私が選ぶ「9人の指揮者によるベートーヴェン交響曲全集」(5)第5番ハ短調作品67
2013 JUL 28 10:10:27 am by
◎曲目に関する若干のコメント
前回投稿させていただきました第4交響曲から、9曲の中で日本では最も有名と思われます(通称)運命交響曲の5番を発表するまでの間に、ピアノソナタは、1曲も書かれていません。恐らくは、第23番の「熱情ソナタ」で、彼が積み上げて来た作曲上の様々な要素が成し遂げられていて、新たに作曲する動機が無かったに違いないと思います。
この「熱情ソナタ」に見られる「高度な凝縮感」が、交響曲で見事に結実した作品が、この第5番で、第3番「英雄交響曲」の高密度な凝縮感を更に更に純化して、ちょっと見た目はスッキリ、しかし、良く観れば観るほどに、中身の濃さに驚かされるという、他の作曲家には実現不可能な「二律背反的な」偉業を達成していると私個人は考えております。
もう一点、「ハ短調」という調性に注目したいと思います。ベートーヴェンにとって、この「ハ短調」という調性は、特別な意味を持っていたと思います。
彼の実験工房であるピアノソナタの領域では、初期の傑作である「第8番悲愴ソナタ」の前に「第5番」もハ短調で書かれており、この曲も名曲です。また作品18の弦楽四重奏第4番も同じ調性、また第2交響曲と共に自信を持って世に問うた「ピアノ協奏曲第3番」もハ短調で、この曲もたいへんな傑作です。
しかし、注目すべくは、この運命交響曲で初めて「暗→明」という力強くも明快な流れを初めて打ち出した点であろうと思います。(上記4曲は最終楽章が全てハ短調で暗く締めくくられている。)
詳述しますと長くなりますので割愛しますが、このハ短調での「暗→明」、彼の2楽章形式の最後のピアノソナタ第32番(第1楽章:ハ短調、第2楽章ハ長調)で、ものの見事に結実しています。(32番にて実験工房の場が、仕上げの場に昇華しているかの如くです。)
言わずもがなですが、この第5番の第1楽章、第3楽章がハ短調で、最終の第4楽章はハ長調であります。
この「暗→明」という力強くも明快なシナリオは、初めて一般大衆に訴えかけたと言われるベートーヴェンが、大衆に「最も言いたかったこと」の一つかもしれません。
◎私が推薦する第5交響曲のベスト1
バーンスタイン指揮 ウィーンフィル演奏
指揮者と楽曲との相性も良く(分類1)、安心して聴ける上に、感動的な演奏です。
モーツアルトと異なり、推敲に推敲を重ねたベートーヴェン、特にこの第5交響曲は、5年以上の歳月をかけ、また冒頭の10小節あまりの部分ですら、少なくとも10回から20回は、書き換えられている(バーンスタインの説)とのことで、作曲家でもあったバーンスタインの視点が非常に良く反映された演奏でもあると思います。
勿論、私の個人的な見解にしか過ぎませんが、よって、ベートーヴェンの意図が最も良く体現された演奏の一つに挙げられると思います。
ネチネチと緻密な練習を重ねる欧州の指揮者よりも、弦楽器の解放弦使用をも認める、この快活な米国人指揮者をたいへん好んだウィーンフィルの楽員達も、指揮者に全面協力の熱演で応えています。
随所に個性的な表現が見られ、バーンスタインの私意が存分に感じられるのですが、それでいて、この5番の良さを十二分に感じさせる点で素晴らしく、ベスト1に推薦させていただきました。
◎次点の名盤として
フルトヴェングラー指揮 ベルリンフィル演奏(1947年5月27日ライブ録音)
東さんが「イチオシ」で推薦された2日後の演奏です。
勿論、私個人の強い思い込みですが、フルトヴェングラーの復帰演奏会初日である5月25日盤の演奏には、下稽古を付けていたチェリビダッケの陰が非常に良く感じられます。1950年に公開された音楽映画「フルトヴェングラーと巨匠たち」という映画に収録されている若き日の細面のチェリビダッケの指揮、ベルリンフィル演奏のエグモント序曲に非常に近いものが、私には感じられて仕方ありません。
勿論、5月25日の演奏も、この演奏と同じくらいに大変に素晴らしく、そんなことはどうでも良い枝葉末節的な話ですが、天才は天才を知るという言葉にあるように、フルトヴェングラーはチェリビダッケの天才振りに、いち早く気付き、内心、大いに嫉妬していたに違いありません。
初日を振り終えて、何とか「俺らしさ」を目一杯、表現しなければという気持ちに駆られ、それが見事に結実しているのが、今回ベスト1に挙げさせていただきました、5月27日の演奏です。
たった2日後に、そんなに演奏が変わってしまうのか? とお思いの方もいらっしゃるとは思いますが、そここそが、即興演奏家の大家とも言われたフルトヴェングラーの面目躍如たる点であると思います。
この5月27日の演奏は、完璧なフルトヴェングラー節が全開であります。
そして、次点の、もう一点もフルトヴェングラー盤です。
フルトヴェングラー指揮 ベルリンフィル演奏(1954年5月23日ライブ録音)
東さんもおっしゃった通り、フルトヴェングラーと第5交響曲の相性は抜群で、しかも、フルトヴェングラー自身の第5交響曲に対する熱心な研究姿勢が死ぬまで続いていたという証の名演奏です。
彼の死の歳、最晩年の演奏で、テンポも、上記1947年の演奏と異なり、落ちついた遅めのものに変貌しておりますが、実に味わい深い演奏です。
フルトヴェングラーの偉大さに敬意を表し、敢えて、他の指揮者を推薦しないで終了させていただきます。
花崎 洋
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東 賢太郎
7/30/2013 | 1:56 AM Permalink
花﨑さんのフルトヴェングラーへの愛情が感じられます。暗から明へドライブするタイプの音楽にこそ彼は適役と思います。暗の部分が尋常でなく重いのも最後の光明に向けた伏線であり、吉良上野介のいじめぶりがひどいほど討ち入りでのカタルシス解消が大きいというのと同じで、万国共通の人間感情の摂理に則していることが世界で人気を得ている一因ではないでしょうか。5番は彼お得意の組み立てにぴったりの曲だと思います。47年、廃墟と化したベルリン市民が求めていたものこそ暗→明への強烈なドライビングパワーであり、この演奏会が国民のカタルシス解消に大いに寄与した様子が聴き取れます。27日のほうは録音目的で別会場での収録ですが、花﨑さんご指摘のように表現がより闊達で音もこちらのほうが良いですね。
花崎 洋 / 花崎 朋子
7/30/2013 | 8:02 AM Permalink
東さん、お返事有り難うございます。27日盤は、ベートーヴェンを聴くよりも、フルトヴェングラーらしさを楽しむ演奏であると、つくづく思い直しました。ファンでないとついていけない誇張も多いように思います。その点、25日盤の方が、より作曲家の意図が良く感じられる演奏と改めて感じました。