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ライヴ・イマジン58「前口上」

2026 MAR 27 22:22:41 pm by 西村 淳

いつもライヴ・イマジンでは開演前に5分間スピーチをしている。「58」はバッハ、ということでいろいろネタ探しをしてみたが、とにかくこの巨大な存在は切り口が多すぎてあれもこれもとなってしまう。前半のブランデンブルク協奏曲はさておき、あまり普段は聴く機会のないカンタータ第82番Ich habe genung「私は満ち足りています」のことを話すことにした。その内容を備忘する。

     

バッハはライプツィヒの教会のカントルになってから5年間、毎週の日曜礼拝のためにカンタータを作り、月(歌詞)火、水(作曲)木(パート譜作成配布)金、土(練習)日(礼拝)のような日課を5年間も続けた。これは大変過酷な労働で、仕事とはいえ休日はほぼなかったに違いない。1727年2月にはカンタータ第82番の初演、さらにその2か月後には大曲「マタイ受難曲」の初演と続く。この間に妻アンナ・マグダレーナとの間に6人の子供が生まれた一方で1726年から28年にかけては毎年のように幼いわが子を葬るという過酷な現実があった。特に26年には新しい娘(エリザベート)が生まれてわずか2ヶ月後に、3歳の長女(クリスティアーナ)を亡くしている。
彼の宗教音楽に漂う哀しみや、死を「安らかな眠り」と捉える特有の死生観には、こうした実生活での絶え間ない喪失も反映しているに違いない。
ただこの状況の中で妻アンナ・マグダレーナの献身を忘れてはいけない。むしろバッハが毎週カンタータを上演できたのは彼女の助けがあったからと断言してもいい。バッハがなぐり書きした総譜(スコア)を清書、演奏者が使う「パート譜」を作成する作業を担っていたのだ。実際アンナはプロの音楽家でソプラノ歌手としてバッハの倍近い金額で宮廷と契約していた。パート譜作成は私もやったことがあるが、とにかく時間がかかるしスタカート(・)ひとつを間違った音に付けただけで違う音楽になってしまう。とても神経を使う作業だ。勿論パート譜はオーケストラや合唱の人数分を用意しなければならない。
バッハはそんな妻への感謝をこめ、2冊の『アンナ・マグダレーナ・バッハのための音楽帳』を贈っている。中には多くのクラヴィーア曲と家族で楽しむための歌曲も収められており音楽帳全体が「夫婦で好きな曲を書き込む音楽で綴った交換日記」のようなものだった。勿論、この曲集は子供たちの教育用でもあり有名な「メヌエット(ペツォールト作曲)」は街のピアノ発表会の定番である。実はカンタータ第82番の第3曲のアリアも載っていてアンナのソプラノ音域に合わせオリジナルの変ホ長調がハ長調に転調されている。余多あるカンタータの中からここに収められたのはこの曲だけだ。バッハの伴奏でアンナが歌う、二人のそんな姿が瞼に浮かぶ。さらに音楽ファンの心をときめかせるゴルトベルク変奏曲の有名なアリアもアンナの手で書き込まれており、これは後の大変奏曲へと発展した。
バッハのカンタータは行方不明のものを含めると300曲位あると言われている。ライヴ・イマジンで採り上げたのは初めてだが予感させるものは宝の山。その音楽はキリスト教と言う宗教を超えて人類の普遍的な感動を呼び起こす。

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