Sonar Members Club No.28

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おゝ、コムロ、コムロ!何故おまへはコムロぢゃ!

2021 MAR 21 21:21:11 pm by 菊池 孝之助

だいたいやね、良いやないか、二人の好きにさせたら。素晴らしいやないの、好き合って燃え上っとるならそのままいけ。応援してやろうや。大事なことよ、若い男と女が惚れてしもうて好きおうて、って。え、違うって?ほならえーっと、女と男が好きおうて…おいちょっとまて、どっちでもかめへんやないか。お前な、ものごとをならべて言うときはやな、必ずな、どっちかが先になるんじゃ。これが世の理、ひつぜん、ちゅうもんや。何がジェンダー平等や、あほ抜かせ。お前な、知っとるか。スエーデンとかフィンランドとか、ほら、あのヨーロッパの北の方にぶらっとぶら下がっとる、寒そな国あるやろ?日本列島で言うとやな、そやな、青森の三八上北あたりや。あの国ではな、国の統計でな、女を先に書くんじゃ。おフランスもそうじゃ。見てみ。femmeの後hommeって書いてあるやろ。なんやホンマって。いや、ホモかよ。ホモとフェミかよ。こいつら、ごっつ相性悪そうやなあ。だいたいなんで日本がな、フランスパンなんかの真似せないかんねん。日本人なら米を食え。きっぱり言う。俺は毎日食うとる。フランスパンなんか主食にならん。なんやあのかったいの、パリパリやないか。口怪我するやないか。切ったらボロボロ割れてそこらじゅう散らかるがな。中身があるかと思ったらすっかすかやないか。米ならな、中がスカスカなことも散らかることもあらへん。梅干しと一緒に食うてみ。もう美味うてたまらんで、お前も日本人ならな、米を食え。俺なんかな、毎日食うとる。え、それさっきも言いましたよねだと?このア・ホ・ン・ダ・ラ。これからお前をアホンダラ君と呼ぶ。俺はな、楽聖ベートーヴェンと一緒でな、大事なことは必ず二回言うんじゃ。三回言うこともある。大事だから言うとるんじゃ。なに、フィンランドが世界で一番幸せって言われてますよねだと?。バカ言え。人口が550万人しかいてへんちっこい国と一億もおる日本と比べるのはもう、ありえへん話よ。フィンランドの人口はな、トリンドル玲奈の鳥取県並みやで。石破茂?誰なん?そんな奴知らんがな。

ハニートラップ

2021 MAR 11 19:19:02 pm by 菊池 孝之助

お昼時になればお客さんが行列をつくるその店は、大学やオフィスビルが立ち並ぶ都心の裏道にある弁当屋で、店名を、天安門カフェ、という。テイクアウトがメインで、イートインスペースはカウンター10席のみ。看板メニューは640円均一の六四定食で、640キロカロリー内に抑えてある。無農薬玄米を大釜で炊いたものに、色とりどりの健康的なおかずがつく。ターゲットとする顧客層は、2型糖尿病や痛風の症状に悩む人、食生活に気遣いたい中高年サラリーマン、栄養バランスや摂取エネルギー量を気にする学生だ。

以上は、今から15年ほど前、私がサラリーマンをやめる決意をし、退職金と手持ち資金全部を投じて独立しようと考えていたときに作った起業コンセプトの一部だ。

その当時私の周りには、糖尿病や痛風を患って、お昼を外で食べようにも残業で夜食を買おうにも、外食では医者から注意や制限されているものしかないことに悩んでいる人たちが、大勢いた。
今思えばこれは、その後出てきたタニタ食堂や東京アスリート食堂のコンセプトを先取りしたアイデアだった。

私には、メニューの監修を依頼できる有名なシェフや、協力してくれる管理栄養士の知り合いがいた。採用する調理師や店舗スタッフにもアテがあった。コンセプトを固めるまでの間、何人もの飲食店経営者に会い、食品問屋を調査して仕入れ価格の目算をつけ、厨房や店舗の什器類の最適化を勉強し、飲食コンサルやM&Aアドバイザリーを業とする会社の経営者らに会って教えを乞うた。

私の読みは、こうだった。
この事業は、絶対当たる。そして、堅実経営しながら都内に店舗をコツコツ増やしていく。世間の認知度が上がるにつれ、メディアも取り上げるようになる。

そうなると必ず、中国共産党の情報当局の知るところになる。

当時の中国政府は、ネットのファイヤーウォールの運用を大規模に始めていた。天安門と六四は、中共が最も警戒し、何としてでも排除しようとするワードだ。六四とは、1989年6月4日の天安門事件を意味する。でもローマ字入力でrokushiと入れても変換候補にすら出てこない。中国に対して強い警戒心を持つ人は中共と呼んだりするが、これも変換できない。IMEめ何が中京だよこのポンコツが、と怒るところではない。ここは、中共が思想弾圧、言論統制の手を着実にこの日本にまで伸ばしているという厳然たる事実に、心底ゾッとするところなのだ。

だから私の事業は中共の目に必ずや止まり、即ロックオンされる。しかし日本で裁判所に商号使用の差し止め請求をしたとしても、判決までけっこうな月日がかかる。

そうなると中共は、中国系企業、または日本企業を装った中国人が実質経営する会社に、私の会社を、たとえ私が多額を提示したとしても、何が何でも買収するよう指示するだろう。
交渉が折り合って売買が成立すれば、折角もうかっている事業なのだから、引き継いだ彼らは営業を続けるだろう。もちろん、店舗名称とメニューを一新して、だ。

私は会社売却で得たお金で従業員に十分な退職金を支払った上で引退し、残ったお金で海沿いの田舎町に広い庭付きの小さな家を買い、釣り三昧音楽三昧の余生を、愛猫そして老犬と共に過ごす。

ここまでが、私が書いたシナリオだった。

しかし私は結局、これとは全く異なる事業を始め、その事業を天職と思いご先祖さまに感謝するまでとなって、現在に至っている。
コロナ禍の今となってみれば、飲食店経営の方に行かなくて本当に良かった。もしやってたら、私は失敗していた。

さて、このブログを公開したとたん、中共の情報当局は最先端のAIを大規模に活用したシステムによって天安門、六四という禁制ワードを即座に検出し、書いた私を特定することだろう。

そして私をプロファイリングするために、特に優秀な局員らで編成された特命チームによって私の過去の発言と思想が分析され、家族関係や友人関係も、数世代前までさかのぼって調べられるだろう。
「ディープステートの正体」という挑発的なタイトルのブログで中国の関与を暴露してしまった方も彼らの目に止まり、私と道連れで監視対象となるに違いない。すんません、ご迷惑おかけします。

続いて彼らは、私の弱点がどこにあるかの分析作業に入り、たった数時間のうちに、私が女に弱い、という、私が世間の誰にも知られたくない秘密を突き止めてしまう。

そんな男を籠絡し、中共の意のままに操作するには、どのような手を使うか。ハニトラを送り込んでくるに決まっている。そう、彼らが橋本大勲位にやったように。

今頃彼らは必死になって、私の女性の好みを調べていることだろう。

中共の情報局員らの手間を省くために、私の女性の好みを、ここにはっきりしておくことにする。

性格は沢口靖子、知性は池内淳子、語学力は稲森いずみ、喋り方は大原麗子、色気は桃井かおり、立ち振る舞いは竹下景子のようでなければならない。

いかんいかん、忘れるところだった。嘘のつき方とおっぱいは、小池栄子ね。

まだある。アメリカ人の父親と日本人とロシア人のハーフの母親との間に青森県八戸市に生まれたクォーターであり、かつ、他界した夫が残した途方もない額の遺産の使い道に悩んでいる欲求不満の未亡人で、さらに、腋毛を生やしたままノースリーブを着て街を歩いてもあまりの美貌に誰もが容認してしまうような、そんな女性だ。

そんな女性いないでしょ、と思うだろう。いやいや、中国を舐めちゃいけない。
彼らの実力をもってすれば、どんぴしゃの女性を私に放つことなど、全然難しいことなんかじゃない。

私が書いたそのままの女性が、数日のうちに、目の前に姿を現す。
こんな高揚感は久しぶりだ。ひげを剃っておかなければ。

おっ、えらい早いな。誰か来たようだ。

おやすみ前のお話

2021 MAR 9 10:10:28 am by 菊池 孝之助

息子が小学生の時分、夏が来ると毎年のように、息子の同級生の男の子たちと、その兄弟や父母ともどもキャンプ場に出掛けていた。

夜になると子供たちは私に、お話しして、とせがんでくる。私は他の親御さんたちと違って、たとえ他人の子でも危険なことをしたりいたずらしたりすれば全く容赦なく、コラーッ!と叱る。それでも7人のチビたちは、自分の親とは違うキャラの大人が珍しいのか、それとも単に私のサービス精神の旺盛さが好きなのかわからないが、こっぴどく叱られてもすぐに子犬のように懐いてくる。彼らの親御さんたちはそれを、不思議そうに見ていたもんだ。

真っ暗になったキャンプ場で大人たちがランタンを囲んでまったり飲みながらくっちゃべっている時間帯に、私はチビらを一つのテントの中に集め、懐中電灯ひとつを手にもって、下から私の顔を照らしながら、お話しを始めるのだ。

「むかちむかち、中国に、とっても仲のいい夫婦がおりました」

「旦那さんの名前は…」
ここで、ちょっと間を置き、はっきりと発音する。

「王珍宝、といいました」

一年生から六年生までのチビたちが、腹をかかえて手足をバタバタさせながら大笑いする。小学生の男の子は、こういう話が大好きだ。心理性的発達理論においてそのような彼らを男根期と定義したフロイト先生の慧眼はすごい。

私が小学生のときも、とりいかずよし作のトイレット博士を夢中で読み、今ではとても放送できないドリフの番組をみてヘラヘラ笑っていたものだ。昭和のあの頃の、性的なものに対する大らかさが懐かしい。

そして、男の子も五年生くらいになれば、この後の、「奥さんの名前は…」がどう展開するかが予測できるようになる。これを認知言語学では、「学習及び知識の構造化による自発的な関係類似性の発見」という。

しかし、そこで彼らにあえて異なる刺激を入力することにより、発見した関係類似の予想とのずれを彼ら自身に評価させ、新たな感情認知の体験に導くことが肝要である。

「そして、奥さんの名前は……」

間の置き具合が重要なところ、ここで私は、その当時読んでいた本の作者の名前を使うことにした。

「ユン・チアン、といいました」

低学年のチビたちはポカンとしていたが、上級生たちは「ええ~~~っ」と残念そうに反応した。

そこでチビたちの一人が「夫婦なのに、どうして名前が違うの?」と質問した。よしよし、いい展開だ。
私はチビたちに、日本とちがって中国では夫婦別姓であることを説明した。私がキャンプでするお話は、社会科の勉強の時間でもあるのだ。

「二人は愛し合い、とっても可愛い男の子が生まれました」

「両親は、その子に…」

チビたちは期待から落っことされたばかりなので、次の展開にあまり期待していない。だからこそ、新たな刺激を与える必要がある。

「王漆孝、と名付けました」

またしても全員が笑い転げたのは言うまでもない。

男根期の子供は、面白い。

ほんとうはワイルド・スワンについて書きたかったのだが、長くなりそうなので、いつかまた。

レキシの池ちゃん

2021 MAR 6 13:13:38 pm by 菊池 孝之助

仕事で韓国の行政制度や法制度を調べることがある。韓国の制度や法律は、ネット上にすべからく公開されているから分かりやすい。
私は朝鮮語のハングルが一文字もわからないが、翻訳メモリや辞書機能もついた高電社製の優れた翻訳ソフトのお世話になっていて、これとGoogle翻訳を併用することで、ほぼ完璧な日本語で理解できる。

しかし韓国のウェブサイトの中には、ページの本文がテキストでなく、テキストを画像化してページに貼り付けたのが結構あって、その画像をOCR処理してもテキストがうまく拾えなければ、機械翻訳もできない。

そういうときは日本語のできる韓国人に、その画像には何が書かれてあるかを聞くのが早い。

そこで韓国の知り合いにSkypeで連絡を取った。

彼はソウルの名門大学の修士号をもつ秀才で、日本語が結構うまい好青年だ。現在は政府系の研究機関でインターンをしていて、いつか日本の企業に就職したいと夢見ている。

彼と知り合ったのは5年前、彼が日本の大学学部に留学していた時期で、街で私が困っていた他人を手助けしたところ、その人が彼だったというわけなのだが、そのことで彼は、今でも私のことを恩人と思ってくれている。

テレワーク中の彼に私がわからなかったところを聞くと、あっという間に問題が解決した。いやあ助かった、ありがとう、と言うと、いえいえどういたしまして、いつでも聞いて下さいと言う。

そして彼は、WEBカメラが映している、私の背後に見えているものについて聞いてきた。

「その、額に入った絵は、誰のですか」
「これか。これは、トスカニーニといってね、イタリア人で、オーケストラの指揮者だ。カラー刷りの色紙なんだけどね、ほら、ここにサインがあるだろう。本人の直筆なんだよ。1943年1月23日と日付も入っている。アメリカのオートグラフ・オークションで競り落としたんだぜ」
「ふーん、そうなんですね…」これには興味がない様子だ。

「真ん中にあるのは、シャツですか」
「これはね、おやじが2年前に病院で亡くなった日に着ていたパジャマだよ。いつでも思い出せるように、いちばんいいところに飾っているんだ」
彼は背をしゃんと伸ばして、そうだったのですか、お気の毒です、と言ってくれた。礼儀正しい子なのだ。

「右側の、片脚を組んで座っている、こじきみたいな人の絵は、何ですか」
「これはインドの神様で、シルディサイババというんだ」
「信仰しているのですか」
「そういうわけじゃないけどね、これはもらいものだ。たくさんの人から信仰を集める神様は、何であってもリスペクトすることにしているだけだよ」
私はそう言うと、WEBカメラを動かして、書斎の左側の棚に飾っているサイババとガネーシャの置物を見せ、ついでにガネーシャ像の隣にあるペルーのエケコ人形がなぜタバコを咥えているかを説明した。これには彼も結構興味を持ったようだった。

私が調子にのって、反対側の壁にかけているギターとかウクレレとかを見せながら説明していたときだ。

彼が、少しうわずった声で言った。
「あの、そこに飾ってあるのは…ウーゲーゲ…ですよね」

何それ、ウーゲーゲ、って。わからんからテキストで送ってと言った。
すると彼は、漢字で「旭日旗」とタイプした。

「ああこれね、これは旭日旗じゃない」
「でも…僕には、ウーゲーゲに見えます」
「これは、椎名林檎のファングッズだ。記念に飾っているんだよ。ほらよく見なさい。太陽の中心のところに「生」って書いてあるだろ」
「その人は誰ですか。軍国主義者なのですか」
「ハハハ、違う違う、アーティストだ。歌手であり、優れたデザイナーでもある。日本ではすごい人気だよ」
「その人が、好きなのですか」
「大ファンってほどじゃない。前に、レキシと共演するというんで、レキシ目当てに林檎のライブに行ったことがあるくらいだね」
「歴史…ですか」
「そうだ、レキシの池ちゃんだ。むちゃくちゃ面白いぞ」
「歴史って…それは、日本植民地時代の歴史ですか」
「いやいや、レキシが扱うテーマは、日本の縄文時代から明治時代までの期間だ。狩りから稲作へ、っていう、ライブではすっごく盛り上がる名曲がある」
「明治時代って、あの伊藤博文の時代ですか」
「いや、明治でも維新の西郷さんの頃までだから、伊藤博文公よりも前だな」
「そうですか…」

話があまり噛み合わなかったが、彼はそれ以上何も質問せず、会話を終了し、サインアウトした。
モニターに映っていた彼の目には、なんだか悩んでいるような色が見えた。

日本が好きで、日本が嫌い。
わかるよ、知日派の君の、その苦しさが。

青年よ、若いうちにせいぜい、たくさん悩むがいい。

林檎と池ちゃんの共演でも見て、ほら、元気を出しなさい。

オニャンコポン

2021 MAR 5 1:01:50 am by 菊池 孝之助

去年からというものコロナ禍でもう散々なのだが、国内外にいる友人らとお互いの無事を確かめあうために頻繁に連絡を取るようになって、そのおかげで彼らとの絆が深まったというプラス面もあった。

昨日FaceTimeで連絡をくれたのは、私がアメリカ留学時代に同級だった、エイドリアンだ。彼女は学生時代、高校ではプロム・クイーンでしたと言っても誰もが納得するような、典型的なアメリカ美人だった。
一昨年30年ぶりの同窓会があって、そこで再会したときは、面影は学生のときのまま、ふっくらした立派なお母さんになっていて、旦那さんと二人の子供を連れてきていた。

その大学では、在学生の多くが、フラタニティとかソロリティという伝統的な社交クラブのどれかに属していた。社交クラブというのは、例えばデルタ・カッパ・イプシロンとかいうギリシャ文字の名前がついた、あれだ。

新入生が格式あるクラブに入るには、まず人種とか親の職業とかSATのスコアとかの要件をクリアする必要がある。そして上級生による面接という名の品定めを経て、入ったら必ず、イジメにも似た通過儀礼が待っている。また、この曜日にはメンバー全員がこの色の服を着ること、とか、メンバーしか知らない門外不出の隠語を使って会話すること、カフェテリアではここからここの範囲のテーブルだけ使うこと、などという変てこな独自ルールがあって、もとより上下関係がシビアだから、ルール違反をしたら、みんなの前での懲罰が待っていたりする。

親は自分が学生当時入っていたクラブに子供を入れたがる傾向にあるし、格式高いクラブならば全米の大学の同じギリシャ文字クラブとも強固なネットワークがあって、卒業生が多額な寄付をしてキャンパス内に建てたヨーロッパ様式の立派な建物がメンバー専用の学生寮になっていたりするから、入る事情があったり入る資格を持っている学生は、まあ当然のように入るのだ。

しかし、たとえ良家の出であっても、そういう社交クラブの面倒臭さやエリート臭ぷんぷんのイヤらしさを嫌悪して、私は絶対に入らない!というアメリカ人学生も、一定の割合でいた。
そういうリベラル気質な学生や、転入生や留学生なんかも大歓迎で受け入れてくれる,フラタニティとかとは別のソシアルクラブもいくつかあって、私はその一つに入っていた。エイドリアンと出会ったのもそこだ。

春休み、そのクラブのメンバー40人余りでクルマ十数台に分乗して、一週間の旅程でメキシコ旅行に行った。
楽しかった思い出を一杯に詰めて帰る途中、片側一車線の田舎道で、私が乗っていたのの二台前にあったクルマが、酒酔い運転でセンターラインをはみだして来たトラックと、正面衝突した。そのクルマにはエイドリアンが乗っていた。

まだ新しい三菱のギャランだったのだが、ボディはアルミホイルをクシャクシャにしたようになって、フロントは大破し煙をあげていて、窓ガラスは粉々だった。

みんなで駆け寄ってドアを開けようとしたが、開かない。運転席のショアラはまだ息はあったが、血だらけの彼女は目がうつろで、もう死にそうだった。助手席のエイドリアンは意識があって、鼻や腕から血を流していて、運転席のショアラを見て恐怖に混乱し、脚が痛いと泣き叫んだ。エイドリアンの膝は潰れたダッシュボードにはさまれていて、どうしても動かせない。
後部座席にいたマイクは意識がないだけかのように見えたが、クルマの窓から腕をつっこんで脈をみたところ、頭に衝撃をくらったのだろう、彼は眠ったような顔のまま死んでいた。

どっちの道に行っても戻っても、町があるのは何マイルも先だった。通りがかったクルマの運転手に、電話があるところまで急行して救急車とヘリを呼ぶように頼み、走ってもらった。携帯電話がなかった時代なのだ。

エイドリアンが意識を失わないように、みんなで声をかけて励まし続けた。事故から一時間も経ってようやく救急ヘリが来て、三人を乗せて町の病院に向かった。ショアラが病院で亡くなったと知らされたときは、みんなで抱き合いながら、あられもなく泣いた。

私たちは、葬式の車列がやるのと同じように、全車が昼間からライトを点けて連なり、ゆっくりのスピードで、6時間かけて大学のある町に戻った。車列に気づいたあらゆる対向車は減速して路肩に寄せ、弔意を示してくれた。

事故から1か月後、キャンパス内にある教会で追悼式があった。式が終わって中庭に出たら、そこに車椅子に乗ったエイドリアンがいた。やっと退院したのだ。
私に気づいた彼女のきれいな顔にキラキラした笑顔を見た。私はエイドリアンの手を取って嬉し泣きした。

そういうわけでエイドリアンと私は、悲しみを共に乗り越えた戦友のようなものなのだ。

エイドリアンは私とFaceTimeがつながると、元気? COVIDのワクチン注射は打った? 私は打ったわよ、と言って接種証明のカードのようなものを見せてくれた。いや,まだなんよ。そっちの感染状況はどうかね,と聞くと、アメリカでは新規感染者数がどの町でもすごい勢いで減っているという。
こっちはワクチンなんて年内に接種できるかどうかも怪しい状況なのだが、アメリカは、こういうところはすごいなあ。

それからエイドリアンは、いま家族全員がどれほどに「進撃の巨人」にハマっているかを興奮しながら話してくれた。Netflixでは世界同時に放映しているらしく、アメリカでも大人気で、この間サシャがガビに撃たれて死んだときなんかは家じゅうがお通夜のようになり、子供が通っている高校でもその話題で持ちきりだったそうだ。

エイドリアンが、もうこれ以上、誰も死なないわよね、ね、と聞くので、私が、「いやあの、ここだけだけどね、あの、ミカサがね…」と言ったとたん、彼女は「キャーーーー!」と悲鳴を上げてのけぞった。おいおい、冗談だよと言ったら、頬を膨らませて怒っていた。学生のときのまんまだ。

また、こういう面白い話もしてくれた。最終章第9話で、サシャがアフリカ系の肌色をしたオニャンコポンに、「なんで肌が黒いんですか?」といきなり聞いたシーン。

テレビでそのセリフを耳にした、というか、英語字幕が目に飛び込んだ瞬間、エイドリアンの家族は、誰もが凍り付いて、マジ?と顔を見合わせたそうな。

そんなヤバい発言はアメリカでは絶対あってはならないことなので、きっと、頭をぶったたかれたような衝撃だったはずだ。

ところがサシャのその質問に対するオニャンコポンの答えが、あまりにもふるっていた。
「俺達を創った奴はこう考えた。いろんな奴がいた方が、面白いってな」。

この見事な答えに、エイドリアンの家族のみなさんは「なんと素晴らしい!」と絶賛し、パチパチ拍手したとのことでした。めでたしめでたし。

愛の病

2021 MAR 3 14:14:48 pm by 菊池 孝之助

およそあらゆる宗教で説かれる愛とは、絶対的存在が吹けば飛ぶような存在の人間に対して与えたもう慈悲や、親が子に注ぐような普遍的な愛であって、人間の好いた惚れたという愛とは、水と油のように分離している。

キリスト教の場合、神が子を人の世に遣わしてまで人を愛していることや、人が他者を愛することの大切さを説く。しかし男が女を、また女が男を好きになって、恋い焦がれて、ああどうしよう、もうどうなってもいいから二人だけの世界で燃えたいという、あの強烈な、衝動的で、理性では抗えない爆発的なエネルギーについて、その価値を認めないというわけではないのだろうが、私には、なんだか冷淡な態度を取っているように思える。
これが、生身の人間がからむ教会という組織の中では結構シビアな問題で、ひどい場合は、そのようなことを肉欲の罪として裁き、信仰の足らない者として批判の対象としたりする。

いま興味があるのは、バロック時代から古典派、そしてロマン派と言われる時代の西欧において、教会音楽と、恋愛をテーマとした世俗的な音楽、つまりラブソングが、果たして水と油の関係にあったのか、それともどこかで乳化して混じり合っていた部分があるのか、あるならそれはどの国のどの時代のどういう音楽だったのか、界面活性剤を放り込んだのはどの作曲家だったのか、ということだ。ひまになったら考えてみたい。東さんのエロい記事を読んで触発されたのだ。

久しぶりにaikoが聴きたくなった。アルバム「桜の木の下」を探しても見つからず、そういえば前にだれかにあげたことを思い出し、誰にあげたんだっけと考えても思い出せない。私には記憶力があんまりない。仕事柄インプット量がすごいから、一つでもまとまったアウトプットをしたら、次のインプットのために記憶を一旦全消去する。パソコンのメモリ量が小さかった時代の記憶ドライブの使い方みたいだ。やっとアルバム「まとめII」を見つけて、聴いた。

ずいぶん前、「愛の病」にはじめて出会ったときは、衝撃的だった。2000年の発表当時24歳だったシンガーソングライターaikoによる歌詞をくりかえし読んで、これは大恋愛を経験した人にしか絶対書けない、と確信した。

歌声を聴きながら歌詞を注意深く読めば、彼女がたいへん賢い方だというのがわかる。女の子言葉なのだが、日本語の使い方がきれいで、育ちの良さがこういうところに出る。ら抜き言葉も使われていない。彼女のように影響力のある人は、こうでなくてはならない。

もし大喜利で、「人間には二種類がある、の続きをいきましょう」と出題されて、「人間には二種類がある。大恋愛をしたことがある人と、したことがない人だ」なんて答えようものなら、どれだけの人の気分を害し,敵にまわすのだろうか。

私の知る限り、若い頃に大恋愛を経験せぬまま大人になってシニアになって、という人は本当に多いのだ。世の中はこんなにも、素敵なラブソングであふれているというのに。

オーディオ沼はタナトスか

2021 MAR 1 12:12:56 pm by 菊池 孝之助

私がここ数年常飲している赤ワインは、近所の酒屋では一本千円で売っている南仏のテーブルワイン、ラ・クロワザードである。ピノ・ノアールとカベルネ・シラーがあるが、どちらもとても良い。

でも、家に食事に招いたお客さんにこれを出すことはない。
キッチンのテーブルについたお客さんに、何飲みますか? お酒なら、なんでもありますよ、と言う。そして、そのお客さんの目の前で台所の流しの下の扉をさっと開け、醤油とか味醂とか胡麻油とかの瓶がごちゃごちゃと並んでいるのを見せてから、その奥から、ワインと言われれば当たり年のラ・トゥールを、ウイスキーと言われればカバラン・ソリストを、ラムと言われれば仏領ギアナ時代のレモンハート151を取り出して、すました顔でテーブルに出す。

この振れ幅の大きさに驚かない人は、まずいない。通人であれば、もうなおさらだ。ええっ、未開封じゃないですか!こんな一流中の一流のお酒、ほんとに開けちゃっていいんですか?
私はニコニコして、どうぞどうぞご遠慮なく、さあ、さあ、と勧める。お客さんが神妙な顔つきになって指を震わせながらボトルを開ける様子を見るのは、ホスト冥利に尽きる。

若い頃は、一流の人になりたい、一流の世界を知りたい、と強く思っていた。でも、もうやり直せない歳になった自分は、あの頃思っていたような一流になど全然なれていない。それでも、一流を知ることに情熱をかけてきたことに関して、悔いなど全くない。

一流を知ることは大切だ。山は、苦しみながらも一度頂上まで登った経験があれば、同じ山の五合目までのハイキングの楽しみ方が全然違ってくる。自分が物事に満足できるという感覚の閾値というものは、一流という到達点を知ってはじめて設定できるものだ。

物事から抜け出せなくなることを、沼にハマるという。博多弁では、いぼる、という。田んぼでいぼってからくさ、足が抜けんごとなったったい、というように使う。今ではアイドルグループの誰かを推して夢中になっているファン状態まで沼というようになった。ただこれはハマっても精神的に楽しい状態をいうから広義な使い方だ。コレクションを完遂すること、これを沼とはいわないだろう。CDを一万枚持ってます、これも沼ではない。

クラシック音楽の世界なら、マーラー沼が有名だ。私にもだいたい2年置きに、恐怖のマーラー沼が訪れる。その時が来るまで絶対に聴かない。去年は来なかった。今年もまだ来る様子はない。精神状態が健全で、ちょっとした万能感と幸福感があるようなときに決まってその時が訪れる。そこで連日にわたっていろんな盤を取っ替え引っ替え憑かれたように聴くのは、交響曲の全部ではなく2番と4番と9番、そして大地の歌に限るのだが、マーラーという作曲家は本当に、病的なサディストだと思う。
彼は、私の気持ちをじわじわ高揚させ、私の在り方を全肯定して、君はそのままでいいんだよ、君はとってもいい子だよ、と父のような、また母のような優しさで温かく包んでおきながら、突然だ。ズトーンと奈落に蹴り落とすのだ。果てしなく落ちて行って、いつまでたってもポチャンとも音がせず、その墜落から救済されることを泣きながら懇願しても、マーラーはぜーんぜん聞いてくれない。

なお参考までに、ジャズの世界にもマーラー沼に似た、コルトレーン沼というのがあります。良い子は近づかない方がいいですよ。

沼にハマるとは、狭義には、病的なハマり方をしていつまでも満足できず,周りも自分自身さえ見えなくなった状態や、一流を目指してハマることでそこに費やした金額に気づいて絶望感に死にたくなるような状態をいうのだが,そのなかでもオーディオ沼は、他の沼とは破壊力が全然違う。

結論から先に言う。オーディオ沼にはハマらない方がいい。私はいろんな沼にハマってきたが、この沼だけは避けてきた。

オーディオ沼の恐ろしさとは一体どれほどのものか。
それはまた次回。いま仕事が忙しいのだ。

オーディオ沼はタナトスである

2021 FEB 28 17:17:17 pm by 菊池 孝之助

先輩、オーディオはエロスである、というご意見ですが、僕はフロイト的にはむしろ、タナトスっていうか、トーデスリープだと思いますよ。いやいやちょっと待って、沼にハマった場合ですけどね。

こんなキザな発言は今の若い人はまずしないし、しても相手にされないか、ポカンとされるかのどちらかだ。私なら、虫の居所がわるければ、そいつをぶん殴るかもしれない。

しかし昭和の男子学生の間ではこういうのはごく当たり前というか、キザな発言ができるかがとっても肝心であり、もはや作法に近かった。

親が金持ちで女の子をドライブに誘うためのクルマを持ってるか、金がなくとも頭がよくて男らしいと評価されるか、楽器の演奏又は歌がうまいか、これらのどれかに当てはまらなければ女にモテないと信じた若者が多かった時代である。

これらのうち一番の近道は、インテリと思われることだ。インテリになることじゃない。

インテリの対義語は、バカである。バカと思われるくらいなら死んだほうがまし、これは今の私でも同感なのだが、そう思い詰めた学生たちは、ドイツ語やフランス語の単語やフレーズを日常会話の端々に使って人を煙に巻き、哲学書でかじった未消化の知識を披瀝して議論を混乱させ、音楽喫茶であともう一枚と粘ってクラシックやジャズの知識を盗む一方で店には金を落とさず、勉強が苦手ならば近所迷惑構わずに昼夜を問わずフォークギターを練習した。

ひと言でいえば、みんな女にモテるために必死だった。今から見れば、超うっとうしい学生ばかりだった時代だ。

こういう私は、大学卒業の年に平成に変わったから、硬派を本流とする昭和世代からしたら軟弱者の若造のレッテルを貼られよう。

確かに私の時代は上に書いたような雰囲気の片鱗は多少残ってたものの、もはや消え去りつつあった。しかし10年上くらいの先輩方ともお付き合いというかなんだか理不尽な主従関係があったから、よく覚えている。

前置きが長くなりましたが、先輩、オーディオはエロスに間違いないです。あれは本当にエロいですから。

でも、オーディオ沼なんて、もう、言葉に出すのも恐ろしい。

オーディオ沼とは何だろう。それは、また明日

演奏会の思い出

2021 FEB 27 14:14:40 pm by 菊池 孝之助

これまで自分なりにいろいろな演奏会に足を運んできたが、感動の思い出よりも、一つも感動しない演奏にがっかりしてとぼとぼ帰ったことの方がはるかに多い。

ずいぶん前のことだが、ロリン マゼールがトスカニーニ交響楽団を連れて来日公演するというニュースを聞いたとき、全身に鳥肌が立った。
マゼールというだけでもう凄いのに、トスカニーニ交響楽団なんて。そんな楽団があったのか。

息を整えて、トスカニーニ、と発音してみる。私にとって、これ以上ない美しい響き。

あのマゼール様もトスカニーニが好きなの? そうなの、好きなのね。私もです。気が合いますね。ああもう、とろけそうだ。

それにマゼールの指揮といえば、私がまだ若い時分、彼が連れてきたフランス国立管弦楽団の演奏をフェスティバルホールに聴きにいった日のことだ。それはもう無茶苦茶感動して、興奮が冷めやらぬまま帰り道に北新地のエスカイヤクラブに立ち寄り、そこのうさぎちゃんを相手にマゼール指揮の新世界と幻想交響曲がどれほど素晴らしい演奏だったかについて感動のあまりポロポロ泣きながら説明した。あのうさぎちゃんも、さぞかし迷惑だったろう。しかし聞き上手を職業とする彼女は決して気持ち悪がることなく、微笑み相槌を打ちながら私の与太話を聞いてくれたものだ。懐かしいなあ。

そういうわけで、自分が生きている間にあのマゼール様にこの日本でもう一度会えるなんて、僥倖という難しい漢字はこういうときにこそ使うのだ、などと考えながら事前準備として有楽町に出かけてスーツと靴を新調し、演奏会当日はバッチリ決めた姿でワクワクしながらみなとみらいホールに向かった。

でも、はっきりした記憶はそこまでなのだ。今となっては、ブラームスのようだったが、それが何番だったのかもよく思い出せない。東海道線に乗ってガタンゴトン揺られながら東京に戻って、足取り重く帰宅したことは覚えている。

決して演奏がダメだったわけではないのだ。楽団の名前が間違っていたわけもない。まして巨匠マゼールの指揮が下手っぴなはずもない。そんなことはありえない。

期待が大きすぎたのがマズかった。ただそれだけだろう。

期待はしていたが、期待をはるかに上回った演奏会といえば、比較的最近では、小林研一郎指揮日本フィルのチャイコフスキー交響曲第4番を思い出す。

いやー、凄かった。私は日フィルの定期会員でもパトロンでもないので、運よくチケットが手に入ったときにしか聴きに行くことはないが、あの演奏会は大当たりだった。それにサービス精神満点のコバケンは、モーツァルトの時代の演奏会よろしく、第4番の最後の2分間、あの怒涛のフィナーレをアンコールでやってくれたのだ。久々に大満足な演奏会だった。

もうひとつ、私にとってこの演奏会が大当たりだったのは、自分の人生にとって大切な、気づきがあったからだ。
この日のプログラムではチャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲に続いて交響曲第4番が演奏されたのだが、協奏曲のヴァイオリンはライナー キュッヒル氏だった。

それが、第1楽章のアレグロ・モデラートでヴァイオリン独奏が始まり、最初の主題が提示される前、テンポのゆっくりした、間違えることなど絶対にありえない簡単な旋律のところで、キュッヒル氏はあろうことか、一音、間違えた。

およそチャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲をホールに聴きに来るような人で、この曲を初めて聴きますなんて人は、まずいない。二千人収容できるサントリーホールはステージの向こう正面までほぼ満席だったが、たぶん聴衆の全員がこの曲を知っている。
知っているどころか、これまでの人生で演奏会やCDなどで数百回は愛聴してきて、主旋律を鼻歌で歌いなさいと誰かから命じられたならば、ただちに、フウゥゥー-フフフゥーフフフゥーフフフッ、フウゥゥー、フンフンフンフンと歌いはじめ、第3楽章まで通して歌える人ばかりだろう。私ですらこんなの楽勝だ。昔オケのメンバーらと鼻で歌う楽器を分担してそういう遊びをしたことがある。

だからこのような名曲で、かつ世界中で人気がある多くの人にとって聴きなれたメロディーは、一音も違っていれば、誰でも必ずわかるはずなのだ。

キュッヒル氏は当然自分のミスに気づき、そして狼狽した。端正で色白の彼の顔は、たちまちに茹でた蛸のような真っ赤な色になった。聴衆のみなさんもさぞ緊張したことだろう。キュッヒル氏は禿頭まで真っ赤に染めたまま第1楽章を終えたが、第2楽章の独奏が入る頃までにはようやく落ち着きを取り戻していたようだった。

最後の第3楽章こそは、この名曲の一番の聴きどころで、見せどころだ。本来であれば、映画「北京ヴァイオリン」で主人公の少年が頬に涙を伝わせながら、弓よ折れよ、弦よ切れよとばかりにガシガシ弾きまくって完全燃焼するような、そんな様子が見られるかどうかが聴衆の関心事だ。

しかしキュッヒル氏は、自動車教習所の指導員のような安全運転のまま、フィナーレを実に無難に終えた。

休憩時間に入ったとき、みんなの関心は、キュッヒル氏のミスに集中していた。廊下やトイレの中では「あそこで間違えたよね」「あの名匠があんなミスをするなんて」みたいな話題で持ち切りだった。

キュッヒル氏の日本人の奥さんが書いた本によれば、彼女の旦那さんはヴァイオリンのこと以外には全く無頓着な人らしい。キュッヒル氏はウィーンフィルのコンサートマスターを14年も務め、カラヤンをはじめ世界一流の指揮者から厚い信頼を寄せられた、室内楽の世界でも超一流の、神様のような人だ。ヴァイオリンだけで超一流に上り詰めるような人ならば、それ以外のことに無頓着でも、多少社会に不適合な性格でも全く構わない。日本語ではそういう人にバカをつけたりするが、日本国から勲章を授かった偉い人をヴァイオリンバカと言うような無礼は許されない。

休憩時間の間、私はキュッヒル氏の心中を想像した。ああ気の毒に、きっと今頃、自分がどうしてあり得ないミスをしたのか、一生懸命考えておられるのだろう。満場の聴衆の前でミスを犯せないリスクに立ち向かって常勝してきた人だって、ミスはあり得る。あり得ることが起きないようにするのがプロなのだろうか。起きてしまったら、プロとして終わりなのだろうか。

千代の富士関が引退表明したとき、「体力の限界…」と言って絶句したのを思い出した。キュッヒルさん、私は味方です。終わりなんて考えないで、元気出して、と声をかけて励ましたかったが、楽屋の場所も知らないし、たぶん入られない。

そして思ったのだ。あれほどの人でも、ここぞという舞台であり得ないようなミスをするのだ。
ならば、私のような小さな人間がミスすることなんかもう当然で、ミスしたことにくよくよするなど、人生の無駄以外の何ものでもない、と。

私のライフワーク

2021 FEB 26 17:17:03 pm by 菊池 孝之助

東賢太郎さんの文章が好きだ。彼の日本語はまるで、教養という名の女性と言語表現という名の男性が踊るタンゴのようだ。技量があまりに凄すぎて、ダンスフロアにいた男女が踊りをやめてギャラリーにまわり、楽団がノリにのって弾きまくっているという絵が思い浮かぶ。

東さんがずいぶん以前に書かれたベートーヴェン8番に関する記事をたまたま拾って読んで、すごい、と思った。負けた、とも思った。これは自分には書けない高みだ。ブログの記事を読んでこんな感想を持ったことはまずなかった。それで入会させてもらった次第です。

昨年のオフシーズンはコロナ禍でどこにも出かけられず、ぼーっとしていると悪い頭がもっと悪くなっていくのを感じて、じわじわと恐怖が来る。脳をフルにつかう仕事をしているから、頭がボケたりしたら、途端に食っていけなくなる。

こりゃいかんと思い、現代思想に詳しい友人に、何か難しい本を推薦してくれと相談したところ、彼から、レヴィナスの「全体性と無限」がいいでしょう、と勧められた。早速取り寄せて読んでみたところ、うんうんこれは、なかなかいいですな。一つ一つの日本語は完璧にわかるのに、文章になるとたった二行も理解できない。わからないものを理解しようとするのは脳の訓練になってよろしい。でも、これはきっついなあ。「全体性と無限」はレヴィナスがソルボンヌ大学での博士号審査にあたってまとめた論文だ。教えてくれた彼は大学のフランス語教員でもあるので、もしかして原著でもこんな調子なのかと聞くと、そのまんまです、という。

折角だからレヴィナスの哲学が理解できるまでレヴィナス研究をライフワークとして、これにとことんエネルギーを費やしてもいいな、と思ったが、すぐにあきらめた。彼がいうには、レヴィナスが見えている世界は、我々が見えている世界とは全然違うらしい。これは誰かの言葉だろうが、こういうことだ。我々は海の底にいる魚で海面から上の世界を全く知らない存在であるのに対して、レヴィナスは空から海を見下ろしている。やはり、たった1ページも満足に理解できないわけだ。というわけでレヴィナス研究をライフワークにするのはやめたが、それでもこの本をソファの隣に置いて、今でもたまに寝っ転がりながら開いて読んでいる。うむうむ。うむ。さっぱりわからん。

東さんは「ハイドンとモーツァルトの関係」をライフワークとされているという。できる人はやっぱ違うなあ。それではこの私は、何をライフワークとするべきか。

前々から興味が尽きず、いつか自分の力で解明してやろうと思っていたことを整理してみたら、二つあった。

一つ目は、「~することができる」という日本語表現が、いつ頃から始まったのかという謎の解明だ。この表現は現代の法律の条文にも多用されているが、私には違和感がある。だって、スッキリと「~できる」とすればよいのに、何故まわりくどく「~することができる」なんてするのか。

私は、この表現が朝鮮半島を併合した当時の朝鮮語に由来する、という仮説を立てている。朝鮮語の文章ではスッキリと「~できる」とならないからだ。解明のためには、併合前後のあらゆる文献や出版物を洗って、この表現が併合前の日本語には使われていなかったことを証明しなくてはならない。これはかなりの作業になる。でも、いつかやりたい。

二つ目は、トイレでお尻を手で洗う習慣がある国や地域のマッピングの完成である。水を使ってお尻を洗うのはウォシュレットやシャワートイレの専売特許でもなければ、インドだけで行われていることでもない。パキスタン、スリランカ、バングラデシュはもとより、ネパール、タイ、ミャンマー、インドネシア、カンボジアなどの東南アジア、中東諸国でも、太古の昔から水を使って左手の指で肛門を洗い流し、濡れた状態のままパンツを履く。どうせ自然に乾くからそれでいいのだ。この生活習慣が世界のどの国にあってどの国にないのか、まだよくわかっていないアフリカや中南米を含めてリサーチしてマップにしてまとめるのは、海外調査を専門とする私のライフワークに相応しい。これを完成させれば、きっと後世が評価してくれるだろう。

なお、インド生活が長かった私は、ずいぶん前からインド式で洗っている。ウォシュレットを使うときもシャワーの水を使って丁寧に肛門周りを左手の指で洗わなければ気持ち悪くてパンツがはけない。右手はトイレットペーパーを切るのに使い、左手の指は洗うのと拭くのに使った上でどこにも触れず、そのまま手洗いでまたしっかり洗うのだ。一昨年久しぶりにアメリカに行ったときも困らないよう、ペットボトルに入れた水を常時携帯してトイレに行くようにしたものだ。

ある在米インド国籍者の知人は、アメリカ人がトイレットペーパーでお尻を拭く習慣を、おぞましい(disgusting)と言っていた。でもアメリカ人にとっては、たとえ水を使っていても便のついた肛門を指でさわるインド人がおぞましいのだろう。
こういう文化の対立、嫌いじゃない。

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