Sonar Members Club No.31

since February 2013

アンサンブル・フランのコンサート

2021 FEB 8 21:21:18 pm by 西村 淳

演奏行為は自己表現の一つの手段だとするなら、オーケストラの団員として弾くのははどうしても窮屈である。なぜなら指揮者という絶対的な権力者への忠誠を求められるから。私はあまりオーケストラの活動が得意ではない。その理由は自分でやることは自分で決めたい、この一点に集約される。すべての責任は自分で負う、というやり方。アブナイのは独りよがりになりがちでよく言っても孤高の人、悪く言えば奇人変人となる。究極はバッハの無伴奏チェロ組曲だけを弾いて一生を終えることなのかもしれないが、まさに奇人変人。自分で決めたくても私はそこまではなれない軟弱な人なのでなんとか浮世に居場所を確保できているようだ。
前置きが長くなったが、第一生命ホール(晴海トリトンスクエア)で行われた「アンサンブル・フラン」の演奏会を聴いた。

この団体はアマチュア合奏団の中ではトップクラスの実力を持ち、特にこのコンサートではライヴ・イマジンに参加しているメンバーが3人も弾いているし、高名な指揮者が振っている。プログラムは以下の通り。
指揮・高関健
曲目 
・ ブリテン:フランク・ブリッジの主題による変奏曲 Op.10
・ ベートーヴェン:弦楽四重奏曲第12番 変ホ長調 Op.127(弦楽合奏版)
・ アンコール:ベートーヴェン 弦楽四重奏曲第13番 変ロ長調 Op.130 ~ 第五楽章 カヴァティーナ
メイン・ディッシュは勿論Op.127。ライヴ・イマジン45で演奏した記憶はまだ生々しく、弦楽合奏でやるとどんな演奏になるのかワクワク感もあった。プログラムによればヘンレ版のパート譜にピアニストのマレイ・ペライアがコントラバス譜を付加したとのこと。なぜペライアがこの曲に拘ったかは不明ながら弦楽合奏とするにはこのバスパートの補強は必須で実際その効果はコントラバスは2名であってもとても力強いものがあった。逆にこれ無しに弦楽合奏は無理じゃないかとも感じた。
一方、指揮者がいることで、冒頭に書いた通り弦楽四重奏としての自主性、自在性が希薄になる面は否めない。バーンスタインがウィーン・フィルを指揮した第14番の録音があるがここでも同じような印象、つまり違う音楽になっている。得るものもあり、失うものもある。この形態を良しとするのは指揮者がいることで見通しの良くなる「大フーガ」くらいかもしれない。

ポルカのリズム

2021 FEB 1 15:15:53 pm by 西村 淳

ショスタコーヴィチの「弦楽四重奏のための2つの小品」の2曲目は「ポルカ」。原曲はバレエ「黄金時代」にあるポルカを1931年10月31日から翌日にかけて1晩で完成された作品とある。ワクワクするようなそして幾分かの諧謔を伴った大好きな曲だ。次のライヴ・イマジン47のプログラムに載せているが参考にボロディン四重奏団の録音を聴いてみた。極めるとはこのことなり、何と素晴らしい演奏だろう。完全に脱帽だが、ひとつ気になったことがあった。2拍子でB♭(G線)-F(C線)と四分音符でチェロが動くところがある。何のことはないが、弦の太さのせいかFのほうが強く聞こえる。意識がそこになければ自然にこうなるだろう。この四重奏団でチェロを弾いているベルリンスキー、ちょっと苦い思い出もあり、「おい爺さん、ちゃんとやれよ」、とその時は思ったし、拍節感のないやつだなあ、1拍目をちゃんと強く弾こうぜとも。
ところがちょっと引っかかる所もあってポルカのリズムを調べてみようと思い立ち、ヨハン・シュトラウスの「アンネン・ポルカ」や「トリッチ・トラッチ・ポルカ」を聴いてみた。あらら、ここでは当たり前のように通常の1拍目ではなく2拍目に重きを置いて弾いているではないか。ああ、浅はかだったのは爺さんじゃなくて、こっちのほうだったようだ。深く恥じ入った次第。
ついでに私の年代ならだれでも知っている左卜全の「老人と子供のポルカ」。「♪ズビズバー、ズビズバー、やめてけれ、やめてけれ、ゲバゲバー」(太字;強め)とやってるやってる。逆にこうじゃないとポルカは踊れないんだろう。
教訓:ポルカの基本リズムパターンはタタ・タンだ!
だったらPolkadots and Moonbeamsって素敵なスタンダードナンバーはどうだろう?アハハ、これは水玉模様のことでポルカとは何の関係もないけれど、英語を学び始めたころはポルカだけが耳についていただけの話。
そんなわけで少なくともここに関しては正しいポルカをお披露目できそうだ。無知とは怖いもので疑問を持たなかったら知らぬうちに大恥をかいてしまう。くわばらくわばら。そう、漢字の読み方だって同じだ。「東海林さだお」は「とうかいりん」じゃなくて「しょうじ」でした。爺さん疑ってごめんなさい、私も天国に行ったら謝らせてね。
因みにこの爺さん、ヴァレンティン・ベルリンスキーは1943年、モスクワ音楽院のドゥビンスキ―を中心にした生徒たちで結成した四重奏団のチェロ奏者・ロストロポーヴィッチをわずか数週間で追い出しボロディン四重奏団に半世紀以上に亘り居座った伝説のツワモノだ。

メトロノームが壊れた

2021 JAN 21 7:07:58 am by 西村 淳

メトロノームは練習に欠かせない機器である。ゆっくりしたテンポで始め、要求されるテンポまで徐々にアップしたり、三連符の感覚(これがけっこう難しい・・)を是正したり有用な使い途はそれぞれだ。
長年使用していたSEIKO製のメトロノームを不注意で落とし壊れてしまった。最近では「トリスタンとイゾルデ」の「愛の死」の練習に一役買っていたのに。
これでも動かないわけではないけれど、ボリュームにガリが出てきたりしていたので、そろそろ替え時か。これは譜面台にうまく付けられるので同じ後継機を検索。

 
メトロノームは1816年にオーストリアのヨハン・ネポムク・メルツェルが発明した。時代は資本主義=産業革命の真っただ中。時間管理は音楽にも持ち込まれてしまった。
メトロノーム速度を最初に譜面に書き込んだのはベートーヴェンだった。「彼の記入した速度は現実の演奏と乖離している、彼のメトロノームは狂っていたからだ」などと言う人もいるようだ。博物館の写真を見ると背の高いピラミッドのような形をしていて今売られているものとよく似ている。振り子の原理は同じだし印象としてはそれほど精度が悪いようにも思えない。

1817年12月、メトロノーム発明の翌年にベートーヴェンは「ライプツィッヒ音楽新聞」にそれまで出版されていた8つの交響曲のメトロノーム速度を発表している。ちょうど後期の作品を作り始めるころにあたるが、少なくとも私の知る限りにおいてはこれ以降の作品にメトロノーム記号は付加されていない。だが難聴が進み「会話帳」を使い始めたのもこのこの頃だし、頭で考えたテンポは実際よりも早いとされているようなので「現実の演奏との乖離」についてはそのように理解している。ただこのメトロノームの速度を尊重したとされているルネ・レイボヴィッツの交響曲の録音は演奏が可能であることを証明しているし、違和感は感じない。
時がたち、バルトークやストラヴィンスキーの音楽の時間軸はぶれてはいけない物になっていく。クルレンツィスがストラヴィンスキーのリハーサルをやっている動画では何とメトロノームを盛大に鳴らしながらやっているではないか!?これには驚いた。
さらにそんなメトロノームを「楽器」として扱ったのがジョルジ・リゲティの「ポエム・サンフォニック」(100台のメトロノームのための)。ゼンマイ式のメトロノームならいざ知らず電子式のものを使ったら永久に止まることがなく、無間地獄に落ちてしまいそうだ。少なくともこれは私の音楽ではないし、リゲティは弦楽四重奏曲第1番あたりであればチャレンジしたいとさえ思っていたがこれってユーモアなのか?もし何かを意図して本気だったらシェーンベルクの実験なんかままごとだ。

(翌日)善は急げ、有用有急、新しいのを買った!!楽しくするためにクロじゃなくスカイブルーを選択。環境が変わるとあれもこれもやってみたくなるのが凡人。ちょっと上手くなった気分で。

聖夜

2020 DEC 16 21:21:44 pm by 西村 淳

ルートヴィッヒ・ファン・ベートーヴェンの250回目の誕生日。
もし個人的にお祝いするなら「エロイカ」以外には考えられず、最近入手したアダム・フィッシャー/デンマーク・室内管弦楽団の演奏を聴く。そうそうここはいい、でもここはちょっと賛同したくないなあ、などとまるで批評家になったような聴き方をしているのに気づく。もっとも演奏は設計図に基づいて家を建てているようなものだ。いい職人がいればいい物が出来上がるし、腕が悪いとどこかギシギシしたり隙間があったり。でも住めるならそれでいいじゃないか、十分、と最近は思うようになった。
今年は念願の一つ、「弦楽四重奏曲第12番」を演奏することができた。いろいろありすぎて逆にいい思い出を作れたし、考えてやっているうちに間違いなくウデも数ステップアップしたのを実感できた。正しい姿勢で弾けるようになった。スポーツ選手と一緒でルービンシュタインの背筋の伸びた姿を思い浮かべるまでもなく一流の奏者の演奏している姿は美しい。おかげで肩の痛み、腰の痛みからすら解放されたし、痛めていた左指も80%以上快復した。弓の持ち方、中指の使い方をちょっと変えただけで劇的に音が変わった。
そうそう、エロイカ。いい感じで第4楽章の途中を数人の弦楽器奏者が室内楽的にやっている。これは16型のオケじゃちょっとむりだろうな・・お、ボナパルトがアルプス越えをしている姿も見えるぞ。シンフォニア・エロイカ。私にとっての最高の交響曲だ。
誕生日おめでとう、ルートヴィッヒ君!心からお祝いを。ちょっと鬱陶しいこともある奴だけどわが心、最大の友よ!

「歓びの歌」が始まるぞ

2020 DEC 2 13:13:02 pm by 西村 淳

クラシックのコンサートもようやく9月19日から全席使用可能と政府のお墨付きがでてから「消えた」ライヴが活気を取り戻しつつあるようだ。何しろウィーン・フィルまでやってくるわけで年が明けると堰を切ったように外タレの来日公演が始まる。11月には武蔵野市民文化会館でアンドレイ・ガヴリーロフの復活リサイタルもあった。(こんな所でやること自体、彼の今の立ち位置なのかもしれないけれど、日本在住とか)
コロンビア・アーティスツ・マネージメントが破産しようと、ポストコロナがどうなろうと、とにかくこのスタイルを死守し取り戻すのに必死である。
でも今年はさすがに第九はやらないだろう、と思いきや、「ぶらあぼ」の12月号を見て驚いた。やるんです!それも関東圏で42回(東京34回、神奈川7回、埼玉1回)も!因みに関西では6回、北海道2回、中部、四国、九州なし。
第九交響曲を年末に、という年中行事はいつのころからあるのか知らないし、これが日本だけのことなのかも知らない。まして聴きに行ったこともなかった。
それにしても第九の歌詞と現実の乖離。どうやって内容と違和感のないように実現するのか、見もの聴きもの。第九の合唱は「抱き合え、幾百万の人々よ!このキスを全世界に!」と叫ぶ(歌う)。コロナの時代にこのスローガンは真逆なはずだし、三蜜そのものの合唱団の間には衝立を用意し、マスクやフェイスシールドをして歌うのだろうか?6日には大阪城ホールで「サントリー1万人の第九」と銘打って実行するようだ。国技館での5000人の第九だって唖然としていたのにその倍。嬉しい?

会社って何だろう?

2020 SEP 7 16:16:28 pm by 西村 淳

仕事をして、給料をもらうところ。
遅刻をしないこと、くい打ちされぬよう目立たないようにすること、ゴマをする相手を間違えないこと、何より「お言葉ですが」とは決して言わないこと。これが出来れば立派な会社人だ。
今の社会のシステムでは会社はなくてはならないもので、「いい会社」=「安定した大きな会社」となっている。そこに入るためには「いい学校」を出ることが必要で多くの親は子の安寧を願ってこの道を辿ってほしいと思っている。子供は何の疑問も持たずに試験で人よりもいい点数を取ることを目標にする。結果めでたく有名な「いい会社」に入れ、そこが一部上場だったりすると最高だ。
子供の頃から面白くもない暗記に(なんと数学だって暗記することで点数がとれるのだ!)大きな疑問を感じていたし、中学、高校と進むにつれて益々その疑問符の数は増していった。こうなると学業は低空飛行をし、「まともに評価されない」=「いい会社に入れない」のかもしれないという漠然とした不安を抱えながら墜落寸前。幸い丸の内の一角に本社を構える企業の一つに入社できたものの、文系の頭構造だったのに親の定めた既定路線の理系に進んだツケは大きく、自分には別の世界があり違った仕事があるはずだと考えているようなことがあったし、結果冴えない会社人として飯を食い続けた。そんな生業でもゴールまで残り僅かのところまで来ている。
何気なく手に取った沢木耕太郎の「鼠たちの祭り」(新潮文庫)にちょっと刺激的なことが書いてあった。会社は給料をもらうばかりじゃない、新たな視点がとても新鮮だった。
伝説の相場師、坂崎喜内人の話:
『人ばかりでなく企業だって変わらない、小さい会社はバタバタつぶれているのに、大証券会社が傾くと国が手助けする。資本主義においては、企業利潤の正当性はひとつに危険負担の対価という発想で説明される。あらゆる企業はリスクを減らそうとするが、しかしどうしても残るリスクがある。だからこそ、起業家精神というものが称揚され、利潤が認められる。
リスク背負わざるもの、儲けるべからず。だが、巨大だと言うだけの理由でそのわずかの危険も取り除かれるとしたら、資本主義における起業家精神の死を意味する。
リスクのない社会は確かに安定した社会である。しかし同時に息苦しい社会でもある。「我々青年を囲繞する空気は、今やもう少しも流動しなくなった」(「時代閉塞の現状」)と書いたのは60年以上前の石川啄木である。もっとも「時代閉塞」でなかった時代が果たしていつあったのか、というシニカルな反問も成り立つのだが、少なくともリスクのない安定した社会では、「囲繞する空気」が流動しないことだけは確実だ。空気はよどみ、深いニヒリズムが、ガスのようにひろがる。』
「リスクを背負うから利潤が認められる」、なるほどそういうものだったんだ。経済学ではこんなことを勉強しているのかしら。この文章が発表されて50年経った日本は息苦しさが加速、おまけに最近はマスクまでしてしまっている。

暑い暑い8月

2020 SEP 2 21:21:53 pm by 西村 淳

暑い夏がようやく終わる。
8月17日、1台しかない家のエアコンが突然壊れた・・。いくらリモコンのスイッチを操作しても10秒後にはピタッと止まる。この猛暑の中、一番信じたくないことが現実になってしまった。購入から10年、それまでの猛暑にほとんどフル稼働で堪えていたが経験のない酷使は突然死を招いてしまったようだ。でもよりによって今この時期に!あちこち電話して最短で取り付けできる日にちを訊いてもほとんどが9月2日ですと答える。まだ二週間以上先のことだ。迷っている暇はないと判断、急がば回れ、設置できる日がいつであれ決めなければと錦糸町のヨドバシカメラに走る。よし、これだと決めたが電話した時から2時間しかたっていないのに最短は9月3日に。たった一日でもがっかりしたがほかに選択肢はない。この日に決めた。
そこからの東京の気温を振り返ると、
17日 36.5℃ 18日 34.3℃ 19日 34.2℃ ・・・これが延々と続き、23日だけが29.4℃ということで唯一30℃を下回った。暑い夏だった。本当に。
9月6日(日)にライヴ・イマジン46の第1回目の練習が始まる。曲目はフランクのピアノ五重奏曲と初めてやるワーグナーの「トリスタンとイゾルデ」前奏曲と愛の死、の弦楽四重奏編曲だ。エアコンが死んだ時、この暑い中、チェロの練習ができるだろうか?最初に頭をよぎったのは仕事のことより何よりこれだった。特にトリスタン、ワーグナーの譜面は簡単なわけがない。どうしよう・・でもやるっきゃないわい、ということでベランダも玄関ドアも明け放し、空気の通り道を作ってチャレンジした。言い訳はしたくない、成せばなる成さねば成らぬ何事も成らぬは人の為さぬなりけり。
そしていよいよ明日エアコンが到着する。これほど待ち望んだものはなかったけれど、思った以上に普通に生活を送ることができた、というのが印象。
猛烈残暑の中のエアコンレス生活。しかも2週間以上だ。そりゃあお隣のセブン・イレブンで涼んだこともあったし、出社した日ももちろんあった。枕はアイスノンをバスタオルでくるんだこともあったけれど、一応トリスタンの譜読みも出来た。これからもエアコンなしで生活しようと思えば何とかなるとさえ、思うようになってきたから人間の適応力はすごいものがある。そういえば34℃くらいの時にインド人と話をしていたらこんなの別に普通だよ、どういうこともない、と言っていたっけ。
そして「トリスタン」。カラヤンの演奏を久しぶりに聴いてみた。なんとゴージャスな響きだろう。弦楽四重奏はしょぼくないか?とんでもない、トリスタン和音も半音階進行もちゃんとある。メリハリ?これはないかもしれないが、トリスタンはそんな音楽ではない。なんてことくらいは暑くても理解できた。

『お隣もなさってますよ』

2020 AUG 13 21:21:09 pm by 西村 淳

ジャーナリスト・江川紹子さんの3月11日の記事「びわ湖ホールオペラ無観客上演・ネット中継はどのように実現したか~文化や経済の黄昏を招かないために」の中で上演したワーグナーの「神々の黄昏」のブリュンヒルデを歌った池田香織さんのインタビューが掲載されている。
Q: 日本の文化や経済が黄昏れてしまわないために、どうしたらいいだろう?
A: 「ジョークでこういうのがありますよね。人に何かをさせたい時、イタリア人には『女性にもてますよ』と言い、ドイツ人には『それが決まりです』と言い、日本人には『お隣もなさってますよ』と言えばいい、と。私も日本人なので気持ちは分かるんですが、でも、それぞれ立場と事情があるんですよね。『みんながそうしているから』ではなくて、『私は、こういう状況だから今はコンサートに行かない』と考える人がいてもいいし、『私はこういう訳でコンサートに行きたい』という人がいてもいいのでは。周りに流されるんじゃなくて、きちんと自分の意思を持って、自分で考える。気持ちだけで動かないというのが一番大事かな、と思っています」
という返答があった。実は池田香織さんの歌を知ったのは2019年1月20日(日)東京芸術劇場コンサートホールで行われた、飯守泰次郎指揮・新交響楽団の定期公演でワーグナー/楽劇「トリスタンとイゾルデ」。この時の見事なイゾルデ役に魅せられ大ファンになってしまった。「お隣もなさっていますよ」・・ですか・流石なかなかうまいこと言うなあ。
一方、8月11日の共同通信の記事に今度は、アンケートをとると
- 新型コロナウイルスの感染が拡大する中、日本人がマスクを着ける動機は、感染が怖いからでも他の人を守るためでもなく「みんなが着けているから」
と来た。
ジョークじゃなくて現実だったことに、ほら!と言うよりは動揺した。日本人は昔からこうだったんだろうか?なぜ自分の頭で考え、調べ、行動することができないんだろう?自分の考えがなきゃディベートなんかできるわけもなく、そういえば海外の人たちに日本人はいつも「不思議ちゃん」に見られている。なるほど、なるほどその根っこにあるものが垣間見えたぞ。アベノマスクだってもしかすると、「だってみんながつけてるんだもん」となるか。うーん、どこかオカシイし空しい。
そういえばサラリーマンのズボンはどいつもこいつも「黒」一色だよな・・・あ~!!!!!!ふと気が付いた。ここ日本で「不思議ちゃん」に見られてたのは私だった!!!

静けさの中から (13) 聞こえてくる声

2020 MAY 18 15:15:10 pm by 西村 淳

☘(スーザン):大学時代の友人でテノール歌手のジョン・グレアム・ホールが一緒にシューベルトの「冬の旅」を勉強してみないか、と連絡をくれた。
やはりテノール歌手のマーク・パドモアが「冬の旅」のことを、音楽における「リア王」のような存在だと書いていた。それほどの名曲なのである。また弾いてみたい。
ジョンと、数日後に会い、私達がどのくらい音楽的に相性が良いか、考えが合うか、試しにちょっと練習してみよう、ということになったのだ。ピアノパートの練習を始めるとともにまず、あらゆる録音を聴いてみることにした。ある日の午後、ペーター・シュライヤーとアンドラ―シュ・シフの素晴らしい録音を聴いた。そのあと、1930年代までさかのぼって歴史的な録音をあれこれ取り出してみた。
その日、私の家には友人が泊まりに来ていた。昔、オーペアでお世話になったドイツ人女性で、夫君と一緒にロンドンに遊びに来ているのだ。ボブと私がちょうど、1930年代に録音された、ゲオルグ・ヘンシェルのCDをかけているところに彼らが戻ってきた。すると二人は私たちが聴いているCDを耳にするなり、身震いするようなしぐさをし、嫌悪感をあらわにして顔を見合わせている。低い声で、「THIRD REICH」と言っているようだ。尋ねてみると、このCDから聞こえてくるドイツ語はナチスの将校たちの発音にそっくりだというではないか。なんでも、子音と母音のニュアンスが独特で、ナチスの匂いをぷんぷんと放っているらしいのだ。これは単にヘンシェルの発音がその時代を反映しているということだ。「どの母音?どの子音?」英語を母国語とするボブと私はドイツ語の微妙な発音の違いを、どうしても聴き分けることが出来ない。言語の世界にはこのようにその国の人しか理解できないとても微妙な独特の言い回しや発音の仕方があるのだ。ヘンシェルの歌は私にはとても歯切れのよい、明瞭なドイツ語と感じられた。

🍀(私):余談だが、その昔私の友人が、当時日本に在住していたのユダヤ人の女性リュート奏者から直接聞いた話として、「グルダのピアノを聴くと、ナチスの軍靴の音が聞こえる」と伝え聞いたことを思い出す。フリードリッヒ・グルダは私にとって大切なピアニストの一人だし、その才能は若きアルゲリッチを虜にしたことでも有名だ。彼の政治信条は知らないが、Deccaに全曲録音していたベートーヴェンのソナタがお蔵入りになったのももしや・・などと勘ぐってしまう。
音楽を生業にしている人たちは耳に自信を持っている。私の半端な絶対音感などではなく、たとえば442Hzと443Hzを比較ではなく聴き分けられる人もいる。スーザンも彼女自身の耳には自信があるといっているし、その彼女が聞き取れない微妙な違い。ここに人の心に触れるなにかが隠されているのかもしれない。それは私たちがいくらレッスンを受け勉強しても身に着かないものだ。

モーツァルトとコンスタンツェ

2020 MAY 6 21:21:22 pm by 西村 淳

コロナ自宅軟禁もはや2か月近い。時間が沢山あるようでも思ったほど多くのことができているわけではないようだ。
次回ライヴ・イマジン(7月24日開催予定)のプログラムノートの参考にしようと、読み始めたのが「モーツァルトとコンスタンツェ」新説 謎の死と埋葬をめぐって(フランシス・カー著/横山一雄訳:音楽之友社刊)。
面白い。それも特別に。モーツァルトの死の真相は本命はサリエリだったんじゃなかったっけ?ほかにも諸説あるのは知っていたけれど、この視点は漏れていたなあ。内容はモーツァルトの手紙を軸に主にコンスタンツェとの係わりを展開していくノン・フィクション。行間を読むようにそのニュアンスまで嗅ぎ取りながら背後に隠れているものが炙り出され、ホーフデーメルという官吏がその本命としてクローズアップされる。それと併行して徹底的にコンスタンツェを嫌な女として描く。実際、コンスタンツェをいい印象で見ている人は少ないだろうけれど、どうしてモーツァルトがこんな女と結婚しようとしたのか、父レオポルドに激しく同意するがモーツァルトはきっとすべての女性に恋をしていた。そしてそのうちの誰も愛してなんかいなかった。
モーツァルト裁判なるものがあったそうで、遠い記憶の片隅に残っているが、曰く、
1983年、ロンドンの南、ブライトンでの音楽祭で「誰がモーツァルトを殺したか」なるテーマで模擬裁判が行われ、俳優がコンスタンツェ、マグダレーナ、ジュスマイヤー、サリエリに扮し、正式な法廷の手続きに則り審問が行われ、評決に入った。その結果最有力容疑者となったのはサリエリではなくモーツァルトのピアノの女弟子のひとりだったマグダレーナの夫でモーツァルトが死んだ翌日、妻を傷つけ自殺した最高裁判所書記フランツ・ホーフデーメルだった。この模擬裁判の資料、ホーフデーメル有罪の証拠提供者がこの本の著者、フランシス・カーだったとのこと。カーがプロモートしたものかもしれないし、結論ありきだったのかもしれない。
ホーフデーメルという官僚は社会で一番低い階層にいる小男に天誅を加えることくらい何のためらいもなかったかもしれない。それは撲殺であろうと薬殺であろうと、金まで工面してやったりしているのに人の女房を孕ませやがって、くらいの気持ちだったに違いない。ただ相手があまりにも有名すぎた。ホーフデーメルが真犯人だとすると、いままで謎とされていた埋葬のこともすとんと腑に落ちる。ただこの事件により顔を傷つけられ、瀕死の重傷を負ったマグダレーナ、ジュスマイヤーの子を身籠っていたコンスタンツェ、さしずめ現代なら文春が大喜びしそうな見事な三面記事。ハプスブルク帝国の威信にかけてもみ消しに走ったのもうなずける。
因みにマグダレーナはピアノ協奏曲第27番K595の隠れた献呈先。事件の後、健康が回復してからカール・チェルニー(みんなを苦しめるあの練習曲の作曲者)に息子を弟子入りさせている。チェルニーは勿論ベートーヴェンのお弟子さん。さらにマグダレーナはチェルニーにベートーヴェンのピアノを聴かせてくれるようお願いしてくれないか、とおねだりまでしている。それを伝え聞いたベートーヴェンは「マグダレーナはモーツァルトと関係のあった女だな・・いやだよ」と最初は断ったが、後で気が変わったようだ。当時ベートーヴェンは、(というか世間は)モーツァルトの死について知っていた、ということになる。ただいつまで経ってもどんな証拠を開示しようと出来上がったサリエリ説は揺るがない。一度定着したものを覆すことの困難さはどの世界も同じことだ。

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