Sonar Members Club No.26

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本日、11月3日から旧暦の冬が始まります。

2013 NOV 3 10:10:05 am by

 

ここへ来て肌寒い日が続き、正に晩秋の気配が濃厚ですが、本日11月3日より、旧暦上では冬の到来です。

旧暦の冬につきましては、目立つイベントがあまりありませんので、あっさりと短めに記述いたします。

 

今年の旧暦の冬は、次の3ヶ月となります。

旧暦10月(神無月):西洋暦11月3日から12月2日まで

旧暦11月(霜月):西洋暦12月3日から12月31日まで

旧暦12月(師走):西洋暦2014年1月1日から1月30日まで

 

旧暦10月の特徴

新暦に慣らされた私たちの感覚ですと、冬というよりも晩秋という表現の方が、しっくりと来るかもしれません。紅葉が正に見頃となり、落葉も始まります。

旧暦11月について

最も昼の時間が短い「冬至」は、旧暦では必ずこの11月に入ります。朝晩の冷え込みもきつくなり、本格的な冬の訪れが感じられます。また、旧暦11月15日(今年の西洋暦では12月17日)は、「七五三」で、元々は武家の子女の成長を祝うイベントです。寒い最中にお祝いというのは、いかにも武家のイベントらしいとも思います。

旧暦12月について

「大寒」(西洋暦では2014年1月20日)は、旧暦の上では、必ず12月に入ります。その名の通り、寒さも極まり万物が凍る時期で、冬将軍の勢いが最も活発になります。赤穂浪士による有名な「討ち入り」が行われたのが旧暦の12月14日で、その日が大雪であったのも良く理解出来ます。このように寒さが厳しく、気温こそ最も低くなる時期ですが、この旧暦12月後半頃から、昼の長さも目に見えて長くなり始め、陽光も徐々に勢いが感じられるようになり、旧暦上の翌1月の1日(2014年1月31日)に元旦を迎え、新春となるわけです。

 

本ブログにて、旧暦の春から記述させていただき、今回で季節が一巡しました。江戸時代までの日本人が生活の拠り所にしていました「旧暦」に、少しでもご興味をお持ちいただければ、うれしく思います。   花崎洋

私が選ぶ「5人のピアニストによるベートーヴェンのピアノ協奏曲全集」

2013 OCT 19 5:05:09 am by

 

先に記述させていただきました「9人の指揮者によるベートーヴェン交響曲全集」の続編です。

ルールとしましては、「ピアニストの重複は不可」、「指揮者の重複も不可」(但し、次点の名盤としては、ピアニストも指揮者も、何回でも登場はOK)、そして、「ピアニストとして登場した人物が、他の協奏曲で指揮者として再登場するのはOK」とさせてください。

また、正直申し上げまして、私はベートーヴェンのP協について、交響曲ほどには幅広く聴き込んでおりませんので、今回は「5曲全曲」について一度に記述させていただきます。

 

☆ピアノ協奏曲第1番ハ長調

◎ベスト・1

ピアノ:バーンスタイン、指揮者もバーンスタイン(つまり弾き振り)演奏:ニューヨークフィルハーモニック

次点に挙げました演奏と、どちらをベスト1にするか随分と悩みましたが、こちらにしました。1960年録音で若かりし頃の健康的なエネルギーに満ちたバーンスタインの長所が十二分に現れた名演と思います。バーンスタインの弾き振りですので、ピアノの演奏とオケの伴奏が密接かつ有機的に結合し、特に第1楽章の展開部冒頭の色濃く描かれた箇所などは聴きどころと思います。

○次点

ピアノ:グールド、指揮者:ゴルシュマン、演奏:コロンビア交響楽団

たいへん速いテンポの第1楽章が特に魅力的です。グールドのベートーヴェンのピアノ協奏曲全集、無意味に遅いテンポの3番、4番、5番については、私個人は、全く魅力を感じませんが、この1番と次の2番は、大変気に入っております。1番については、この速いテンポと軽妙なタッチが曲想にも合っており、また、第1楽章のグールド自作の「カデンツア」も大いに注目すべきと思います。

 

☆ピアノ協奏曲第2番変ロ長調

◎ベスト・1

ピアノ:バックハウス、指揮:イッセルシュテット、演奏:ウィーンフィルハーモニー

正直申し上げまして、この曲につきましては、私の聴き込みの幅が狭く、自信を持って推薦出来るものでなく、申し訳ございません。無難なところで、この演奏かな、と思っております。

○次点

ピアノ:グールド、指揮者:バーンスタイン、演奏:コロンビア交響楽団

この演奏をベスト・1として推薦したかったのですが、指揮者バーンスタインが1番と重複してしまいましたので、やむなく次点とさせていただきました。ただ、この曲については聴き込みの幅が狭いので、自信を持って推薦している訳ではありません。特にグールド自身の言葉ですが、「私がある演奏会でこの曲を引いた時、演奏後に貴婦人が楽屋にやって来て、《あなたは、なんて素晴らしく、モーツアルトを弾いたのでしょう!》と言われたことが大変、うれしかった」と言っているようにモーツアルト的な演奏です。しかし、早めのテンポの軽やかなタッチが魅力的ではあります。

 

☆ピアノ協奏曲第3番ハ短調

◎ベスト・1

ピアノ:バレンボイム、指揮者:クレンペラー、演奏ニューフィルハーモニア管弦楽団

1番、2番も名曲ですが、3番以降、俄然、深みのある名曲になって行きます。その「曲の深み」を最も良く体現したのが、この演奏であると思います。この演奏の立役者は、指揮者のクレンペラーであると思います。

○次点

上記の演奏と比肩し得る演奏は無いように、私個人は思います。

 

☆ピアノ協奏曲第4番ト長調

◎ベスト・1

ピアノ:ハンゼン、指揮者:フルトヴェングラー、演奏:ベルリンフィルハーモニー

伝説となっている歴史的名盤ですが、協奏曲が「ソリストと指揮者の掛け合いから生まれる」という原点を思い出させてくれる、という意味で、正に貴重な記録であると思います。ソリスト、指揮者の双方が、互いの「アドリブ表現」を真剣に聴き入り、相手の表現から得た「閃き」を直ちに自分の表現に取り入れて投げ返す、という「丁々発止の呼吸」は、凄まじいの一言であると思います。フルトヴェングラーの未亡人の話によれば、フルトヴェングラーは、ソリストの演奏を引き立てる能力に異常なほどのプライドを持っていたとのことです。

○次点

ピアノ:バレンボイム、指揮者:クレンペラー、演奏:ニューフィルハーモニア管弦楽団

この両者の組み合わせによる全集の中では、この4番の出来が最も良いと思いますが、3番で推薦してしまいましたので、やむなく、次点といたしました。軽妙な表現が横行する4番の演奏の中で、正に異彩を放つ、極めて遅いテンポでじっくりと構築された演奏ですが、その「深い呼吸」は半端ではなく、たいへん感動的な名演奏です。

 

☆ピアノ協奏曲第5番変ホ長調「皇帝」

◎ベスト・1

ピアノ:ルービンシュタイン、指揮者:バレンボイム、演奏:ロンドンフィルハーモニック管弦楽団

この演奏をベスト1に挙げたくて、「ピアニストとして登場した人物が指揮者として再登場するのはOK」という不自然なルールを無理矢理、提案させていただきました次第です。

私個人は、ルービンシュタインというピアニストは余り好きではありません。彼のショパンを絶賛する人は多いですが、私個人は、マズルカについては、まあまあ好きですが、その他のショパンの演奏は「洒落てはいるが軽すぎて(そして、バラードに至っては下品な感じさえして)」、それほど気に入っておらず、愚直に真摯に弾いたアラウに、とても好感が持てます。

かようなイメージを持っていたルービンシュタインに対する悪印象が、一挙に変わってしまったのが、この演奏です。

言葉でコメントするのが野暮になってしまう、別格的に素晴らしい演奏です。指揮者バレンボイムも、クレンペラーの元でピアノを弾いた経験が大いに役立ったと思われます。ルービンシュタインのスケールの大きな曲作りを見事に支えていると思います。

○次点

不思議なもので、上記ルービンシュタインの演奏を聴いてしまうと、他の演奏が物足りなくなってしましました。よって次点は無しとさせていただきます。

花崎 洋

私が選ぶ「9人の指揮者によるベートーヴェン交響曲全集」第9番ニ短調作品125

2013 SEP 30 6:06:42 am by

◎曲目に関する若干の考察

例によりまして、彼のピアノソナタとの関連で、若干の考察を試みてみます。

交響曲7番、8番を発表した後、第9交響曲までの間に、有終の美を飾る記念すべき5曲のピアノソナタが書かれています。

ピアノソナタ第28番イ長調作品101

次の有名な29番「ハンマークラビーア」の陰に隠れて、世間の注目度があまり高くないようですが、私個人は、29番と同じくらいに完成度が高く、重要な作品であると考えます。

第29番変ロ長調作品106「ハンマークラビーア」

前作の28番と並んで、彼のピアノソナタの中で頂点となる作品で、久々に4楽章形式が採用されています。(第2交響曲を発表する前に書かれた18番以来です!)しかも、速いテンポのスケルツオが第2楽章に来ていて、遅いテンポの第3楽章と入れ替わっている点に大いに注目すべきと思います。

長くなりますので、詳述を避けますが、彼のピアノソナタの総決算であるのと同時に、第9交響曲の全体像を構想する上での「下敷き」にもなった可能性が高いように思われてなりません。(その意味でも、合唱が入らない当初の構想に基づく第9交響曲を聴いてみたかったと、私は熱望します。)

第30番ホ長調作品109

この曲以降の最後の3曲のピアノソナタは、ベートーヴェンが俗世間と決別し、正に自分自身の内面に沈潜して作曲したように思われてなりません。私個人は、32曲のピアノソナタの中で、この曲が最も気に入っております。最終楽章が変奏曲形式になっています。

第31番変イ長調作品110

この曲は誰にも献呈されておらず、正に自分自身のために書かれたと考えてもおかしくないと思います。人生の哀感を暖かな曲調に内包した第1楽章、激しさを前面に出した第2楽章、そして雄大なスケールのフーガ形式の第3楽章で荘厳に締めくくられます。

第32番ハ短調作品111

彼の最後のピアノソナタが簡潔な2楽章形式であることも印象的ですが、第1楽章が激しい曲調のハ短調、第2楽章が心温まるような穏やかなハ長調、と第5交響曲と全く同じ調性を使用し、「暗から明へ」というテーマで、ピアノソナタ全32曲の総決算が成されている点にも注目したく思います。全くの個人的な推測ですが、恐らくこれが最後のピアノソナタになるのではと、彼自身が強く感じていたような気がしてなりません。第5交響曲の第4楽章がとても力強いのに対し、この最後のピアノソナタの最終楽章は、たいへん穏やかで暖かい曲調である点に、ベートーヴェンの晩年の境地が強く感じられます。

このように、ベートーヴェンにとっての「実験工房」の場であるピアノソナタの世界で、偉大なる発展及び変貌を遂げた後に発表されたのが、この第9交響曲であり、第9交響曲の後に作曲されたのが、彼の最後の大仕事であり、私たち凡人は500歳くらいまで生きないと理解出来ないであろうとも言われる、高く高く聳える5曲の弦楽四重奏曲であります。

◎第9交響曲が大好きな日本人

東さんのご投稿にもありましたが、第9交響曲の演奏回数は、間違い無く日本が断トツであり、指揮者の岩城宏之氏も自著で、次のように記述されています。《指揮者になってから、ずいぶんたくさんの「第九」をふった。毎年12月に日本中で演奏される「第九」の回数は、ギネスブックを常に更新しなければならないほどのものである。どうしてこんなに第九狂躁になってしまったかの原因をここにクドクド書く気はないが、とにかくこんな国は世界中のどこにもない。このような国に生まれて音楽家になった幸運で、ぼくのようなチンピラ指揮者でも、普通のヨーロッパの指揮者が、人類最大の財産の「第九」を一生かかって指揮する回数を、2、3年でやってのけてしまうのだ。》(岩城宏之著、「楽譜の風景」岩波新書、より引用しました。)

 

◎私が選ぶ「第9交響曲のベスト1」

日本人が、これほどまでに「第九」を愛しているのだから、日本人による日本人のための「第九」の演奏をもっと積極的に評価しても良いのではと、私は以前から思っており、勿論、異論は多く出るであろうことを承知の上で推薦させていただきます。

朝比奈 隆 指揮 大阪フィルハーモニー管弦楽団演奏(2000年12月30日 大阪フェスティバルホールでのライブ録音)

この演奏は朝比奈氏の生涯最後の、氏にとって251回目の第九の演奏になります。このCDは2枚組で、前日の12月29日の演奏も併せて収録されていますが、正に朝比奈氏の面目躍如で、その両日の演奏を聴き比べますと、テンポ設定や細部の表情など、あまりの違いに驚くほどです。

一言で違いを申し上げますと、29日の演奏は若々しく覇気に満ちた力演、生涯最後となった30日の演奏は、前日とは一転、じっくりと自らも味わうかのごとく、入念に曲を構築していきます。

私個人は断然30日の演奏を採りますが、恐らくは29日の演奏を好む人の方が多いと思います。

いずれにしましても、朝比奈氏が251回も第9交響曲を演奏して来て、毎回積み上げて来たものの総決算とでも言うべき名演奏で、朝比奈氏と長年コンビを組んで来た大阪フィルのメンバーも、前日とは全く異なる指揮棒の意図を正に「あうん」の呼吸で読み取り、その場で見事に表現し切っているのは見事と言えます。

第1楽章は、朝比奈氏らしい遅めのテンポで、スケール雄大に構築して行きます。再現部冒頭のティンパニーも楽譜通りの刻みで(圧倒的にトレモロのケースが多い)、その渋さに好感が持てます。

第2楽章も遅めのテンポで、頑固に細部まで拘って、丹念に描いていきます。その素朴で泥臭いリズム、最初は抵抗がありましたが、聴き込む内に、一つの立派な見識であると思うようになりました。スケルツオ主部のワーグナーがホルンを追加した部分も、勿論ホルン無しで素朴な味わいを出しています。

第3楽章は、暖かく感動的な演奏です。特に重要なパートを受け持つヴィオラの力量には大いに注目して良いと思います。

第4楽章は、特に後半(突然、宗教曲のように変貌する部分以降)が、たいへん感動的で立派な演奏です。ブルックナーを十八番とした朝比奈氏でないと正になし得ない表現であると痛感いたします。

日本人は昔から西洋コンプレックスが強く、西洋人の演奏を理屈抜きに高く評価するのに、日本人によるパフォーマンスには途端に辛口になる傾向が顕著に見られますが、少なくともベートーヴェンの第9交響曲に関しては、もっと日本人の演奏を高く評価しても良いと考えております。私が群馬県に在住中に聴きました、高関健氏指揮の群馬交響楽団の演奏も、実に素晴らしいものでした。

 

◎第9交響曲の、その他の名演奏として

フルトヴェングラー指揮フィルハーモニア管弦楽団演奏(1954年8月22日、ルツエルン音楽祭でのライブ録音)

東さんが挙げられた1951年のバイロイト盤が勿論、絶対的な定番ですが、私個人は、このフルトヴェングラーの死の年の演奏をたいへん気に入っております。

フルトヴェングラー自らも、第9交響曲を演奏することを「一種の神事」と考えていたようで、その意味で、非常に感動的な演奏であると、あくまで私個人は思っております。

 

トスカニーニ指揮 NBC交響楽団演奏

正当派のたいへん立派な演奏で、交響曲第3番「英雄」と並び、最近の私の嗜好では、神格化されたフルトヴェングラーの演奏よりも、むしろ好ましく感じられます。

 

以上、9回にわたって記述させていただきましたが、交響曲2番、6番、8番の素晴らしさに改めて気付く等、大きな収穫がありました。またピアノソナタとの関連性でも、様々な気付きがあり、この趣味を持って良かったと、つくづく感じております。

なお全体を通じて、個人的な独断や偏見に満ちた部分もたいへん多く、世評とは随分と異なる見解を、正に好き勝手に書かせていただきましたが、あくまで、一人の素人による趣味的見解に過ぎないことは勿論であります。

このような機会を賜り、たいへん有り難うございました。 花崎洋

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私が選ぶ「9人の指揮者によるベートーヴェン交響曲全集」第8番ヘ長調作品93

2013 SEP 5 5:05:41 am by

◎曲目に関する若干のコメント

以前、記述させていただきましたが、ベートーヴェンは、まずピアノソナタの領域で様々な実験を行い、自らの音楽性を発展させて来ました。

第1交響曲の前に書かれた、ピアノソナタ1番から10番(+19番、20番)

第2交響曲の前に書かれた、ピアノソナタ11番から18番

第3交響曲の前に書かれた、ピアノソナタ21番、22番

第5交響曲の前に書かれた、ピアノソナタ23番

上記のように正にピアノソナタで蓄積した様々な要素を、一般大衆へのアピールの場である交響曲の世界に十二分に盛り込んで来たことが、良く分かります。

 

ところが(あくまで個人的な乱暴な推測ですが)、第23番熱情ソナタを書き終えて、ピアノソナタの世界で「ほぼ極め尽くした」という気持ちになったのだと思います。同じことが交響曲の世界でも当てはまり、第5、第6の交響曲をセットで公表して、彼自身、達成感を充分に感じていたことでしょう。

つまり、第5交響曲に見られる強い「凝縮感」、第6交響曲に見られる「情感の昇華」から、全く別の方向に向かった先が、交響曲7番、8番であると個人的には思います。

 

さて、この7番、8番の交響曲をセットで公表する前に、ピアノソナタは4曲書かれています。

ピアノソナタ24番嬰ヘ長調作品78「テレーゼ」

第22番に引き続き2楽章形式の暖かでしっとりとした情感に包まれた愛すべき作品と思います。

ピアノソナタ25番ト長調作品79「かっこう」

ベートーヴェンが出版社に「ソナチネ」として出版して欲しいと依頼した3楽章形式の小品で、古典的な様式で書かれ、メロディーも親しみやすく聴きやすい作品です。

ピアノソナタ26番変ホ長調作品81a「告別」

この時代の4曲の中では最も有名な、そして中身も濃い作品です。ベートーヴェンが自信を持って世に作品を送り出す時の調性である、変ホ長調が使われ、長くなりますので詳述しませんが、作曲技法上も極めてチャレンジングな作品だと考えます。

ピアノソナタ27番ホ短調作品90

24番に引き続き2楽章形式で書かれ、第1楽章はシンプルな楽想ながら、晩年の5曲のピアノソナタを思わせる深みが感じられ、第2楽章は珍しくもメロディー主体の優しく心温まる作品と思います。

 

このように上記の4曲のピアノソナタには、「凝縮感」よりも「開放感」、「厳しく突き詰める音楽性」よりも「暖かく人間的な優しさ」が主に体現されているように思います。

もう一つ、底流となっているのが、「自由奔放さ」であると思います。それも若い頃のベートーヴェンの「力づくの奔放さ」とは異なり、既に作曲家としての名声を充分に勝ち得たことの余裕もあるのでしょうか、リラックスしながら伸び伸びと自らも楽しむような情緒さえ感じさせます。

交響曲7番と8番は、上記のような文脈の中で書かれた集大成であると思います。キーワードは「人間臭さ」と「自由奔放さ」といったところでしょうか。

よって、今回の8番、世間一般では、「可愛く小粋」に演奏するのが望ましいというような音楽評論家の意見も散見されますが、私個人は、その正反対の見解です。

つまり、7番以上に大きなスケールで堂々と、そして極めて重厚な演奏こそ、この第8交響曲の本質が良く現れると考えます。

 

◎私が選ぶ第8交響曲のベスト1

ハンス・クナッパーツブッシュ指揮 北ドイツ放送交響楽団演奏(1960年3月14日放送用録音盤)

ひと言で言えば、怪物クナによる極めて異様な怪演奏ですが、これほど第8交響曲の持つ潜在的な可能性を全面に引き出した演奏もなく、勿論、入門者向けの演奏ではありませんが、長年ベートーヴェンを聴き込んで来た人に、是非一度は聴いて欲しい演奏です。

第1楽章:例によって遅いテンポで、重厚に進行していきます。珍しくも呈示部は反復され、彼がこの第1楽章がお気に入りなのが良く伝わって来ます。展開部の金管楽器の咆哮など怒りの感情さえ感じさせ、大いに驚かされますが、第8交響曲の持つ「自由奔放さ」と「人間臭さ」という本質に非常にマッチした表現であると、私個人は大いに賛同します。

第2楽章:ベートーヴェンが意図した一つの側面である「スケールの大きなユーモア精神」がこれほど明確に体現された演奏も無いでしょう。正に人をおちょくったような、それでいて、真剣に遊んでいる晩年のクナの姿が目に浮かぶようです。

第3楽章:他の3つの楽章と比較して完成度は、やや落ちますが、トリオに入る前の大きな間(ま)や、トリオの独特のテンポ感は充分に味わい深いものです。

第4楽章:この異様な怪演奏の「真骨頂」こそ、この楽章にあります。特に第1主題がフォルティッシモで猛烈な遅いテンポでテヌートで歌われる部分(巨大な建物が崩壊したかの如き衝撃を感じる)、長い長いコーダの終結部分近くでのホルンと木管の掛け合いの箇所での遊び心たっぷりなリタルランドの部分が、大変に象徴的です。

このような異様で馬鹿でっかいスケールの演奏が、こんなにも楽しめる、その点こそが、第8交響曲の本質であり、その本質をものの見事に体現した演奏であると、ベスト1に推薦させていただきました所以であります。

 

◎第8交響曲の次点の名演奏として

フランツ・コンヴィッチュニー指揮 ライプツイッヒゲバントハウス管弦楽団演奏

東さんも番外編で挙げられた演奏です。実を言いますと、当初は、この演奏をベスト1で挙げようと考えていました。正々堂々と真正面から正攻法でアプローチし、極めてオーソドックスでありながら説得力にも富む名演奏です。勿論、コンヴィッチュイニーによるベートーヴェン交響曲全集の中でも最も優れた演奏と考えます。入門者の方々にも自信を持って推薦出来る上に、長年聴き込んで来た方々にとっても実に味わい深い演奏で、特に第1楽章と第4楽章は極めて中身の濃い演奏です。

 

ブルーノ・ワルター指揮 コロンビア交響楽団演奏

ひと言で言えば、ベスト1に挙げましたクナッパーツブッシュの演奏の「本質は、そのままにして、表現を上品にまとめたもの」となるでしょうか。つまり、表面的には端正で上品に聞こえながら、実は第8番の持つ人間臭さである「苦悩」、「怒り」、「戯れ」などの重要な本質が十二分に表現されている大変な名演奏であると思います。

 

今回の第8交響曲では、私の極めて個人的過ぎる見解ではありますが、世間一般で評価の高い「可愛く小粋な演奏」に敢えて背を向けて、記述させていただきました。   花崎 洋

 

 

 

 

私が選ぶ「9人の指揮者によるベートーヴェン交響曲全集」第7番イ長調作品92

2013 AUG 18 5:05:56 am by

◎曲目に対する若干のコメントとして

この第7交響曲は、作品93の第8交響曲と共に1814年に初演されています。そして7番は聴衆には大受けでしたが、8番には冷たい反応しかなく、それに対して、ベートーヴェン自身は「この第8番は優れ過ぎているため、聴衆には理解出来なかったのだろう」と語ったと言われています。この両曲に対する聴衆の反応は、ベートーヴェンにとっては、「想定の範囲内」であったのだろうと、私個人は考えます。

大胆な個人的な仮説ではありますが、「7番は聴衆から喝采を受けることを、かなり意識して創作した」(勿論、聴衆受けを第一の目的にはしていない)が、それに対して「8番は、自分自身の成長の足跡をきちんと記録するために創作した」と、考えております。音楽の濃さ(凝縮度)で言うと、8番は7番の10倍以上はあると感じております。

それでは、7番は分かりやすく親しみやすいので、入門者向けの音楽かといえば、そうでもなく、ある日本人作曲家とお話しをする機会があり、その方が「ベートーヴェンの交響曲の中では、7番が最も好きだ」と強く断言されていましたので、私のような単に感覚のみで音楽を楽しむ素人に受けるだけでなく、音楽理論をきちんと学び、音楽を生業としているプロの人の琴線に触れる魅力も兼ね備えているのだろうと思います。

 

◎私が選ぶ第7交響曲のベスト1

カルロス・クライバー指揮 ウィーンフィルハーモニー演奏

以前、「ウィーンフィルの名盤」という投稿の中でも挙げさせていただきましたが、やはり、ここでもダントツ、ナンバーワンとして推薦いたします。

熱気、自由奔放さ、その自由奔放さ故に時には品の無さにも直結する危ない音楽性、などなど、7番らしさが存分に出ている演奏で、ウィーンフィルが、これだけ熱い演奏を奏でていることにも驚くほどであります。

 

◎次点の名盤として

フルトヴェングラー指揮 ベルリンフィル演奏(1943年ライブ録音)

私個人の見解ですが、フルトヴェングラーの音楽性に最も合っているのが、この第7交響曲と思います。特にこの演奏は、第2次大戦中の演奏という特殊事情も重なり、異常な熱気に包まれた「怪演奏」と言っても過言でないほどです。第2楽章冒頭の「慟哭」とでも言うべき情緒、第3楽章のトリオの品の無いほどの揺らぎなど、このような演奏は滅多に聴けるものではありません。

 

フルトヴェングラー指揮 ウィーンフィル演奏(1950年スタジオ録音)

晩年の円熟期にさしかかった頃のフルトヴェングラーの指揮ですので、またライブ演奏ではなくスタジオ録音ですので、細部にまで神経の通った美しい演奏です。それでいて、7番らしい自由奔放さも良く出ている点が、この演奏の魅力とも言えます。

 

これは、恐らくCD化されていない演奏と思いますが、私が学生時代にサバリッシュがNHK交響楽団を指揮したライブ演奏をテレビで鑑賞した経験が未だに忘れられません。当時は録画機器も所有しておらず、録画出来なかったことを悔やんだことも良く覚えています。

サバリッシュらしい、几帳面な丁寧な演奏で、それでいて、熱気や、この曲の持つ底知れぬパワーの大きさも良く体現されていて、誠に凄い演奏でした。

そう言えば、指揮者など音楽のプロが、サバリッシュを絶賛するのを何回か聞いたことがあります。

ベートーヴェンが聴衆受けを狙ったことは、あくまで副次的な目的で、主目的は別の所にあった筈と私個人は考えます。そのベートーヴェンが最も意図したことを(言葉で上手く表現出来ずに残念ですが)、サバリッシュは、しっかりと掴んでいたように感じております。

花崎 洋

 

 

 

 

私が選ぶ「9人の指揮者によるベートーヴェン交響曲全集」第6番ヘ長調作品68「田園」

2013 AUG 11 7:07:23 am by

今回、このシリーズの投稿をさせていただくに際し、改めて9つの交響曲を聴き直してみました。

その結果、それぞれの交響曲に対して以前に抱いていた印象と比較し、良い意味で最も異なる感銘を受けたのが、この田園交響曲でした。

私個人は、高校生の頃から、第4交響曲と並んで、この第6番を最も気に入っておりましたが、今回改めて聴き直し、「こんなにも凄い曲だったのか!」という驚きにも似た感情に何回も包まれた次第であります。

特に若い頃、最も苦手で退屈に思えてならなかった第5楽章の認識が、今回の聴き直しにより、大きく変わりました。第2交響曲の投稿の際に書かせていただきました、ピアノソナタ11番から18番の聴き込みの効果もあったのかもしれません。

 

◎私が推薦する交響曲第6番「田園」のベスト1

フルトヴェングラー指揮ウィーンフィル演奏(1952年スタジオ録音盤)

勿論、私の個人的な感じ方に過ぎませんが、ベートーヴェンが第6交響曲で意図したであろう、自然への崇拝、感謝、祈り、帰依願望などが最も深く反映された演奏であろうという点で、ベスト1に挙げさせていただきました。

第1楽章は、恐らくは全ての演奏の中で最も遅いテンポで重々しく進行していきますが、聴けば聴くほどに、「ああ、このテンポが最も適切だ」と思えて来る(この珍現象は、私だけかもしれませんが)から不思議です。フルトヴェングラーのこの曲に対する深い愛情が感じられ、ウィーンフィルの楽員達も、フルトヴェングラーの解釈に心から共鳴していることが感じられます。

第2楽章もウィーンフィルの音色をフルに活かした、実に味のある演奏です。テンポの微妙な変化も実に計算され尽くしています。

第3楽章も第4楽章も、けっして力まず、それが却ってスケールの大きさや深い呼吸につながっています。

そして、私が最も気に入っているのは、第5楽章です。唯一の欠点は第2主題のテンポのあまりの急加速ですが、その他の点では正に非の打ち所はありません。特に中間部の「自然への感謝の念」、コーダの「祈りの厳粛さ」は最高であります。

なお、フルトヴェングラーには、手兵ベルリンフィルを振った「ライブ録音」も何点か残されていますが、総合的には今回推薦させていただきましたウィーンフィルとのスタジオ録音の完成度が最も高いと、私個人は考えております。

さて、今回の企画、一度ベスト1に選んだ指揮者は、以降の作品では選べないという制約があります。

あーあ、フルトヴェングラーのカードを、ここで切ってしまった。第9交響曲は、どうしよう?

 

◎第6交響曲「田園」の次点の名盤として

エーリッヒ・クライバー指揮 アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団演奏

東さんが「イチオシ」された演奏です。実は私も、この盤をベスト1に挙げようかと、随分と悩んだものです。たいへん中身の濃い、ズッシリとした感動の残る素晴らしい演奏で、大学生の頃、繰り返し愛聴した懐かしい記憶が蘇ります。

 

クレンペラー指揮 フィルハーモニア管弦楽団演奏

第3楽章のテンポが遅く、緊張感にやや欠けるのが難点ですが、それ以外ではクレンペラーの長所が十二分に発揮された名演奏と思います。

つまり、「新世界交響曲」や「幻想交響曲」と同じく、クレンペラーは曲を純音楽的に捉え、純音楽的に演奏して成功を納めているという点で、たいへん魅力的な演奏です。上記、新世界交響曲には「土臭さ」は一切無く、幻想交響曲には「おどろおどろしさや妖しさ」も一切ありません。それでいて、いえ、だからこそ音楽の魅力を充分に楽しめます。

この田園交響曲にも同じことが言えると思います。第1楽章と第5楽章が特に感動的で(やや枝葉的な観点ですが、第2ヴァイオリンに実力のある奏者を多数配していることも、この2つの楽章を魅力的にしている大きな要因であると感じます。)、第3楽章のテンポに問題が無ければ、ベスト1に推薦しても良いとすら、感じております。

 

ブルーノ・ワルター指揮 コロンビア交響楽団演奏

ワルターがこの曲をいかに愛していたか、如実に伝わって来る名演奏です。コロンビア交響楽団の実体は、最晩年のワルターのレコード録音用に編成された楽団で、奏者達の多くは、普段はハリウッドの映画音楽の演奏者であったとも聞いたことがあります。

その寄せ集めのメンバーで、ここまでの演奏を成し遂げてしまう、ワルターの指導力にも驚きます。

ただ、第1楽章の展開部の盛り上がりでの低弦(特のコントラバス)の無神経な音の刻み、また第5楽章のコーダの盛り上がりに象徴される音の厚みの無さ(奏者の数が通常のオーケストラ編成よりも、かなり少なかったとも聞いております)は、確かに気になります。

しかし、そのような欠点があるにもかかわらず、この田園交響曲の魅力を大いに伝えてくれる名演奏であると強く思います。

花崎 洋

 

 

 

明日、8月7日から旧暦の「秋」が始まります。

2013 AUG 6 7:07:43 am by

新暦にすっかり慣らされてしまった私たちの感覚ですと、まだまだ暑い夏が真っ盛りという風情ですが、今年の旧暦の上では、本日8月6日を以て、夏が終わり、明日8月7日から「秋」となります。

今年の旧暦の秋は次の3ヶ月となります。

旧暦7月(文月) 西洋暦8月7日から9月4日まで

旧暦8月(葉月) 西洋暦9月5日から10月4日まで

旧暦9月(長月) 西洋暦10月5日から11月2日まで

各月の名称の由来を調べてみますと、例えば9月、「夜が長い月」なので、長月となった説など、諸説入り乱れており、確固たる定説が無さそうですので、ここでは触れないでおきます。

 

旧暦7月について(今年は西洋暦8月7日から9月4日まで)

この月のメインイベントは何と入っても「七夕」です。新暦である西洋暦の7月7日は、例年、梅雨の真っ最中で(今年の関東以西では例外的に梅雨が明けてしまいましたが)、乙姫様と彦星様の年に一度の逢瀬も不可能です。

旧暦で見ますと今年の7月7日は、西洋暦の8月13日がその日に当たり、普通でしたら、梅雨はとっくに明けていて、雨が降ることはまずありません。

また、最近こそ温暖化の影響で、この時期になっても夜の暑苦しさが残ってはいますが、ひと昔前でしたら、旧暦7月になれば、夜間は過ごしやすい気温となり、夜空の星を眺めるのにも適していたように思います。

 

旧暦8月について(今年は西洋暦9月5日から10月4日まで)

「暑さ、寒さも彼岸まで」と良く言われるように、秋分の日が必ず旧暦では、この8月に入ります。(秋を2つに分ける日とは、良いネーミングです。秋分の日までは残暑で暑く、秋分の日を過ぎると徐々に涼しく、そして寒くなっていく。)

この旧暦8月のメインイベントは「中秋の名月(十五夜お月様)」でしょう。秋の真ん中の十五夜(満月)を愛でる日で、別名「芋名月」とも言われています。

 

旧暦9月について(今年は西洋暦10月5日から11月2日まで)

最近では、あまり注目されていませんが、この月のメインイベントは9月9日の「重陽(ちょうよう)の節句」です。つまり陽数(奇数のこと)の中で最も大きな数である「9」(陽が極まった数で、陰陽の世界では最もお目出度いとされる)が二つ重なるたいへん良い日です。(モンゴルでは今でも、この9を好む人が大変多いそうで、オリンピックで金メダルを取ると、ご褒美に9999と9が重なる電話番号がプレゼントされるとも聞いております。)

旧暦を使用していた頃の日本では、この「重陽の節句」の日には、酒に菊花を浮かべて粟飯を食し、不老長寿を盛大に祝ったそうです。

また、この旧暦9月13日(月齢13で満月の少し手前のお月様)は、「十三夜(栗名月)」と呼ばれ、旧暦8月の芋名月「十五夜(中秋の名月)」と共に、以前は、お祝いしていたそうです。

そして「霜降」という、そろそろ霜が降りる頃ですので、特に農家の皆様は注意しましょう、という日(西洋暦の10月23日頃)が、必ず、この旧暦9月に入ります。

残暑に始まり(旧暦7月)、涼しくなってすがすがしい日を堪能し(旧暦8月)、そして秋の夜長が続く内に徐々に冬の気配が感じられるようになって(旧暦9月)、旧暦の秋が終わる、という訳です。

花崎 洋

 

 

私が選ぶ「9人の指揮者によるベートーヴェン交響曲全集」(5)第5番ハ短調作品67

2013 JUL 28 10:10:27 am by

◎曲目に関する若干のコメント

前回投稿させていただきました第4交響曲から、9曲の中で日本では最も有名と思われます(通称)運命交響曲の5番を発表するまでの間に、ピアノソナタは、1曲も書かれていません。恐らくは、第23番の「熱情ソナタ」で、彼が積み上げて来た作曲上の様々な要素が成し遂げられていて、新たに作曲する動機が無かったに違いないと思います。

この「熱情ソナタ」に見られる「高度な凝縮感」が、交響曲で見事に結実した作品が、この第5番で、第3番「英雄交響曲」の高密度な凝縮感を更に更に純化して、ちょっと見た目はスッキリ、しかし、良く観れば観るほどに、中身の濃さに驚かされるという、他の作曲家には実現不可能な「二律背反的な」偉業を達成していると私個人は考えております。

もう一点、「ハ短調」という調性に注目したいと思います。ベートーヴェンにとって、この「ハ短調」という調性は、特別な意味を持っていたと思います。

彼の実験工房であるピアノソナタの領域では、初期の傑作である「第8番悲愴ソナタ」の前に「第5番」もハ短調で書かれており、この曲も名曲です。また作品18の弦楽四重奏第4番も同じ調性、また第2交響曲と共に自信を持って世に問うた「ピアノ協奏曲第3番」もハ短調で、この曲もたいへんな傑作です。

しかし、注目すべくは、この運命交響曲で初めて「暗→明」という力強くも明快な流れを初めて打ち出した点であろうと思います。(上記4曲は最終楽章が全てハ短調で暗く締めくくられている。)

詳述しますと長くなりますので割愛しますが、このハ短調での「暗→明」、彼の2楽章形式の最後のピアノソナタ第32番(第1楽章:ハ短調、第2楽章ハ長調)で、ものの見事に結実しています。(32番にて実験工房の場が、仕上げの場に昇華しているかの如くです。)

言わずもがなですが、この第5番の第1楽章、第3楽章がハ短調で、最終の第4楽章はハ長調であります。

この「暗→明」という力強くも明快なシナリオは、初めて一般大衆に訴えかけたと言われるベートーヴェンが、大衆に「最も言いたかったこと」の一つかもしれません。

 

◎私が推薦する第5交響曲のベスト1

バーンスタイン指揮 ウィーンフィル演奏

指揮者と楽曲との相性も良く(分類1)、安心して聴ける上に、感動的な演奏です。

モーツアルトと異なり、推敲に推敲を重ねたベートーヴェン、特にこの第5交響曲は、5年以上の歳月をかけ、また冒頭の10小節あまりの部分ですら、少なくとも10回から20回は、書き換えられている(バーンスタインの説)とのことで、作曲家でもあったバーンスタインの視点が非常に良く反映された演奏でもあると思います。

勿論、私の個人的な見解にしか過ぎませんが、よって、ベートーヴェンの意図が最も良く体現された演奏の一つに挙げられると思います。

ネチネチと緻密な練習を重ねる欧州の指揮者よりも、弦楽器の解放弦使用をも認める、この快活な米国人指揮者をたいへん好んだウィーンフィルの楽員達も、指揮者に全面協力の熱演で応えています。

随所に個性的な表現が見られ、バーンスタインの私意が存分に感じられるのですが、それでいて、この5番の良さを十二分に感じさせる点で素晴らしく、ベスト1に推薦させていただきました。

 

◎次点の名盤として

フルトヴェングラー指揮 ベルリンフィル演奏(1947年5月27日ライブ録音)

東さんが「イチオシ」で推薦された2日後の演奏です。

勿論、私個人の強い思い込みですが、フルトヴェングラーの復帰演奏会初日である5月25日盤の演奏には、下稽古を付けていたチェリビダッケの陰が非常に良く感じられます。1950年に公開された音楽映画「フルトヴェングラーと巨匠たち」という映画に収録されている若き日の細面のチェリビダッケの指揮、ベルリンフィル演奏のエグモント序曲に非常に近いものが、私には感じられて仕方ありません。

勿論、5月25日の演奏も、この演奏と同じくらいに大変に素晴らしく、そんなことはどうでも良い枝葉末節的な話ですが、天才は天才を知るという言葉にあるように、フルトヴェングラーはチェリビダッケの天才振りに、いち早く気付き、内心、大いに嫉妬していたに違いありません。

初日を振り終えて、何とか「俺らしさ」を目一杯、表現しなければという気持ちに駆られ、それが見事に結実しているのが、今回ベスト1に挙げさせていただきました、5月27日の演奏です。

たった2日後に、そんなに演奏が変わってしまうのか? とお思いの方もいらっしゃるとは思いますが、そここそが、即興演奏家の大家とも言われたフルトヴェングラーの面目躍如たる点であると思います。

この5月27日の演奏は、完璧なフルトヴェングラー節が全開であります。

そして、次点の、もう一点もフルトヴェングラー盤です。

 

フルトヴェングラー指揮 ベルリンフィル演奏(1954年5月23日ライブ録音)

東さんもおっしゃった通り、フルトヴェングラーと第5交響曲の相性は抜群で、しかも、フルトヴェングラー自身の第5交響曲に対する熱心な研究姿勢が死ぬまで続いていたという証の名演奏です。

彼の死の歳、最晩年の演奏で、テンポも、上記1947年の演奏と異なり、落ちついた遅めのものに変貌しておりますが、実に味わい深い演奏です。

 

フルトヴェングラーの偉大さに敬意を表し、敢えて、他の指揮者を推薦しないで終了させていただきます。

花崎 洋

 

 

 

 

私が選ぶ「9人の指揮者によるベートーヴェン交響曲全集」(4)第4番変ロ長調

2013 JUL 21 10:10:37 am by

今回は4回目、交響曲第4番変ロ長調です。

◎曲目に関する若干のコメント

作品番号55第3番「英雄」を、満を持して発表したベートーヴェン、中期黄金期を迎え、まさに乗りに乗っている勢いを感じさせます。

作品57は、ピアノソナタ第23番ヘ短調「熱情」

作品58は、ピアノ協奏曲第4番ト長調

(あくまで、私個人の感じ方に過ぎませんが、上記2作品は「陰陽のコントラスト」が非常に明確であるのと同時に、熱情ソナタは「極度の凝縮感」、P協4番は、それに対して「解放感と癒し」というコントラストも感じられてなりません。)

作品59も大変有名な「ラズモフスキー弦楽四重奏」の3曲(真ん中の第8番はホ短調と第4番ハ短調に引き続き再び短調の作品)

今回の交響曲第4番は、ラズモフスキーに引き続く作品60です。

ちなみに次の作品61は、これまた有名な「ヴァイオリン協奏曲ニ長調」です。

上記の創作過程からの推測ですが、またベートーヴェンが自身で付けた作品番号からの乱暴な推測に過ぎませんが、交響曲2番、3番と「大規模化」と「内容の極度の凝縮」というプロセスを辿り、恐らくは「自己実現の場」でもあろう、弦楽四重奏にて、同じ目的を果たせた!と実感したベートーヴェンが、今度は、その逆のコンセプトである「解放感や、寛ぎの感情」を交響曲の場で表現してみようと意図したと思われてなりません。この4番交響曲に続く作品61のヴァイオリン協奏曲も、同じコンセプトに入ると思われます。

私個人の好みの話で恐縮ですが、私はベートーヴェンの9曲の交響曲の中で、最も好きなのは、この4番です。ちなみに好きな順を挙げますと、4番と6番→2番→7番と8番→1番→9番→3番→5番という順番になります。つまり、短期間でサッ書き上げた作風の方を、時間をかけて凝縮した作風よりも好きなわけです。同じことがブラームスの交響曲にも言えて、2番が最も好きで、1番は息がつまるようで、余り好きではありません。

 

◎私が選ぶ交響曲第4番のベスト1

ムラヴィンスキー指揮 レニングラード・フィルハーモニー管弦楽団演奏(1973年4月29日 ライブ録音)

上記にも触れましたが、この4番、「開放感や、くつろぎ」をベースにしてはいるものの、作品55の英雄交響曲や作品57の熱情ソナタで、正に異常なほどの「凝縮感」を達成しているベートーヴェンですので、彼自身は、充分に寛いでいるつもりでも、我々凡人が、ボーッとしている緊張感のレベルとは、勿論、雲泥の差であることは間違い無いと思われます。

つまり、この第交響曲の演奏は、曲の上辺の印象とは真逆の、緊張感に満ちた、切れ味の鋭い演奏でないと、この曲の良さは、ほとんど出ない! と私個人は考えます。その意味で上記ライブ演奏は理想的であります。

ある意味、冷徹なほどにスコアを読み込み、曲の本質に対する洞察の鋭さが具現化されている演奏は、他に無いと入ってもけっして過言ではないと思います。

全ての楽章が速めの理想的なテンポで進み、緊張感は一瞬たりとも途切れず、ティンパニーに代表される切れ味鋭い表現、などなど言葉にすると野暮な、私がこの曲に持つ理想的なイメージを、ことごとく体現していると思います。

ベートーヴェンの9曲の交響曲の中で最も好きな4番ですので、個人的な視野の狭い拘りの感情が異様に増大した結果なのですが、このベスト1に推薦しました演奏以外には、現在では、満足の出来る演奏は、正直言って、ひとつもありません。

よって、今回は次点の名盤の推薦は、敢えて取り止めさせていただきます。

また、今回は著しく客観性に欠けた記述になってしまったようでして、誠に申し訳ございません。 花崎 洋

 

私が選ぶ「9人の指揮者によるベートーヴェン交響曲全集」(3)交響曲第3番変ホ長調作品55「英雄」

2013 JUL 16 7:07:04 am by

東さんが、この作品に対する並々ならぬ愛情と、詳細なる考察結果について投稿され、私も大いに感銘を受けました。

しかし私個人は、正直申し上げましと、彼の9曲のシンフォニーの中で、ある意味で、この曲が最も苦手であります。その理由は、曲の規模が雄大な点ではなく、この曲の持つ「極限的な凝縮感」にあるように、現時点では思います。凄い偉大な曲であり畏敬の念は持ちますが、私個人としては、完全には楽しめず、あまりの密度の濃さに息が詰まってしまうことも、しばしばなのです。

恥を承知で申し上げますと、私は、クラシック音楽を、恐らく、ほとんど感覚のみで聴いており、ベートーヴェンの音楽の最大の長所であろう「構成の美」を、それほど理解出来ていないのだろうと推測しております。だとしたら、誠にもったいない話です。

 

◎曲に対する若干のコメント

今回もピアノソナタとの関連で、アプローチを試みた所、また新しい発見がありました。

第2交響曲の発表後、彼は2つのピアノソナタを公表しています。(ピアノを学ぶ初心者向けの小品(いずれも短い2楽章のソナチネ形式)として売り出した作品49の19番、20番は、第1交響曲以前に作曲されているため、ここでは触れません。)

ピアノソナタ第21番ハ長調作品53「ワルトシュタイン」

ピアノソナタ第22番ヘ長調作品54

そして今回の英雄交響曲が作品55で上記作品に続くわけです。

この2曲のピアノソナタ、その凝縮感は、半端ではありません。

特に21番「ワルトシュタイン」は、当時、機能的に発展途上にあった「楽器としてのピアノの可能性」を極限まで引き出そうとの意図もあったのかもしれません。まことに迫力満点で圧倒されます。

しかし、私個人としては、第22番のソナタ(この曲は、21番と23番熱情の間に挟まれて、最も光の当たらない陰の存在となっていますが)もワルトシュタインと同等、もしくは、それ以上に重要な意味を(つまり実験的試行錯誤の場として)持っているように感じてなりません。

長くなりますので、一点だけに絞りますと、この22番が、彼の本格的なピアノソナタとしては、初めて、「2楽章形式」を取っていることが挙げられます。この曲以降、24番、27番と2楽章形式のピアノソナタを作曲して更に磨きをかけ、ついに最後の大傑作32番にて完結していくわけです。つまり、4楽章分、もしくは3楽章分の中身を2楽章に凝縮出来ないかという模索の第一歩が、この第22番のピアノソナタという訳です。

この22番に観られる「高密度な凝縮感」こそ、第3交響曲英雄の本質の一つであろうと考えます。

この22番のピアノソナタ、プロの音楽評論家の評価も一部を除いては、それほど高くなく、また一般聴衆にも人気がないのですが、もっともっと注目されて良い作品と思います。

 

◎私が推薦する第3番変ホ長調「英雄」のベスト1

ワルター指揮 シンフォニー オヴ ジ エア 演奏(1957年2月ライブ演奏)

この演奏は1957年1月に逝去した偉大なる指揮者、トスカニーニの追悼演奏会という、正に歴史的な貴重な記録です。

ご存知の方も多いとは思いますが、上記楽団は、トスカニーニのために結成されたと言われるNBC交響楽団のメンバーが、トスカニーニ引退に伴い、スポンサーのRCAから全員解雇されてしまい、有志によって1963年まで自主運営された団体で、指揮者無しでも一糸乱れぬ統制の取れた引き締まった演奏で聴衆を感動させていました。

つまり、トスカニーニの指揮棒の元で長年演奏して来た奏者を、トスカニーニの無二の親友であったワルターが指揮をする、という事実だけでも凄いのに、実際の演奏は、予想を超えて、それはそれは感動的なものです。

演奏会の翌日に、新聞での批評欄に「ワルターは、トスカニーニとそっくりなスタイルで演奏した。」と掲載されたそうですが、私個人は、単に形を真似たのではなく、ワルター自身が音楽を完全に自分の物として消化し尽くした上で、結果として、トスカニーニ的な直裁的な迫力をも、併せて持っている、と表現するのが最も適切であると思います。

私も、ワルターと第3交響曲「英雄」との相性は抜群と思います。東さんが番外編で推薦されてましたが、コロンビア交響楽団との演奏も伸びやかで素晴らしいものでした。

元々存在していた指揮者と楽曲の相性の良さ(+ワルターのこの曲への愛情と粘り強いアプローチ)、亡き親友トスカニーニのためにという演奏に対する熱い意欲、そしてトスカニーニの元で長年苦楽を共にした団員達の強い思い、という3つの要因が融合して実現した、正に奇跡の演奏と言っても過言ではないでしょう。

そう言えば、ワルターは指揮者として、いわゆる専制君主のタイプではなく、楽員達の自主性も尊重し、楽員達の長所を引き出す名人であったとの話を思い出しました。この演奏は正に、トスカニーニによって長年鍛えられた楽員達の長所が遺憾なく引き出されたものと思います。

冒頭に、この交響曲は苦手と書いてしまいましたが、そんな苦手意識も吹き飛ぶような感動的な演奏です。ワルターには、ここで登場してもらいたく、1番、2番では共に次点とした次第です。

 

◎次点の演奏として

トスカニーニ指揮 NBC交響楽団演奏(1953年録音)

私が中学生の時に、初めて聴いたトスカニーニの演奏であり、今でも、その鮮烈な感動を覚えているほど、印象に残る演奏です。

テンポ設定の的確さ(特に第1楽章は、これくらい速いテンポでないと曲の持つ良さが出ない)、直裁的な迫力がありながら、中身の濃さも十二分に感じさせる点など、どの要素をとっても、これほど完璧で不満の出ない演奏はないであろうと思います。

一時期、世評も高いフルトヴェングラーの演奏(1952年12月録音のウィーンフィル盤)に熱中した時期もありましたが、特に50歳を過ぎた辺りから、あの遅いテンポが、じれったく、また、この曲の持つ「凝縮感」が上手く表現出来ていないような気がして(勿論、ウィーンフィルの音色等、魅力があり、味のある演奏なのですが、中身が薄いようにも感じてしまうのです。)、あまり好きでなくなってしまいました。プロの音楽評論家で、このフルトヴェングラー盤が「イチ押し」の人もいますし、ファンからは強烈な反対意見が出るとは思いますが。

今回も、第1番に引き続き、肝胆相照らす親友同士であった、ワルターとトスカニーニの名盤を推薦させていただきました。 花崎洋

 

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