったと話していました

大川さんには僕と同年代の息子さんがいて
お隣のよしみで一緒に遊んだことも何回かあります その馬鹿でかい豪邸でね
窓際の廊下だけで通常の家の二倍くらいの広さだったと記憶しています
我が家は二階建ての木造ぼろ家 
なのに無頓着な僕はなんの違和感もなく遊びに行ってました

でも時の流れは無情なもの
僕が中学の頃 大川さんが亡くなり その後は残されたご家族が住んでいましたが
しばらくしてお引っ越しされ 豪邸も取り壊され
跡地の一部は駐車場となり 一部はダイニッカが買い取って講堂学舎という柔道選手の養成所となり
そこから古賀 吉田 棟田 泉 瀧本などの名選手を輩出することとなります
僕の家はお惣菜を製造販売していたので それらの選手がよく買いに来ました
建物の中にも何回か遊びにいかせてもらったり 練習場の見学もしました

その学舎もいまはなく
解体され 駐車場とともに マンション建設中と言う次第です
かれこれ50年 お隣の歴史を父母とともに見てきた門番のような気持ちです

今も僕の中にはあの日の紙吹雪の嵐が焼きついています
東映フライヤーズよ 永遠なれ

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