Sonar Members Club No.31

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西洋音楽の受容について

2019 NOV 16 20:20:51 pm by 西村 淳

吉田秀和氏の「時の流れの中で」(中公文庫)を手に取った。今までこの人の文章は正直すぎて痛いところがあって多くを読んでいるわけではないが、日本人の西洋音楽受容のありかたについてと気になっていたことが書いてあった。ホロヴィッツのモスクワでのリサイタルDVDのことで、以下のような文章である。
「どうしてあんなに落ち着いて、ピアノをとっくりときいていて、しかも感激性を失わない聴衆が、あすこには大勢いるのだろう?いくらモスクワでも、何十年ぶりかのホロヴィッツのリサイタルだというので、センセーショナルな事件として受け取られたのだろうから、あの聴衆の中にもそういう異常な出来事に対する好奇心というか、やじうま根性で集まってきた人々がいなかったはずはない。だが、全体の雰囲気はとてもそんな上っ調子のものではなかった。・・とにかく、モスクワにはじっくり音楽を聴く聴衆の層が存在する」
ドイツでもポーランドでも留学したりそこに住んだことのある人であれば異口同音に「生活の中に身近なところに音楽がある」と言う。それは家庭であれ、教会であれ、路上であれ、生きることと表裏一体になったものとして存在することを実感するのだろう。
日本には音楽に限らず、人生そのもの愉しもうとする人がとても少ないのではないか。たとえばクラシック音楽の愛好者は全人口の1%だそうである。その1%の人たちの音楽の楽しみ方はこれだ。コンサートに行けばお行儀よく咳払い一つに気を遣い、ほんのわずかの物音に過剰な反応をして日ごろのストレスを発散するどころかストレスを溜め込んでしまう。ただこれとて恵まれた都会の住人たちの話。生演奏は田舎に住む人間にとっては人生とは無縁の物なのだから。一時期、この状況に騙された外来演奏家が日本の聴衆のレベルの高さを云々する話をよく耳にしたが、吉田氏の外国での体験にあるような反応は日本にはない。なんと哀しき精神構造か。
先生に言われたことを1mmも外れることなく徹底的にやり抜く態度はいわゆる芸事にあって芸術ではない。なぜなら芸術とは学ぶことではなく生きることそのものだから。ドビュッシーが言ってるではないか・音楽は人に教えられるものではありませんと。日本において音楽は芸術ではなく芸事であり、その精神がピアノやヴァイオリンの技術を磨くことに反映している。だから何某の門下いった派閥が派生し、外国でいくら素養を磨き、極意を習得しても帰国してからは○○大学の△△門下でない人には何一つとして仕事が回ってこないし、仮にそれの突破を図ったところで一時的なもので、ネグレクトされてしまう。無視されるということは村八分であり、相当にきつい。要は日本の家元制度の音楽シーンでは生きていけないということ。さらに加えて閉鎖社会の中での音楽家たちの社会的な地位は低い。
チェロの鈴木秀美さんの師匠でもある、井上頼豊さんの「井上頼豊 音楽・時代・ひと 」(外山雄三、林光(編集)音楽之友社刊 )という本に彼が戦後シベリアに抑留された時、ロシア人から「日本では音楽家も戦争に行くのか?我々の国では音楽家は戦争には行かないよ」と言われたことがショックだったと書いてあった。必ずしも現実はその通りではなかったにせよ、音楽、芸術を大切にしている社会とそうでない社会の違いがそこにある。最近はよくフラッシュ・モブという形態でクラシックの音楽家たちが外に出て行って皆を楽しませるような催しが世界各地で行われている。例えば最初はコントラバスが一人で何かのメロディーを弾き始め、徐々にほかの楽器が加わってみたいな、あれである。道行く人たちの小さな幸せを拾った喜び、柔らかな表情がとても良く、ああ、同じように音楽を感じ受け止め、楽しんでいる・・私と波長が一緒だ!みたいに。こんなのを観たり聴いたりしていると、昨今のこの閉塞した日本の社会から脱出して同じ呼吸をして価値観を共有する人たちのところに行ってしまいたい、などと感じてしまう。

静けさの中から (11) 旬を過ぎた書込み

2019 OCT 31 21:21:18 pm by 西村 淳

☘(スーザン):音楽家が楽譜に約束事を書き入れるとき、音符の上にぐにゃぐにゃと波線を欠くことが一番多いと思う。これはそこの部分のテンポが「少し揺れる」という意味だ。そこの部分を、ほんの少し時間をかけて演奏することによって、音色のうつろいをはっきり示す余裕ができる。
とくに約束事が混雑するのは、曲の中で、一つのセクションが終わって、次の段階に入る「変わり目」に来たところ。ほとんどの奏者が、意識的に入れ込んで弾きたくなる。たとえば楽曲のなかで重要な位置を占める「第二主題」。曲が展開する大事なところではあるけれど、作曲家がこの「第二主題」が出現するときにテンポ表示を変えることは、まずない。でも「第二主題は第一主題に対して全く異なる雰囲気を持つもの」と決まっているから、奏者にとっては大切にしたい「変わり目」なのだ。だからこの部分をどうやって演奏するか、どの奏者も頭を悩ます。

🍀(私): 私の場合音符の上にぐにゃぐにゃを書き込むのはどうしてもヴィヴラートがほしい、忘れずに、って時が多い。書いておかないとすぐに忘れるのはあたりまえとして、こぐにゃぐにゃを書いても見えない(!)ことさえあるのだ。お休みが沢山ある(休符がたくさんある)ところの他の人の旋律などもよく書き込むし、あとは指示、例えばErsts ZeitmaBには「初めのテンポで」とやる。こんな作業をしているとドビュッシーの「牧神の午後への前奏曲」の指示がドイツ語で書かれているのを見つける。おお!生粋のフレンチマンだと思っていたのに、標題はフランス語なのになぜかドイツ語で指示が。じゃあ彼のほかの曲は?とどんどん好奇心の渦に溺れていく。人生足りないわ。
さて、スーザンが指摘しているこのあたりの表現の仕方をどうするか、これにはアマチュアもプロもない。「第二主題」の処理の仕方については、いい音楽家であればあるほど、実際にテンポが揺れているにもかかわらず、気づかれないようにそしてきわめて自然にやっている。とても先生が教えられる領域ではなく、「才能」が処理の分かれ目となる。
もしこういったことを勘違いしてテンポを変えようとする人が演奏するメンバーにいたら大変だ。そう、第二主題が出現してもテンポはそのままが原則なのだ。自信たっぷりにテンポ変更をやられるとそうかなとは思っていても、だがしかし・・その対応次第では友達が、いや人生を失ってしまうかもしれない。

バルトーク・レコーズ

2019 OCT 5 21:21:41 pm by 西村 淳

バルトーク・レコーズはベラ・バルトークの息子で、録音技師だったピーターが主に父の作品を制作する目的でベラの死後、1949年に設立した会社で、その頃録音された米ピリオドの有名な録音はこの頃のものである。シュタルケルの代名詞にさえなったコダーイの無伴奏チェロ・ソナタはその圧倒的な演奏と輝かしい音で今日に至るまで全く色あせていない。
「バルトーク・レコーズ・ジャパン」の村上泰裕さんから注文したCDが届いた。少し前にソニーから復刻されたニュー・ミュージック四重奏団(NMQ)の米コロンビアに録音した全てがCDでリイシューされたのをきっかけに、バルトーク・レコーズのNMQによるベートーヴェンを探していて村上氏につながったわけである。NMQは1948年から1956年までしか活動をしなかったことと、モノラルからステレオへの変遷という過渡期だった不幸も重なりほとんど顧みられなかった団体ながら、完璧な演奏は後のジュリアード四重奏団の範ともいうべきものだ。
村上氏はバルトーク・レコーズ・ジャパンを立上げ、ピーターの録音の保全、販売などを手掛ける一方で、ここが一番凄いところだと思うが、ベラが望んでいて果たせなかった出版譜の改定をピーターと共に行っている。CDに同封されていた商品カタログと日経の文化欄に掲載された「バルトーク愛 楽譜校訂」の記事を読んで驚いた。単なるCDの転売屋さんではなかった・・。私達演奏者はどんな一つの音符であってもないがしろにすることは出来ない。常にその意味を考えているから信頼すべき校訂版の登場は本当にありがたい。本当にいい仕事をしているに違いないし、心からエールを贈りたい。
既に出版されたものは「青ひげ公の城」のスタディ・スコアなどすでに16点を数え、そのために教職を辞しまでした使命感が村上氏の中で赤々と燃えている。人としての一番大切なものが何なのかを伴って。知己を得る前に購入し未読のままだが、「父・バルトーク 息子による大作曲家の思い出」ピーター・バルトーク著 村上泰裕訳 ㈱スタイルノート刊もある。
さて、肝心のバルトーク・レコーズである。この会社を知り、係わりを持ち始めたのは「ある晴れた日に」という個人(故古畑銀之助さん)のレコード通信に紹介されたのがきっかけであった。この通信は眼を世界に向けてくれたし、おかげで多くのLPが海外から我が家に届いた。それまでとても遠い存在だったバルトークが途端に身近な人となったNo.17(1976年4月)を以下に引用する。

▶ 「バルトーク・レコード」が手に入る
・・吉田秀和「一枚のレコード」(中央公論社)のトップに出てくる「バルトーク・レコード」#916、無伴奏ヴァイオリン・ソナタは、ジュリアード四重奏団のロバート・マン若かりし頃の録音、私は前からこれがほしくてニューヨークへ行くたび、あっちこっちのレコード店で「バルトーク・レコードは」と尋ねてみましたが、「もうない(ノーモア)」と、そっけない返事。しかし、ほかのバルトーク・レコード社、ときおりセール箱にほうりこまれていて、安く入手できること、ニューヨークもシカゴもバッファローもトロントも、同じで、またシュワン‐2(モノラル・カタログ)には、いまなお全「バルトーク・レコード」が掲載になっているのです。そこで、とうとう去年、シュワン・カタログ社に問合せ、新しいあて名を知りました。早速手紙で問合せ、二つ折り四項の小パンフレットと、値段は一枚5ドル、と報せてきたので、直接注文したら、すぐレコードを送ってきました。セロの堤剛氏に、「ピーター・バルトークはどうしてるだろう、先生のシュタルケルに尋ねてみてくれないか」と、私は一度話したことがあり、堤氏は、「たしかニューヨークで今もレコード社をやっていて、欲しいという人にだけ売っていると聞いていますが」と言っていましたが、その通りでした。
パンフによると、全部で35枚のレコードがあります。みなモノラルです。しかしながら、やれステレオ、やれ4チャンと、計測器に頼って音とりし、またその音を後で加工する、というような、この頃の技師たちのやり方と違い、自分の耳だけを頼りに正しい音を残すことに努めたピーターは、このバルトーク・レコード社の設立前後にも、モノラル・ピリオド盤コダーイの無伴奏チェロ・ソナタ(シュタルケル)、先にも書きましたように、日本のオーディオ・ファンの名言「弦の松脂の粉の飛び散る音まできこえる」名盤名録音を残していますが、モノラルとはいえ、この35枚中にはやはり名録音があります。
35枚全部を聞いたわけではありませんが、特に録音でめざましいのは、#908、Tibor Serly:Sonata for violin solo(Frankces Magnes,Violin)です。このレコードは、針を落とすなり、目の覚めるようなピチカット・ヴァイオリンの音が豊かに飛び出してきますし、曲も演奏もよろしい。ピリオド盤コダーイに勝るとも劣らなぬ名録音だと思います。これに比べると、私が欲しかった上記のロバート・マンのバルトークのソナタは、演奏は素晴らしいけれど、少しふやけた音がしますし、またいかに鋭いピーターの耳とはいえ、当時の録音装置では、オーケストラやピアノ物は、現在の水準からみると不満が多いこと、やむを得ないでしょう。
また、我が国は、オーディオ・マニアの多いこと、世界一だと信じますし、ピーター・バルトークの名も、アメリカより我が国でこそよく知られているのではないかと思いますが、わが国レコードメーカーの誰か、ピーター・バルトークを日本に招き、よい録音を企画しようという人はいませんか。「良い録音」という意味は、優れた機械に頼るのではなくて、優れた音楽的な耳に頼る、ということを私は言いたいのです。

とうとうモーツァルトのお父さんが教えてくれた

2019 SEP 8 21:21:38 pm by 西村 淳

ソナーの吉田さんのブログにある通りショスタコーヴィチのピアノ五重奏曲は、それこそとてつもない傑作だ。これを知るや、ブラームスの野暮ったさは胃にもたれる。口直しにと思って聴いたアシュケナージとメータ/ロンドン交響楽団の演奏が悪かったわけではあるまい。ブラームスの印象はその性格そのままなのか「言いだしかねて」といった風情が漂う。
さて、タコタコ。その中でもその五重奏曲の第4楽章の透徹した哀しみに心がシンクロする。雪の冷たさ、長い冬と待ち焦がれる春の声。北国を経験したことのない人にはちょっと無理だろうな・・きっと無縁だから相当違ったイメージが出てくるかもしれない。
楽譜にあるように初めはファースト・ヴァイオリンとチェロの2重奏である。ここでチェロは♩=72で淡々とウォーキング・ベースのようにリズムを刻まなければならない。ところが言うは易し行うは難し。29小節に渡ってこの四分音符を弾いているうちに、72のテンポが怪しくなり、ちょっと早くなっているかもしれないと不安になってくる。事実そうなっているのかもしれない。こんなことを書くとお前の弾くコンサートなんか行かないから、と言われてしまいそうだが、だから「ただ」ほど高いものはないと言ってるじゃないですか・・などと開き直るのもどうしたものか。実際にテンポをメトロノームのように正確に維持することは至難の業なのだ。心臓の鼓動だって機械のように正確には動いていないわけだし。
そんな時、たまたま読み始めた有名なレオポルド・モーツァルトの「ヴァイオリン奏法」にその練習の仕方が書いてあるではないか!恥を忍んで告白するなら私はこれまでこの本を読んだことがなかったのだ。その存在を知るだけなら、何の役にも立たない学校の授業で教わるのと一緒だ。ところが最初のページをめくった時から天才・アマデウスのお父さんの博識と教養に圧倒される。今からでも遅くはない、もう一度、一から始めて弦楽器奏法の奥義を学ぼう。
「・・・そこそこ弾ける多くのヴァイオリン奏者でも、同じ長さの音符が終始流れている音符を弾くと、ついつい急いでしまって、たった数小節であっても、四分音符ひとつくらいは速くなってしまうものだ。このような弊害を避けるためには、最初はゆっくりと弓を長く保ち、いつも弦に付けておき、急がずに抑え気味に弾くのである。特に同じ長さの4つの音符の後半の二つを、短くしすぎないことである。」
やってみた。上手く行ったりいかなかったり。でも確信を持って言えることは速くはなっていないことの実感だ。
イチローがいい事を言う。「小さいことを積み重ねるのが、とんでもないところへ行くただひとつの道だと思っています。」そう、ライヴ・イマジンを通じて小さいことをまた一つ積み重ねたぞ。

スニーカーから考えた

2019 AUG 13 17:17:54 pm by 西村 淳

スニーカーのリセール市場が活発と、テレビで放送していた。2025年には全世界で60億ドル(!?)のマーケットとか。そういえば電車に乗っていてもスニーカーを履いている人が男女を問わず8割くらいはいる。これ、革靴業界は苦しいだろう。履き心地を求め海外旅行をするたびに、やれオールデンだ、チャーチだと買いまくっていた時期があった。 そこには惚れ惚れとするようなこだわりの品質と個性があったし、今でも大切に履いているものもある。
一方スーツ業界は絶滅危惧種の筆頭らしい。IT業界の人たちでスーツを着ている人なんかいないし、Tシャツ姿。昔は暑い夏でも我慢してスーツを着て頑張っていた人たちは絶滅危惧どころじゃない絶滅寸前だ。当然Tシャツに合わせるのはスニーカーしかない。これをファスト・ファッションと呼んでいる。この業界の大様はユニクロ。そういえば20世紀にたくさんいたファッション・デザイナーなる人たちもどこに隠れているんだろう?
これは衣食住の「衣」の部分だが、さて「食」はどうだろう?勿論、ファスト・フードと言えばマクドナルド。紆余曲折、浮き沈みがあろうと体にいい悪いがあろうと王様だ。さらにコンビニ弁当からスーパーの弁当などなど流れはそちらに傾いている。やはりここでもフレンチだのイタリアンだの高付加価値高級店は相当に苦しいと見た。
「住」は?ファースト・リビングなるものが出現しつつあるのだろうか。不動産にはさすがにファストはなさそうだが、仮設住宅みたいなものがそれにあたるかもしれない。
衣食住すべてがこうなると、なーんだ生きることの楽しみなんかこれっぽっちもないじゃないか。
アナログの時代にあった高品質、高付加価値製品が軒並み姿を消しつつ、一方でデジタル(勝者はたった一人)の申し子たちはグローバル化を推し進め個性を認めない世界が出現する。老いも若きも、貧乏人もお金持ちも、ビル・ゲイツもTシャツにスニーカー、マクドナルドをパクついてiPhoneをいじる。
でもこれって偉い学者さんが言わなくてもそういえばどこかに書いてあった・・そうだ、19世紀末に書かれたあの本に!20年前に読んだ時にはそんなことが起きるわけがないと思っていたが、その予言通りの世界になりつつあることに気が付いて慄然としてしまった。
ここにきてトランプさん、プーチンさん、エルドアンさん、そしてアベさんたちが知ってか知らぬかこの流れに負けてたまるかと頑張っているけれど所詮流れに棹させば窮屈だ。

もしかするとオーディオファンかも

2019 JUL 9 20:20:33 pm by 西村 淳

レイボヴィッツと言う名前が出てくるとどうしてもシェーンベルクにつながり、実際多くを作曲しているようだがまったく認知されていない。ただ指揮者としても活躍した人でベートーヴェンの交響曲全集はそれなりの評価を得ている。ベートーヴェンのメトロノーム指定を守って演奏しているとか、ちょっとエキセントリックに捉えられ誤解されているかもしれない。またこの全集の「録音」がいいとも聞こえていた。先日、アメリカCheskyにより復刻された第4と第7を組合わせたCDが某音盤組合の店頭にあったので手に取ると録音に何とあのケネス・ウィルキンソンの名前があった。合点!何の迷いもなく購入したが、当初はリーダース・ダイジェストのLPとして発売されたもので巨大なアメリカ市場に浸透したはずである。余白のトルコ行進曲をワクワクして楽しんだ。
録音エンジニアのケネス・ウィルキンソンの名前はオーディオ好きにとっては神様のように崇められている。なるほど、このレイボヴィッツのベートーヴェンもヌケの良さ、ダイナミックレンジの広さ、明るい生き生きとした音作りだし、ティンパニの音程まで意識できる。ショルティとの録音は一時代を築いた。またそれがジュリーニ=ニュー・ニューフィルハーモニアのモーツアルトの交響曲第40番、第41番やアシュケナージ=ショルティのベートーヴェンのピアノ協奏曲であっても答えは一つである。
ウィルキンソンは「録音」技術を職人技から一つの個性を持った芸術家肌のものに昇華させている。ただ、誤解してはいけないのはコンサートホールでは決してこのように聴こえないし、このマルチマイクのテクニックによる各楽器の分離の良さが必ずしも音楽に奉仕するとは言えないことだ。だがどうだろう、もしかすると実際に作曲家の頭の中で鳴り響いているものはこんな風なのかもしれない。
この音が好きなのか、嫌いなのか?媚薬を一度味わったら止められるわけがない。それがオーディオ好きということだし、ましてCDでこれだけの音が聴こえるのだからLPだったら、さらにオリジナル盤だったらと・・ああ想像しただけで身悶えしてしまう。
そんな訳でウィルキンソン録音のジュリアス・カッチェン=ショルティのラフマニノフのピアノ協奏曲第2番の英国オリジナルLPを買い、こっそり持ち帰ったりしている。いつかしまってあるリンのLP12を現役復帰させる日のために。

通勤が楽しくなった

2019 JUN 13 21:21:13 pm by 西村 淳

よくもまあ30年以上にわたって満員電車に揺られ続けているものだと、我ながらその勤勉さに驚くが、どういう訳かその混み具合が最近とみにひどくなってきている。人様に迷惑をかけずに過ごすいい方法はないかと考えてみたが、やはり音楽が聴ければそれに越したことはないと結論付けた。以前はイヤホンを音漏れで注意されてしまったし、こんがらかるケーブルに辟易して止めてしまった。そんな折、ワイヤレスイヤフォンが徐々にその地歩を固めつつあることを知り試してみた。B&Oの音の良さは群を抜いているし、ルイ・ヴィトンなんてものもある。だが、いきなり高級路線よりもまずBluetooth初体験でその実力を知ろうと某中国製のものを手に入れた。まずパソコンのituneにCDの取込みを実行。iphoneと簡単にペアリングしてそれなりの音が聴こえてきたときには感動してしまった。周りが静かなところで聴くと細かなニュアンスまでよく浮かび上がるし、これでいいや、となりそうだ。

毎日の通勤でよく聴いているのは、先のブログに聴かずして知らずして死んでしまうのは勿体ないと書いたシューベルトの歌曲。マティアス・ゲルネの歌だ。そしてユリアーネ・バンゼのドビュッシーとモーツァルトの歌曲。ゲルネは驚嘆すべき美声の持ち主。いい声だなあ、そっと優しく包んでくれて惚れ惚れと。きっとシューベルトが入れ込んだフォーグルの声もこんなだったんだろう。バンゼのほうはピアノがアンドラーシュ・シフ。これほど歌と伴奏が混然一体となったものは他に知らないし、ドビュッシーとモーツァルトを続けて聴いても何の違和感もない奇跡的な演奏だ。ドビュッシーの「忘れられた小唄」の妖艶さに続き、突然始まる「春へのあこがれ」K596にドキッとする。次の春を迎えることが出来なかったモーツァルト。そして最後に置かれた最高傑作、死後の世界を先取りした「夕べの想い」K523に至る。日頃ライヴ・イマジンを通してプログラミングに腐心している者にとってこの凝ったプログラムがいかに素晴らしく、そして成功しているかがよく分かる。なるほどシューベルトを含めたこの三人の作曲家は神にいちばん近いところいる人たちだっけ。

おかげで毎日の通勤がギスギスしたものから柔らかな微笑さえ伴ったものになったし、どれほど混んでいても音楽の美しさはその苦痛を和らげる。そして何より他人にとても優しい気持ちを持てるし、大指揮者ブルーノ・ワルターも同じようなことをどこかで発言していた。当面この小さな丸いワイヤレスフォンは手放せそうもない。さあ明日も元気に出社しよう。

オッペルのCDついに登場!

2019 MAY 20 20:20:32 pm by 西村 淳

前掲、前田氏渾身のオッペルの録音がとうとうCDリリースされた。

ラインハルト・オッペルの試演

教会でのライヴ一発録りではなく、丁寧なプロセスを何度もやり直しを繰り返し製作されたものだけに音の分離も良く、この作曲家の再評価の一翼を担うに不足はない出来となっている。
最近ではめっきり減ってしまったクラシックCDの販売店だが、銀座・山野楽器の店頭に並んでいるそうである。メジャーレーベルも、自費出版のものも同じ棚に並ぶ。
ここまで来るには大変なご苦労があったに違いない。それをすべて引き受けるには心が折れそうになることも、難しい人間関係もあったろう。
同じく音楽を人生の伴侶としている者として心からおめでとうと、快哉を叫ぶ。

ひのまどかさんのシューベルト

2019 APR 30 21:21:43 pm by 西村 淳

著者ひのまどかさんの著作に初めて接したのは「戦火のシンフォニー:レニングラード封鎖345日目の真実(新潮社刊)」だった。ここで描かれた交響曲第7番出生の苦難は胸を打つものがあったし、意外にもドイツの包囲網の中、生死の狭間で行われたショスタコーヴィチその人のレニングラード初演に至る過程での冷淡な態度や、その後の指揮者エリアスベルクの恵まれない扱いに憤慨したりもした。ロシア大使館で行われたひのさんのレクチャーからは徹底した現地取材による借り物ではない彼女自身の想いがストレートに伝わってきたのを思い出す。
その後「作曲家の物語」シリーズという図書館では児童書のコーナーに置かれている著作を目にするたびに「ドヴォルジャーク」「モーツァルト」「バルトーク」などなど夢中になって読み進め、とうとう「シューベルト」を手にした。どれもが現地に足を運び掬い上げたものと歴史に刻まれた事実とが交錯し、まるでそこに作曲家本人がいるように生き生きとしたひのさんの言葉で語られる。

シューベルトのサブタイトル、「孤独な放浪者」はまさに正鵠を得たものだ。作曲のためにあらゆる束縛を嫌い、父の命じた代用教員の職を拒否したことから勘当され寝泊まりは友人たちのところに転がり込む。ただこの仕事はたったの年に45グルデン、年収45万の仕事だった。ホームレス、ただこのホームレスは落ちてなったものではなく自から自由の代償として選んだ道であり境遇に不満も迷いもない。一方でこんなシューベルトの才能を信じ生きることをサポートしてくれた多くの友人達がいたし、先日ライヴ・イマジン42で演奏した「八重奏曲 D802」はクラリネットの名手でもあったトロイヤー伯爵(ベートーヴェンのパトロン、ルドルフ大公の侍従長)からの依頼も彼らの成果だった筈だ。シャイなシューベルト。そっと後ろからついて歩いても声すらかけられなかった尊敬するベートーヴェン。人生の終わりを迎える直前にシントラ―の要請でベートーヴェンに会いに行く。その作品を「この若い作曲家の中には、神の火花が散っている!私はどんなにこの青年の才能を尊敬していることだろう!」とまで評価していたベートーヴェンが病床からシューベルトにくれた眼差しは、そこに神の姿を重ねたに違いない。そして翌年。死の直前に「ここにはベートーヴェンがいない、ぼくはベートーヴェンがいるところにかえりたい」と訴えたシューベルト。ウィーンの中央墓地。大好きなベートーヴェンの隣で彼に何を話しかけているのだろう。
ひのさんの本を読んで、シューベルトの人となりが明確な焦点を結んだ。前回のライヴ・イマジンの冒頭の挨拶で、モーツァルトとシューベルトを預言者とした。ベートーヴェンが見抜いたようにこの二人は間違いなく神に一番近いところにいて、神の声を私たちに届けてくれた人たちだ。モーツァルトはさておき、もっとシューベルトのリートを楽しまなきゃ人生洒落にもならない。

メロ・ハマヤ再び

2019 APR 4 21:21:41 pm by 西村 淳

今年の1月に小樽の可否茶館にコーヒーを注文しようとネットショップを見ると、メロ・ハマヤがない・・・・。そういう時期もあるかとも思いつつ電話をかけてみるとメロ・ハマヤは終わりましたとのすげない返事。以前に注文したモカを仕方なく飲んでいたがやはりメロ・ハマヤの味が恋しい。この名前をダメもとでググってみると同じ小樽で喫茶店をやっているじゃないか!?カフェ・ミ・カーサという名前でハイチの絵を飾っている。おお!ここだここ。素人っぽいHPながらきちんと豆情報も載っているし、地方発送も。そうか、小樽から見ると東京は地方になるわけだ。喜び勇んでその足ですぐに電話。ハマヤさんの奥様が電話口に出られて大変丁寧な対応をしていただいた。そうなんです、可否茶館さんとは契約が切れました・・でも直接注文が勿論できます。との言葉に選べる4種類の焙煎から2番と3番をそれぞれ400gと600gをオーダーした。
メロ・ハマヤのクオリティの高さは少し入りの浅いNo.2、慣れ親しんだ味のNo.3とも十分すぎるほどの魅力がある。アラビカ種のティピカとはコーヒーの原種の一つで病気に弱く生育にはとても気を遣う物らしい。ただ、原種が交配を重ねて病気に強いものを作ることに成功しても大切なものを代償として差し出さなければならない。それはどんなものでも同じことかもしれないが、メロ・ハマヤを口にして雑味のない、ほとんど完璧ともいうべきそのバランスの良さに感動しながらそんなことを考えてしまった。そして何とネットカタログの一番下にピーベリーが載っている!!ピーベリー、普通コーヒーの種子は半分に割れておわん型なのに対し、何かの拍子に丸い形のままで生まれてくるものがわずか数パーセントあるらしい。球形なので焙煎時の熱の伝わり方が均一になると説明されているが、その味はメロ・ハマヤ‐ノーマルフォルムに比べ一段と洗練されたものとなっている。透明感という言葉がふさわしいかもしれない。

この経験は特別な喜びを、人生に刻む。ああ、コーヒー党のベートーヴェンに是非飲ませてあげたかった。
19歳で海を渡りドミニカの地でこの宝石のようなコーヒーを生み出したハマヤさん。濱谷さん、決して若くはないでしょうし今がもしかするとこのコーヒーを入手できる最後のチャンスなのかもしれない。そして原種としてのティピカそのものも近い将来地球上から消えてしまうのかもしれないのだ。
小さな出会いかもしれないが、私の残された人生に一筋の光明を与えてくれた。北海道に行く時には何を措いてもカフェ・ミ・カーサを、ハマヤさんを訪ねずにはいられない。

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